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ファンタジーの時代はおしまい  作者: れいてんし
第二章 法と改革
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2章2話 「潮の匂いがする島」

 漁船は速度を落としていた。

 霧が薄くなり、水平線の向こうに陸地の稜線がぼんやりと浮かんでいる。


「見えてきましたよ。あれがティアナですか」


 陸が近づいたことで、船の揺れが安定したからか、フェリペが元気良く言った。


 椰子の緑に白い砂浜に切り立った岩場の合間に、小さな集落の屋根がちらちら見える。

 そこがペスカの港だった。


 十年前と変わらない。

 白い砂も、椰子の木も、干物の匂いも。


 だが船長が指した浜辺の端に、見慣れないものがあった。


 土嚢で組まれた陣地があり、そこには銃を持った兵士が歩哨に立っているのも見えた。

 目立つ場所には霧の中でもよく見える赤い旗が立っていた。


 赤字に白い拳が描かれた旗は、ヴェルディア王国のものでも、近隣諸国のものでもない。


「軍事拠点ですよ、隊長」

「ああ、そうだな……だが、あれはどこの軍のものだ?」

「赤色はグラーシェ人民共和国の仲間でしょう。知らない間に勢力拡大されているんじゃないですか?」


 ルシアは旗を指しながら言った。


「あの連中は何者なんだ?」


 エルネストは船長に尋ねた。

 

「分からない。わざわざ危険に近付く気はしないから、確認もしていない」

「あの連中の拠点を避けて上陸できるか?」

「もちろんだ。。漁師の桟橋は避けて、東の岩場に着ける。そこから上がれ」


 船長が低く、掠れた声で答えた。


「この霧で、こっちの船の動きが隠れてくれてりゃいいんだが」

「ああ、近付かない方が良さそうだ」


 漁船は港を大きく迂回して、少し離れた岩場の影に滑り込んだ。

 そこから、なるべく陸が近い場所へ船が近付いた。


 係留はしない。タラップも開かない。

 船長は、そのまま飛び移れと言わんばかりに岸壁を顎で指した。


「私たちも上陸準備だ。荷物をまとめろ」

「軍服への着替えはどうします?」

「私たちはあくまで非公式の任務で来ているんだ。私服のままでいい。あの赤い旗の連中に軍服が見つかってもややこしいことになる」


 フェリペとルシアがバタバタとキャビンに駆け込んで行って、荷物を抱えて飛び出てきた。


 普段から行っている行軍訓練と同じで、荷物をまとめて動くことには全員が慣れている。


 波が船体を揺らして、潮の飛沫が頬に当たった。


 エルネストは船縁を跨ぎ、一気に岩場に取りついた。

 フェリペも問題なく続く。

 ルシアは岩場の海藻で足を滑らしそうになるが、フェリペがその手を取った。


「船長はこのまま引き返してくれ。丁度、二週間後にここへ迎えに来てくれたらいい」

「ああ、分かった。こっちも危険はまっぴらだ」


 船長はそれだけ言うと、船を操って、霧の向こうへと消えていった。


 エルネストたちは海藻で滑る海岸の岩をよじ登り、大陸とは異なる独特の植物が作る茂みの中に身を隠した。


「昔と変わっていなければ、ペスカとは別の漁村が近くにあるはずだ。そちらに向かう。小さい漁村で、漁師が数名の小さな村だ」

「変わっていなければ……の話ですよね」

「変わっていないと信じたいが」


 姿勢を低くして、茂みに沿って小高い丘を登っていくと、眼下に小さな漁村があった。


 白い家並み。干物を吊るす竿。路地を歩く人影は、少なくとも遠目には十年前と変わらないように見えた。

 だが、決定的に違うものがある。


 こちらにも銃で武装した兵士が何人も歩哨で警戒をしており、村のあちこちには、軍事拠点と同じく赤い旗が立っている。


 浜辺に積まれた木箱。

 そして漁村にはそぐわない、大型の船が二隻、桟橋に繋がれていた。


「小さな漁村、って言いましたよね」

「少なくとも十年前はそうだった」

「十年で随分変わるものですね」


 フェリペの声は平静だったが、頬の筋肉がわずかに強張っていた。


 エルネストの脳裏に浮かんだのは、トレインの町にいた商人崩れがマフィアの真似事をやっていた事件だ。


 銃を手に入れた人間は、自分の力を過信して、暴走するという事例をエルネストは何度も見てきた。


「まずは情報収集だ。気付かれないように街の様子を観察する」

「双眼鏡を使いますか?」


 フェリペが鞄に手を突っ込んだが、エルネストはそれを止めた。

 

