2章8話 「革命の狼煙」
ティアナ島嶼のアルマの革命軍の本部に、待望の連絡がやってきた。
本国から届いたのは、たった一枚の書類だ。
だが、この書類が近代戦では最も強力な武器になる。
国家総監である、アルバロ・メンドーサの署名が入った「駐留軍正規認定証」だ。
逆に、北部のメンドーサ派の軍。
それを率いるデオン・アロンソには、解任の通達が入っているはずだ。
受け取って数日以内に本国に申し立てを行わなければ、正式に賊軍と認定される。
「ネストがやってくれたぞ……」
アルマの司令部で執務中だったラウルは、本国から届いたという書類をホアンに渡した。
ホアンは内容を確認して、一瞬だけ満足げに頷いたが、すぐに不満げな顔に戻る。
「だけど、その書類が効力があるのは今のメンドーサ体制が維持されている間だけだ。奴は、この島を、選挙前の軍部のアピール材料としか見ていない」
「三週間後に本国で選挙が始まる。そこでメンドーサ体制が終われば、この書類もただの紙切れになる。ケイポ将軍の死を隠せるのも、そこが限界だ」
「つまるところ、賞味期限は短い。美味しいうちに食べる必要があるというわけか」
ラウルは少しだけ思案した後に、執務室の椅子から立ち上がった。
ホアンが取り出したのはオルロフが見積もった、現在のグラーシェからの補給物資の目録だ。
ここから補給物資は増えるだろう。
だが、それでも数の不利、装備の不利は変わっていない。
「その上で、これだ。補給の到着を待っていたら間に合わない。今の戦力で即、仕掛けるしかない」
「二人だけで話している場合じゃないな。会議を招集する。強硬派が拠点にしている北部都市、アミルーシュ攻略作戦だ」
「メンバーは?」
「お前とイサベラ。それにオルロフと兵士隊長のゴンザレス、ロドリゲス。傭兵隊長のファハドを呼べ」
「オルロフもですか?」
ホアンがここでラウルに意図を確認するような視線を向けた。
「味方のうちはせいぜい役にたってもらう。タダ飯を食わせているわけじゃないんだ」
ラウルの命令を受けたホアンは礼をした上で執務室を出ていった。
◆ ◆ ◆
ラウルの指示通りのメンバーが執務室隣の会議室に集められた。
中心の大テーブルの上に、北部強硬派が占拠している都市、アミルーシュの地図を机の上に広げた。
かなり昔から酷使されているのか、地図には煙草とカビの臭いが染み込んでいた。
あちこちよれており、端も傷んでボロボロだが、内容は読み取れる。
「この地図は二十年以上前の、ロハス戦争時に作られたものだ。今では町並みは変わっているはずなので、参考程度に思って欲しい」
「地形は私が把握しております」
兵士隊長のゴンザレスが地図を見てそう言った。
ゴンザレスはケイポ将軍と共に革命軍に流れてきたヴェルディア王国駐留軍の軍人だ。
二十年ほど前のロハス戦争も体験している熟練の軍人で、ティアナ島嶼群の地形や、革命軍の戦力には詳しい。
「この市庁舎が、現在では軍部の拠点して使われており、メンドーサ派の将軍アロンソも、おそらくここにいる。そのすぐ近くには補給物資を溜め込んでいる倉庫がある。だが……」
「城壁。そして、城門か」
アミルーシュは、海上から突き出た半島に作られた都市だ。
三方を海に囲まれ、陸に繋がる一方には巨大な防壁が作られている。
ロハス戦争時に敵からの襲撃に備えて急ごしらえで作られたものではあるが、この防壁は、おそらく今でも敵軍の進行を妨げる上では有用だ。
しかも、陸軍がダルク製最新式銃を導入していることは既知の事実だ。
真正面から攻めたところで、この防壁に阻まれている間に、銃で狙い撃ちにされるだろう。
「少々銃の数が増えたところで、革命軍の大半は、武装した地元住民だ。数で劣る上に、撃ち合いになれば、確実に正規軍人に競り負ける」
