1話 「四百年の灰」
四百年続いたヴェルディア王国、魔法部隊の解散式には拍手もなければ、号砲もない。
朝から降り続けている雨が、王宮広場に並ぶ4人の外套を冷たく濡らしていたが、式典の延期はない。
戦力が銃の保有数で決まる現在の国際情勢では、魔法部隊は完全に時代遅れだった。
司式将校が、雨で濡れた隊旗を重々しく畳む度に、泣いているかのように水が滴った。
かつては世界最強と謳われた、魔法部隊、蒼炎隊の象徴を、整列の端に立つエルネスト・サラサールは、黙って受け取った。
歴史の重さ以上に、雨水で濡れてずっしりと重いなと感じながらも、大切な隊旗だ。
落として汚さぬように懐に抱え込む。
ハッピーエンドの童話ならば、ここで絶滅したと思っていた伝説の魔獣が空を焼き、王国の危機に我々魔法部隊が出動して究極の秘匿魔法で即座に解決。
国王が泣いて改心し、部隊の存続が決定。
蒼炎隊大勝利で幕を閉じるところなのだが、あいにくと、空を飛ぶのは冷たい鉛弾ばかりの時代らしい。
「……全行程、終了。解散」
将校の乾いた声が響く。
四百年の歴史を誇る魔法部隊が閉じる音にしては、あまりに軽い。
重いのは手元にある隊旗だけだ。
ここに集まったのはたった4人。
本当は、ここにもう一人、いるべき男がいた。
ラウル・バルガス。
かつてエルネストと「双璧」を成した男。
「どうしてこうなってしまったのか……」
7年前。まだ幻想の時代が終わるとも知らず、2人で泥だらけになって駆けていた頃の記憶が、蘇った。
◆ ◆ ◆
「武器を捨てて降伏しろ! 悪いようにはしない!」
「今更止められるか!」
レンガ塀の陰に隠れたラウル・バルガスのすぐ横を銃弾がかすめた。
少しだけ顔を出して覗くと、何が憎いのか、ヤケクソ気味に何発も飛んでくる。
ラウルは軍服の袖で軽く冷や汗を拭い、無理矢理口角を上げてにやけてみせた。
ドスンと大きな背中を塀に預けて、そのまま擦り付けながら座り込む。
「連中、完全にキレてるな。いくら命令でも、無傷で全員捕縛ってのは難しいぜ。どうすんだ?」
「冷静に見ろ。よく見ると、弾が真っ直ぐに飛んでいない」
肩が触れる距離に隣に座るエルネスト・サラサールがあくまで冷静に指先で銃弾の軌跡をなぞるように動かす。
ラウルは無言でその指の動きを追った。
「見えねえよ!」
「弾道予測魔術があるだろう。撃つ度に銃弾がブレている。扱っている人間が未熟なのもあるが、かなりの粗悪品で――」
「――お前の話は長いんだよ。短く!」
「要するに、真っ直ぐ弾が飛ぶ銃じゃないってことだ。だから、こうやって帽子を出しても当たることはない」
エルネストが塀から帽子だけを出すと、たちまち帽子に大きな穴が開いた。
おかしいなと思いつつも、無言で帽子を見つめた後、手元でくるりと回転させて頭の上に乗せた。
伸びすぎた前髪を帽子の中に押し込み、軍服の襟を締める。
常に氷の仮面を被れ。他人に感情を見せるな。
エルネストはこの家訓を守り続けている。
喉元の締め付けが、気の引き締めにも繋がる。
「……この帽子は夏に蒸れるので空気穴が開いて助かる」
「全然ダメじゃねぇか!」
ラウルが軽口で突っ込んだ後に、すぐに真剣な表情に変わった。
「それでよ。交渉は決裂ってことで……本当に殺るのか?」
神妙な表情でラウルの青い目がエルネストに訴えた。
これは戦争ではない。
相手は銃で武装しているが、昨日までは畑を耕していた農家だ。
殺すという安易な解決をしたくはない。
平凡な他国の魔術師ならば、殺害以外の選択肢はないだろう。
だが、エルネストもラウルも、世界最強の魔法部隊である蒼炎隊の一員だ。
力なき民を守るのは隊の理念でもある。
そして、貴族の生まれであるエルネストは「高い地位には義務が伴う」という言葉を心に刻み込んでいる。