「レンズの反射で敵に気付かれる可能性もある。肉眼で動きを見るだけだ。危険と判断すれば、夜を待って、このまま駐留軍のいる基地まで歩いて向かう」


 エルネストは茂みの奥に身を沈め、村の全景を見渡した。


 兵の大半は島の先住民だろう。

 浅黒い肌に顔立ちと装いでわかる。


 だがそこに混じっている者は、動きが違う。装備も違う。


 わずかに耳に届く言葉が、一つではない。


 ヴェルディア語や聞き覚えのある南方の言葉、まったく分からない言葉まで、ほうぼうから集めた寄せ集めのようだ。

 だが全体の統率はとれている。


 人種も文化も異なる相手を束ねているとなると、なかなかの傑物だ。

 油断は出来ない。

 

 その考えに至った瞬間、背後に気配を感じた。


 真正面から銃を構えた人間が三人、近付いてきている。


 退路を断つように岩場の端にも二人が潜んでいる。

 更に、未だ姿を見せていない分を含めると、合計は八名。


 完全に包囲されているようだった。


 エルネストは一瞬だけ身構えた。


 全員が銃を持っている。

 制圧は可能だが、それをやると、下の集落の兵たちが一斉に襲いかかってくることになる。


 野党の類ならまだしも、それが駐留軍に協力している傭兵部隊であったら目も当てられない。

 他国籍、他人種が参加している軍なのだから、本当に各地から金目当ての連中をかき集めた傭兵部隊であってもおかしくはない。


「気付いているか?」

「五人ですかね?」

「多分五人ね」

「八人だ。他の五人は経験が浅いようだが、他の三人は完全に気配を殺している。相当なベテランだ」

 

 エルネストは転がっていた木の枝を拾い上げて絵を描いてみせた。


「なんで分かるんですか? それも魔術ですか?」

「経験を詰めば分かる」

「後でやり方を教えてください。教えられたら私も出来ます」

 

 フェリペは首をひねっただけだが、ルシアは貪欲に食いついた。

 ここが性格の違いだろう。


「どうします?」

「抵抗するな。万が一の場合は私が魔法で制圧する」


 降伏の意味でゆっくりと両手を上げた。

 フェリペとルシアも同様に両手を挙げた。


「伝わるか分からないが、私たちは武器を取る気はない」


 返事はなかった。

 ただ、草むらをかき分けて、銃を持った男が三人一斉に姿を洗わっした。

 一人がたどたどしいヴェルディア語で「来い」と一言。そして軍事基地が作られていたペスカ村の方角を指した。

 

   ◆ ◆ ◆


 エルネストが連行されている間に船長も捕まっていたようだ。


 岩場の下で別の班が待ち構えていたらしく、船ごと拿捕されていた。


 ただ、船長は何度目かの経験のようで、涼しい顔をしている。


 連行された先は、ペスカ村はずれの漁師小屋を転用したらしい建物だった。


 板張りの壁には、干物の匂いが染み付いている。


「中に入れ」


 銃を持った現地民がエルネストにそう言った。


 エルネスト、フェリペ、ルシアの三人はそのまま抵抗せずに建物の中に入った。

 

