【悲報】ダンジョン配信に映り込んだ謎の魔法少女(中身はおっさん)、全滅寸前のS級パーティを鼻歌まじりに救済してしまう~正体はバレたくないので二度と映りません(※掲示板で特定作業が加速中)~
「……まじかよ。プレミアムモルツがぬるくなるだろ、これ」
俺、佐藤健二(34歳・独身・平社員)は、レジ袋を提げたまま立ち尽くしていた。
目の前にあるのは、住宅街のど真ん中に突如として口を開けた巨大な「門」。
通称、ダンジョン。
本来なら、専門の探索者たちが何重もの警戒線を張って管理しているはずのものだ。
「なんでこんな、スーパーの裏道ショートカットコースに湧いてんだよ……」
溜息しか出ない。
今日の仕事は最悪だった。
上司には無能扱いされ、取引先には頭を下げ続け、ようやく手に入れた至福の晩酌セット。
早く帰って、キンキンに冷えたビールを喉に流し込みたい。
それだけが、俺という枯れ果てたサラリーマンの生存理由だっていうのに。
ズゥゥゥン……ッ!
門の向こう側から、空気が重低音で震えるような振動が伝わってくる。
嫌な予感しかしない。
「おいおい、これ『門の崩壊』ってやつじゃないのか?」
ニュースで見たことがある。
ダンジョン内部の魔素が飽和し、中から魔物が溢れ出してくる大災害だ。
普通なら、自衛隊やS級探索者が総出で対処する案件。
俺みたいな、左遷寸前のおっさんが関わっていい事態じゃない。
だが、門のすぐそばには、無残にひしゃげた最新式のドローンが転がっていた。
そして、その奥から聞こえてくるのは、誰かの悲鳴。
「……っ! 総員、下がれ! ここは私が食い止める!」
凛とした、だが明らかな絶望に染まった声。
どこかで聞いたことがある。
そうだ。
毎朝、駅前の大型ビジョンで流れている、国民的人気探索者の『凛花』だ。
S級パーティ『フレイム・フェニックス』を率いる、日本最強の美少女。
視界の端に、彼女たちの姿が映る。
衝撃波で周囲の木々がマッチ棒のように折れ、鼓膜を劈く爆音に鳥たちが即死する。
そんな地獄のような光景の中で、彼女たちはボロボロになって倒れていた。
目の前にそびえ立つのは、黒い鱗に包まれた巨大な竜。
『アビス・ドラゴン』。
ランクは測定不能。一国を数時間で滅ぼすとされる、災厄の化身。
「はは、冗談だろ……。あんなの、核兵器でもなきゃ倒せねえよ」
俺の足は、震えていなかった。
恐怖よりも先に、猛烈な「面倒くささ」が勝っていたからだ。
俺は、左手首に巻かれた古びた銀の腕輪を、そっと撫でる。
数ヶ月前、ゴミ捨て場で偶然拾った、変な装飾品。
これを手に入れてから、俺の人生は別の意味で終わった。
だって、これ。
俺みたいな、死んだ魚の目をしたおっさんを……。
「……変身」
その瞬間、世界から色が消えた。
いや、俺の周囲だけが、異常な高密度の情報量で書き換えられていく。
肉体が再構成される。
筋肉が削ぎ落とされ、骨格が華奢な少女のものへと変貌し、肌は陶器のような白さを得る。
汚い作業着のスーツは、光の粒子と共に弾け飛んだ。
代わりに俺の体を包むのは、白と金を基調とした、過剰なまでのフリル。
腰まで伸びた銀髪が、暴力的な魔力の奔流によってツインテールへと結い上げられる。
視覚に入った瞬間、呼吸を忘れ、心臓の鼓動が耳元まで響いてくるような美貌。
鏡を見れば、そこには世界を狂わせるレベルの『魔法少女』が立っていた。
……中身は、34歳のビール大好きおっさんだけどな。
殺してくれ、この羞恥心で。
だが、腕輪は非情にも、俺に最強の力を与える。
手に現れたのは、星屑を閉じ込めたようなクリスタルの杖。
「あー、マジで嫌だ。早く帰りたい」
俺の声は、鈴を転がすような美少女のソプラノへと変わっていた。
心底うんざりした気分で、俺は戦場のど真ん中へと歩みを進める。
現場では、凛花が最後の魔力を振り絞って炎の壁を作っていた。
だが、アビス・ドラゴンの咆哮一発で、その壁は霧散する。
「これまで……なの……?」
凛花の瞳に、絶望が宿る。
背後で生き残っているドローンが、その光景を全世界に生中継していた。
【閲覧数:1億2000万】
【コメント:嘘だろ!? フレイム・フェニックスが全滅!?】
【コメント:日本が終わる……アビス・ドラゴンなんて勝てるわけない!】
【コメント:凛花ちゃん、逃げて! お願いだから!】
画面越しに、世界中が悲鳴を上げていた。
その瞬間。
コツン、と。
場違いな靴音が、瓦礫の山に響いた。
「な、に……?」
凛花が、信じられないものを見るような目でこちらを見上げる。
俺は彼女の横を通り抜け、巨大な竜の目の前に立った。
アビス・ドラゴンが、俺を獲物と認識して巨大な顎を開く。
そこには、全てを無に帰す暗黒のブレスが溜まっていた。
「うるせえよ、トカゲ。俺の晩酌を邪魔するな」
俺は雑に、本当にただのゴミを払うような動作で、杖を横に振った。
「『スターライト・ディストラクション』」
放たれたのは、銀河の煌めきを一点に凝縮したような、極太のレーザー。
それは光などという生易しいものではない。
空間そのものを削り取り、因果律を破壊して「最初から存在しなかったこと」にする情報の奔流。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!
