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性壁  作者: 香椎 結月


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2.0

 まだ暑中見舞いを書く時期とは言え、あと数日経てば立秋だ。それなのに、連日のように猛暑が続いている。暦の上ではそろそろ秋が始まるが、この猛暑の中でも秋と呼んで良いのだろうか。秋の定義をそろそろ変えないといけないのではないかと本気で考えてしまう。

 朝早い時間だというのに、うだるような暑さを感じながら、学校の最寄り駅から5駅分。その駅からさらに10分ほど歩いた場所にある河川敷に百花と来た。ここで5キロを走る小さなマラソン大会が行われる。小さなとはいっても100名ぐらいはいるように見えた。

 7月末に花火大会が行われた会場でもある。この花火大会も百花と一緒に来た。お互い軽い気持ちでTシャツとショートパンツという格好で花火を見に行ったが、多くの女性は浴衣を着ていた。来年は浴衣を着てこようなんて二人で話をした数週間後に、また二人で同じ場所にいる。

一か月ぐらい前に一緒にマラソン大会に出場する事を百花に誘われたが、体育の授業で5キロの100分の1である50mを走るだけでも息が切れてしまう私は丁重にお断りした。


 花火大会とは客層が全く違う。花火大会では皆華やかな格好をしていたが、今日は軽さを極限まで追求したような服を着ている人ばかりだ。

 百花はランニング用のTシャツとハーフパンツという格好で待ち合わせ場所に現れた。私は走らないので普通のTシャツとショートパンツという花火大会の時と同じような格好で、顔と腕と足には日焼け止めをたくさん塗って炎天下の中でも百花を見守る体制を整えた。

 そして、会場に着くと「ちょっとウォーミングアップしてくるね」と言って、Tシャツとハーフパンツを脱ぐと、白い帽子を深くかぶり、白地のタンクトップに黒いランニングスパッツという格好になった。シューズは明るいピンク色だ。

 日傘も持ってきていたが、緑豊かな河川敷は木陰も多くある。この木陰に身を寄せお日様から隠れながら、百花のスタートを見守ることにした。

 体が少しのけぞりそうになるぐらいの大きな号砲が鳴ると、一斉に全選手が走り出した。男女とも高校生から出場できる大会のようだが、私たちと同年代ぐらいの若い者は少ない。30代から40代とみられる男性が圧倒的に多い。女性はその4分の1程度だ。女性は40代ぐらいの方が多いように感じた。子育てが終わって、自分の時間をつくれる方が出場しているのかもしれない。こういう光景を見ると、家庭における女性の役割は昔と大きく変わっていないのではないかと感じてしまう。

 スタート前に「25分ぐらいで戻ってくるから」と百花は言っていた。この河川敷のサイクリングコースがマラソンコースになっている。2.5キロ走って、折り返して戻ってくるコース。一斉に走り出したランナーたちが段々小さくなっていく後ろ姿を見ながら、百花が以前話していた事を思い出した。


 陸上競技部は、あまり強くないらしい。過去には全国大会に出場するような選手も輩出していたそうだが、近年は万年地区大会止まり。県大会に進出したら大騒ぎになるそうだ。

 練習内容は生徒が考えて、陸上競技の経験が無い顧問は見守るだけ。生徒の自主性を重んじている部活動。何とも都合が良い言葉に聞こえる。部活動は学習指導要領で定められた教育課程外の活動という事は理解している。だが、授業では自習の時間であっても課題を与えるといった指導をするのに、部活動になると目標も与えず指導をしない教員の気持ちは帰宅部の私にはあまり理解できない。

 百花が陸上競技部に所属して長距離に取り組んでいるというのは、クラス替えが行われて2年生に進級したばかりの頃に行われたホームルームの自己紹介で聞いた。

「渡辺百花。陸上競技部です。陸上競技部に入ったきっかけは仮入部をして誰も長い距離を走っていないから直ぐに試合に出られると思い入りました。よろしくお願いします!」

 捨て鉢な感じで言ったこの言葉はクラスの笑いを誘った。出席番号順で自己紹介が行われたため、渡辺百花さんの後、最後を締める綿抜夏帆に重圧がかかった事は今でも忘れていない。

