3章4話 「旗を立てる男」
早朝にセドラの軍港に、船が入ってきた。
1隻ではない。大型の輸送船を中心に、護衛の小型艇が左右を固めている。
甲板に人が鈴なりになっていて、岸壁に近づくにつれて、その数が港の見物人にも分かってくる。
波止場に集まった市民が、じわじわと増えていた。
歓声が上がる。
手を振る者もいる。
花を投げる者もいる。
ティアナからの帰還兵だと、どこからか話が広まったのだろう。
長期間抵抗運動を続けてきた現地民を弾圧ではなく、逆に自勢力に取り込み、島に平和をもたらした英雄。
そう呼ばれる男――ラウル・バルガスは、港の喧騒を甲板の端から見ていた。
「旧王国派の貴族たちが共和国に対して反乱を起こすというのは本当の話か?」
ラウルがホアンに尋ねた。
「だからこそ俺達が呼ばれた」
ホアンは書類の束から数枚を抜き出してラウルに渡した。
「蜂起する可能性が高いのは二種類。貴族と軍人だ。この書類は、候補者の一覧だ。読んで全部覚えてくれ」
「さすがに多いぞ。もう少し絞れないのか?」
「絞った結果がそれだ。仕事だから、この二百人全員の名前を覚えてくれ。ここから先の世界には『知らない』は勿論、知ったかぶりは一切通用しない」
ホアンの説明を聞いたラウルが、一瞬だけうんざりをした表情を見せた。
それを見たホアンが睨みつける。
「司令官は人前では冷徹な仮面を崩すな。それが威厳に繋がる。感情を見せることは敵に隙を見せることだ」
「ああ、分かっている」
ラウルはすぐに氷の仮面を被り、表情を消すと、ホアンも満足そうに首を縦に振った。
「リストの根拠の説明を」
「首相のルイス・マルティンによる声明だ。貴族は共和国の新制度で爵位も領地も奪われることが確定している。それに抵抗するには武力しかない。リストに掲載されているのは、領地からの収入で儲けている、領主タイプの貴族だ」
「軍人の方は?」
「旧王国軍の中でもトレント派……既得権益にしがみついて各地で略奪をしていた連中と、エスカランテ中将の乱に応える連中だ。どちら共和派に対して恨みを抱えている」
「トレント……あいつか」
ラウルは書類に記載されている名前の一覧に指を当てて上から順に読んでいく。
リストにある「モンテス」の名前を見て、少しだけ指を止めたが、すぐに再開した。
「もちろん全員が反乱を起こすとは限らない。もっとつまらない、八つ当たり的な犯罪で終わるかもしれないし、複数で徒党を組んで、大きく暴れたりもするだろう。なので、更にここから候補者を絞る」
「これだけの数を相手に、今の革命軍で勝てるのか?」
「勝てない。だから、支援を受ける。仲間も増やす」
ホアンが意味深な視線を送ったオルロフは、頭を下げて礼を行った。
「共和国側の出迎えは最小限です」
オルロフがラウルの隣に立ち、港を見渡しながら言った。
「役人が2人と、警備兵が数名。歓迎というより、視察に近い」
「そうか」
「政府と民衆の温度差がある。これは使えますね」
ラウルは答えなかった。
甲板の下、岸壁に向けて係留の準備が始まっていた。
船が岸につく直前に、伝令が一人駆け寄ってきた。
ラウルに耳打ちをして、すぐに引き下がる。
オルロフが「何ですか」とラウルに尋ねた。
「エスピナが死んだ」
「エスピナ?」
「トレインの町の港湾警備隊長だった男だ。最近は王都で警らの仕事をしていた」
ラウルは港を見ながら言った。
「昨夜、路地で刺された」
「要職者ではないようですが、その御仁にどのような価値が?」
船が高波に煽られたようだ。
岸壁に擦れて鈍い音がした。
「御託はいい。調べろ」
オルロフの問いには答えなかった。
命令だけを出して、ラウルは岸壁へ続くタラップの方へ歩いた。
◆ ◆ ◆
同日夜。
夜の政府庁舎は、昼間より静かだった。
廊下の書類の山はそのままで、人だけが減っている。