 屋内は小さな窓以外にもあちこち隙間があり、そこから差し込む光のおかげで意外と明るかった。


 その奥に人影が一つだけあった。

 椅子に座らず、壁に背を預けて立っていた。


 軍服ではない。


 麻の上衣に革のベルト。

 腰には革のホルダーに小銃を入れてぶら下げている。


 背が高い痩躯。日に焼けた肌。

 短く刈り込んだ髪。


 エルネストの心臓が、一拍だけ跳ねた。


 男がゆっくりと顔を上げた。

 薄暗い室内の中、その目がまっすぐこちらを射抜いた。


「遅いぞ、エルネスト」


 板張りの壁と、干物の残り香と、その懐かしい声だけがあった。


 ラウル・バルガスが、そこにいた。


 頬の肉が落ちて骨格が浮き出ている。

 目元に皺が刻まれた。首筋に薄い傷跡。

 日焼けした肌は、ラルカにいた頃より二段は濃い。


 だが、背筋の線。こちらを見据える目の強さ。右肩がわずかに下がる癖……何も変わっていない。


「お前が早すぎるんだ。いつもそうだった」


 エルネストも同じ調子で返すと、板張りの床が、ラウルの足元で軋んだ。


「いつから私たちが島に入ったことに気づいていた?」

「この島に近づく船は全て把握している。セドラを出た時点で報告が上がっていた」


 ラウルが壁から背を離し、一歩、近付いた。


「エスピナ隊長の手配だろう。叩き上げの大尉の手配。悪くない人選だ。だが、漁師に化けて潜入するのは二十年前の手口だ」


 どうやら、最初から筒抜けだったようだ。


 エルネストは苦笑した。

 密偵任務は、着く前に破綻していたらしい。


「それで、表にいる連中は何なんだ? ティアナの駐留軍で働いているはずのお前がこんなところで何をしている?」


 ラウルはぶら下げていた小銃を構えてエルネストに向けた。

 ルシアから小さい悲鳴が上がり、フェリペの目が大きく開いた。


「こっちで色々あったんだよ。つもる話もあるし、まずはそこに座れ。三人共だ」


 エルネストは遠慮せずに椅子に座った。

 フェリペとルシアも恐る恐る椅子に腰掛ける。


 三人が座ったのを確認すると、ラウルは小銃をホルダーに戻し、壁にあった棚から酒のボトルを一本掴んだ。

 

「それで、私たちをどうする気だ? 捕虜か」

「まさか」


 ラウルが眉を上げると、フェリペの喉が、ごくりと鳴る音が聞こえた。


「お前を捕まえて何になる。蒼炎隊(ソルフラマ)は解散した。お前はもう軍の要人じゃない。今のお前はただの――」


 そこでラウルは言葉を切った。

 わずかな間。


「――ただの、元・同僚だ。ようこそペスカ基地へ! 歓迎するぜ、わざわざこんなところにようこそ、暇人ども!」


 ラウルは満面の笑顔で、手際よくテーブルの前にグラスを4つ並べた。


 エルネストも完全に引っかかった。

 ラウルらしい、冗談も踏まえた正確な距離の取り方だった。


 あの船長の余裕の意味も分かった。

 最初からこうなることを知っていたのだろう。


 完全に担がれた形だ。

 