 私より背が低く、細身の体型。容姿端麗という言葉が似合う。テレビで見るマラソン選手の様な体型をしているので、私から見れば凄く速そうに見えるが、本人曰く全然速くないらしいというのは、何度か話を重ねて仲が少し深まった頃に話していた。

「これが邪魔なのよ~」

 そう言って、わざとらしく制服のブレザーの上からでも分かる豊満な胸を両手で下から持って揺らして見せた。細身の体型に似合わないぐらいの持ち主である。これを百花が言うと嫌味には聞こえないから不思議だ。

 百花の彼氏である柳本君は短距離選手だという事は、仲がさらに深まった頃に聞いた。柳本君は確か私より頭一つ分ぐらい大きい。100mを12秒台で走るそうだが、この記録では県大会に進めないらしい。50mを10秒切るのがやっとの私にすれば想像もできない速さだが、世の中には想像もできないぐらい速い選手が数え切れないぐらい存在する事に驚嘆した。

 自主性に任されている部活動の中でも、一応部内恋愛という事もあり、お互いに付き合うルールを決めて、引退するまでキスより先はしないそうだ。その先の事はあえて聞いていない。

 先日の花火大会も、百花は柳本君と行くものだと思っていたのに、私にお誘いが来たのは、柳本家は毎年お盆の前の7月末に父方の実家へ帰省するからだと花火大会の時に言っていた。


 スタート前の申告通り、だいたい25分後に百花が帰ってきた。太陽の光が反射して輝いているように感じるぐらい全身が濡れている。

「折り返し地点のところで、ちっちゃい子たちが川に入って遊んでるの見て、私も入りたくなっちゃったよ。だから給水を思いっきり浴びてきた!」

 半分の2.5キロ地点で給水が設置されていたらしい。テレビでも給水を体にかけているマラソン選手を何となく見た事がある。給水は飲むだけが目的ではなく、体を冷やすことにも使われるのだと感じた。

「じゃ、クールダウン行ってくるね」

 陸上競技における整理体操の一つらしい。この会場まで歩いてくる時に、大会の流れと百花の動きを簡単に説明してくれた中に、クールダウンという言葉があった。そう言って再び軽く走り出してしまった。5キロを走っても、まだ走れる体力がある事に驚いた。長く走れる力と速く走れる力は違うと言っていたことも思い出した。


 サイクリングロードは緑豊である。春には満開であったであろう桜の木が綺麗な緑の葉っぱを茂らせている。この木々に集まった蝉たちも声を鳴り響かせている。

 この木陰を上手く利用して、隅の方で走り終わった選手たちが着替えていた。簡単な更衣室はあるようだが、この人数は収まりきらないだろうし、更衣室を最初から使用しないと決めていたように見えた。それは、着替えるための道具を持ってきていたからだ。

 例えば、小学生の時に使ったようなラップタオルを使っている人もいる。自分の子どもが小さい時に使っていたような、かわいい物を使っている人もいる。

女子の目線からすると、あまり上手く着替えることが出来ていない。よく見れば見えてしまうのかもしれないが、よく見る必要もない。

 小学生の時の体育の時間、低学年の頃は男女一緒に同じ教室で着替えていた。低学年であっても、男子の目は気になる。すると、着替える技術を学ぶようになる。Tシャツの上から体操着のシャツを着て、器用にTシャツの両腕を抜いてから体操着の袖に両腕を通すと、Tシャツは首から抜くことが出来る。これで胸や肌着を見られる事は無い。

 体操着の短パンを履くとき、スカートであればスカートを履いたまま短パンを履けば、そのままスカートを外すことが出来る。キュロットスカートであれば、片足だけ履いてから、キュロットスカートの間を通すように反対側を引っ張って、足を上げすぎぬようにもう一方を履けばパンツを見られる可能性は低い。ただ、うっかりズボンを履いてきてしまうこともある。そんな時は着替え終わった友だちにスカートを借りることもある。こうして女子同士の連帯感のようなものが生まれていく。

