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10話 「決意の夜」

 カミラが蒼炎隊(ソルフラマ)を去ったのは、約束通り翌週のことだった。


 見送りは訓練場で行われた。

 式典はない。花束もない。

 細やかではあるが、同期の仲間が揃って見送ることが出来た。


 カミラは軍服を脱ぎ、畳んで、エルネストに渡した。


「これ、預かっておいて。捨てないでね」

「ああ、預かっておこう。そのうち取りに来てくれ」


 もちろん、そんな機会はないとエルネストは知っている。


 ただ、カミラが戻れる場所くらいは確保しておきたい。

 そのための約束だ。


「嘘つき。あんた、部屋の片付けが壊滅的でしょう」

「否定はしない」


 カミラが笑った。


 乾いた笑いではなかった。

 最後の訓練を3人で過ごした後だからか、表情も少しだけ柔らかかった。


「ラウル」

「……おう」


 ラウルは顔を合わせようとしなかった。

 ただ、ぶっきらぼうに返事をした。


「あんた、左遷先でも喧嘩するんでしょうね」

「しねぇよ。オレ……私はもう大人だ」

「嘘おっしゃい。鎧の下はガキのままでしょ」


 ラウルが口を開きかけて、閉じた。

 代わりに、拳を差し出し、カミラがそれに答えた。


 そこにエルネストも拳を横から当てた。


「先輩も元気で」


 カミラは、バレンティには、軽く肩を叩いた。


「頑張りなさい。あんたは真面目にやれば伸びるわ」

「……カミラ先輩。僕は――」

「泣くな。最後くらい格好つけなさい」


 バレンティが唇を噛んで、敬礼した。

 手が震えていたが、姿勢は悪くなかった。


 カミラは振り返ることなく、訓練場の門をくぐって消えていった。


 赤土の上に、足跡が残っていた。

 風が吹けば消える、浅い足跡。


   ◆ ◆ ◆


 カミラが去った翌日。


 ラウルが詰所の扉を蹴り開けて入ってきた。

 蹴り開ける必要はないのだが、この男は機嫌がいい時ほど扉を粗末に扱う。


「ネスト。紹介したい奴がいる」

「紹介?」

「蒼炎隊の新入りだ。オレが推薦した」


 ラウルの背後から、2つの小さな影がひょっこりを顔を覗かせた。


「フェリペ・モントーヤ。13歳です。よろしくお願いします!」


 茶色い髪の少年が、声を張り上げて名乗った。


 体は細い……というよりも痩せすぎている。

 そのせいで、軍服は大きすぎて、袖も丈もかなり余っている。


 だが目だけは真っ直ぐだった。

 怖れのない目。世界を知らない子供だけが持てる目だ。


「ルシア・ベラスコ。同じく13歳。……よろしく」


 隣に、もう1人。


 黒髪の少女が、素っ気なく名乗った。

 フェリペとは対照的に、目が鋭い。

 周囲を観察してから判断する類の目だ。


 エルネストはラウルを見た。


「……どちらも13歳?」

「ああ。少し若いが、2人とも強い魔力がある。特にフェリペは筋がいい。どちらも、オレが拾ってきた」

「私の方が劣っているように言うのは止めてください」


 ルシアは物怖じすることなく、はっきりとラウルに文句を言った。


「見ろよ、こいつら逸材だろう」

「謝ってください」

「はいはい、すみませんでしたお嬢様」


 確かに逸材だとエルネストは思った。

 この年齢で、体が大きく柄の悪いラウルに言い返せる、怖いもの知らずなところは間違いなく只者という言葉では片付けられない。


「フェリペはラルカの下町で見つけた。こいつ、路地裏で魔力を使って鼠を追い回してたんだ」

「鼠を?」

「飯の代わりだよ。元々は貴族の庶子でな。本家から追い出されて、仕方なく下町で暮らしてたんだけど、なんか昔のオレを思い出してな」


 フェリペの表情が一瞬曇ったが、すぐに戻った。

 隠すのが下手なのか、隠す気がないのか。


「ルシアは庶民の出だが、才能だけで教育隊を首席で通った。なので、陸軍に持って行かれる前に、オレが先に連れてきた」

「首席? 13歳で?」

「私が優秀なんじゃなくて、周りが酷かっただけです」


 ルシアが淡々と答えた。

 謙遜ではない。

 本気で自分の実力を信じている目だった。


 エルネストはラウルに向き直った。


「お前、自分が左遷される前に、後釜を用意したというのか?」

「後釜じゃねぇよ。オレの代わりなんか務まるわけがない。世の中、誰かの代わりなんていねぇんだ」


 ラウルが不敵に笑った。


「ただ、蒼炎隊がお前とバレンティの2人だけになるのは不安だ。それに、カミラも抜けた。数が足りない」

「だから子供を連れてきたのか」

「子供じゃない。将来の候補生だ。育てれば化ける。オレたちが入隊した時もそうだっただろう」

「10歳から3年間教育隊で訓練した後だがな」


 エルネストは2人を改めて見た。


 フェリペは落ち着きがないが、積極性はある。

 目があちこちに動いて、訓練場の全てを吸収しようとしている。


 ルシアは対照的に動かない。

 だが、緊張して動けないわけではない。

 立った場所から最小限の動きで、効率良く、必要な情報だけを抜き取る目をしている。


 昔のラウルと同じだ。

 何故、わざわざこの2人を連れてきたのかエルネストは理解出来た。


「……分かった。預かろう。二人共、きちんと一人前に育てる」

「頼んだぜ、保育士さん……じゃねぇや、隊長殿」

「まだ隊長じゃない」

「時間の問題だろ」


 ラウルはフェリペの頭を乱暴に撫でた。

 フェリペが「痛いですよ」と文句を言い、ルシアが「初日から暴力?」と冷たい目を向けた。


「お前ら、このエルネスト先輩の言うことをよぉく聞け。こいつは堅くて面倒くさいが、間違ったことは嫌いなので、他人にも言わない」

「褒めているのか貶しているのか分からないな」

「褒めてるに決まってるだろ」


 ラウルが笑った。

 いつもの軽い笑いだった。


 だが、フェリペの頭を撫でる手が、ほんの少しだけ長かった。


   ◆ ◆ ◆


 ラウルの左遷は、週末に発令された。


 ティアナ島嶼とうしょ群では、頻繁に反乱が起こっているが、今度はかなり大規模なものが起こると噂されている。


 王国の衰退を受けたからなのか? はたまた海外勢力からの干渉があったのか?

