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性壁  作者: 香椎 結月


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8/16

4.0

 制服のブレザーとワイシャツの上に着るセーターがちょうど良い暖かさと感じるようになった。空調も暖房に変わる。暑い時期が長く続いたせいか、教室の窓の外から紅葉はあまり見られないが、秋も深まるとはこのような時期をさすと思う。

 毎年、この時期は文化祭が行われる。文化祭はわりと大規模なイベントだ。家族や親戚、地域の方々も生徒から貰ったチケットがあれば学校に入って一緒に楽しむことが出来る。私もお母さんと妹を招待した。お父さんには、この日は仕事だと分かっていたので、そもそも招待をしなかった。

 それにしても、朝から女子のガードが緩い。階段を駆け上がっている子、スカートの後ろを抑えず座って何かの準備をしている子、何人かのパンツが見えた。いや、確かめるように見ようとしていたのかもしれない。

 授業が無いからというだけではない。この雰囲気の何かに期待している子もいるかもしれない。

 このような例に倣わず私は今日も黒パンを履いている。


 朝のホームルーム。後期も学級委員を務めている宮下さんが朝から文化祭というイベントに興奮気味のクラスをまとめている。

「それでは、シフト表を改めて確認してください。シフトに入っていない時間の行動は自由時間となりますが、シフトに入る5分前には必ず戻るようにしてください。よろしくお願いいたします」

 私たちのクラスは駄菓子屋を開く。これを20人ぐらいでシフトを回す。私と百花は出来るだけ同じ時間帯となるように希望を出したが、お昼過ぎの時間だけは別になってしまった。この事で川端さんがわざわざ謝罪に来たが、逆に申し訳なくなってしまい「気にしないでください」と百花と二人で答えていた。

 その文化祭実行委員の川端さんが続けて発言をする。

「自分だけが楽しむ文化祭ではなく、みんなで一緒に盛り上げる文化祭にしましょう。私は午前中だと各模擬店の見回りをしているので定まった場所にいませんが、午後からは1号棟の近くで受付を担当している時間が長いので、もし何かあれば受付まで来てください。スマホは常に持っているのでSNSから連絡してもらっても構いません」


 そして、文化祭がスタートした。

 中学校の文化祭は、合唱コンクールがメインイベントだった。

 高校は合唱コンクールというようなものはなく、地域交流がメインイベントとなる。

 2年1組の場所は2号棟の5階の一番奥という事もあり、一番お客さんが来ない場所だという事が想定された。そのため、川端さんが様々な交渉をしたようで2号棟2階の空き教室を借りている。2階という事で、お客さんも想定していたよりも多く来た。アルバイトを行った事のない私は接客や会計など慣れない作業が続き、意外と忙しい時間を過ごすことになった。


 そして、お昼を過ぎた時間。百花はシフトに引き続き入り、私は60分ほどの空き時間が生まれる。とりあえず、一人で校舎内を彷徨くことにした。

 そんな時、お母さんから電話が来た。

「しずくがいないのよ。ちょっと探してくれないかしら」

「えっ! 迷子になっちゃったの? しずくはGPS端末持ってる?」

「持たせてるわよ。それを見ると、1号棟って所の辺りにいると思うんだけど……。とりあえず5階まで上がって来てみたけどいないのよ」

 妹のしずくには見守りに最適なGPS端末のキーホルダーを持たせている。家族で位置情報も共有できる。一旦、通話画面を閉じてGPSを確認したところ、確かに1号棟にいる事は確認できた。

「今日のしずくはどんな服装?」と聞いてみた。

「今、写真を送るから、それを見てちょうだい」

 通話画面を再び閉じると、すぐに写真が送られてきた。校舎の中で撮ったしずくの写真。黒いジャンパースカートを履いて、どこかの模擬店でピースサインをしていた。

 しずくがいると思われる1号棟の近くには受付がある。もしかしたらという気持ちで、クラスのSNSグループを開く。朝のホームルームで川端さんは午後の時間は受付にいる時間が長いと言っていた。

