1.5
体育館で行われる終業式の会場準備を終えてから、教室に一歩足を踏み入れると、窓際の壁に寄りかかっている川端と、その壁に寄りかかりながら少し足を広げて座っている宮下が一緒に話している姿が見えた。宮下は無防備に足を開いて座っているため下着が見えている。
(やっぱりな)
宮下は授業が無い日は、下着の上にスパッツなどを履かないのかもしれない。以前も確かそんな姿を見たような気がする。
普段は絶対に見る事の出来ない秘部を包む布を見てしまうと多くの男子は高揚感を得るものだと思う。だが、今こうして宮下の下着を見た事で高揚感を得る事は自分には無かった。宮下だからというわけではない。自分にこうした癖がある事は十分に承知している。
宮下に何か言うでもなく自席に着いた。注意してあげたい気持ちもあるが、そんなことを言ったとしたら「あなた、私のパンツ見たのね」という反応をされることが目に見えている。こうした時の男子の行動としては視線を外し、何も触れないでおくのが一番正しい。高揚感を得たとしても、それは自らの中に留めておき、他人にも話さない事が無難である。もし、他人に話してしまうと、その情報が漏れる可能性があり、それが宮下の耳に入れば、予期せぬ波乱が起こることもあり得る。
自席に座り、黒板の方に目線を映す。黒板側の出入口から教室に入ってきた何人かが自分の視界に入る。もし、宮下の姿をスマホで撮影や録画をするような者がいたら、始業式の後にでも注意するつもりでいた。だが、自分が見ていた限りそのような怪しい行動をした者はいない。
しかし、気付いていた者はいるだろう。ある男子は少し目を見開いていた。別の男子は直ぐに視線を逸らしていた。女子も何人かは気付いていたはずだ。だが、下着が見えている事を伝えた女子はいない。宮下が立ち上がった気配が無いからだ。もしかしたら途中で姿勢を変えて、被害を最小限に留めていた可能性はあるが、さして興味はない。
学級委員を務めている宮下は、普段から凛とした佇まいをしている。クラスをまとめて動くその姿は高校生の割に仕草が少し大人っぽいと感じる雰囲気がある。それ故に、女子同士であっても言い辛い部分はあるのかもしれない。言えるとしたら、誰にでも同じような姿勢で接することが出来る渡辺か、仲の良い川端ぐらいだろう。だが、その渡辺は他の女子との会話に夢中になっている。宮下の隣で立って話をしている川端すらも気付いていない。結局、誰も下着の件を伝えることなく朝のホームルームが始まる5分前の予鈴が鳴り、宮下は立ち上がり自席に着いた。
朝のホームルームが終わり、10分間の休憩時間の後、体育館で一学期の終業式が行われる。
クラスの誰よりも早く教室を後にして、体育館に向かった。
生徒会役員は式典を円滑に進めるための仕事がある。朝のうちに会場準備は完了していたので、最後のマイクテストだけを行って生徒全員が体育館に集まるのを待つ。
「おはようございます。本日の司会を務める生徒会書記の相川です。それでは一学期終業式を開始します」
演台に置いた原稿に書いてある定型文を読み上げてから終業式が始まった。
生徒会役員の仕事は完全分業制となっている。司会進行の役目は書記が務めるというのが、この学校の伝統である。
会長・副会長は壇上に立ち発言する機会があるものの、話す時間は決して長くない。会計は壇上の舞台袖に立ち、壇上での進行補助を務める。
対して司会進行を務める書記は、前に立つ時間が長い。壇上の下に設置した演台に立ち、原稿を読み上げながら、壇上の様子も確認しなければならない。これを同時進行で行うのは困難が伴うため、必ず書記は二名で構成されている。演台で原稿を読む者と、壇上の様子を見ながら原稿を読む者に伝える者を分担している。今日は自分が原稿を読み、もう一名の書記である同学年の女子の桜井が壇上の様子を見ながら、進行状況を自分に伝えてくれている。
こうした司会という役割と、人前で立つ時間が多く感じる事もあってか、生徒会役員選挙の際に書記は人気が無かった。昨年度の9月に行われた生徒会役員選挙では二名の枠があった。それに対して、立候補したのは自分と桜井だけ。上級生で立候補した者もいなかった。そのため、対立候補がいない状態で二人とも無投票当選となった。
当選したばかりの頃、慣れない司会という役割は非常に難しかった。原稿は事前に用意してあるが、それを読むタイミング、私語が多く見られるときの注意など、学級委員も経験してこなかった自分には慣れない事ばかりだった。それに、1年生二名の書記ということもあり、頼れる上級生も少なかった。幸いにして引退した3年生の元生徒会役員たちが補佐をしてくれたこともあり、なんとか年内中には滞りなく式典を進められるようになった。当時の3年生たちには今でも感謝している。
慣れてくると不思議なもので、緊張するようなことはなく、周りを見ながら話す余裕も出てきた。そして、生徒全員の様子も見るようになった。
今日は姿勢を変えている者が多い。終業式は全校生徒が集まる式典となるため、全校生徒が何とか入る事の出来る体育館で行っているが、この体育館の床は硬く出来ている。体育や部活動を行うための体育館であるため、床が硬いのは当然だが、座るための床としては適していない。
硬い床だと体にも負担が来る。同じ姿勢で話を聞いていると、お尻や足などが痛くなってくるのだろう。終始誰かが姿勢を変えるために動いている。小さい頃は姿勢を正してお話を聞きなさいという指導を受けた記憶があるが、立ちながら式典を見つめる教員たちは体育館の床が硬くできている事を忘れてしまうのだろう。
そのため、生徒会としても、よほど大きな声で私語をしていなければ、姿勢を変えるぐらいで注意をすることは無い。
しかし、女子は大変だと思う。スカートの中を見られないように注意する事に腰を下ろす時から集中している。且つこの体育館の床の硬さとも戦うと段々と防御は崩れていく。
そのため、スカートの中が見えてしまうことはよくあった。しかし、こうした光景にも慣れてくるもので、ある統計が出来てきた。多くの女子は黒いスパッツのようなものを履いている。しかし、今日の終業式のような日、つまり授業がないような日は女子のガードが緩くなる事に気付いた。今も姿勢を変える女子に一瞬視線を移して見ていると、スパッツのようなものを履いていない。このような場面を、この終業式中だけで3回は見た。朝のホームルーム前に、宮下が以前スパッツを履いていない場面を見たような気がすると感じたのは、式典の様な場面だったかもしれない。
しかし、やはりここでも下着を見た事で高揚感を得る事は無い。
自分が見るのは、演題の上の原稿。生徒全体の様子。
そして、もう一点。才色兼備の女子。この一点を見るためだけに、生徒会役員に、その書記に立候補した。
今日も一切の隙が無かった。