一撃。
たったの一撃だった。
山脈を地図から消し去るレベルの威力が、ピンポイントで竜の頭部を消滅させた。
断末魔すら許さない。
アビス・ドラゴンは、悲鳴を上げる間もなく、その巨体を炭化させて崩壊していく。
後に残ったのは、静寂。
そして、あまりの光景に思考が停止した、世界最強の美少女探索者。
「あ……、あ……」
凛花は、口を半開きにしたまま、俺を呆然と見つめている。
その美貌が驚愕で歪んでいるが、正直、それどころじゃない。
俺はふと、足元を見た。
……レジ袋が破れてる。
中から、プレミアムモルツの缶が転がり落ちていた。
「あああ! 俺のプレモルが!」
慌てて拾い上げる。
よかった、穴は開いていない。まだ飲める。
【コメント:は????????????】
【コメント:今、何が起きた?】
【コメント:一撃……? アビス・ドラゴンを、一撃で消したのか!?】
【コメント:っていうか、あの美少女誰だよ!! 可愛いすぎて心臓止まるわ!!】
【コメント:魔法少女? コスプレ? 演出かこれ!?】
ドローンの向こう側、ネットの海が爆発しているのが手に取るようにわかる。
あ、やべ。
配信に映り込んでるじゃん、これ。
正体がバレたら、俺の安穏としたサラリーマン生活が終了する。
会社にバレたら「お前、休日に魔法少女やってんのか?」って詰められる。
社会的な死だ。物理的な死より恐ろしい。
「じゃ、お疲れ」
俺は短く告げると、重力を無視して跳躍した。
背後から「待ってください!」という凛花の必死な声が聞こえた気がしたが、無視だ。
一刻も早く、このフリフリの服を脱ぎ捨てたい。
そして、ぬるくなる前にこのビールを流し込みたい。
「特定班とか動かないよな、これ……?」
一抹の不安を覚えながら、俺は銀髪をなびかせ、夜の住宅街へと消えていった。
その頃、ネット掲示板『ダンジョン速報』では、歴史上最大級の祭りが発生していた。
【速報】謎の銀髪美少女、アビス・ドラゴンを鼻歌まじりに瞬殺
1:名無しの探索者
おい、今の見たか!? 凛花たちが手も足も出なかったボスが、一瞬で消えたぞ!
2:名無しの探索者
見た。マジで時が止まった。
なにあのアホみたいな威力? 魔法少女? 現代に魔法少女が現れたのか?
3:名無しの探索者
しかもめちゃくちゃ美人だったんだが。
銀髪ツインテール、白のドレス。あのビジュアルで、あの強さ……。
4:名無しの探索者
【悲報】特定班、全力稼働開始。
あの少女が誰なのか、全力を挙げて特定する。
日本最強の座、今日で入れ替わっただろ。
5:名無しの探索者
「俺のプレモルが!」って聞こえた気がするんだが……幻聴か?
自宅のワンルームマンションに滑り込み、変身を解いた俺は、スマホを見て絶望した。
トレンドの1位から10位まで、全部『魔法少女』と『プレモル』で埋まっている。
「……二度と変身しねえ」
俺は冷えたビールを一口飲み、ソファに沈み込んだ。
***
朝、アラームの音より先に、スマホの振動で目が覚めた。
枕元に置いた端末が、まるで心臓の鼓動みたいに激しく震え続けている。
通知画面を覗いた瞬間、俺は思わずプレモルの空き缶を蹴っ飛ばした。
「……嘘だろ」
YouTubeの切り抜き動画:『【神回】謎の魔法少女、S級ボスをワンパン消滅【伝説】』
再生数:8億4000万回。
昨日、俺がコンビニ帰りに「ついで」でこなした事後の残骸だ。
コメント欄は1秒間に数千件単位で更新され、世界中の言語が乱舞している。
「一撃で空間ごと削り取るとか、物理法則が家出してんじゃねえか」とか。
「銀髪ツインテールの神、降臨」とか。
「結婚してくれ」とか。
……悪いが、中身は加齢臭を気にし始めた34歳だ。
その婚姻届、受理された瞬間に絶望で心臓止まるぞ。
俺は震える指で、お決まりのネット掲示板を覗き込んだ。
【急募】昨日アビス・ドラゴンを瞬殺した魔法少女の正体【特定班】
358:名無しの探索者
おい、例の動画の0:42秒付近を限界まで拡大しろ。
彼女が持ってるレジ袋、『スーパー・マルトク』のロゴが見えるぞ。
359:名無しの探索者
マルトク!? ってことは、現場付近の店舗は三箇所に絞られるな。
よし、全店舗の防犯カメラ映像を洗え。
360:名無しの探索者
お前ら落ち着け。あんな絶世の美少女が買い物袋提げて歩いてたら、即座に目撃情報が出るだろ。
現場周囲のコンビニ、スーパー、全SNSの投稿をクロールしろ。
懸賞金は凛花ちゃんの事務所から1億出てるんだぞ!
「……1億!?」
俺は思わず叫び、自分の頬を強くつねった。
1億。
今の俺の年収、350万円だ。
約30年分の給料が、俺の「首」にかかっている。
マルトクの袋、なんであの時、変身と一緒に光の粒子にして消さなかったんだ、俺。
魔法少女の衣装にスーパーの袋っていうミスマッチがシュールだったからか?
いや、単にビールを守るのに必死だっただけだ。
俺は慌てて部屋を見渡した。
昨日使ったレジ袋。
証拠隠滅のために、今すぐハサミで切り刻んで生ゴミの奥底に封印しなきゃならない。
インターホンが鳴った。
心臓が口から飛び出すかと思った。
まさか、もう特定班が玄関まで来ているのか?
俺は忍び足でドアスコープを覗き込む。
そこに立っていたのは、いつもの新聞配達員だった。
俺は全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「……落ち着け。冷静になれ、佐藤健二」
鏡の中には、無精髭の生えた、覇気のないおっさんが映っている。
目が死んでいる。
肌はくすんでいる。
昨日の銀髪ツインテールの、神々しいまでの美貌とは正反対だ。
これならバレない。
物理的に「同一人物」だと認識できる人間はこの世にいないはずだ。
DNA鑑定でもしない限り、俺があのマジカル・ルナだなんて誰も信じない。
だが、恐怖は消えない。
俺はクローゼットの奥底に、あの『変身の腕輪』を押し込んだ。
これさえつけなきゃ、俺はただの無能な平社員だ。
……はずだった。
「佐藤! てめえ、返事もできねえのか!」
満員電車という名の地獄に揺られ、ようやく辿り着いたオフィス。
挨拶もそこそこに、部長の田中が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきた。
田中の口からは、朝食の納豆の臭いと、微かな殺意が混じった飛沫が飛んでくる。
その一粒一粒が、俺の安物のスーツに付着する。
「す、すみません……。資料の件ですよね」
「当たり前だ! この数字、1桁間違ってんだろ!
