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ファンタジーの時代はおしまい  作者: れいてんし
第三章 守るべき国なき兵士
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3章3話 「帰還」

 扉を叩く音で目が覚めた。

 窓の外はまだ暗い。

 夜明け前の空は、灰色というより黒に近かった。


 そんな時間に報告などただ事ではないとエルネストは飛び起きてすぐに応対した。


「サラサール少佐、エスピナ大尉が……昨夜、路地で」


 扉の向こうの声は若く、震えていた。

 新政府の下っ端兵士だろう。


 エルネストは答えずに上着を手に取った。


「詳細を」

「発見時には既に死亡。凶器は刃物。抵抗した形跡あり。目撃者はなし」

「ほかには?」

「以上です。犯人の目星は?」

「ない。今のところは」


 深夜の旧対応は何度もこなしている。


 エルネストは手早く身なりを整えて部屋を出た。


 帽子を被る前に、一度だけ親指で穴をなぞった。

 昨夜のエスピナの声が、どこかに引っかかっていた。


「報復か、それとも怨恨か」


   ◆ ◆ ◆


 エスピナが見つかった路地は、旧市街の外れにあった。


 石壁と石壁の間の細い道で、昼間でも日が当たらない場所だ。

 朝の冷気はまだ底に溜まっていて、吐く息も白い。


 治安警備隊の警備兵が数人、路地の入り口に立って実況見分を始めていた。


 だが、規制線は張られていない。

 縄一本張る手間を嫌がったのか、それとも、経験不足でそれすら知らないのか。


 そのせいで、野次馬が普通に入り込んで、血痕の近くまで寄っている。

 現場が荒らされては、実況見分どころではない。


「治安警備隊のエルネスト・サラサール少佐だ。ここは下がってくれ」


 エルネストがあえて肩書を名乗ると、警備兵の何人かは退いた。

 何人かは退かなかったが、それでも止められることはなかった。


「遺体は?」

「司法解剖のために、一度運びました。後ほど遺族に返還します」

「そうか……他に誰か現場を触ったか?」

「発見時のまま保持しています」

「その割には、縄一つ引いていないな」

「……発見時のまま、のはずです」


 曖昧な答えがあった。


 これでは現場保持がされているかどうか分からない。

 証拠隠滅や捏造もやりたい放題ということだ。


 ルールとしては違反ではあるが、エルネストはあえて命令を出した。


「証拠隠滅されていないかどうか確認を」

「確認します!」


 警備兵は血相を変えて走っていった。


 やや遅れて、今更ではあるが、遺体発見現場を取り囲むように、侵入防止の縄が張られた。


 想定以上に軍の統制が取れていない。

 命令を出す上層部が機能していないのと、貴族出身者が軒並み抜けた弊害が出てきている。


 現場に血痕は少ない。


 経験上、ためらい傷があったり、抵抗されたりするとこうはならないことを知っている。

 たとえ軽傷でも、刺された方が動くほどに、周囲に血が飛び散るものだ。


 つまり、急所を刃物で一突き。


 エスピナは叩き上げの軍人だった。それを一突き。


 相手が知った顔で油断したのか、それとも相手が余程の手練れだったのか。

 どちらにせよ、そこらの物盗りに可能な犯行ではない。


 それに、犯行予想時刻は、昨晩にエルネストと逢ってから朝までのかなり短い時間だ。


 エスピナも深夜帯から一人で調査を行ったりはしないだろう。

 深夜に誰かに呼び出された可能性が高い。


 靴跡は複数あるが、野次馬のものと混じって判別できない。


 遺留品はない。

 凶器も残っていない。


 警備兵の一人を呼んで尋ねた。


「目撃者は?」

「いません。深夜から早朝で出歩いている者はいない時間です」

「上への報告は? 聞き込みは?」

「直属の上司の回答待ちです」


 受け答えをした兵士は申し訳なさそうな顔をした。


 悪い人間ではないのだろう。

 ただ、どうすればいいか分かっていないだけだ。


「蒼炎隊の幽霊が出たんだよ」


 野次馬の中の老婆が、隣の人間に囁いていた。


「昨日も青い炎が見えたって言う人がいてね。解散させられた恨みを募らせて、ついに祟りが出たんだよ」

「幽霊にしては手口が物騒だな」

「幽霊だからだよ。怖いだろう」


 エルネストは老婆を一瞥した。

 老婆は目が合うと、なぜか深々と頭を下げた。


   ◆ ◆ ◆


 新政府庁舎の廊下は、今日も書類の山で狭かった。


 エルネストは担当部署の窓口に乗り込んで、報告書と捜査要請、エスピナの遺族への補償申請を出した。


 エスピナとそこまで仲が良いというわけではないが、何度も世話になった。

 それに報いねばならない。


「捜査は警備局の管轄になります」


 警備局へ行った。


「軍の関係者の案件は、軍の窓口へ」


 軍の窓口へ行った。


「現在、捜査権限が移管中でして。正式な管轄が決まるまでは――」


 エルネストは踵を返した。


 最初の担当官の部屋の前まで戻ってきた時、廊下の窓から中庭が見えた。


 枯れた噴水がある。王政時代には水が出ていたのだろうが、今は止まったままだ。

 誰も修理しない。

 予算がないのか、担当が決まっていないのか、どちらでもいいことだったのか。


「書類をお預かりします」


 結局、最初の担当部署のところに戻ってくることになった。


 書類を見ながら担当官が申し訳なさそうに言った。

 目の下には大きな隈が出来ており、顔色も悪い。


 背後には積み上げられた書類により山脈が出来ているが、それらを崩していく同僚は他にいないようだ。


 担当官が受理印を押されたが、空欄は空欄のままだった。

 書類は整理棚に置かれるのではなく、背後の山脈の地盤の一層になった。


 放置はされないだろうが、何日放置されることになるのか、それが少しだけ心配になった。


「不躾ではあるが、あえて教えて欲しい。他に担当官はいないのか?」


 担当官が小声で呟いた。


「大きな声じゃ言えないんですが、王国で働いていた人間が大半辞めたんですよ。事務は軍には行きたくないけど他に仕事がないという、元貴族の三男なんかの駆け込み先だったので」