 今度はただの待遇改善を求める反乱ではなく、王国から独立しようという機運があるという。


 そのための治安維持活動という名目はあるが、今のところはまだ、反乱が発生しているわけでもないし、たいした戦力も揃っていない。


 書類に記載された赴任期間は半年となっているが「現場の状況次第」で期間の延長もあるという。

 状況の判断は現地の将軍に任せられており、それは延々と伸ばすことが可能……事実上の追放だ。


 前夜。


 ラウルが酒を持って詰所に来た。


「最後の夜だ。付き合え」

「明日は早いだろう。そこから船で一週間の船旅だ」

「だから今夜飲むんだ」


 2人は詰所の窓際に座り、安ワインの瓶を開けた。


 バレンティには声をかけなかった。

 フェリペとルシアにも。


 今夜は、エルネストとラウル、2人だけの夜だ。


「酸っぱいな、これ」

「安いからな。二杯目からは――」

「――慣れの問題だろ。知ってる」


 窓の外に、ラルカの夜景が広がっていた。


 ガス灯が等間隔に並び、磨かれた石畳を照らしている。

 美しい街だ。


 だが、その美しさを支えている柱は、シロアリに食い荒らされており、物陰には何が隠れているか、隠されているかを、2人とも知っている。


「ネスト、この国は、腐ってるよ」


 ラウルの声は穏やかだった。

 怒りではない。確認に近い口調だった。


「貴族は私財を売って外国に逃がす。軍は民を殺す。上は全てを揉み消す。蒼炎隊は壊される」

「……ああ」

「この国に、守る価値はあるのか?」


 アデラと同じ問いだった。

 エルネストは杯を傾けて、酸っぱいワインをたっぷり口の中に含んだ。


 酸味が強すぎるし、臭いし、苦味まである。

 だが、それでも飲み込んだ。


「国に価値があるかどうかは分からない。だが、民を守る価値はある」

「民を守る……か。それは誰から?」

「全てからだ。外の敵からも、内の腐敗からも……弱きものを守る剣であり、炎であれ。氷の仮面を被って感情を見せるな」


 エルネストが何度も繰り返している言葉だ。

 サラサール家に代々伝わる家訓にして、蒼炎隊の理念でもある。


「感情を殺して剣になれとはオレには無理なんだけどな」


 ラウルはそう言うと杯を置いた。


「内の腐敗を正すのに、お前の方法で間に合うのか? 抗議書。受理番号。正式な手続き……あれで何か変わったか?」

「変わっていない。だが、記録は残った」

「記録が残っても、人は死んだぞ」


 エルネストは答えなかった。

 答える言葉がなかった。


「オレはな、ネスト。ティアナに行っても、変わらないよ。蒼炎隊の人間として、民を守る炎になる。やることは同じだ」

「ああ。分かっている」

「ただし、炎は炎でも赤い炎になってやる。あらゆる理不尽を燃やす熱い炎だ。だから、お前は蒼い炎になれ。静かに燃える……だけど温度は高い蒼い炎だ」

「ああ、分かっている。私と同じになる必要はない。私に足りないものを補ってくれると嬉しい」

「分かってるなら、安心しろ。オレは島に行って、少し頭を冷やしてくる。そして大人になる。半年もすりゃ戻れるだろ」

「そうだな」


 ラウルはワインを注ぎ足した。

 エルネストの杯にも。


「フェリペとルシア、二人のことは頼むぞ」

「もちろんだ。引き受けた以上は責任を持つ。お前がなけなしの給料を寄付していた孤児院の面倒もまとめて面倒みてやる」

「堅いな。もっと気楽に面倒見てやれよ。特にフェリペは、叩くと萎れるタイプだから」

「バレンティと同じか」

「似てるが、違う。バレンティは萎れたら戻らない。フェリペは萎れても立ち直る。立ち直る速さが桁違いだ」

「よく見てるな」

「拾った責任があるからな」


 ラウルが窓の外を見た。


 夜景の向こうに、旧市街の屋根が見える。

 その先に、蒼炎隊の本部棟がある。


「……なあ、ネスト。覚えてるか。入隊した夜、訓練場の裏の壁に落書きがあっただろ」

「蒼炎隊の紋章の落書きか。線が歪んでいて、本物とは似ても似つかない代物だった」