 小学校の高学年になると、着替える時にパーテーションが立てられるようになった。教室の前が男子。後ろが女子の様な仕組みだったと思う。それでも、悪ふざけをした男子がパーテーションの隙間から覗いてしまうかもしれないという不安と、生理が始まると生理用のパンツを履いている事が女子同士であっても見せたくないという気持ちもあり、低学年で使っていた技術をそのまま行っていると、着替える技術はさらに高まっていく。

 中学生の時は、2クラス合同で体育を行っていたこともあり、奇数クラスは男子。偶数クラスは女子みたいな分け方で、男女に分かれて決められた教室で着替えを行うといった形だった。しかし、みんなもっと上手く着替えることが出来ていたと思う。絶対に下着を見られたくないという気持ちが一番強い時期なのかもしれない。実際に私もそんな気持ちがあった。

 しかし、高校生になると、男子も女子も更衣室が与えられた。体育の授業で着替える時も、部活動の子もよく使う。完全に女子だけの世界。高校生にもなると、この場所を悪戯で開けるような男子も存在しない。

 絶対に安全な場所を確保された女子たちは、技術を駆使して着替える必要がなくなった。それと同時に、高校に入ってから隙の多い子は増えたように感じる。守られることで防衛本能のようなものを失うのかもしれない。


 百花がクールダウンから帰ってきた。そういえば、百花も着替えるはずだ。この後、駅の周りを散策して、お昼ご飯も一緒に食べる事になっている。周りの方々の様に隅で着替えるなら、タオルか何かで隠して上げなければと考えていたが、百花は着替えの入ったリュックを持ち上げると、少し遠くを指さした。

「ちょっと歩くんだけどいい?」

 木陰に覆われたサイクリングコースは、学校への通学路と違ってあまり汗をかくことなく歩くことが出来た。この道を駅から反対側に歩いて10分ほどの場所にポツンとそれはあった。

あまり使われていない事が見ただけで分かる男女共用の多目的トイレ。外観の大きさから、一人しか使えないであろう事も明らかだった。

外側の把手が壊れて外れているが、把手の下の鍵穴が出っ張っているので、ここを百花がつまみながら右に引っ張ると、あまり力を入れずに開けられたように見えた。

「この前一人で走ってた時に見つけたんだ」

 中は蒸し風呂のような暑さを想像していたが、木陰に囲まれている事もあってか、以外にもひんやりとしていた。人感センサーも反応して中は明るくなった。蓋のない横向きに設置された便器と、鏡のある洗面台、荷物をかける壁掛けフックも洗面台の近くについていた。トイレットペーパーの付近には手摺もついている。しかし、トイレットペーパーは空になっていた。管理されていないような多目的トイレではあるが、誰も使用しないようで汚れてはいなかった。

 外側の把手だけでなく鍵まで壊れているが、内側の把手は外れていないため、ここを内側から体で抑えれば、鍵の代わりになった。百花はそれを分かっていたようで、一緒に中へと入り鍵の役割を私にお願いした。外側の把手が壊れているため、不意にこのトイレを使う人はいないと思うが、万が一という事がある。しっかりと背中に体重をかけて内側の把手を抑えた。

「ちょっと雑に着替えるね」

 リュックを壁掛けフックにかけて、半開きのようにすると、中からスポーツショップでもらえるような少し大きいビニール袋を取り出して洗面台の上に置いた。汗と給水の水でびしょ濡れになっている白地のタンクトップを豪快に脱ぐ。黒いスポーツ用のブラジャーも脱いで大きいビニール袋に入れていく。豊満な胸と乳頭が目の前に披露された。制服で隠れていた時よりも大きく感じた。やはり、この体に全く似合っていない。少し羨ましくも感じる。

 タオルで一通り上半身の汗を拭いた後、制汗シートで顔を拭きながら私の方を少し申し訳なさそうに見た。

「ごめんね、汗臭くて」

「ううん、全然そんなことないよ」

 これは本心だ。汗をかく時期になってから、制汗スプレーを毎日のように使っているのを見るが、汗のにおいが気になった事は無い。よく、においが気にならない相手とは相性が良いと言ったりするが、百花とはこの点でも相性が良かったのだろう。だから波長が合うのかもしれない。