いくら分不相応の武器で気が大きくなっているとはいえ、あくまでも農民は、守るべき民だ。
「私は相手を無力化出来る手段を山ほど持っている。お前もそうだろう」
「ああ、違いねぇ。オレたち2人がいる限りは、幻想も、魔術師の時代も終わらねぇ」
2人は拳を軽くぶつけた。
「捕縛を使う。敵から情報を聞き出す必要がある」
「了ーっ解。捕縛だな」
「私が左の2人を拘束する。ラウルは右の3人を頼む」
「オレの方が多いじゃねえか!」
「じゃあ逆で行こう。ラウルが2人で私が3人だ。1、2の3で一気に仕掛けるぞ」
エルネストとラウルは一度顔を見合わせて無言で頷いた。
そして2人でカウントを数える。
「1、2……」
「3!」
エルネストはレンガの壁から低い体勢で飛び出し、前転で回避運動をしながら腕から魔術光を放った。
一瞬瞬いた白い閃光は銃を構えた民兵3人の真上で粘性の液体に変わって雨のように降り注ぐ。
液体は民兵の体に触れると、たちまち絡みつき、そのまま白い岩のように固まって動きを封じていく。
「3の後に飛び出すんじゃないのかよ!」
やや遅れてラウルも同様に飛び出して、銃をエルネストに向けていた二人に捕縛魔術を放ち、拘束した。
「こいつで終わりか?」
「残念。本当の終わりはこちら」
近くの民家の屋根から、やはり捕縛魔術で拘束された民兵が滑り落ちて地面に落下した。
その後ろからエルネストの同期の紅一点、カミラ・ソトが姿を現した。
戦闘よりも、屋根に登るときに軍服が汚れた方が気になるらしく、あちこち汚れを払っている。
「あんたたち、ちょっと詰めが悪いんじゃない?」
身軽に屋根から飛び降りたカミラは周囲の索敵をしながらエルネストに近付いた。
「その敵も気付いていた。カミラが背後から仕掛けるのに気付いていたから任せただけだ」
エルネストが表情を全く変えず、穴の開いた帽子を振ってカミラに応じた。
「ウソつけ」
「ウソじゃない。とりあえずこれで状況終了だ」
エルネストとラウルは拳を打ち合わせた。
◆ ◆ ◆
足元には、数分前まで威勢よく引き金を引いていた革命派の民兵たちが転がっている。
ここは国境付近の山岳地帯にある小さい町。
革命派が立てこもっているという建物の一角だ。
「革命派って、最初はデモだけだっただろ。立札持ってパンくださーい! だけだったのに」
「それが過激化し始めたんだ。ついに銃で武装し始めたせいで、警官隊では手に負えず、こうして蒼炎隊が駆り出されるほどの事態になったというわけだ」
その警官隊は隊長と共に後方の作戦本部で待機している。
民兵の使う銃の威力に驚いて即、逃げ出したからだ。
判断としては悪くないので責めるつもりはない。
「そうなると、この銃はどこから来たのかが謎だな。軍の横流しというわけでもないだろう」
エルネストは靴の先で、地面に落ちた民兵が持っていた銃を軽く蹴り上げた。
ラウルがそれを空中でキャッチして、安全のためにレバーを操作して弾丸を排莢する。
カチンと軽い機械音だけで弾を取り出せたことに驚いたのか、軽く口笛を吹いた。
そして、再度弾が入っていないことを確認してから装填動作を行い、引き金を引いた。
撃鉄がカチンと空打ちする。
「下町のワルどものお手製で作れる代物じゃないのは間違いないな。動きがスムーズ過ぎる」
「そこまでか?」
「ああ。現行銃とは2世代は違うって感じだ。ったく、こんなもんが量産されたら、才能のないそこらの三流魔法使いは対処できないぞ」
「だが、弾道はブレていた。精度の低い銃にありがちな挙動だ」
「高性能なのに粗悪品ってか。こりゃ専門家に聞かなきゃわからねぇな」
ラウルが肩をすくめながら、銃を投げ捨てた。