ランプの光が石壁を照らして、天井の隅が暗い。
会議室の長机を挟んで、共和国の担当官が三人。
向かい側にラウル、オルロフ、ホアンの順に座った。
笑みを浮かべているのはオルロフのみで、その他は全員表情を出さず、仏頂面で座っている。
これは会議ではなく、条件交渉の場だからだ。
「共和国政府は、ティアナ駐留軍に対して、共和国内の治安維持を正式に要請したい」
担当官の一人が書類を読み上げた。
「また、駐留軍指令、ラウル・バルガス少佐は大佐に昇格。共和国軍司令官の地位を与えるものとする」
「謹んでお受けいたします」
ラウルの返答は早かった。
司令官の地位は亡くなったケイポの立場を継げということでもある。
正式にラウルの肩書から「代行」の文字が取れた。
「ただし、指揮系統はティアナ駐留軍が独立して保持します。共和国軍の指揮下には入らない」
ラウルの通告に、担当官三人が顔を見合わせた。
三人はラウルではなく、同席していたグラーシェの使者であるオルロフの顔を見ていた。
それから、全員が頷いた。
条件を検討している顔ではなく、自分達を反乱から守る駒が手に入ったことに安堵している顔だ。
「もう一つ条件を」
担当官がまだあるのか?という顔を一瞬だけ見せたが、すぐに平静を装った。
「兵士に経験を積ませるために、ティアナ駐留軍本体が王都に到着するまでの間に、この王都の治安活動に参加したい。警察権を我々に与えていただきたい」
「治安活動というのは?」
「王国軍のように略奪などしない。帰化を望んでいる元島民の兵士に経験を積ませるため、犯罪者の摘発などを行いたい。三日もあれば十分だ」
「もちろんです」
担当官がまた頷く。
要求内容に無理がなかったことに安心したようだ。
「では書類締結を」
担当官から提出された書類の内容をホアンが隅から隅まで確認。
「問題ありません」
ホアンが裏がないことを担保した書類にラウルが署名した。
◆ ◆ ◆
エルネストが政府庁舎に呼び出されたのは翌日の昼だった。
机と椅子しかない、まるで取調室のような狭い部屋にラウルとエルネスト、それに、三人の外国人がいた。
机の上には書類が一枚置かれている。
「エルネスト少佐の調査が役に立った。エスピナ殺害の容疑者の居場所が分かった
ラウルはあくまでも、指揮官としての立場でエルネストに言った。
ラウルは駐留軍改め共和国軍の独立部隊を率いる司令官として、大佐に出世した。
階級が上の「上司」なのだから、公式な場ではそのように接するのが正しいルールだと、エルネストよりも不満はない。
「こちらの持っている情報と当てはめたところ、元陸軍軍人のこの男が犯人だと断定した」
「根拠は?」
「お前の調査結果からだ。エスピナの顔見知りであり、深夜に呼び出せる人物という時点である程度限定出来る。その中で、下町を根城にしており、事件発生当時に周辺にいた人物で更に絞り込んだ」
エルネストは机の上の書類を読んだ。
貴族の四男で元軍人。
エスピナの下で警備兵として働いていたが、国家総監のメンドーサ辞任後に部隊を辞めている。
退職届に記載された理由は「王国への裏切り」
「もちろん、聞き込みと状況証拠から推理して絞り込んだだけで、まだ容疑者の段階だ。まずは本人にあって問いただす」
「法的拘束が目的です。生かして捕えます」
「もちろん、わかっている。エルネスト少佐にも同行してもらう。ただし、捜査には、この三人も同行させる」
ラウルが直立不動、言葉を発せず立っている三人の外国人を指した。
「ファハドは外国人傭兵部隊の隊長だ。金を払えば誰にでも付く」
「信用出来るのですか?」
「金を払っているうちは決して裏切らない。実力は保証済だ。横の二人は島の住民。共和国への帰化と就職先の斡旋を要求している」
「それを受け入れると?」
「まずは、この町の警備を任せようと考えている。手始めに、この事件の調査に参加させることで、警備兵としての経験を積ませたい」