こちらは、同じく兵士隊長のロドリゲスだ。
今は地元住民の訓練を担当しているが、訓練に使う銃弾もないのが現状だ。
地元住民の熱意とやる気は買うが、彼の言葉通り、戦力として扱うのは厳しいだろう。
「それに、地元住民をなるべく戦わせたくない。あいつらは漁師や農民だ。そいつらの手を血で汚したくはない」
ラウルがそう言うと、ホアンが睨みつけるような視線を向けた。
「今更に甘いことを言わないでくれ。革命軍の兵士はみんな覚悟を決めている。ここから先、血を流さずに戦いを進めることなど不可能だと、みんな知っている」
ホアンはラウルに強く言った。
「今のあんたには、総勢だと三千以上の革命軍の運命が……命が掛かっているんだ。少々の犠牲は必要経費として受け入れて欲しい」
ホアンが人間を数として換算するのは今に始まったことではない。
それがラウルには不満だったが、軍のリーダーとしては避けては通れない道だ。
「だが、被害は避けるに越したことがない。地元住民は兵士だけをやっているわけではなく、働き手でもある。犠牲はそのままティアナの弱体化に繋がる」
イサベラがここで主張をラウルに伝えた。
「そこでこれを使う」
ラウルが認定証を持ち上げた。
「メンドーサ派の中にも、上からの命令で嫌々従わされていた者も大勢いる。そいつらは、認定証という錦の旗で動くはずだ。我々革命軍側が、兵士に恭順するならば、今後の身分も保証すると呼びかける」
「それだと、せいぜい三分の一と言ったところだろう」
ホアンが低い声で冷静に分析した。
「そんな程度か? 半分くらいは寝返ると思ったが」
「兵士の大半も、書類一つで状況がひっくり返ったのだから、また別の書類でひっくり返せると考えるだろう。だから、何かもうひと押し必要だ」
「なるほど……」
理屈は通っている。
ホアンの分析は間違ってはいないだろう。さすがに書類一つでひっくり返すほどではない。
ラウルは過去の経験……蒼炎隊の任務で使えそうな作戦が何かないかを思案して、そして案を出した。
「少数精鋭による突破だ。連中が占拠している、市庁舎にいる将軍を倒す」
「それで?」
ホアンは値踏みしているように尋ねてきた。
だが、ラウルは動じない。
「同時に市内の放送設備を占拠して、将軍は革命軍に倒されたと広く伝える。これで事態は更に動かせるはずだ」
「もう一手欲しいところだ。その作戦だと、軍は報復のために市庁舎を包囲して終わりになる。それに、市庁舎を攻略するとなると、少々の精鋭を集めたところで……」
ホアンはここで言葉を止めた。
革命軍の通常の兵士を集めての少数精鋭では不可能な作戦だ。無謀な賭けでしかない。
だが、その理屈は、ラウルの前では崩れる。
「元・蒼炎隊……」
「ああ、私一人で陥落させられる」
「司令官が最前線に立つなど、本来は、愚の骨頂でしかないのだが……」
ホアンは最後まで言わなかった。
文字通り一騎当千……ラウル一人で千人の兵を送り込む以上の戦果を上げるだろう。
戦争は数。その単純な理屈の通り、市庁舎の陥落は確定する。
「これで勝てるか?」
「もうひと押し欲しいところだな。イサベラ、アミルーシュの住人はどうなっている? やはり軍には反抗的なのか?」
「ここと同じだ。略奪と無法を繰り返す、今の軍部を良く思ってない。ただし、何人も殺されて、力の差を……無力感を味合わされている。抵抗活動は期待しても無駄だ」
イサベラの父は、ティアナの地元住民のまとめ役とも言える人物だった。
その頃のつてが残っているので、島の情勢には色々と詳しい。
そんな彼女が断言する以上は、革命軍の手助けに立ち上がるということもないだろう。
「ならば、作戦をもう一つ追加しよう。事前にアミルーシュの市民を懐柔する。そして、城壁の城門を市民に解放させる。あくまでも市民革命の形は残す」
