4.5
偶然の出来事だった。
「あれ、あの子――」
文化祭の様子を撮影するためのカメラを持って、生徒会室を出て少し歩くと、小学校低学年ぐらいの女の子が、大事なところを右手で抑えて、焦ったように辺りを見回していた。
小さい子どもが、あきらかにトイレを探している。
咄嗟に、昔の記憶が蘇りそうになったが、今はそれに浸る場面ではない。
不審者には見えないように、少し優しく声を掛けた。
「どうしたのかな? お手洗ならこっちにあるよ」
「うん、でもどこも混んでるの……。空いているトイレがないから、探してたら迷っちゃった……」
少し涙目になって訴えてきた。文化祭もお昼を過ぎたころだ。飲食を終えたお客さんたちが、トイレに集まる時間帯である。ここなら空いているという場所はすぐに思い浮かんだ。しかし、何かあった時のために、小さな女の子とはいえ、男子の自分だけで、そのトイレに連れて行くのは良くないと感じた。
「相川君?」
不意に声を掛けられた。同じクラスの文化祭実行委員を務めている川端だった。
「この子、迷子の子?」
「そうみたいだ」
川端は少し腰を曲げて女の子に目線を合わせた。
「ごめんね。お名前を教えてくれるかな」
「わたぬきしずくです」
わたぬきという苗字は、あまり多くない。綿抜は以前、小さい妹がいるという話を誰かにしていたような気もする。もしかしたらと思ったと同時に、川端が女の子に再び声を掛けた。
「お姉ちゃんは、わたぬきかほさんで合ってるかな?」
「そうだよ。おねえちゃんのお友だち?」
うん、お友だちだよという返答を川端がしたが、綿抜と川端が話している姿はあまり見た事が無い。そんなやり取りを聞いている中で、この子はお手洗にも行きたいと訴えていた事を思い出した。
「この子、お手洗に行きたいそうなんだけど、校舎内はどこも混んでいるらしい。そこで、グラウンドの奥にある、運動部が使うトイレがある。そこに連れて行ってくれないか」
「オーケー。あれ、でも、どこにあるんだっけ? 私文化部だから使ったことないな」
確かに、あの場所は体育の授業でも使わないだろう。
「案内するから一緒にいこう」と二人に呼び掛けた。
川端は再び目線を下げて、グラウンドの方を指さした。
「しずくちゃん、大丈夫? あそこら辺まで我慢できそう?」
「うん、それぐらいなら……」
その言葉を聞いてから、川端はスマホを取り出して通話を始めた。どうやら綿抜に連絡しているようだ。綿抜が川端に迷子になっている妹の捜索を依頼したらしいことも伝わった。
グラウンドの片隅にある、運動部の生徒がよく使うトイレ。古いトイレではあるが、清掃はされているので決して汚くはないはずだ。
着いて見ると、予想通り決して汚くはないものの、日光が当たらず、少し薄暗い雰囲気がある。
「怖い……ドアの前にいて」
大丈夫だよドアの前にいるよという川端の声が聞こえたと同時ぐらいのタイミングだった。封水を突き刺すような激しい音が響いた。トイレの入口に立ったまま、背を向けた。さっき思い出しそうになった記憶が再び蘇る。
小さい頃通っていた幼稚園には絵本室があった。外で遊ぶ子が多く、他の子には人気のない部屋。自分も外で遊ぶことが多かったように記憶しているが、その日はたまたま絵本を読みたい気分になった。
絵本室には先客がいた。同じクラスで顔は見た事のある、おとなしそうな女の子。それぐらいの印象だった。あまり広くない部屋だったので、絵本を手にとってから何となく隣に座った。10分ぐらい経ったときだろうか。
「あっ……」
その微かな声が聞こえたその瞬間だった。
「おしっこ、おしっこ……、もれちゃった……」