ラウルの声は平坦だった。
頷きもせず、ただそう言った。
「居場所は特定出来ている。今晩、容疑者が居住先に戻ったタイミングで踏み込む」
◆ ◆ ◆
旧市街の夜は、路地に入ると灯りが届かなくなる。
石壁と石壁の間の暗がりを、エルネストとラウルが進んだ。
明かりはあえて付けない。
土地勘のあるラウルを先頭に、エルネストと島民二人が続く。
後衛はファハド。
ただ、それ以外にも何人かが動いているようだった。
音を立てないように歩いているが、最低でも十人が下町の建物の陰に身を潜めながら動いている。
「後ろから付いてきている連中は仲間という解釈でよろしいのでしょうか?」
ラウルに尋ねた言葉だったが、ファハドの方が反応した。
「気付いておられたので? 身を潜めるのは得意な連中ですが」
「十……いや、十一名ですか? 動く時に微妙に何か風を切る音がある。銃とは別に帯剣もされているようで」
「さすがラウル殿の仲間だ。当たりです」
ファハドは口角を少しだけ上げた。
「当たり前だ。元・蒼炎隊の隊長だ」
「失礼しました」
ラウルが声を掛けると、ファハドが頭を下げた。
「容疑者だけではなく、蒼剣団を名乗る全員を拘束するつもりだ。なので、ファハドの部隊に出張ってもらっている」
「なるほど」
話していると、容疑者の居住先が近づいてきた。
廃墟を廃材で補修したような粗末な小屋だ。
その横の暗がりから、やはり外国人の男が一人姿を現した。
「容疑者は?」
「中にいます。他に三名」
「では、作戦開始だ。この建物を取り囲め」
背後に潜んでいた影が動いた。
器用に建物をよじ登ったり、路地を回り込んだりして、容疑者が潜んでいるという建物を取り囲んでいく。
「エルネスト、先陣は任せる」
「承知」
エルネストは小屋に近付き、勢い良く扉を開いた。
「ホセ・アレッセだな。ラモン・エスピナ殺害容疑で話を聞かせてもらいたい」
薄暗いランプに照らされた室内にいた三人の男たちが振り返った。
その顔は全て見覚えがある。
昨日昼間にたむろしていた連中だ。
「何の権利があって、やってきた!」
三人のうち、一人が立ち上がった。
「共和国政府から正式に警察権を受けている。まずは事情聴衆のため、警備隊の詰め所まで同行願いたい」
「共和国!? 国を乗っ取った賊が何を言うか!」
立ち上がった男が部屋の隅に置いていた剣の柄を掴み、鞘から引き抜いた。
柄の先に彫られていた端正な彫刻がランプの明かりに反射して光る。
軍給の量産品サーベルではない。
百年以上前には「騎士」の主力武器だった片手剣。
しかもそれなりの業物だ。
事前情報にあった貴族の四男という話に嘘はないようだ。
残り二人の男たちも、呼応するように立ち上がり、やはり部屋の隅に置いていた剣をつかみ取った。
こちらは量産品のようだが、やはり騎士の片手剣。
噂通り、剣を使う集団ということに間違いはないようだ。
「魔法使いなど、魔法を使う前に仕留めてしまえば!」
最初に立ち上がった男……おそらくホセが床を蹴った。
かなりの速度の突き技だ。
陸軍兵士の鍛錬だけでは、そこまでの剣技は放てないだろう。
自主的にかなりの研鑽を積んだに違いない。
だが「弾道予測魔法」……元は剣や弓矢の動きを見切るために開発された魔法が、その突き技の全ての動きをエルネストに教えていた。
筋肉の動き、移動速度……そして剣が描く切っ先の動き。
エルネストは剣の軌道の先に魔法弾を配置した。
そして、ブーツのつま先で立ち、体を半回転させた。
最小限の動きで剣の軌道上からエルネストが消えた。
それどころか、ホセの突きが魔法弾に当たったことで、刀身が粉々に粉砕されていく。
エルネストは体を更に回転。
遠心力で付いた勢いを乗せた手刀をホセの肩口へと打ち込んだ。
間髪入れずに捕縛魔法が放った。
