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2話 「北からの銃」

「回収した銃の分析が終わった」と、丁度反省会中のエルネスト達3人に連絡が入ったのは翌日のことだった。


「ラウルが飛び出すのが悪い」「ネストが指揮しないのが悪い」「そもそも二人が飛び出して私が置いていかれた」

 三人で責任のなすりつけあいをしつつも、エルネストが障壁魔法の改良についてレクチャーしている最中の出来事だ。


 反省会は大事だが、それは後でも出来る。

 何より、三人はどこから銃がやって来たのかの方が気になった。


 赤土だらけの訓練所から少し歩いたところに、蒼炎隊(ソルフラマ)の後方支援室はある。

 

 壁一面の棚に魔導具と工具が並ぶ、石造りの地下室。

 定期的に換気はしているはずなのだが、常に何かの分解、分析、開発を行っているせいか、常に部屋には油と埃の臭いが染み付いていた。


 その部屋の片隅にある机の上には、昨日革命派の民兵が使用していた謎の銃が綺麗に分解されて部品の状態で置かれていた。


「ああ、来た来た。待ってたよ」


 そう声だけで返してきたのはイネス・ヴェガ。

 王国軍魔導技術研究所の特別顧問で、蒼炎隊の後方支援を担当する、20代後半の女性だ。


 だが、眼鏡の奥の目は、目の前の銃にのみに注がれ、部屋に入ってきたエルネストたちには全く向いていない。


「それで聞いてみたい? この分析結果」

「長くなるなら、短くまとめてくれ」

「長くなってもいいから、詳しく聞かせてくれ」


 ラウルの口を塞ぐようにエルネストが尋ねると、イネスが椅子から立ち上がり、壁に立て掛けていた指揮棒を持って戻ってきた。


「うちの軍が使ってる銃との最大の違いは、この施条(ライフリング)だね。銃身の中に螺旋状の溝を彫って、弾丸に回転をかける」


 イネスは眼鏡を押し上げた後に、指揮棒を立てて、それを持った手首を半回転させた。


 その目に浮かんでいるのは恐怖ではなかった。

 技術者としての不謹慎な好奇心だった。


「魔法弾と同じ発想だな。弾を回転させることで直進性能が増す。中級になった魔術師が最初に覚えさせられる技術だ」


 エルネストの脳裏に浮かんだのは訓練中の光景だ。


 十三歳の時だっただろうか?