イスから水が勢いよく流れている。おしっこだ。おしっこをもらしている。顔を真っ赤にして、おもらしの水流と同じぐらいの勢いで涙もあふれていく姿をじっと見つめていた。絵本に夢中になって、この子はトイレに行く事を忘れてしまったのかもしれない。
「どうしよう、どうしよう……」
その言葉で、はっとした自分は「ちょっと待っててね。すぐ戻るから」慌てて先生を呼びに行った。
自分のクラスに戻ると、ちょうど先生がいた。先生に声を潜めて「絵本室でおしっこもらした子がいる」と伝えると、先生は教室のロッカーに入れてあった雑巾とバケツと何かの袋をもって駆け足で絵本室へ向かった。自分もそれに続いた。
絵本室に着くなり、全ての状況を把握した先生の行動は速かった。雑巾でおしっこを綺麗に拭き取りバケツの中に絞る。椅子と床はあっという間に綺麗になり、おもらしをした痕跡はほぼ消えた。
「ごめん、相川君、ちょっと手伝って」と言われて、絵本室から一番近くの大きなトイレ、今なら分かるが多目的トイレに三人で入ると、先生からビニール袋を渡された。ここに予備の着替えが入っていた。
依然として泣いている女の子を先生は慰める。
「大丈夫よ、かほちゃん、今回は失敗しちゃったけど、次はギリギリまで我慢しないでね」
手際よく、制服のスカートを外した。綿抜のおしっこで濡れた真っ白い無地の綿のパンツが露になった。こんなに間近で女子のパンツを見てしまった罪悪感のようなものを幼いながらにも感じたが、先生は直ぐ近くにいる自分を気にする素振りも見せず、ブラウスのボタンをも外し始めた。ブラウスも少し濡れてしまったようだ。溢れる涙を両手で拭っていることもあり、ブラウスの下に来ていた肌着の下には濡れたパンツが丸見えになっている。そして、躊躇することなく綿抜のパンツを下ろした。女の子の大事な秘部が全て見えた。この瞬間、時間が止まったように感じた。体に痺れるような感覚が襲った。母親の秘部は黒い茂みに覆われていた。その茂みの中がどうなっているか、この時初めて知ることになった。
そして、先生が呼び掛けた声で、その女の子は同じクラスの“かほちゃん”という子だと分かった。それだけだった。多分、話をしたことは無かった。クラスに戻って下駄箱に貼ってあるお名前のシールを確認すると、かほちゃんは、わたぬきかほちゃんだと分かった。
それ以来、綿抜の事を目で追っている自分がいた。
昇降口に戻り、無事に綿抜と合流した。綿抜の母親とも合流し、事なきを得た。川端が労いの言葉をかける。この時、川端が綿抜の妹の目線に合わせてしゃがんだことにより、下着が見えていたが、どうでもよかった。この場面を綿抜も見ていたはずだが、この瞬間だけは綿抜と目を合わさぬようにした。綿抜と目が合えば、川端の下着が見えてしまった事をお互い確認するようになってしまうからだ。幸いにして、綿抜は川端の方に視線を向けていた。川端に下着が見えている事を目で訴えかけていたのかもしれない。
その後、川端たちと分かれた後、綿抜の方から話しかけてきた。生徒会の仕事として写真を撮りながら一緒に歩いていると思いがけず会話が続き、そのまま綿抜と一緒に歩くことになった。この事態は全く計算していなかった。高揚感が高まり、綿抜さんと呼んでいたのが、いつの間にか綿抜と呼んでいたが、この雰囲気の中では自然の流れだった。
そして、一緒に勉強をしないかという誘いまで受けた。二つ返事で快諾した。
綿抜の自由時間が終わりそうな頃、あのトイレを案内してほしいと頼まれた。
案内した後は、そのまま自分の仕事に戻る選択肢もあったが「じゃあ、ここで待ってるから」という言葉が自然と出てしまった。
綿抜の排尿音がトイレの外からでも響いてくる。
あの時と同じように、自分の近くで綿抜が排尿をしている。自分の股間が大きく膨らんでいるのが分かった。