ラウルはイサベラにそう尋ねた。
「まずは将軍のクビ。次に放送で、協力をしてくれたら、強硬派が抱えている食料を配給すると呼びかける。それを条件に、市民に協力しろと言ったらどうなる?」
「市民は弱っている。動いてくれるとは思わない」
「待ってくれ。少し考える」
ホアンはしばし唸るような声を上げながら思案を続けた。
「市民が欲しいのは確約だ。革命軍が負けないこと、今のメンドーサ派と違って安全が保証されること、そして物資の配給だ」
「ならば、補給倉庫を狙いましょう」
今まで黙って様子を見守っていたオルロフがここで言葉を開いた。
町の中にある大きな建物を指差した。
「以前に我々がこの町に投資していた際のことです。港に揚がった補給物資は、一度ここへ運ばれました。守りの兵は少なく、一度落とした後に、市民を壁にして、駐屯地からの援軍を阻止すれば、占拠は容易でしょう」
「市民を戦闘に巻き込むのか?」
「巻き込みません。倉庫を解放して、配給を始めるぞと言えば、自ずと集まってくるでしょう。彼らは、肉の壁として機能します」
「だが、メンドーサ派は、市民を殺害しても物資を集めようとしている」
「それはありません。ラウル殿が市庁舎を陥落させれば、トップの首、補給物資、住民の支持、そして正当性……全てが敵にある状況です。そんな状態で略奪や虐殺などを継続できますか?」
オルロフの話におかしなところはなかった。
市民に危険が及ぶ可能性もあるが、他の作戦がうまくいけば、その可能性は限りなく減らすことが出来る。
だが飲み込み辛い。
ただ、それだけだ。喉元を過ぎれば……通る。
「では、アミルーシュ攻略作戦の概要は固まった。あとは詳細を詰めていく」
◆ ◆ ◆
アミルーシュ市庁舎の掲示板に打ち付けられた三枚の紙は、風に揺れても剥がれない。
布告 第一号 アミルーシュ市
本日より本市は正規駐留軍の統制下で行政を継続する。
公印・公文書は保全済。略奪・報復を禁ず。違反は軍法に処す。
ティアナ駐留軍司令代理ラウル・バルガス
降伏兵恩赦の件(抄)
一、武器返納・市民保護の誓約書に署名した者は赦免する。
二、俸給は宣誓日から遡及し、家族保護を約す。
三、宣誓拒否者は明日正午まで武装解除のうえ退去せよ。
ティアナ駐留軍参謀ホアン・メンドーサ
最後の一枚は単純かつ簡潔なものだ。
本日正午より、市民に物資の配給を開始する。補給倉庫前に来られたし。
ティアナ駐留軍司令代理ラウル・バルガス
「怪文書」は夜の間に、町のあちこちに貼られていたようだ。
駐留軍の将軍、デオン・アロンソのところに、朝からひっきりなしに「怪文書」の報告が寄せられる。
窓の外で、教会の鐘が鳴り始めた。
正午まで二時間。
何が起こるとも思えない。
「反乱軍どもめ、どうやって国家総監に取り入った……」
本国の国家総監であるメンドーサからの書類はアロンソのところにも届いていた。
だが、その内容が問題だ。
「ティアナ島嶼軍で行った私略について説明のために本土に戻られたし。拒否する場合は賊軍として解任を命じる」
帰国した後に、軍部に申開きは必要だ。
だが、アロンソには勝算があった。
直近に本国では国民選挙が行われる。
そこでメンドーサが失脚すれば、この書類も無効になる可能性が高い。
そうなると、後継に選ばれるのはメンドーサに継ぐ軍の実力者、ドミンゴ・エスカランテ中将だ。
将軍の性格を考えると、北部駐留軍が正当だと認められる可能性は高い。
それまでのわずかな期間、革命軍から町を守り抜けば勝ちだ。
「革命軍の動きは?」
「斥候が夜の闇に紛れて、山地部を通ってこの町に近付いているようです。数は二千」
「海からは?」
「革命軍の海軍戦力は中型の船が二隻のみです。海からの襲撃はないでしょう」