お前みたいなゴミを養ってるリソース……じゃなかった、余裕はうちにはねえんだよ!」
田中は机を激しく叩いた。
その衝撃で、俺が昨日から徹夜で仕上げた資料が床に散らばる。
周囲の同僚たちは、同情の視線すら向けてこない。
関わると自分までターゲットにされるからだ。
いつもなら、ここで「申し訳ありません」と地面に頭がつくほど下げる。
だが、今の俺の視界には、田中の背後にある大型モニターが映っていた。
ワイドショーが、大々的に『救世主の魔法少女』を特集している。
『専門家の分析によると、彼女の放った一撃は、既存の魔法理論を根底から覆す出力だそうです』
『政府は彼女を、国家戦略級の超至近距離型決戦兵器と認定……』
目の前で唾を飛ばしているこのハゲた中年は、知らない。
今、自分が「一国を滅ぼせる力を持つ存在」をゴミ呼ばわりしていることを。
俺が今ここで、指をパチンと鳴らすだけで。
このオフィスビルも、田中の傲慢なツラも、全て銀河の塵に変わる。
その全能感が、俺の心の中で黒く、冷たく、そして心地よく渦巻いた。
「……佐藤。おい、聞いてんのか?」
田中の声が少し低くなる。
俺が無反応なのが、気に入らないらしい。
「なあ、お前。昨日のあの魔法少女を見たか?
あんなガキでも国のために戦ってんだぞ。
それに比べてお前はどうだ。34にもなって、ミスばっかり。
恥ずかしくねえのか? 凛花ちゃんに顔向けできねえだろ」
俺は足元に転がった資料を、ゆっくりと拾い上げた。
視界の隅で、俺の左手首が微かに熱を持っている。
腕輪は隠しているが、魔力の回路は既に俺の魂に刻まれているのだ。
(凛花ちゃん、ね……)
彼女は今、必死に俺を探しているらしい。
画面の中の彼女は、昨日のボロボロな姿が嘘のように整えられていたが、その瞳には執念が宿っていた。
『私は、彼女に救われました。あの力、あの気高さ……。
私は一生をかけて、彼女の背中を追いかけます。
もし、この放送を見ているのなら、どうか……名乗り出てください』
無理。絶対無理。
名乗り出た瞬間、俺の日常は終わる。
マスコミに囲まれ、研究施設に隔離され、毎日フリフリの服を着せられて魔法を撃たされる。
挙句の果てに「中身はおっさん」だとバレて、世界中から石を投げられる。
そんなの、ビールがまずくなるだけだ。
「佐藤! 返事はどうした!」
田中の拳が、俺の頭を小突いた。
その瞬間。
俺の周囲の空気が、ピキリ、と凍りついた。
物理的な温度じゃない。
魔力の奔流が、俺の意志とは無関係に、外界を拒絶したのだ。
「……え?」
田中が、奇妙な声を漏らした。
彼は俺に触れた拳を、震わせながら引っ込めた。
衝撃波が走ったわけでも、光が溢れたわけでもない。
だが、彼の本能が、生存本能が叫んだのだろう。
「今、こいつに触れてはいけなかった」と。
「あ……い、今の、なんだ……? 静電気か……?」
田中は青ざめた顔で、自分の右手を凝視している。
彼の指先は、極低温に晒されたかのように真っ白に変色していた。
俺は無表情のまま、拾い上げた資料を机に置いた。
「すみません。次は気をつけます」
俺の声は、自分でも驚くほど冷徹だった。
田中は言葉を失い、俺から数歩後ずさりした。
オフィス全体が、奇妙な静寂に包まれる。
俺はそのまま、自分のデスクに座った。
キーボードを叩く音だけが、虚しく響く。
スマホが再び震えた。
通知を確認すると、ある動画サイトの「生放送開始」の知らせ。
『凛花チャンネル:【緊急】魔法少女さんの手がかりを見つけました! 今から特定作業を配信します!』
同接数は、配信開始30秒で500万人を超えていた。
「……マジで勘弁してくれよ」
俺は頭を抱えた。
俺が守りたかった平穏な日常の扉が、外側から重機でぶち壊されようとしている音が聞こえた。
しかも、その重機を運転しているのは、俺が昨日助けた美少女だ。
「ビール、買って帰るの……今日はやめとくか」
俺は溜息をつき、画面の中の熱狂と、現実の冷ややかな空気の狭間で、ただキーボードを叩き続けた。
周囲の社員たちが、遠巻きに俺を見ている。
さっきの「静電気」の違和感を、誰もが感じ取っていた。
「佐藤さん……今の、何だったんですか?」
隣の席の新人、高橋が恐る恐る話しかけてくる。
彼女の瞳には、恐怖と、少しばかりの好奇心が混ざっていた。
俺は答えなかった。
ただ、画面の隅で増え続ける『魔法少女特定班』の数字を、呪うように見つめることしかできなかった。
***
カタカタカタカタ。
オフィスに響くのは、俺が叩くキーボードの音だけだ。
他の連中は、まるで石像にでもなったかのように固まっている。
それもそうだろう。
ついさっき、国家機関のエージェントが腰を抜かして逃げ出し、空を埋め尽くした数万の魔物が一瞬で塵になったのだ。
その中心にいた「魔法少女」が、今、目の前で平然とExcelの表を整理している。
脳がバグってもおかしくない。
俺なら即座に退職届を叩きつけて、南の島に現実逃避するレベルの異常事態だ。
「……佐藤さん。あの、お茶、淹れ直しましょうか?」
高橋が、生まれたての小鹿みたいに震えながら話しかけてくる。
彼女の視線は、俺の左手首……袖の下に隠された「腕輪」がある場所に釘付けだ。
「いいよ。それより、この会議資料の修正終わったから。田中部長に渡しといて」
「あ、ぶ、部長はさっきからトイレにこもって出てきません。たぶん、お漏らししたんだと思います」
だろうな。
あのハゲ、さっき俺に小突かれた瞬間に顔面が豆腐みたいに白くなってたし。
俺は背伸びをして、窓の外を見た。
そこには、さっきの「魔法少女ルナ」の降臨を嗅ぎつけた報道各社のヘリが、蝿みたいに群がっている。
(ったく。静かにビールを飲ませろってんだよ)
心の中で毒を吐きながら、俺はネットの「特定班」の動向を確認した。
状況は、最悪の一歩手前まで進んでいた。
【確定】マジカル・ルナの潜伏先、品川のIT企業『テック・ノヴァ』で決まりwww
821:名無しの探索者
おい、今の生中継見たか!? 屋上から銀色のレーザーが空を貫いたぞ!