 ここ数日のグループトークの履歴は文化祭に関わることが多いため、川端さん見つけるのは容易だった。すぐさまアイコンをクリックしてから通話ボタンを押す。直ぐに川端さんに繋がった。

「あれ、綿抜さん? どうしたの?」

「突然連絡してごめんなさい。実は私の妹が迷子になったみたいで……。小学3年生なんだけど、少し背は小さくて、今日は黒いジャンパースカートを履いているみたい。持たせてるGPSを見ると1号棟にいるのは分かるんだけど、そんな子近くにいるかな……」

 ちょっと待っててと言って通話が切られた。私はお母さんと合流しようと思い1号棟の3階付近に着いた時だった。そういえば、焦っていて妹の名前を伝えていない。もう一度、川端さんに連絡を取ろうとスマホを出すと、ちょうど川端さんから通話が来た。

「綿抜さん、見つかったよ。わたぬきしずくさんで間違いないよね」

「うん、しずくです。ありがとう」

「昇降口の付近で見つけた時、相川君が対応してたんだけど、妹さんトイレに行きたいみたいなんだ。ちょっと連れて行ってあげるね」

「本当にありがとう。私もそっちに行くね」

「あっいいよ、ちょっと限界っぽいから、私と相川君で空いてるトイレに連れてくね。その後、昇降口で合流ってことにしましょう」

「うん、分かった。ありがとう」

 相川君がなぜしずくと一緒にいたのだろうかという疑問もあったが、先日の生徒会室で一緒の時間を過ごしていた限り何か変な事をする人ではないと感じている。それに、川端さんも一緒にいてくれる事も少し安心できた。

 とりあえず、お母さんに『しずく見つかったよ。友だちが見つけてくれた』とメッセージを送る。二人とも友だちと言えるのか正直微妙な関係だが、ここで面倒な説明は行いたくない。お母さんは直ぐに既読がつき『あぁ良かった』と一言だけ返答があった。『しずくと合流したらまた連絡するね』と再び連絡を送り昇降口へ向かった。

 

 昇降口に降りてきて5分ぐらい経ったころに、川端さん、相川君、しずくの三人がグラウンドの方から歩いてくる姿が見えた。

「しずく」

思わず少し叫んで小走りで向かう。

「ふえぇーん、おねえちゃーん……」

 しずくは駆け足で私に抱き着いて、緊張の糸が切れたかのように泣き出した。事態はよく分からなかったが、そのまま抱き上げて頭を優しく撫でる。

「心配したよ。大丈夫?」

「うん、うんっ……」

 とりあえず事情を2人から聞く。

 しずくは昇降口の下駄箱の辺りで迷子になっていた。そしてお手洗を探していた。

 その場面にちょうど出会ったのが相川君だった。迷子よりで困っているというよりも、お手洗で困っている様子が伝わったので、まずはグラウンドの片隅にある、運動部の生徒がよく使うトイレが空いていると考えたらしい。しかし、男一人で女の子と一緒に行動するのは何かと不便だと思った時に、川端さんがちょうど来てくれて、一緒にトイレに向かって事なきを得たという状況らしい。

 川端さんは「ほぼ、相川君のおかげ。私だったら、あのトイレに行くっていう発想にならなかった」

 しずくを抱えたまま2人に向かって「ご迷惑をおかけしました」と謝罪をした後「ありがとうございます」とお礼も言った。


 お母さんには『昇降口にしずくと友達といます』と送ると、直ぐに『そちらへ行きます』と返信があったので、しずくを抱っこしたまま『怒らないであげてね。事情は話すから』と送った。助けてもらった方々も紹介したいので、少し待っていてもらい、みんなでお母さんの到着を待つ事にした。

