少し未来の話
薄暗い部屋の中で、
スマートフォンの画面だけが静かに光っている。
ヘッドホンの向こうから聞こえてくる声は、
もう何年も前から変わらない調子で、
相変わらずゲームの中の出来事に一喜一憂している。
驚いた声。
笑い声。
少しだけ焦ったような息。
それらは全部、
どこか遠くの部屋から聞こえてくる生活音のようで、
けれど確実に自分の生活の中に入り込んでいるものだった。
私はテレビをほとんど見ないで生きてきた。
正確には、親がつけているテレビの音が部屋の向こうから聞こえてくることはあった。
夕方のニュースや、バラエティ番組の笑い声や、
よく知らない芸能人の名前。
そういうものが視界の端や耳の奥を通り過ぎていったことはある。
けれど、自分でテレビをつけて、この番組が好きだとか、
この人のファンだとか、そういう記憶はほとんどない。
だから、誰か有名人が亡くなったというニュースを見ても、
不思議なほど心は静かなままだった。
遠い世界の出来事のようだった。
画面の向こうの人たちは、いつもテレビの中にいて、
そこから出てくることはない。
そんな風に、どこか無意識に思っていたのかもしれない。
代わりに、よく見ていたのは動画だった。
画面の中で誰かがゲームをしている。
失敗して笑ったり、うまくいって喜んだり、
意味もなく雑談をしたりする。
それをただ眺めているだけなのに、
なぜか安心する時間だった。
特別なことは何も起きない。
ただ、ゲームをしている人の声がそこにあるだけ。
それなのに、いつの間にか何年も経っていた。
ふと、あるとき思った。
この人たちも、いつか死ぬんだな、と。
自分でも少し驚くほど、突然の考えだった。
ゲーム実況者の多くは、たぶん自分より年上だ。
動画の中で冗談を言ったり、
夜中までゲームをしていたりするけれど、
それでも現実には歳を重ねている人間だ。
今はまだ若い。
少なくとも、
テレビに出てくる芸人や俳優よりはずっと若いように感じる。
だから、そんな未来はまだ遠いと思う。
それでも、いつかは来る。
いつか、ニュースのどこかに小さく名前が出て、
「〇〇さんが亡くなりました」
と書かれる日が来るのかもしれない。
その瞬間、自分はどう思うのだろう。
きっと驚くだろう。
少しだけ、現実感のない気持ちになるかもしれない。
長い間聞いていた声が、突然この世界から消えてしまう。
もう新しい動画は上がらない。
もう、次のゲームの続きは見られない。
そういう未来を想像すると、胸の奥が少しだけ重くなる。
けれど同時に、変な考えも浮かぶ。
もしかしたら、そのときまで自分が生きているとは限らない。
人生なんてわからない。
事故だってあるし、病気だってある。
もしかしたら、自分の方が先にいなくなるかもしれない。
そう考えると、さっきまでの想像は急に形を失って、
ただぼんやりとした霧のようになる。
未来のことは、誰にもわからない。
今この瞬間、
画面の向こうでは実況者が何かに驚いて叫んでいる。
敵に囲まれたのか、落とし穴に落ちたのか、
よくわからないけれど、とにかく大きな声で笑っている。
その声はとても普通で、
とても当たり前で、
そしてとても生きている音だった。
私は少しだけ音量を上げる。
未来のことを考えると、心は簡単に苦しくなる。
だから今は、画面の向こうの笑い声をただ聞いている。
きっと、この時間もいつか終わる。
それでも、今はまだ続いている。
ヘッドホンの奥で誰かがまた笑う。
私はその声を聞きながら、
静かな部屋でただ画面を見つめていた。