「そうか、共和制で貴族制度も解体だからか……」

「仕えていたのは王であって、この国じゃないんだと。一番の問題は給料が減ったことだと思いますがね」


 エルネストは受け取った控えを折りたたんで、内ポケットに入れた。


「辞めたところで働き口もないだろうに」

「なので旧王国派を名乗って、政治活動を始めたりしてるみたいですけどね。まあ、金がなければ帰ってくるでしょう」

「帰ってきて欲しいところだ」


 背後の書類の山を見ながら言うと、担当官もその視線を確認するように振り返った。


「共和派は有効な施策を出せていないのか?」

「やり方を知らない素人が入ってきても……」


 街だけではなく、政府の中まで混乱しているようだ。


   ◆ ◆ ◆


 旧市街に人だかりができていたのは、昼を過ぎた頃だった。


 野次馬の頭越しに見えたのは、石壁に追い詰められた男だった。


 エルネストが駆けつけると、人だかりは蜘蛛の子を散らすように、一瞬で掃けていった。


 男に投げつけられたであろう石が数個、石畳に転がっていた。

 男はまだ動いていたが、自分では立てないようだった。


 男の前にしゃがんで、肩を支えた。


「立てるか」


 男は答えなかった。口の端が切れて、血が顎に伝っている。


 そう言う男の首には、浅葱(あさぎ)色の布が首に巻かれていた。


 王家は昔は藍で染めた青色を使っていたが、四百年の歴史で色褪せて、水色のようになったのを、浅葱色を使っていると勘違いされることが多々ある。


 この男達もそうなのだろう。


「まさか、蒼剣団のメンバーなのか?」

「違うよ。これはただのファッションだ。昔から付けていたものだ」


 エルネストは男の身なりを見たが、昨日に見た下町のゴロツキと異なり、ごく平凡な王都の市民というところだ。


 ただし、蒼剣団の構成員かどうかは分からない。

 口だけならば何とでも言える。


「何があった?」

「何がなんだか分からない。ただ、突然に旧王国派だの殺人犯だの言われて、いきなり石を投げられた」


 エルネストは散っていく群衆の背中を見た。

 誰も振り返らないし目も合わせない。

 ただ静かに、いなくなっていく。


「蒼剣団について何か知っているか?」

「柄の悪い連中で殺しを繰り返しているということだけ。昨日もここで誰か殺されたんだろう」

「……ああ、そうだ。だから、連中と間違われる可能性がある、浅葱色の布は、しばらく身に着けない方がいい」

「それは十分体感したよ。酷い目に遭った」


 エルネストは近くにいた警備兵を呼んだ。

 来るまでの間、男は何も言わなかったので、何も聞かなかった。


 聞いたところで、答えが出るわけでもない。


 この男が蒼剣団であっても、そうでなくても、今この瞬間に変わることは何もなかった。


 そもそも、エルネストは、その男を助けるために旧市街に戻ってきたわけではない。


 路地の一角、エスピナが命を落とした場所に花束を添えて、煙草に火を点けた。


 煙は真っ直ぐ上に上がっていき、すぐに拡散して見えなくなった。


   ◆ ◆ ◆


 夜になって、エルネストは孤児院の前に立っていた。


 入るつもりはなかった。ただ、足がそこへ向いた。


 窓の向こうから、子供の声がする。

 シスターが何か歌っている。低く、ゆっくりとした旋律が、石畳まで漏れてきた。


 赤い腕章の連中が再訪問してきた様子はない。


 エスピナはこの孤児院の話を聞いた時、顔色一つ変えなかった。

 ただ、煙草を一本余計に吸った。それだけだった。


 内ポケットに手を入れると、昨夜の紙がまだ残っていた。

 蒼い剣の絵と、整った字。