 その間、昇降口を通る色々な子に声を掛けられた。同じクラスの子だけでなく、あまり話した事が無い子まで。

「えっもしかして綿抜さんの妹!」

「わぁめっちゃ可愛い!」

「私も抱っこしたい!」

 しずくは恥ずかしそうに顔を背けたり私の肩に顔を埋めたりしているが、まんざらでもないようだ。

小学3年生は少しお姉さんという自覚があるようで、最近は家の近くだと手を繋いでくれるぐらい。抱っこはさせてくれない。でも、同級生が周りにいないような環境になると、まだまだ甘えたい盛りだ。実際、家の中ではベタベタ甘えてくる。こんな妹の事が私は大好きだ。私が小学2年生の7月に生まれた可愛い妹。8年もの間、一人っ子として生きてきたので、この日から生活が一変した。

 しずくが赤ちゃんの頃は落ち着く時間はなく、授乳か泣くか眠っている。泣いている時はなんで泣いているのか、話すことが出来ないから全く分からない。でも、お母さんに言われるがまま手伝った。下の子が生まれると上の子は赤ちゃん返りをする事もあるらしいが、私はそんな仕草を見せなかったと思う。ただただ妹が可愛い。ハイハイから立てるようになった時、少しずつ歩けるようになったとき、言葉を覚えて段々とお話が出来るようになったとき、まだまだ失敗する事もあるけれど、そういう成長していく姿のすべてが可愛い。

 しずくの傍にいたいから習い事もしなかった。塾にも通わなかった。お友だちと遊ぶお誘いを受けても丁寧にお断りする日もあった。そのせいか、お友だちと言える子はあまりいなかった。高校に入ってから出会った百花が私にとって初めて親友と言えるぐらい波長の合う子である。ここまで深く接することが出来るのは今でも不思議な気持ちでいる。

 その分、学校の時間はすごく大事にした。しずくと少しでも長く一緒にいたいから放課後に余計な予定が入って残されてはたまったものではない。授業中も読書の時間も行事でさえ全力で取り組んだ。その甲斐もあってか、私の成績は体育以外優秀だった。

 そして、出来るだけ学校の長期休業期間中の行事にも足を運んだ。近年はヤングケアラーという問題が世間を騒がせているが、私には当てはまらないと周りに証明させたかったからだ。私は進んでしずくを見ていたかった。

 悔やまれるのは、年の差が8歳離れているので、同じ学校に一緒に通う事が絶対にできない事だ。でも、こうして学校で今しずくを抱っこしている。同じ学校に通うことが出来ないからこそ、この瞬間はかけがえのない時間に感じた。そんなことを振り返っていると、ふいにしずくが呟いた。

「お母さん、おこらないかな……」

「大丈夫。さっき、お母さんにメッセージ送ってあるから」


「お待たせ」

 お母さんの声がしたので、抱っこしていたしずくを下ろすと、お母さんの方に駆け足で向かって足元に抱き着いた。

 私から事情を話す。

 川端さんも私の話に付け加えてくれた。

「しずくちゃん、よく頑張ったと思います。これ良かったら」

 川端さんがしずくの目線に合わせるようにしゃがんだ。制服のブレザーから何かを取り出すと、それを左手に乗せてしずくの方に向けた。その手にはカラフルなキャンディーが乗っている。

「あらあら、ありがとうございます。ほら、しずくもちゃんとお礼を言いなさい」

 川端さんはしずくの目線に合わせる時にスカートの後ろを抑えずにしゃがんだ。白地に水色の水玉模様の入ったパンツが見えた。

「ありがとう」

 控えめな声でしずくがお礼を言ってキャンディーを受け取った。

 私はキャンディーを受け取るしずくと川端さんのパンツから目が離せなかった。

 