 ラウルとカミラ、同期の三人で朝から日が暮れるまで、ただひたすら木の標的に向かって螺旋魔法弾を放つ訓練を繰り返した。


 ただひたすらに、ただひたむきに。

 そうすることで、より良い未来が来ると信じて。


「ラウルはなかなか出来なかったよね」

「うるせえな。オレはお偉い貴族の二人と違って平民出身だもんでね」


 カミラの煽りにラウルが膨れるが、これで機嫌が悪くなったわけではない。


 生まれの身分など問わず、完全実力主義なのが蒼炎隊だ。

 エルネストもカミラも……そしてラウル自身も能力に自信があるからの余裕だ。


「皆さん知っての通りで、回転させれば直進性能は増すという理屈は前からあったんだよ。でも、それを銃に応用は出来なかった。理由は分かるかい?」

「溝を掘れなかった?」


 エルネストは首を傾げながら、当てずっぽうに答えた。

 もちろん自信などない。

 そもそも銃も回転させた方が強いなど初耳だからだ。


「半分当たり。溝が傾くと、当然飛び出した銃弾も曲がっていくからね。うちの国の技術じゃこうも正確に溝を掘れない。この銃の弾道がブレてたって話があったでしょ」


 弾道がブレていたというのはエルネストが出した報告だ。


 耐銃用に産み出された魔法、弾道予測魔法により、銃の弾丸の軌跡を読むことが出来る。


 それで調べたところ、民兵が撃った弾丸は、毎回おかしな方向にブレており、真っ直ぐ進むことはほぼなかった。


 エルネストが粗悪品と断定したのはそれが理由だ。


「この銃はそれ。施条を掘ったは良いものの、精度がイマイチなので、銃身の中で弾丸が振り回されたみたいになって、微妙に上下左右にブレるんだよ。失敗作の粗悪品だ」


 イネスが銃身部分のパーツを目に当てて、それでエルネストの顔を覗き込む。

 銃身を通してエルネストとイネスの目が合った。


「それで、もう半分というのは?」

「溝を掘ると、当然のことながら、強度が落ちて銃身が暴発する危険が増える。だけど、こいつは耐久性を維持しつつも溝を掘れている。うちの国とは技術が違う」

「それほど優秀な職人がいるのか?」

「いや違うよ。こいつは職人芸じゃない。溝を掘る機械を作って、それで大量生産してるんだよ」


 イネスの言葉の意味が分からぬエルネストではなかった。


「つまり、この粗悪品を革命派に流している組織は既に完成品を持っている」

「しかも推定で数千丁規模でね。万かもしれない」

「根拠は?」

「あんたらが同タイプの銃を五丁回収しただろ。そのうちの三丁がうちに入ってきたんだけど、それを全部バラした上での結論だ」


 イネスはそう言うと、別の机の上に置いてあった銃を持ってきた。

 机の上でバラバラになっている銃と同じものだ。


「三丁の銃の部品をそれぞれ組み替えても問題なく動作する。職人お手製じゃ、こうはならない。これは工場での大量生産品だ」

「だが、それだけだと数が揃っている根拠にはならない」

「根拠は、こいつが高性能品の粗悪品だからだよ。工場生産で大量に部品を作ると、いくつかは製造に失敗した粗悪品が出る。仮に1パーセントが粗悪品だと仮定しよう。本来なら廃棄だが、それら粗悪品を集めて作った銃を革命派に流す。捨てるよりもお得だ」


 この理屈もエルネストには理解できた。


「粗悪品銃が百丁、このヴェルディア王国に流れてきていると仮定すると、元の国には一万丁の銃があるということか」

「最低でね。ヴェルディア王国の銃を全部かき集めても一万ギリギリだっていうのに。しかも旧式」


 エルネストは少し目眩がしてきた。


 かつては世界最強だったヴェルディア王国は、あまりに魔法に依存しすぎて、技術開発がおざなりになっていた。

 だが、これほどの差が付いているとは予想もしていなかった。


「技術の講義を受けに来たわけじゃないんだ。オレたちはどうすりゃいい?」


 いつまで経っても技術の話ばかりで、事件についての情報が出てこないことにラウルが痺れを切らしたようだ。

 イネスもラウルの話を聞いて、ようやく話の本題に戻る気になったらしい。


「ダルク連邦」


 イネスが出したのは、北方にある国の名前だ。


 国土の大半が山ばかりで、一昔前までは、農作物もろくに取れない貧困国でしかなかった。

 それが近年、製造業の工業化による大量生産に成功し、一気に勢力を拡大してきた。


 歴史が浅い分だけ、魔術へのこだわりは少なく、銃や砲への移行も速やかだった。


「近隣国で、こんな銃を開発して大量に作っていそうな連中となると、ここくらい」

「まさか、ダルクは王国に侵略戦争を仕掛けるつもりか?」

「そこまでは分からない。だけど、王に不満を持つ市民を鉄砲玉にして、この新型銃の実験をしているのは確かだ。本当の戦争をする前に、兵器の評価試験はしておきたいだろうからね」