場所はテック・ノヴァのビル屋上で間違いない!
822:名無しの探索者
対策局の佐伯もそこにいたらしいな。
ってことは、ルナはその会社の社員か、あるいは社員に化けてるのか?
823:名無しの探索者
【速報】S級探索者『カイト』が現地に向かってるぞ!
「偽物の魔法少女なら、俺の剣でメッキを剥がしてやる」って息巻いてるwww
「……カイト? ああ、あの自称・剣聖のガキか」
スマホの画面を見て、俺は鼻で笑った。
金髪を逆立て、特注の魔導剣を肩に担いだチャラい男の顔が映っている。
実力はあるんだろうが、自分を世界の中心だと思い込んでいるタイプだ。
一番関わりたくない人種。
だが、そんな俺の願いとは裏腹に、ビルの下から鼓膜を突き破るような爆音が響いた。
ズドォォォォォンッ!!
ビルの正面玄関が、物理的な衝撃で粉砕された音がここまで聞こえてくる。
続いて、階段を猛烈な勢いで駆け上がってくる複数の足音。
「出てこい! 魔法少女とかいうペテン師! 俺の前に姿を現せ!」
オフィスの扉が、紙屑みたいに吹き飛んだ。
現れたのは、案の定、金髪の剣聖・カイト。
後ろには、カメラを回している配信スタッフを引き連れている。
「おいおい、なんだこの暗気臭いオフィスは。
こんなところに、あのアビス・ドラゴンを倒した奴がいるってのか?」
カイトは土足でオフィスに踏み込み、魔導剣の先を俺たちのデスクに向けた。
同僚たちが悲鳴を上げ、机の下に潜り込む。
俺は、ただ無言でコーヒーを啜った。
……ぬるい。
さっきの変身の余波で、マグカップの中身まで冷めきってやがる。
「無視すんじゃねえよ、そこの眼鏡。お前だ、佐藤とか言ったか。
対策局のデータじゃ、お前の周りだけ魔素が狂ってるらしいじゃねえか」
カイトが俺のデスクを、剣の鞘で乱暴に叩いた。
俺の大切な、定時退社をかけた資料が少しズレる。
(ああ……こいつ、完全にフラグ踏みやがった。
俺の、残り15分の勤務時間を、無駄な会話で削るつもりか?)
俺はゆっくりと、カイトを見上げた。
死んだ魚のような瞳。
そこに映る金髪の男は、ただの「動く騒音」にしか見えない。
「……邪魔。どいてくれない? 掃除が大変なんだけど、その扉」
「あ? なんだその態度は。俺が誰だか分かってんのか?
S級探索者、ランキング3位の『剣聖』カイト様だぞ!」
カイトの体から、黄金色のオーラが噴き出した。
衝撃波で周囲の窓ガラスにヒビが入り、書類が吹雪のように舞い上がる。
普通の人なら、このプレッシャーだけで失神するレベルの重圧だ。
だが、俺にとっては、扇風機の風の方がまだマシだった。
「ランキングとか、興味ないんで。
それより、不法侵入と器物損壊で警察呼びますよ。
それとも、探索者ギルドに損害賠償請求しましょうか」
「ハッ! 法律だのギルドだの、弱者の理屈を並べやがって!
実力を見せろと言ってんだよ、このゴミが!」
カイトが魔導剣を抜き放った。
刀身から溢れる雷光がバチバチと放電し、オフィスの天井を焼き焦がす。
「……あー、もう。マジで勘弁してくれ」
俺は溜息をつき、椅子に座ったまま、右手のペンを軽く回した。
「『調整』」
俺が小さく呟いた瞬間、カイトの周囲の重力が、数万倍に跳ね上がった。
「ぐ、ぁぁっ!?!?!?!?!?!?!?!?」
カイトの体が、文字通り床に叩きつけられた。
オーラは一瞬で霧散し、自慢の魔導剣は、あまりの重圧に耐えきれず「飴細工」みたいにグニャリと曲がった。
「な、な……何が、起きた……!? 体が、動か……」
カイトは床に顔を押し付けられたまま、必死に喚いている。
彼の背後にいた撮影スタッフも、機材ごと床にひっくり返り、泡を吹いて気絶していた。
俺は椅子から立ち上がり、床に這いつくばる「日本最強」の頭を、そっと踏み抜いた。
力は入れていない。ただ、少しだけ俺の魔力を流し込んだだけだ。
それだけで、カイトの脳内には、宇宙の終焉を何億回もループで見せられるような絶望が流れ込む。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! ごめんなさい! 助けて! 許してください!!」
さっきまでの威勢はどこへやら。
カイトは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺の足元で許しを請うている。
その姿に、同僚たちの「ありえない」という悲鳴が重なった。
「カ、カイトが……。あの剣聖が、一歩も動かずに……?」
「佐藤さん、何したの……? ただ、ペンを持ってただけだよね?」
過剰なリアクション、ご苦労様。
でも俺は、ただこいつの「傲慢」という名のノイズをミュートしただけだ。
「カイト君。君の剣、10億くらいするんでしょ?