 お母さんとしずくは、学校を後にした。

 川端さんには私からのお礼で、自分のクラスで買っていた駄菓子を渡した。一人で校舎内を彷徨く時に食べようかと思っていたぐらいの物だから遠慮なく全部渡した。

 川端さんは恐縮して「私は喉が乾燥しやすいから、キャンディーを多めに持ってるの。それを渡しただけだから良いのに」と言われた。

「ずっと受付にいて、こんなことまで頼んじゃって申し訳ないから、せめてものお礼です」

 そう言って、強制的に渡した。

 川端さんは受付に戻っていったが、私はまだまだ時間が余っていた。

 しずくの事で頭がいっぱいになり周りが見えていなかったが、相川君は大きな一眼のカメラを襷掛けにして持っている事に気が付いた。

「あれ、今日は生徒会のお仕事?」

「そう、書記は広報も兼ねるんだ。だから、文化祭の様子を撮ってる」

「もう一人の書記の桜井さんは?」

「あぁ、この前、生徒会選挙があったでしょ。会計に1年生が新たに二人加わったんだ。二人とも女子だから、桜井さんと一緒の方が何かと都合が良いってことになって、今日は僕一人カメラマンさ」

 何となく会話が続いたので、写真を撮る相川君と一緒に歩いた。

 他愛のない、昔の思い出話をした。幼稚園から一緒なのに、相川君とちゃんと話をしたことは無かった。お互いに忘れてしまった幼稚園の先生の名前。何年生の時に一緒のクラスだったか。中学校の修学旅行の自由行動はどこに行ったか。この間よりもさらに砕けた感じで話すことが出来た。私への呼びかけも、綿抜さんから、綿抜に自然と変わっていた。ちょっとした変化がどこか嬉しかった。

 勉強の話もした。私は現代文などの国語に関する科目が得意だと思っているが、相川君は数学などの理数系に関する科目が得意だという事だ。それなのに理系に行かなかったのは何故なのか、以前百花に聞かれたような質問をすると「生徒会の仕事に集中したいから少し忙しい理系は避けた」という事だった。また、少し苦手とする科目は、お互いが得意とする科目だったのが少し可笑しかった。

 そんな会話をしながら歩いていると、相川君にはお礼をしていないことに気付いた。駄菓子を川端さんに全部上げてしまったので、私のポケットにはスマホとハンカチ以外入っていない。少し悩んだが、ついさっき国語が少し苦手と言っていた。

「じゃあ勉強を1回か2回一緒にしない? 現代文のポイントを少しお話しできるかなと思うので、これが私からのお礼ってことで良いかな?」

「良いの? じゃあ現代文を教えてもらおうかな。僕も出来る範囲で数学の事を話すよ」

 快く承諾してくれた。こんなに男子と話を上手くできるとは思ってもいなかった。

 そうして会話をしながら歩いていると、少しだけ下腹部に違和感を覚えた。そういえば、午前中は忙しかったこともありトイレに行っていない。校舎内のトイレは、しずくが探していたのも分かるほど、どこも混雑しているように見えた。

「ごめんね、ちょっとお手洗に行っていいかな? どこも混んでるようだから、妹が使ったトイレを案内してもらってもいい?」

「もちろん。案内するよ」

 実際に来てみると、存在自体は知っていたが、咄嗟の場面では思い出すことは無さそうなトイレだった。

 相川君は「じゃあ、ここで待ってるから」と言ってくれた。実際は、生徒会の仕事がまだあるはずなのに、私を待っていてくれているのは誠実な人だと感じた。

 個室に入り、ふとさっきの場面が蘇った。

 さっき川端さんがしゃがんだ時に、相川君も近くにいたはずだ。ひょっとしたら、川端さんのパンツを相川君も見てしまったかもしれない。

 嫉妬なのかよくわからない感情が胸の辺りを襲う。

 私も届けたい。恥ずかしいを届けたい。

 黒パンとパンツを同時に下ろして、座面に少し深く腰かけた。

 封水の一番深いところを突き刺すように、力を緩めて、おしっこを解き放つ。

 文化祭の賑わいを一切感じさせない静かなトイレの中に響き渡るおしっこの音。

 入口の前にいる相川君にもきっと聞こえているはずだ。

 恥ずかしい。

 でも、聞いていてほしい。聞いて。私の恥ずかしいを聞いて。

 最後の一滴まで響くように……。

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