自分たちのような天才には無関係だ――そんな傲慢さが、軽口の裏に滲んでいた。
「どうするの、これ?」とカミラが拘束した民兵を顎で示した。
「銃は持ち帰って調べさせるとして、まずは隊長と警官隊に報告だ」
◆ ◆ ◆
グレゴリオ・デ・アルバ。
40代後半の鉄のような目をしたこの男が、蒼炎隊の隊長であり、エルネストたちの上司にあたる。
状況報告のために臨時で設置された対策本部に戻ったエルネスト3人の前をグレゴリオは何度も往復する。
眉の間に皺を寄せて口を結んだその表情は、決して事件解決を素直に喜んでいるようには見えない。
「革命派は全て制圧いたしました」
エルネストが淡々と報告したが、グレゴリオの表情は動かない。
「その帽子は? 穴が開いているようだが」
「虫に食われました」
「おそらく蜻蛉です。ドラゴンというくらいなので、口から火を吐くようです」
グレゴリオは近くを飛んでいた赤い蜻蛉を目で追った。
その後に無言でエルネストとラウルに近付くと、その頭に拳骨を落とした。
そして、エルネストが肩から掛けていた銃をひったくると、ゴミでも見るような冷徹な目でレバーを引いて弾丸が装填されていないことを確認した。
「弾丸は?」
「没収してあります」
グレゴリオはエルネストから今度は銃弾を受け取ると、スムーズな動作で銃に弾丸を込めた。
「一の力で人は死ぬ。ならば一の武器があればいい。魔法使いという『千の力』を育てるコストを、この鉄の棒が嘲笑しているのが分からんのか」
グレゴリオは銃口を地面に向け、引き金を引いた。
乾いた爆音と共に火薬の匂いが鼻を刺した。
一瞬で地面が抉れた。
まるで雷が手のひらに収まったような、恐ろしい暴力だった。
グレゴリオは苦虫を磨り潰したような顔で地面に刻まれた弾痕を見た。
「革命派は問答無用で殺害して良いと説明したが」
「この銃は我々の国で採用されているものではありません。その情報を得るため、生け捕りにする必要がありました」
エルネストはグレゴリオと目を合わせないように上を向いたまま答えた。
「以下同文!」
ラウルが答えると同時に、またもグレゴリオから鉄拳が飛んだ。
「本部に戻ったらすぐに分析に回せ。何か手がかりが出てくるかもしれん。銃弾もだ」
グレゴリオはエルネストに銃を投げ返した。
「次は、才能にあぐらをかいている貴様らの番だ。鉛の弾は、家柄も努力も選別せん。こいつは戦いの素人にすら達人を殺す力を与える」
吐き捨てるように言い残し、背中を向けて去っていく。
質問を受け付ける気配は、一切なかった。
ラウルが気まずそうに頭を掻いた。
「……これで済んだだけマシか」
「ああ。次はもっと短い冗談にするよ」
「ねぇ、2人とも」
カミラが、グレゴリオが撃った弾痕を覗き込んでいた。
「この穴、素人が使ってこの威力ってこと。指一本で」
3人とも黙った。
――魔法でこの銃の力にいつまで抗えるだろうか。
エルネストは帽子の穴に指を通した。
弾丸が開けた、きれいな丸い穴。
帽子には防御魔法がかかっていた。
王国の銃ならば弾き返したはずだが、穴が開いたことが威力の分析になる。
障壁魔法の構造を改良する……した。
帽子の尊い犠牲により、粗悪品への対策は出来た。
まあ、穴が開いたのでどの道、補修のために一度解除する必要はあるのだが。
「……分析の結果次第だな。あの銃がどこから来たのか、それが分かれば何か見える」
「何かって?」
「敵が、銃弾を撃ってくる民兵なのか、それとも、民兵に銃を渡した誰かなのか」
ラウルの目が、一瞬だけ鋭くなった。
何かを言いかけて、やめた。
「何者かが市民を唆しているに決まっている。直接王国を狙えないからの離間工作だ」
「ああ、そうだな」
蜻蛉が1匹、弾痕の上を横切って飛んでいった。