 エスピナの家族に聞き込みをしたところ、エルネストが帰宅した後に、また別の客人があったらしい。


 エスピナは「少し出てくる」と告げて、それを最後に帰ることはなかった。


 まだ遺体は司法解剖のために、警備隊の建物にある。帰れてはいない。


 血痕の少なさは、顔見知りが凶行に及び、不意を突いて急所に一撃入れて仕留めた。

 その可能性が浮上してきた。


 尻尾は掴んだ。


「ずいぶん久しぶりだな、エルネスト」


 背後で足音がした後に、すぐに挨拶をする声が来た。


 振り返ると、路地の入り口に人影があった。


 旅装のままで軍服ではない。

 短く刈り込んだブラウンの髪が、街灯の光を受けている。


 三か月ぶりに見る顔だった。


「……帰ってきたのか」

「ああ。今日の昼頃に着いた。子供たちとも遊んだ後だ」


 ラウル・バルガスはエルネストのすぐ隣に立つと、孤児院の灯りを見た。


 懐かしそうでも、感傷的でもない。

 ただ、見ていた。


「オレの留守中に孤児院を守ってくれていたそうだな。感謝している」

「お前がいない間に、潰れたら私の立場がないだろう」

「本来は、政府がやらなきゃいけないはずの仕事のはずなんだがな。王国は何もやってくれなかった。新しい共和国も、てんでなっちゃいない。古い制度に振り回されている」


 ラウルは表情も、声のトーンも変えずに言った。

 エルネストへ向けての言葉ではない。


「エスピナの話は港に着いてすぐに聞いた。残念だった」

「そうか」

「犯人には必ず報いは受けさせる。どんな事情があろうとも、理不尽な暴力は許さない。必ず法の下に処分を下す」


 ラウルの言葉に少しだけ違和感があった。


 以前は「法の下」などと言うことはなかったし「いつか殴ってやる」というのは酒の席での言葉でしかなかった。

 表情も態度も言葉も全部表に出ていた。


 だが、今の言葉には、込められているものが少し違っていた。


 表情も態度も平穏なままだ。

 口調も淡々としており、感情は表に出ていない。


「必ずだ」


 繰り返した、その言葉は重かった。


 二人の間に、しばらく言葉はなかった。

 ただ、孤児院から聞こえる子供の笑い声を聞いていた。


「単身での帰国ではないんだよな」


 そう問うと、ラウルは孤児院から視線を外して、エルネストの方を向いた。


「もちろん、革命軍……否、ティアナ駐留軍を引き連れての、堂々の凱旋だ。ただ、武装勢力が、いきなり通達なしで王都へ進軍というわけにはいかないだろう。クーデターを起こすわけじゃないんだ」


 三か月前と、どこかが違う目だった。

 何かを決めた人間の目だった。


「ラウル殿、そろそろお時間です」


 エルネストの少し後ろに立っていたのは、ホアン・メンドーサだった。

 島で見た時のような世の中全てを唾棄しているような様子が消えている。


 どこまでも忠実な副官。

 それが今のホアンの姿だった。


 すぐ横にはグラーシェの顧問、ヴィクトル・オルロフの姿もある。

 背筋を伸ばして微動だにしない。


「ああ、分かっている。ここから共和国の政府庁舎まで歩いて三十分も掛からない」


 ラウルが片手を少しだけ挙げてホアンに応えた。

 下町の一角だというのに、この空間だけは軍部の作戦本部のようだった。


「これから少し仕事がある。駐留軍司令としての仕事だ」


 ラウルはエルネストに……孤児院に背を向けた。


「詳しくは明日に話す」


 三人は暗闇の中へ消えていった。

 

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