それ、修理代としてここの会社の修繕費に充ててね。
あと、二度と俺の視界に入らないで。ビールの味が落ちるから」
俺が足を退けると、重力から解放されたカイトは、転がるようにしてオフィスから逃げ出していった。
そのスピードは、間違いなく彼が人生で記録した最速のものだろう。
静寂が戻ったオフィス。
俺は自分の席に戻り、ぬるいコーヒーを飲み干した。
「……佐藤さん。あなた、やっぱり」
高橋が、畏怖と熱狂の混ざった目で俺を見ている。
彼女だけじゃない。
今まで俺を無能扱いしていた他の社員たちも、まるで神を拝むような目でこちらを見ている。
ストレスはない。
だが、この「視線」の鬱陶しさは、上司の説教と大差ないな。
「あ、佐藤! 佐藤健二はどこだ!」
今度は、階段から別の声がした。
カイトのそれとは違い、どこまでも澄んでいて、それでいて「恋」に狂ったような熱い声。
「まさか……」
俺の予感は的中した。
ボロボロの探索者ジャケットを羽織った、赤髪の美女。
フレイム・フェニックスのリーダー、凛花がそこに立っていた。
彼女はカメラもスタッフも連れず、ただ一人で、ここまで辿り着いたらしい。
その手には、一枚のレジ袋が握られていた。
「見つけた……。この魔力の匂い……。マルトクの袋に付着していた、あの時のプレモルの残り香……!」
(嗅覚で特定したのかよ! 警察犬かお前は!)
俺の心中でのツッコミも虚しく、凛花は一直線に俺のデスクへ突き進んできた。
彼女の顔が、俺の鼻先数センチの距離まで近づく。
「あなたが……『彼女』なのね?」
凛花の瞳は、確信に満ちていた。
彼女の心臓の鼓動が、俺の耳元まで響いてくるほど激しい。
絶世の美女にこれほど至近距離で見つめられれば、普通の男なら即死しているだろう。
だが、俺は冷静に時計を見た。
「17時。……定時だ。お疲れ様でした」
俺は凛花の問いを完全にスルーし、カバンを掴んで立ち上がった。
彼女が唖然とする中、俺は颯爽とオフィスを出る。
「待って! 逃げないで! 私、あなたに、お礼が言いたくて……!
それに、その、聞きたいことがいっぱいあって……!」
凛花が背後から追いかけてくる。
ビルの出口には、すでに何百人もの野次馬と報道陣が集結していた。
「特定班の執念、舐めない方がいいですよ、佐藤さん」
影から現れた佐伯が、ニヤリと笑いながら俺にスマホの画面を見せた。
そこには、俺の顔写真がデカデカと映った掲示板の書き込み。
【議論】マジカル・ルナの中身、まさかの「おっさん」説が浮上。全ネット民が泣いた。
「中身がおっさんだろうが何だろうが、関係ないわ!」
後ろから追いついた凛花が、叫んだ。
「私は、あの時助けてくれた『彼女』を……
ううん、あなたを、一生離さないって決めたんだから!」
周囲の記者が一斉にシャッターを切る。
フラッシュの光が、夕暮れの街を白一色に染め上げた。
「あー……ビール。プレモル……ロング缶、3本必要だな、今日は」
俺は天を仰ぎ、迫りくる熱狂の波から逃れるための「最短ルート」を脳内計算し始めた。
この後、俺の家の冷蔵庫が、凛花によって勝手にプレモルで埋め尽くされることになるのを。
俺はまだ、予想すらしていなかった。
俺は一歩、家路を急ぐために踏み出した。
***
オフィスの外は、完全に「蜂の巣をつついた」状態だった。
「いたぞ! 佐藤健二だ!」
「マジカル・ルナの正体、本当におっさんなんですか!?」
「一撃で魔物を消した時の心境を教えてください!」
フラッシュの光が網膜を焼き、マイクの束が物理的な凶器となって俺の顔面に迫る。
テレビ局のヘリが巻き起こす爆風で、街路樹が激しくしなり、木の葉がナイフのように舞い散る。
普通の人間なら、この包囲網を見ただけで精神が崩壊するだろう。
だが、俺は時計の針が「17時05分」を指していることに、猛烈な苛立ちを感じていた。
俺の、俺だけの神聖な晩酌タイムが、秒単位で削り取られている。
「……どけ。邪魔だ」
俺は低く、だが大気を震わせるような声で命じた。
「何を言ってる! 答えるまで通さないぞ!」
一人の記者が、俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
(あ、こいつ、今、人生で一番の「間違い」を犯したな)
俺は指をパチンと鳴らした。
「『視覚的排除』」
瞬間、俺を中心とした半径10メートルの空間で、光の屈折率が狂った。
周囲の人間から見て、俺の存在が「ただの風景」に書き換えられる。
目の前に俺がいるのに、脳がそれを認識できず、素通りしてしまう情報のブラックホール。
「あ、あれ!? 消えた!? 佐藤健二が消えたぞ!」
「どこだ! 空間転移か!?」
パニックに陥る報道陣を尻目に、俺は堂々と正面から歩き出した。
俺の肩が記者にぶつかっても、相手は「風が吹いた」程度にしか感じない。
これが『調整』の力。
世界の解像度をいじれば、俺はこの世の誰からも観測されない神になれる。
……まあ、その神の目的は「スーパーで安売りの中華惣菜を買うこと」なんだけどな。
「待ちなさい! 佐藤健二!」
背後から、鼓膜を劈くような美声が響いた。
赤髪を振り乱し、人混みを無理やり割って進んでくる影。
S級探索者、凛花だ。
(げっ。こいつ、魔力探知だけで俺を追ってきやがったか)
彼女の瞳は、狂おしいほどの情熱で燃え盛っていた。
視界に入った瞬間、呼吸を忘れ、心臓の鼓動が耳元まで響いてくるような美貌。
だが、その表情は「獲物を絶対に逃さない猟犬」のそれだ。
「あなたの『調整』、私の直感からは隠せてないわ!