アミルーシュは、ヴェルディア王国や、隣国、ヴァロワ共和国連合との貿易で成り立ってきた港湾都市だ。
そのため、攻めるには必ず海軍戦力か、山側から防壁を抜けて攻め入る必要がある。
まともな海軍戦力を持たない革命軍が山側から来ることは明白だった。
その時、窓の外から大きな爆音が聞こえてきた。間髪入れずに血相を変えた兵士が執務室に飛び込んできた。
「何事だ?」
「幻想種です! 海から何匹も大量に上がってきました!」
「なんだと!? 海軍は何をしている?」
「どういうわけか、包囲網を抜けて、突然波止場に現れたようです。今は市内の部隊を迎撃に向かわせていますが」
アロンソはあくまでも沈着に指示を出した。
巨大イカの幻想種は、ティアナのあちこちに棲み着いているらしく、どこにでも出現する。
だが、陸軍の装備ならば容易に撃退出来る。
年に数度は発生する「恒例行事」だったが、革命軍が動き出したこのタイミングで出現したことだけが気になった。
「軍艦からの砲撃はどうした? 何発かぶち込めば、それで終わる話だろう」
「今回は湾の中に入り込みすぎています! こんな位置に出現したのは初めてです」
「それでもやれ! 分析は後だ」
「大砲を撃てば、余波で町に重大な被害が出ます」
「こんな島の連中なんてどうなったっていいだろう!」
「港湾施設にも被害が出ます。本国からの補給物資の受け取りに支障が出ます!」
アロンソは苛立ちから、持っていたペンの端を噛んだ。
「海側から革命軍が侵攻してくる可能性は、万が一にもないのだな?」
部下は、申し訳なさそうに、頭を下げながら言った。
「実は、海沿いには地元漁師が貝を取るのに使う細い道が島を取り囲むように続いています。慣れた地元民でも通るのがやっとの崖沿いの道ですが」
「何人ぐらいならば通れそうな道か?」
「道は険しく、波は荒い。一時間に十人と言ったところでしょうか。夜通し移動しても六十人が限度かと」
六十人。
少ないようで多い数だ。
それぞれが武装しており、組織だって攻めてくれば、どこかの施設一つくらいは落とされるだろう。
アロンソが窓から市街を見ようと近付くと、何やら煙と共に焦げ臭い臭いが上がってきた。
「火事だ!」
遅れてどこかから叫び声が上がった。
◆ ◆ ◆
イサベラの先導で海沿いの道を通り、アミルーシュに侵入したラウルたち、四十八人の少数精鋭の特殊部隊は、夜の闇に紛れて行動を開始した。
王国の兵士ならば通行も大変だろう。
だが、今回選出したのは、地元民と、ティアナで長い間戦い続けてきた歴戦の傭兵部隊だ。
二人が途中離脱したが、困難な道にしては離脱率は低い。
フェリペが事前に追い立てておいたイカの幻想種を、アミルーシュへ誘導させて暴れさせる。
市内の陸上の戦力は、幻想種を相手にするため、分散せざるを得ない。
今まで散々メンドーサ派が、これと同じ手口で、革命軍の拠点にイカを追い立ててきた。
だが、自分たちがやり返されるとは思っていなかったようだ。対策が出来ていない。
やられてきたことの意趣返しだ。メンドーサ派は自分たちの計略で痛い目を見る。
「ファハドは補給倉庫の攻略に向かえ」
「分かった」
外国人傭兵部隊のファハドは、熟練の傭兵部隊を率いて散っていった。
戦力は各地から集まって金のためならなんでもやる猛者が四十名。
補給倉庫を守る兵士は三十名だが、本国から送られてきて以降ずっと内地勤務。
戦闘らしい戦闘をしていない、新兵も同然だ。
数と経験の上では勝っている。
「フェリペとイサベラは私と共に市庁舎に向かう。残りの者は、町に貼り紙を貼って回り、潜伏せよ」
三人で市庁舎を陥落させる。
もちろん時間制限もある。
作戦が長引けば、他の町から増援が来るし、イカも陸軍相手では長くは持たない。