「でも、あれを見て、オレは決めたんだ。みんなのために戦う魔術師になるって。所信表明でも同じことを言ったよな。覚えてるか?」

「ああ、覚えている。いきなり大きく出て、何なんだこいつはと思った」

「大きく出たさ。だが、あの決断は間違ってなかった。今でもそう思ってる」


 ラウルは杯を空にした。


「国を守るんじゃない。大勢の民を守る。それだけは、変わらない」

「ああ。私も同じだ」

「同じか……なら、大丈夫だ」


 ラウルが立ち上がった。


「寝る。明日早いからな」

「ああ。おやすみ」

「おやすみ、ネスト」


 扉が閉まった。


 足音が廊下に遠ざかって、消えた。


 エルネストは窓際に残り、ワインの残りを飲んだ。


 いつもの愚痴だったのだろう。


 この国は腐っている。守る価値はあるのか。


 ラウルは酒が入ると、いつもそういう話をする。

 真剣すぎて、こちらが茶化してしまうような話を。


 だが最後には「同じか。なら大丈夫だ」と笑った。


 いつものラウルだ。


 明日出発して、赴任期間の半年を過ごしたら、すぐに帰ってくる。


 その頃には、フェリペとルシアも多少は育っているだろう。

 バレンティも銃がまともに撃てるようになっているかもしれない。


 そうしたら、また4人で――いや、6人で訓練ができる。


 エルネストは杯を置き、窓を閉めた。


   ◆ ◆ ◆


 翌朝。


 ラウルは早朝の馬車で出発した。


 見送りは簡素だった。

 エルネストとバレンティ、それにフェリペとルシア。


 ラウルは荷物を馬車に積み込み、振り返った。


 朝日が背中を照らしている。

 表情は逆光で読めなかった。


「フェリペ」

「はい!」


 呼ばれたフェリペが返事をして前に出た。

 その頭をラウルが優しく撫でる。


「強くなれ。オレが戻ってきた時に、失望させるなよ」

「絶対に強くなります!」

「次はルシア」

「はい」


 続いてルシアが前に出た。


「こいつが暴走したら、止めてやれ」


 ラウルはフェリペを指さして言った。


「止める前に自分で気づいて止まって欲しいんですけど」

「13歳に色々と求めすぎだろう。フェリペはまだガキなんだと理解して面倒を見てやれ」

「……努力します」


 ルシアが小さく溜息をついた横で、フェリペが「どこがガキだよ」と膨れた。


 ラウルは次にバレンティに目を向けた。


「バレンティ、銃の訓練、サボるなよ。魔法は優秀なんだから、あとは気合の配分だけだ」

「……善処します」

「善処じゃなくて約束しろ。そうじゃないと、このチビどもに追い抜かされるぞ。こいつらはすごいぞ」

「……約束します」


 ラウルが最後に、エルネストの前に立った。


 逆光が強くて、表情が見えない。


「ネスト、お前は変わるなよ。オレはどこに行っても変わらない」


 短い言葉だった。


「変わらない。約束する」

「ああ。約束だ」


 ラウルが差し出した拳にエルネストが無言で拳を合わせた。


 いつもと同じ、軽い音。


 ラウルは馬車に乗り込んだ。

 御者が手綱を鳴らし、車輪が動き出した。


 馬車が街道に出て、小さくなっていく。


 エルネストは馬車が見えなくなるまで見送っていた。

 見えなくなっても、しばらく立っていた。


「先輩。もう行っちゃいましたよ」


 フェリペの声で、我に返った。


「……ああ。そうだな」


 エルネストは軍服の襟を正して、ボタンを一番上まで詰める。

 帽子を被り直すと、穴の跡に指が触れた。


「訓練を始める。全員、訓練場に集合」


 エルネストはいつもどおり、平坦な声で指示を出した。


 フェリペが最初に駆け出し、それにルシアが負けじと続いた。

 バレンティが遅れて走った。


 それぞれ性格が出ている。


 エルネストは最後に歩き出した。


 昨夜、ラウルは穏やかに笑っていた。

 今朝のラウルもいつも通りに見えた。


 だから、何処に行っても同じままでいてくれる。

 きっとすぐに再開出来る。


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