逃がさない! 昨日のあの一撃の真実、聞くまでは死んでも離れないんだから!」
凛花が俺の腕を掴もうと、衝撃波を撒き散らしながら跳躍した。
足元のコンクリートが蜘蛛の巣状に砕け、周囲の記者が突風でゴミのように吹き飛ぶ。
「しつこい。……『慣性中和』」
俺は歩く速度を変えず、ただ背後に向かって掌を向けた。
凛花を包み込んでいた凄まじい運動エネルギーが、一瞬で「ゼロ」に固定される。
「え……、っ!?」
空中を飛んでいた凛花は、まるで透明な壁に激突したかのように、その場に静止した。
重力無視。物理法則の完全な否定。
彼女は空中で手足をジタバタさせながら、俺の背中を見つめて叫び続けている。
「な、何これ!? 体が浮いたまま……動けない!?
ありえないわ! 私はS級なのよ! 世界最強の筋力値を誇る私が……!」
「S級だか何だか知らないけど、俺はこれから買い物をしなきゃならないんだ。
3分したら解除されるから、そこで大人しくしてな」
俺は立ち止まることなく、駅前のスーパーへと向かった。
背後で「待って! 置いていかないで!」という悲鳴が遠ざかっていく。
スーパー『マルトク』。
ここが俺の戦場だ。
店内の客たちは、表の騒ぎを知らずにのんびりとカゴを提げている。
俺は『風景化』の魔力を維持したまま、惣菜コーナーへ滑り込んだ。
(よし……。半額シールの「揚げ出し豆腐」が残ってる。勝利だ)
俺は神の指先を持って、黄金色に輝く惣菜パックをカゴに収めた。
続いて、アルコールコーナーへ。
プレモルの6缶パックを手に取る。
【コメント:おい、特定班! 某スーパーに不自然に浮くプレモルが目撃されたぞ!】
【コメント:ルナさん、買い物中かよwww シュールすぎるだろwww】
【コメント:ていうか凛花ちゃんが空中で固まって放置されてるんだが……】
スマホの通知がうるさい。
どうやら、俺の『風景化』も、手に持った商品までは完全に隠しきれていないらしい。
防犯カメラには「空飛ぶビールと揚げ出し豆腐」が映っているはずだ。
「……ったく。目立ちたくないのに、これじゃオカルト現象じゃねえか」
俺はセルフレジで素早く会計を済ませ、自宅のマンションへと向かった。
当然、逃走経路には細心の注意を払う。
曲がり角を曲がるたびに『偽装』の魔力を配置し、追手の探知を攪乱する。
自分の部屋の前に着く。
安っぽい木目のドア。
ここを潜れば、俺の安息の地がある。
ガチャリ。
鍵を開け、暗い室内へ入る。
靴を脱ぎ、鞄を床に放り投げる。
「ふぅ……。ようやく、俺の時間だ」
俺は冷蔵庫へ向かい、買ってきたばかりのプレモルを取り出した。
プシュッ、と心地よい音が響く。
キンキンに冷えた琥珀色の液体が、喉を灼くように通り過ぎていく。
五臓六腑に染み渡る、圧倒的な快楽。
これだ。
この瞬間のために、俺はクソみたいな会社員生活に耐え、フリフリの魔法少女に変身している。
「ぷはぁ……。最高。アビス・ドラゴンなんてどうでもよくなるな」
俺は揚げ出し豆腐を皿に移し、醤油を垂らした。
さあ、宴の始まりだ。
……。
……。
「……で。いつまでそこに隠れてるつもりだ? 佐伯さん」
俺は豆腐を口に運びながら、誰もいないはずのベランダに向かって声をかけた。
「……驚いたわね。対策局が誇る『光学迷彩・極』を見破るなんて」
カーテンを揺らして現れたのは、佐伯だった。
彼女は窓枠に腰掛け、悔しそうにこちらを睨みつけている。
手には、再び新調されたらしいスキャナーが握られていた。
「佐藤健二。あなたの正体は、もう完全にクロよ。
さっきのスーパーでの挙動。魔力指紋がルナと100%一致したわ」
「勝手に入らないでくれます? 住居侵入ですよ、それ」
「国家の安全保障のためなら、令状なんて後からどうにでもなるの。
それより……何なの、その顔。世界中があなたを求めて狂乱してるっていうのに、
どうしてそんな、死んだ魚の目で豆腐を食べていられるの?」
佐伯が俺の目の前まで歩み寄る。
彼女の視線は、俺の左手首……剥き出しになった『腕輪』に注がれていた。
「それ、私に渡しなさい。
それは一個人が持っていい力じゃない。
国が管理し、適切な運用をアサインすべき……」
「断る」
俺は即答した。
プレモルを一口飲み、彼女の目を真っ直ぐに見据える。
「これは、俺が拾ったものだ。
管理だの運用だの、面倒くさいことに使うつもりはない。
俺は、俺の好きな時にビールを飲んで、好きな時に変身して、適当に魔物を掃除する。
それ以上のことを求めてくるなら……」
俺は指を、佐伯の額の数センチ前で止めた。
「このマンションごと、異次元に飛ばすけど。いいかな?」
「……っ!?」
佐伯の肌が、一瞬で粟立った。
彼女の直感が、警報を鳴らしている。
「この男は、本気でやる」と。
そして「それを実行するだけの力が、この指先にはある」と。
「……冗談よ。そんなに怖がらせないで」
佐伯は力なく笑い、スキャナーをポケットにしまった。
彼女の額には、冷や汗が流れている。
「でも、私だけじゃないわ。
凛花……彼女、あなたの部屋を特定したわよ。
もうすぐここに来る。彼女の執念は、対策局よりも厄介なんだから」
「……え?」
その言葉と同時に、玄関のドアが「ドォォォォォンッ!!」と物理的な衝撃で吹き飛んだ。
ドアの破片が室内に降り注ぐ中、煤煙の向こうから現れたのは。
さっき空中で固まっていたはずの、凛花だった。
「見つけた……。今度こそ、捕まえたわよ、ルナ!」
彼女はボロボロになった服を気にすることもなく、大股で俺の元へ歩み寄ってくる。
その背後には、勝手についてきたらしい配信ドローンが数台、羽音を立てて浮遊していた。
【閲覧数:3億5000万】
【コメント:うおおおお!! 凛花ちゃんがルナの自宅に突入したぞ!!】
【コメント:ここが最強の聖域か……! って、ただのボロアパートじゃねえかwww】
【コメント:あ! 本当にいた! 眼鏡のおっさんだ!!】
ドローンのカメラが、俺の「至福の晩酌セット」を全世界に赤裸々に映し出す。
「……凛花。お前、ドアの修理代、いくらすると思ってんだ」
俺は溜息をつき、飲みかけのビールをテーブルに置いた。
ストレスフリーな生活が、また遠ざかっていく音がした。
「おじさん、そんなことより私と勝負して!