「フェリペもルシアも元気だったか? 随分と大きくなったな」

「ラウルさん、僕は……」

「私は……」

「おっと、感動の再会は後回しだ。まずは飲め」


 そう言うとグラスにボトルの中に入った液体を注ぎ込む。


 エルネストにはその液体が臭いで何かすぐに分かった。

 ただの水だ。


「なんで水をわざわざボトルに?」

「酒が手に入らねぇんだよ。だから、こうやって空き瓶に水を入れて雰囲気だけでも味わってるってわけだ。それより乾杯しようぜ。数年ぶりの再会に」

「乾杯!」


 四人はグラスを打ち合わせた。

 中身はただの水だったが、本当に美味かった。


   ◆ ◆ ◆


「それで、結局表にいた連中は何なんだ? この軍事基地は一体」


 エルネストは改めてラウルに尋ねた。


 今まで何度連絡しても音沙汰がなかったこと。

 軍からわざわざ密命で調査任務が与えられる時点で、このティアナで何かが起こっていることは間違いない。


 それを確認する必要があった。


「あいつらは傭兵だ。昔にティアナでオハス戦争があったのは知ってるだろ」


 エルネストは記憶を辿り、歴史の授業の話を思い出した。


 まだエルネストやラウルが子供の頃にティアナで起こった独立戦争だ。

 ヴェルディア王国と、隣国のヴァロワ共和国が連携して鎮圧したのだが、その際に重宝されたのが、外国人で構成された傭兵部隊だ。


「だが、傭兵がいるということは、戦いが発生しているということだ。この平和な島で何が起こっている?」

「ややこしい話だ。まずはティアナの状況を説明するぞ」


 ラウルはテーブルの上にボロボロになった紙の地図を「すまんな資源がないもんで」と広げた。


 そこには、ヴェルディア王国南部にある、数々の島々の位置関係が記されていた。

 その上にラウルは長い木の棒を置いた。


「本国の方でもメンドーサ派が過激に暴れて荒れてんだろ。このティアナでも同じだ。この境界線の北側と南側で、勢力が二つに割れてる」

「まさか、こんな島まで来て、連中は勢力争いを始めたのか?」

「その通りだ。経緯は複雑なんだが、ぶっちゃけると、島で暴虐行為を繰り返す強硬派と、それを良しとしない穏健派が地元住民側に付いたことで、駐留軍が二つに割れた」


 ラウルが感情を露わに、木の棒を強く握った。

 感情を表に出すところは何も変わっていない。


 本当は今の一言で説明出来るような簡単な話ではないのだろう。


「現在位置のペスカ村は南側に含まれている。島の住民と、穏健派が抑えている。これは革命派になぞらって、革命軍と呼んでる」

「革命軍……」

「本国に近い北側は親メンドーサの強硬派。ここでややこしいのは、メンドーサ側に付く強硬派も本国に報告をしたがらねぇってことだ。何故か分かるか?」

「自分たちの不手際で軍が真っ二つに割れたと知られたくないから?」

「当たりだ。自分たちの管理不行き届きと、本国に黙っての地元住民へ私略にも等しい圧政が原因で反乱が起こったなんて、本国に知られるわけにはいかない。なので、こっそりと革命軍を鎮圧して何もなかったことにしたい」


 ラウルの話が事実ならばあまりに酷い話だ。

 何の関係もない島の住民が、駐留軍強硬派のいきあたりばったりな行動に巻き込まれてしまっている。

 

「なるほど、そういうことね」


 ルシアが何か合点がいったのか、納得して頷き始めた。


「何が分かったんだよ」

「隊長への任務で分かるでしょう。多分、本国のメンドーサもこの島のいざこざの話は全部知っている」

「知っているのに、なんで強硬派に力を貸さないんだ?」

「少しは自分の頭で考えなさいよ!」


 ルシアがフェリペの頭をポカリと叩いた。


「お前ら、ちょっと見ない間に妙な関係になってるな」

「5年もあれば、この年代の子供はいくらでも変わるさ」

「……そうだな、もう5年だもんな。誰だって変わる」


 ラウルはしみじみと言った。

 

「……要するに、本当は北部強硬派を助けたいけど、正式に軍を動かすと、国内外に、駐留軍のグダグダさが知られてしまうから?」

「そういうこと。だから、方針を変えた。強硬派にしろ、革命軍にしろ、どっちでもいいから、さっさと片方を倒して統一して欲しいと思っている。そして、勝った方を正規軍としたい」

「面倒くさすぎない?」

「おそらく、メンドーサも鎮圧はすぐに終わると静観していたのだろう。だが、さすがに時間がかかりすぎた……革命軍が粘りすぎたということだろう」


 エルネストがラウルの方を見ながら、フェリペとルシアの会話に割り込んだ。


「あの赤い旗を見れば分かる。この革命軍はグラーシェの支援を受けているな?」

「隠すつもりもない。この革命軍は、本国での立場は『共和派』に近い」

「反乱勢力をすぐに鎮圧できない無能さと、そもそも非が有るのは強硬派だ。だが、南部はグラーシェから支援を受けている共和派への支援という自爆に等しい。迂闊に手を出せない」

「さっすが隊長。あんたも見習いなさい」


 エルネストがフェリペに説明すると、ルシアが勝ち誇った。


「だが、ここでメンドーサは起死回生の手を思いついた」

「そういうことだ。メンドーサ指令の息子、ホアン・メンドーサはオレたち革命軍の側にいる」

「そういうことか」


 ラウルの言葉にエルネストは納得した。

 ホアン・メンドーサに会えとはそういうことだ。


「メンドーサの息子である、ホアン・メンドーサは父からの密命を受けて南部革命軍に所属していると伝えれば良いのだな」

「そういうことだ。革命軍が本国の立場に近い強硬派に反乱を起こしたのではなく『私略を繰り返す北部強硬派の方が反乱した。南部革命軍は、地元住民の支援を受けた政府組織である』。そのシナリオに乗る準備があると伝えて欲しい」


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