駆除が済めば、革命軍の迎撃に参加してくるだろう。
普通ならば無謀な作戦だが、ラウルには十分に勝算があった。
「先輩……」
「先輩じゃない。ラウル殿だ。分かっているな、フェリペ」
「分かっていますよ」
フェリペの声は震えていた。
エルネストの話だと、蒼炎隊は訓練と儀式ばかりやらされていたという。
つまり、これが最初の事件になるはずだ。
「お前は後方で支援だけしてくれていればいい。オレが一人で決める」
ラウルはここで咳払いをした。
「私一人が決める。お前は付いてくるだけでいい」
ラウルの頭の中にあるのはエルネストの姿だった。
襟のボタンを最後まで詰めて、軍服の寄れを直し、帽子を深々と被る。
そして、感情を殺す氷の仮面を被った。
まずはラウルが市庁舎の玄関ドアを炎の魔法で焼き払った。
間髪入れずに今後は風の魔法で炎を屋敷の中へ送り込んで、火事が周辺施設へ延焼するのを防ぐ。
エルネストがいつぞやの古いワイン小屋へ攻め入るのに使ったのと同じ方法だ。
炎が上がり、屋内へ煙が流れ込んでいく。
宣戦布告代わりの狼煙だ。
そして、堂々と正面から乗り込む。
弾道予測魔法によって分析された銃弾の軌跡が、ホールに入ったラウルの胸や肩、足に当たるのが見えたが、何も問題なかった。
最低限の障壁魔法を展開して、問題なく弾き返す。
「駐留軍指令代行、ラウル・バルガスだ! 私服を肥やさんと私略を繰り返し、国家総監からも処分を命じられた賊臣、デオン・アロンソの断罪に参った。諸君にまだヴェルディア王国への忠誠が残っているのならば、速やかに降伏せよ。罪は問わない」
芝居がかった警告。
なおも銃弾が放たれた。
今度は正面や側面、二階からなどの様々な方位からの十字砲火による一斉射撃だ。
対魔法使い用の戦術としては教科書通りの戦法。
さすが拠点を守る兵士だけあって知識、経験共にかなりのものだ。
複雑な弾道予測が魔法によってラウルの眼に写る。
全てを避けるのは難しい。
だがラウルは微動だにせず、軽傷になる傷は無視して、致命傷になる部分だけを防ぐ。
弾丸が掠めたことで軍服に穴が開き、あちこちに赤い筋が入るものの、致命傷にはほど遠い。
「もう一度告げる。速やかに降伏せよ!」
兵士たちが、物を積み上げて速攻のバリケードを築き上げて、それを盾になおも銃撃を続ける。
フェリペも参加して、障壁魔法を強化して、耐える。
ラウルはそのバリケードへ視線を向けた。
そして、腕を向けて、邪魔者を除けるように、横に払った。
念動魔法……手を触れずに物体を動かすことが出来る魔法だ。
最大出力で放てば、戦艦一つを宙に浮かべることも可能だ。
同じ念動魔法での効果打ち消しは可能だが、ここに使い手がいるわけなどない。
バリケードに使われていた椅子や机などが凄まじい勢いで宙を飛び、兵士たちを薙ぎ払っていった。
「ここからは警告だ。賊臣デオン・アロンソまでの道を開けろ!」
兵士たちは銃を捨てて、一目散に逃げ出していった。
がら空きになった市庁舎を堂々とラウルは進む。
せめてもの抵抗のつもりか、鉄製の分厚い防火壁が降りてきたが、それも飴のように捻じ曲げられて、横に除けられた。
その残骸がまたも念動魔法で通路の先の方へと飛んでいき、ラウルたちを迎え撃とうとしていた兵士を巻き込んで、通路の奥に当たって止まった。
もうこの町に、誰もラウルを止められるものはいない。
◆ ◆ ◆
執務室の扉は開いていた。
護衛の兵が襲撃者を撃退しようと斉射を行うが、ラウルが展開した障壁を止められない。
そこに、光が放たれた。
光は兵士たちの頭上で粘液へと変わり、それが兵士の身体に付着すると、瞬時に硬化した。
フェリペが放った捕縛魔法だ。
ラウルがまず室内に入り、隠れてナイフを構えて襲いかかってきた兵士を無造作に魔法弾で迎撃する。