あなたが本物なら、私の全力、受け止められるはずでしょ!」
凛花が魔剣を抜き放ち、狭いワンルームに炎の渦が巻き起こる。
佐伯が慌てて部屋の隅に避難した。
「……はぁ。もういいよ。好きにしろ」
俺は再びプレモルを手に取り、ぐいっと飲み干した。
「ただし、一分で終わらせる。
二杯目のビールが、ぬるくなるのは嫌なんだ」
俺はゆっくりと、椅子から立ち上がった。
左手首の腕輪が、夜の闇を裂くような白銀の光を放ち始める。
「……変身」
情報の再構成。
おっさんのワンルームが、銀河の煌めきに包まれる。
俺の背後で、凛花の叫び声と、ネット民たちの熱狂的なレスが爆発した。
「くるわ……! 私が恋した、あの光……!」
俺は杖を軽く振りかざした。
ターゲットは、目の前のうるさい美女……ではなく、その背後。
再び街の空に開こうとしていた「門」だ。
「一分もいらない。一秒で十分だ」
俺の放ったレーザーが、凛花の頬を掠め、夜空の彼方で絶望を消滅させた。
衝撃波で部屋の窓ガラスが全て粉砕されたが、そんなことはもう、どうでもよかった。
俺は変身を解き、再びおっさんの姿に戻って、新しいプレモルを手に取った。
***
「……う、嘘。嘘でしょ……」
凛花の声が、ひっくり返った。
彼女の視線の先には、さっきまで銀河の女神のごとき輝きを放っていた美少女の姿はない。
代わりに座っているのは、よれよれのワイシャツのボタンを一つ外し、
揚げ出し豆腐のパックを愛おしそうに眺めている、どこにでもいる34歳のおっさんだ。
俺、佐藤健二は、プシュッ……と二本目のプレモルを空けた。
ビールの弾ける泡が、この世の終わりのような静寂の中に響き渡る。
「……何が嘘なんだよ。これが現実だ。さっさと帰って、その壊したドアの弁償代振り込んでくれ。
あと、そこのドローン。今すぐレンズを叩き割るか、俺がこのアパートごと消滅させるか選べ」
俺は冷徹に言い放ち、ドローンのカメラを指差した。
浮遊していたドローンたちは、俺から発せられた目に見えない「威圧」の波によって、
空中でガタガタと震え、まるで怯えた小鳥のように一斉に窓の外へと逃げ出していった。
だが、時すでに遅し。
ネットの海には、俺が『変身を解く瞬間』……つまり、
超絶美少女のガワが剥がれ落ち、中からくたびれたサラリーマンが「こんにちは」した映像が、
一秒のラグもなく全世界に配信されていた。
「あ、あわわわわ……」
部屋の隅で丸まっていた佐伯が、スマホの画面を見て泡を吹いている。
彼女の持つ端末には、かつてないほどの勢いで通知が押し寄せていた。
【悲報】マジカル・ルナさんの正体、ガチのマジでおっさんだった件
1:名無しの探索者
あああああああああああああああああああ!!(絶叫)
2:名無しの探索者
俺の……俺たちのルナたんが……眼鏡のおっさんに書き換わった……。
これ、神による質の悪い嫌がらせだろ。
3:名無しの探索者
いや待て。今の見たか!? 変身を解く瞬間の、あの光の粒子。
CGじゃありえないレベルの密度だったぞ。
それに、あのビールの飲み方……。本物だ。本物の「強者」の風格だわ。
4:名無しの探索者
【議論】ルナさんの中身が30代サラリーマンだったとしても、
あの美貌と強さが手に入るなら、ぶっちゃけ「アリ」なんじゃないか?
5:名無しの探索者
> > 4
> > お前の性癖、ダンジョンより深いな。
> > でも分かる。あのおっさん、変身した瞬間に世界で一番尊い存在になるんだぜ?
> > ギャップ萌えの限界突破だろこれ。
>
>
「……アリなわけねえだろ。ネット民、頭沸いてんのか」
俺は掲示板の書き込みを鼻で笑い、揚げ出し豆腐を口に放り込んだ。
出汁の旨味が口いっぱいに広がる。
やはり、戦いの後の揚げ出し豆腐は裏切らない。
「……っ! だ、ダメよ、こんなのっ!」
突然、凛花が俺のテーブルを両手で叩いた。
衝撃で、俺の大切な豆腐のパックが数センチ跳ねた。
「なんだよ。だから帰れって……」
「ダメよ! あんなに尊い魔法少女の正体が、こんな……こんな……っ!」
凛花の瞳に、涙が浮かぶ。
ああ、やっぱりそうなるよな。
夢を壊したおっさんとして、蔑みの言葉を投げつけられる。
それが「正解」だ。
そうして俺を放っておいてくれれば、俺は明日からまた静かにビールが飲める。
だが、凛花が次に口にした言葉は、俺の想像の斜め上を音速で超えていった。
「……こんなに、枯れた大人の色気を隠し持った、最高にエッチなおじ様だったなんてえええ!!」
「……は?」
俺の手から、箸が滑り落ちた。
今、この赤髪の美少女、なんて言った?
「分かったわ……私、分かったのよ! ルナ様の、あのどこか物憂げで、
全てを諦めたような聖母の微笑み……。
あれは、社会という過酷なダンジョンで戦い続けてきた、あなたの『男としての背中』が反映されていたのね!」
凛花は俺の横に膝をつき、俺の手を両手でギュッと握りしめてきた。
彼女の体温が、指先からドクドクと伝わってくる。
視界に入る彼女の顔は、あまりの熱情に火照っており、心臓の鼓動が耳元まで響いてくるようだ。
「私、決めました。中身がおじ様なら、話は早いわ。
私のパーティ『フレイム・フェニックス』の総資産100億、全部あなたに捧げます!