「となると、正規ルートの輸入じゃない。つまり密輸か」

「おそらくね。水際で防がないと、王国は、どんどん内部から切り崩されるよ」

「密輸ルートを潰す。まずはそこからだな」


 エルネストは、ラウル、カミラの顔を見ると、二人も頷いた。


「捕縛した、例の民兵からの証言を確認してみよう。連中がどこで銃を調達したかが分かれば、こちらの動きも決まる」

「根元を叩かなきゃ、枝葉を刈っても意味がない」


   ◆ ◆ ◆


 イネスの分析報告を行った後に、グレゴリオ隊長の号令が下った。


 拘束した民兵から革命派の情報が得られた。


 王国の首都、ラルカ郊外にある、打ち捨てられたワイン貯蔵庫が拠点として再利用されているようだ。


 密輸ルートと直接の関係はないだろう。


 だが、それでも何かしらの情報は手に入るだろうし、革命派の戦力を削っておいても損はない。

 銃が乱暴者の手に渡れば、それで傷付く民が増える。


 それは蒼炎隊にも、エルネストの精神的にもよろしくはない。


 エルネスト、ラウル、カミラの3人が現場に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。


 件の貯蔵庫の石壁には蔦が這い、屋根の一部が崩れている。

 破損からして、この倉庫が放棄されてからそれなりの年月が流れたのだろう。


 建物の出入り口は二ヶ所。

 葡萄畑の跡地に面した裏口と、正面の大扉があるようだ。


 裏口は人や小さな荷車を出し入れするのが精一杯の小さな扉。

 正面は、ワイン樽を馬車に積み込むための、大きな観音開きの扉が付いている。


「窓はないんだな」

「ワインは日光に弱いので、ワイン倉庫は日が当たらないように、換気用の鎧戸しかない。覚えておけ」

「それで、ワインは暗くて狭い部屋で保管すんのか」


 すぐに飲むことに結びつけるあたり、ラウルらしい感想だとエルネストは微笑んだ。

 

「今は、窓から出入りは出来ないと理解しておけば大丈夫だ。つまり、敵が現れるとすると、正面か裏口のどちらか」


 エルネストは靴先で地面に簡単に絵を書いた。


「ラウルは右側から裏口へ回り込め。カミラは屋根に登って、上から正面と裏口、どちらに敵が現れても対処出来るように」

「ネストは?」

「私は正面から挨拶に行く」


 エルネストは地面に書いた倉庫の絵を真正面から蹴り飛ばした。


「おいおい、正面からなんて、穴の開いた帽子をもう一個増やしたいのか」

「帽子の障壁は改良済みだ。心配するな」

「帽子の心配はしてねぇよ。中身の心配をしてんだ」


 ラウルが指先でこめかみをトントンと叩いたが、エルネストは返事をしなかった。


「作戦開始だ。散れ!」


 エルネストの号令で、ラウルとカミラが駆け出した。


 ラウルの足音が右に消え、カミラが雨樋を器用に伝って屋根に登る。


 2人の配置が終わったところで、エルネストは右手を頭上に掲げた。

 ラウル、カミラ共に手を挙げた。


 エルネストは正面の大扉に向けて魔法による衝撃波を放った。


 放棄されて劣化していた木製の扉が爆音と共に吹き飛ぶ。


 周囲に粉塵が立ち込めるが、それも計算のうちだ。


 間髪入れずにエルネストが放った風の魔法が塵を全て吹き飛ばして視界を確保する。


 貯蔵庫の中には――誰もいない。


「逃げやがった!」


 ラウルの声が裏口から飛んできた。


 屋根の上にいたカミラ、そして、ラウルが駆け出した。

 エルネストも走って裏口に出た。

 

 放棄されて茶色く変色した棚だけが残る葡萄畑の跡地を、1台の黒塗りの馬車が土埃を上げて走り去っていく。


 裏口から馬車が出ていることに、エルネストは違和感を覚えた。

 理由を考えても分からない。


「どうやって馬車を出し入れしたんだ?」

「布を被って隠れてたに決まってるだろ!」


 なる程とエルネストは頷いた。

 それはそれとして、ここで逃がすわけにはいかない。

 

「ラウルは馬車を止めろ! カミラは援護を!」

「また捕縛で良いんだよな!」


 ラウルが全力で馬車に向かって駆け出しながら、顔だけをエルネストに向けて言った。


「もちろんだ。まだ連中には何も聞けていない!」

「なら、ここはオレに任せろ! まずは馬を切り離す!」


 追撃するラウルを狙って、馬車の荷台から逃走者が発砲した。


 だが、弾道予測魔法は、弾は完全に明後日の方向に飛ぶ軌跡を見せており、ラウルに当たる気配すらない。


 ただでさえ、走行中の馬車は揺れるので狙いが定まらない。

 その上に、先の民兵が使用した粗悪品と同じで、真っ直ぐ飛ばない銃だ。


 近距離だとわずかなブレでも、それは標的との距離が開くほどに大きなブレとなる。

 当たるわけがない。


 対してラウルが放ったのは遠距離用魔法弾。


 奇しくも民兵の粗悪品と同じく、螺旋の回転によって直進性能と射程距離を伸ばした魔法弾だ。


 ただし、こちらの魔法弾の狙いは「正確」だ。

 