もう将軍までの間に壁はない。
アロンソ将軍は机の後ろに立ち、剣帯の金具に指を掛けたまま、室内に入ってきたラウル、そしてイサベラとフェリペを見下ろしていた。
背後の壁には王の肖像画がある。
窓は閉ざされ、重い空気が溜まっていた。
「勅令だ」
ラウルは用意していた書類を取り出すと、それを机の上に叩きつけるように置いた。
「将軍……いや、デオン・アロンソ。貴公を権力乱用の罪で拘束する。直ちに武装解除し、降伏しろ」
「ふざけるな!」
「最後の命令を出せ。正規駐留軍に権限を明け渡す。この町の行政は正規駐留軍に移行させると。そうすれば命は取らない。本国で軍法会議がお前を待っている」
「ふざけるなと言っている!」
アロンソは激昂して、机の上に置いた書類を掴み取った。
そして両手で真っ二つに引き裂き、また千切って四等分にした後に床に捨てた。
「賊はお前だ! 私を誰だと思っている!」
「賊の親玉がいい気になるな。お前がこの島の住民に何をしてきたのか、私たちは全て把握している。本国にも全て報告済だ」
「本国!? それを言うならば逆賊はアルバロ・メンドーサの方だ! 王を操り、国を乗っ取った簒奪者だ! 処分されるのは奴とその仲間の方だ!」
この一言で、ラウルにもアロンソの立場が理解出来た。
軍事政権を作り、王を傀儡にしたメンドーサは、王国派にとっては敵だ。
そして、アロンソは王の肖像画を掲げ、メンドーサを簒奪者と罵る。
アロンソにとっては、メンドーサは軍のトップではなく、単に利用するだけの存在でしかない。
信じているのは王政が保証する貴族の地位だけなのだろう。
イサベラが後方で銃を構えた。
だが、ラウルは腕を横に伸ばして、それを制した。
「そのメンドーサの名前を悪用して、島で横暴を繰り返してきたのはお前だ。繰り返す。恭順しろ」
「断る。死ぬのはお前だ!」
アロンソは机の引き出しを引っ張り出し、その中から黒光りする短銃を取り出した。
銃口をラウルに向け、撃った。
硝煙の臭いと、白煙が銃口から上がる。
だが、小銃から放たれた弾丸は、ラウルの目の前で制止していた。
ラウルは目を閉じて、うつむいたまま動かない。
「ああ……そんな……」
アロンソは更に小銃を連射するが、結果は同じだった。
弾丸は障壁魔法によって受け止められ、宙に浮いたまま、まるで時間を忘れたように停止している。
「オレに足りないのは覚悟だ……そう言ったな、イサベラ」
ラウルは後ろに立つイサベラの方を見た。
もうアロンソの方は見ていなかった。
「これがオレの……私の覚悟だ!」
ラウルは腰に吊るしていた小銃を抜いた。
弾丸はアロンソの眉間を正確に射貫き……末期の言葉すら言わせずに終わらせた。
「なんだよ……全然たいしたことねえ」
ラウルは俯いたまま動きを止めていた。
小銃を持った手が震えている。
だが、顔に感情は見せない。
あくまでも氷の仮面を被ったままだ。
「隊長……」
ラウルは軍服の詰め襟を締め直して顔を上げた。
「イサベラ、フェリペ、準備をしろ、市庁舎の防災放送を利用して、市街全てに呼びかける。この都市は正規駐留軍の管轄に入ると」
窓から外を見ると、補給品が保管されている倉庫の方でも火の手が上がっていた。
ファハドたちがなおも、激しい戦闘を繰り広げているのだろう。
だからこそ、放送で現状を伝えて、事態を収拾させるしかない。
後は放送で、この町の管轄者が変わったことを告げるだけだ。
嫌われ者の陸軍将軍は消える。
国が保証する正規の駐留軍が補給物資の配布を約束している。
革命軍には、島の南部に所属する地元住民も多い。
彼らの口から説明があれば、この町の住民もすぐに理解出来るはずだ。
「この島での暴力沙汰は終わりだ。これからは法と秩序、道理が支配する。革命の始まりだ。」