 一通り満足に上半身の汗を拭いた後、役目を十分に果たした制汗シートの一枚をトイレの便器に捨てた。少し驚いた顔をした私に気付いたようだ。

「これ、トイレに流せるんだ。あっ、そういうことじゃない? トイレの水はちゃんと流れるよ」

 納得したように軽く頷いた。私が感じた二つの疑問を瞬時にどちらも解決してくれた。

 ピンクのブラジャーを手際よくつける。谷間は隠れない。

 続いてランニングスパッツの両側に深く親指を入れて勢いよく下ろした。百花の陰部を覆う密林地帯が現れた。

(えっ、パンツは?)

 一瞬そう思ったが、なんてことはない。ランニングスパッツとパンツを同時に下ろしていた。パンツもスポーツ用と思われる黒いパンツを履いていたので、見分けがつかなかった。

 女性同士であっても、大事な部分を見る機会は少ない。

 中学2年生の時の宿泊学習が、クラスごとに貸切るロッジだったので、何人かの女子と一緒にお風呂に入った。一緒に入った子はみんな密林が確認できた。

中学3年生の時の修学旅行と高校2年生の春に行った修学旅行はユニットバス付のホテルだった。どちらのホテルにも大浴場はあったが、私は楽に使えるユニットバスを使った。高校ではプールの授業もない。

 つまり、中学2年生の時以来、久しぶりに同級生の生まれたままの姿を見た事になる。

 下半身の汗も拭き終わったのか、いつの間にかピンクのサテンのパンツを素早く履き、あっという間に密林は隠れた。上下セットをピンクで揃えている。お洒落だ。私は特に気にしていないので、上下の色を揃えていない気がする。

 その上から水色のノースリーブのワンピースを着た。

「お待たせ! この近くにバス停があって駅の方まで行くから、バスに乗って移動しよう」


 バスの二人掛けの席に一緒に座ると、一瞬で百花は夢の中に入り、私の右肩にもたれかかっている。空調の効いたバスの車内だと、百花の体温がほんのりと暖かさを感じて少し気持ち良い。

 上下セットでピンクの下着を着けているのを知っていると、足元の鮮やかなピンクのランニング用シューズと上手くまとまっているようにさえ感じてしまう。これは百花以外では私しか気付いていない事に、変な優越感があった。

 そして、ついさっき私の前で生まれたままの姿を見せた。しかし、そこに恥ずかしいという気持ちはあまりない。どちらかというと、木陰で着替えを行っていた方々の方が恥ずかしい気持ちになる。

 終業式の日に見てしまった宮下さんのパンツと、百花の生まれたままの姿は何が違うのだろうか。

 駅前に近付いていくバスの旅路の中でそんなことをぼんやりと考えていた。


 百花との楽しい時間を過ごしてから自宅に帰り、部屋着に着替えようと自室でショートパンツを下ろした時に気が付いた。私の今日のパンツはグレーの地味なパンツだった。少し汗で濡れて、グレーの部分が少し黒っぽくなっている。

 自分のパンツを自分で見ても恥ずかしいとは思わないが、これを誰かに不意に見られてしまったら、さすがに恥ずかしいだろう。だから、学校のある日は毎日のように対策をしている。

(これが、もし白いパンツだったら――)

 ふと頭をよぎった。クローゼットの引き出しにしまってある、真っ白い無地の綿のパンツを見つける。それに履き替えた。そして、クリーニングに出したばかりの制服のスカートを履き、姿見の前で終業式の日の宮下さんと同じ姿勢になってみた。

 腰を下ろし、足を広げると、スカートの中身は全て丸見えになった。左右の脹脛から太腿まで大きく開いた足の終着点は真っ白い無地の綿のパンツ。

(恥ずかしい……)

 恥ずかしいとは、その本人が恥ずかしがる態度や姿勢だけではない。その姿を第三者が見ても共有されてしまう時がある。

 そう思いながらも、自分のお腹の下辺りが少し熱くなった事を感じた。

 私の中の何かが歪み、何かに気付きそうな感触があった。

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