だから、お願い! 私の専属魔法少女……ううん、私の『旦那様』になってください!」
「……佐伯さん。こいつ、アビス・ドラゴンのブレスで脳みそ焼かれたんじゃないか?」
俺は、死んだ魚のような目で佐伯に助けを求めた。
だが、佐伯もまた、壊れたロボットのように「100億……結婚……おっさん……」と呟きながら、
空を見つめて放心状態になっていた。
使い物にならない。
この部屋、まともな人間が俺しかいない。
「凛花。悪いが、俺は結婚なんて興味ない。
それと、俺の正体を世界にバラした責任、取ってもらうからな」
「はい! 何なりと! 一生かけて、おじ様の身の回りのお世話から、
冷えたビールの買い出しまで、全て私がアサインします!」
「……アサインって言うな。仕事思い出すだろ」
俺が溜息をついたその時。
再び、俺の「本能」が警報を鳴らした。
一階の入り口。
そこに、さっきの剣聖カイトなんて比較にならない、巨大な「害意」が集結している。
「……次から次へと。俺の有給休暇、今日で全部使い果たしそうだな」
俺はプレモルを飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。
部屋の窓から下を覗くと、そこには漆黒の装甲車が数十台、俺のマンションを完全に包囲していた。
装甲車の側面には、金色の獅子の紋章。
世界最大の探索者ギルド『レガリア』の私設軍隊だ。
「佐藤健二! 貴様の腕輪は、全人類の共有財産だ!
大人しく引き渡し、我がギルドの管理下に下れ!」
拡声器を通した、傲慢極まりない声が夜空に響く。
装甲車の上部からは、数百門の魔導キャノンが、俺の住むボロアパートに標準を合わせていた。
「ギルド・レガリア……!? あいつら、アメリカの本部からもう刺客を送ってきたの!?」
凛花が瞬時に戦闘モードに切り替わり、腰の魔剣を引き抜いた。
室内が、彼女の発する紅蓮の魔力で一気に熱帯と化す。
「おじ様、ここは私が! たとえ全世界を敵に回しても、私はあなたを守ります!」
「……守らなくていいよ。部屋がさらに壊れるだろ」
俺は凛花の肩を軽く叩き、彼女の前に出た。
彼女の顔が、俺の指先に触れただけで「ふにゃあ……」と溶けるように緩んだが、無視だ。
俺は一歩、粉砕されたベランダの縁へと踏み出した。
眼下には、自称「世界の支配者」たちが、蟻のように群がっている。
「腕輪を渡せば、命だけは助けてやる!
その薄汚い中年が、神の力を振り回すなど、身の程を知れ!」
装甲車から、金髪のスーツ姿の男が現れた。
ギルド・レガリアの副会長、ゼクス。
世界ランキング2位。
カイトを赤子扱いする、本物の化け物だ。
だが、俺からすれば、そこのゴミ捨て場に群がるカラスと大差ない。
「……身の程、ね」
俺は眼鏡を指先で押し上げた。
左手首の腕輪が、持ち主の苛立ちに呼応するように、ドス黒いまでの銀色に発光する。
「お前らさ。俺の『調整』を、ただの魔法だと思ってるのか?」
俺は右手を、空に向かって突き出した。
「『定義変更:質量ゼロ(ゼロ・グラビティ)』」
俺が指をスナップさせた瞬間。
俺のマンションを囲んでいた数十台の重装甲車が、一瞬で「風船」のように軽くなった。
「な、に……!? な、何が起きた!?」
ゼクスの叫びも虚しく、数トンあるはずの装甲車たちが、ふわふわと夜空に向かって浮き上がり始めた。
タイヤが地面から離れ、なすすべもなく大気の中を漂い出す。
「『定義変更:摩擦係数無限』」
続いて俺が左手を振ると、宙に浮いた装甲車たちの表面が、
目に見えない「超高密度の圧力」によって、内側からペシャンコに潰れ始めた。
ギチ、ギチ、ギチギチギチ……ッ!!
最高硬度のミスリル合金が、まるで使い古されたアルミ缶のように、
一瞬で手のひらサイズのスクラップへと凝縮されていく。
「ぎ、ぎゃあああああ!!」
装甲車の中にいた強化探索者たちが、重力の檻に囚われ、
一歩も動けないまま、空中で丸まって気絶していった。
一分。
いや、三十秒もかからなかった。
世界最強を誇る『レガリア』の精鋭部隊は、ただの「空飛ぶ鉄屑」となって、
俺のマンションの周りに、オブジェのように配置された。
地上で腰を抜かしているゼクスに向かって、俺は冷徹に言い放った。
「次に来る時は、もっとマシな玩具を持ってこい。
あと、これ。俺の部屋の窓ガラスの修理代だ」
俺は足元に転がっていた、カイトから毟り取った10億の小切手を、
ゼクスの顔面に叩きつけた。
「……ひ、ひぃぃぃっ! ば、化け物……! 貴様は、人間ではないのか……!」
ゼクスは鼻から血を流しながら、四つん這いになって逃げ出していった。
その姿を見て、俺は深く溜息をついた。
「……さて。凛花、佐伯さん」
俺は振り返り、部屋で固まっている二人の美女を見た。
「これ以上、俺の晩酌を邪魔するなら……。
お前らも、あの鉄屑と同じ形にしてやるけど。いいか?」
「はいっ! ハート型にお願いします、おじ様ぁぁ!」
「……ダメだ、こいつ。完全に手遅れだ」
俺は呆れ果て、新しいプレモルを空けた。
窓のない、ドアもない、冷たい風が吹き抜けるワンルーム。
だが、喉を通るビールの味だけは、今までで一番鮮烈で、圧倒的だった。
俺はパソコンの前に座り、掲示板の「特定班」の阿鼻叫喚を眺めながら、
密かに口角を上げた。
中身がおっさんだろうが何だろうが。
俺を満足させられるビールと豆腐がある限り、この世界のルールなんて、
俺が指一本で書き換えてやる。
俺はキーボードに手をかけ、自分を称賛するレスに、こっそりと「いいね」を付けた。