 魔法弾は正確に、馬と荷台を繋ぐ紐を断ち切った。


 すぐ近くを魔法弾がかすめた馬は驚いて荷台を置き去りにして逃走。

 運転席に乗っていた御者は、突然の挙動の変化に対応出来ず、大きく傾いているのが見えた。


 そこに、今度はカミラが放った魔法弾は荷車の車輪に直撃した。

 ラウルと同じく正確に目標を捉える。


 3人でこなした訓練は、決して無駄ではない。


 片側の車輪が完全に破壊されて、荷台は横転。

 御者、そして荷台に乗っていた数人が地面に投げ出された。

 

 あとは2人に任せておいて大丈夫だろうとエルネストは確信した。


   ◆ ◆ ◆


 エルネストは古びたワインの酸っぱい臭いが染み付いた貯蔵庫の中を警戒しながら進んだ。


 既にワインの樽はいずこかへ運ばれており、残っていない。

 その代わりにあったのは、机と椅子が数脚。


 それに、ここで寝泊まりでもしていたのか、藁が敷き詰められており、その上に毛布が乗っている。


 机の上には書類が散らばっている。

 ただし書類の内容は、ほとんどは暗号か、読めない外国語だ。


 これはまた分析してもらう必要があるだろう。


 気になったのは、壁に貼られた1枚のポスターだ。


 近隣諸国、東にあるグラーシェ人民共和国の政府発行のものだ。

 ポスターの内容はグラーシェ語で「人民の解放」と謳っている。


 エルネストは少し疑問を感じた。


 銃がダルクから輸入されていたというのは、まだ理解出来る。

 イネスが推測した通り、新兵器の評価実験を行おうとしているのだろう。


 ただ、グラーシェはダルクと対立している国家だ。


 二国は何度も一触即発の状態になっており、二国間でいつ戦争が始まってもおかしくない状況が何年も続いている。


 いくら、ダルクがヴェルディア王国を実験場だと割り切っていても、敵対している国家と親しい勢力に武器を提供するだろうか?


「武器は北からで思想は東から? これは思っているよりも単純な話ではないな」


 エルネストは結論づけた。


 他に何か情報がないか探したのだが、貯蔵庫内には他に何もなかった。

 おそらく粗悪品も含めて、裏口から逃げ出した馬車の中に必要な人と物はあらかた積み込み済なのだろう。


 そこは馬車の荷を改めれば分かる。


 エルネストは、ポスターを剥がして丸めて、他の書類と共に持って貯蔵庫から出ると、丁度、ラウルとカミラが歩いて戻ってくるところだった。


「首尾は?」

「身柄確保はしたが、やっぱり唆されただけの下っ端だ。多分、尋問しても何も得られねぇぜ」


 手柄を挙げたというのに、ラウルの表情が渋いのは、思っていたような成果が得られなかったからだろう。


「私が手に入れた情報はこれだ」


 エルネストは貯蔵庫内で手に入れたグラーシェのポスターをラウルとカミラに見せた。


「ダルクとグラーシェ。この2国が素直に手を組んで、革命派に力を貸しているとは思えない。思想も力関係も無茶苦茶だ」

「だけど、調査の方向性は分かったな」


 ラウルは拘束されている革命派の民兵を顎で指した。


「大量に銃をダルクから持ち込まれてる……密輸されてるってことなら、内陸ルートは考えにくい。そうなると、海路だ」

「港のどこかに、取引の拠点があると?」

「ああ。しかも、ダルクとグラーシェ、両方と取引して、旨い汁を吸おうと考えている連中がいるってことなんだろう。まずはそいつの正体を突き止めて、ぶっ叩く」


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