残る二人の男は、白い石のようなものに拘束されて身動きを封じられて、その場に倒れこんだ。
「公務執行妨害だ。現行犯逮捕させてもらう」
エルネストは悶絶しているホセに呼び掛けた。
鎖骨骨折か、最低でも脱臼はしているはずだ。
しばらくは右腕でまともに物を掴むことは出来ないだろう。
「我々の出番はありませんでしたな。さすがです」
ファハドがエルネストの手際を見て称賛の声を上げた。
「お前たちの仕事はまだ残っている。蒼剣団とやらが、この三人だけのわけがないだろう。今晩中に全員確保する」
「失礼しました」
背後からラウルがファハドに言うと、頭を下げた。
「お前がホセ・アレッセで間違いないな」
ラウルが床を転がる男を見下ろしながら声を掛けた。
「あの男は選挙妨害を拒否した。そのせいで共和派とかいう連中が国を乗っ取った。王国に対する逆賊には死を!」
「質問に答えて欲しい。お前はホセ・アレッセか?」
今度はエルネストが同様の質問を行う。
「お前もだ、蒼炎隊隊長! お前が王国を壊した」
エルネストは後ろで腕組みをして仁王立ちをしているラウルの顔を見て、男を指差した。
ラウルは無言で首を横に振った。
「何度でも聞くぞ。お前はホセ・アレッセか?」
「何故俺を知らない? アレッセ家は名門貴族だ」
「すまない、私も貴族の全員を知っているわけではない。この国には公爵から男爵まで全部で千人近い貴族がいる」
エルネストはホセとは初対面だ。
顔を知るわけもなく、正直に答えた。
「四男だからとバカにしているのか?」
「知らないものは知らない。それよりも教えてほしい。深夜にエスピナを呼び出したのか?」
「ああ、そうだ。仕事に困っていると言ったら、あいつノコノコ付いてきたよ」
「そうか……」
それを聞いたラウルは腰にぶら下げていたホルダーから小銃を抜いた。
全く表情を変えず、さも日常のような動きだった。
そしてホセの眉間に一発撃った。
その後に、ホセの遺体に更に追い打ちとばかりに三発を撃ち込んだ。
室内に静寂が訪れた。
後方で拘束されている二人は何の言葉も発しない。
「犯人が武器を持って抵抗したために殺害。事件は解決だ」
エルネストは茫然とホセと、ラウルが持った小銃を交互に見た。
小銃から硝煙が立ち上る。
「生かして捕える予定だった。たとえ悪人でも、裁判を受ける権利はある」
「脅威の排除だ」
静かな声だった。
そこには何も感情が込められていなかった。
エルネストは返す言葉がなかった。
論理としては成立する。
刃物を持った相手を制圧する際に致命傷や死を与えたとしても、状況によって正当化される。
相手が抵抗したために過失で殺害してしまうことはあるだろう。
だが、既にホセは抵抗出来ない状況だった。
エスピナ殺害については法による処罰を考えており、私刑をするつもりなど毛頭なかった。
「後ろの連中は詰め所に連れていけ。ファハドは残りの蒼剣団を探し出せ。一度詰所に送って余罪を聞き出す」
ラウルは既にホセなど存在しなかったかのように、後処理の指示を出していた。
ファハドと、隠れていた部隊が物音を立てずに動き出した。
「今は治安の安定が優先だ」
ラウルが言った。
「孤児院に手を出したとかいう奴もこのまま拘束する。ここで逃せば組織は腐る。同じことが何度でも起きる。そうならないよう予防するのが、次の仕事だ」
ラウルは路地の奥を見ていた。
エルネストは頷かなかった。
同意もしなかった。ただ、その場に立っていた。
正論だ、とエルネストは思った。全部、正論だ。
治安の安定が優先。そうならないようにする。
どれも間違っていない。
どれも、そのまま信じていいものかどうか分からない。
ラウルが先に路地を出た。
もうラウルの背中は、暗闇に消えて、見えなくなっていた。
エルネストと物言わぬホセだけが、その建物に取り残された。




