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性壁  作者: 香椎 結月


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14/16

7.0

 休日夕方の時間帯の電車内は思っていたよりも混雑していた。

 朝の通勤通学の混雑を経験しないで済む高校生活を送ってきたので、その時間帯の混雑具合はあまり想像出来ないが、少なくとも普段の休日に電車に乗る時よりも混んでいる。これも花火大会の影響だろう。

座席に座る事は諦めて、ドアの近くの座席の壁に寄りかかり、電車に揺られながら、心を整えるように努めた。

 自宅からの最寄り駅ではなく、花火大会の最寄り駅で待ち合わせることにした。相川君とは小学校の学区も同じのため、自宅からの最寄り駅も同じである。しかし、待ち合わせ場所は花火大会の会場の最寄り駅とした。これは私が決めた。

 一緒にいるのを誰かに見られることを恐れているわけではない。高校3年生になれば、誰かと付き合う事は決して珍しくないのだから、もし相川君と一緒に電車に乗っている姿を誰かに見られたとしても話題にならないだろう。それに、私たちは毎週のように放課後は図書室で一緒に勉強をしている。ひょっとしたら、既に噂程度にはなっているかもしれない。ただ、そういった声は少なくとも私の耳には入ってこなかった。

 それでも、待ち合わせ場所を花火大会の会場の最寄り駅にしたのは、この胸の高鳴りを落ち着かせながら、心を整えるために必要な時間だと考えていた。


 巾着に入れてあるスマホを取り出して時間を確認した。花火大会の会場の最寄り駅には待ち合わせ時間の30分前に着いた。まだ時間に余裕がある。待ち合わせ場所には直ぐに向かわず、まずはトイレを済ませることにした。この駅の周辺には商業施設も多く入っている。駅のトイレや花火大会の会場のトイレは混雑する様子を昨年見ていたので、初めから商業施設の中にある男性用の洋服店が多いフロアのトイレを目指すことにした。予想通り、空いている個室があったので小用を足しながら、真っ白い無地の綿のパンツを履いている事を確認した。今日このパンツを相川君に見せる機会は無いかもしれない。それでも何かを期待したいと思っていた。

 トイレを済ませると、待ち合わせ場所へと向かった。待ち合わせ場所にしたのはコーヒーショップの前。これは相川君が決めた。すぐに甚平を着て空になったプラスチックのコーヒーカップを片手にしている相川君の姿を見つけることが出来た。

「ごめんね、少し待たせちゃった?」

「いや、大丈夫だよ。僕もついさっき来たばかり」

 それでも、コーヒーカップが空になっている様子から、10分ぐらい前にはすでに到着していたのだろうと推測できた。

 相川君が空になっていたコーヒーカップを店内のダストボックスに入れてから、二言三言他愛ない会話をした後に、一緒に花火大会の会場へ向かった。


 この花火大会に昨年は百花と一緒に来た。その百花はここにいない。私たちのために気を遣ってくれた。この会場に甚平を着た相川君と浴衣を着た私が一緒に歩く。昨年は全く想像もしていなかった風景だ。

 既に多くの人で賑わい、会場周辺には屋台もたくさん出ていて雰囲気はお祭りのようだ。

 途中、生徒会書記の桜井さんが遠目に見えた。腕を組んで歩いている。隣にいたのは、式典でもよく見る人……。そうだ、生徒会長の緒方君だという事に気が付いた。あ、この二人は付き合っているんだと思った。

 別の方向に目を移すと、川端さんが宮下さんと一緒に来ていた。「あらっ」とすれ違いざまに川端さんが手を軽く振ったので、私も軽く手を振って返した。昨年の文化祭以来、川端さんとは少し話すようになった。でも、私と相川君が一緒に歩いているのを見て、察したように、そのまま宮下さんと一緒に人混みの中へと紛れてしまった。

 他にも学校で見たことのある子たちがいる。

 みんな受験の年で忙しいが、高校生活最後の夏でもある。楽しい思い出をつくりたい、味わいたいという気持ちが伝わってきた。


 定刻通り花火が始まるアナウンスが告げられた。

 花火大会の行程を勉強の合間に話し合った。確かにこの時間は、当日の行動を想像させて楽しく感じた。

 待ち合わせ場所は直ぐに決まった。お互い遅刻する事も迷う事もなかった。

 会話も待ち合わせ場所であった時から、普段通りの会話が出来ている。

 服装は私が浴衣で行くと伝えたら、相川君も甚平を持っているらしく、洋風の制服姿の二人が当日は和のテイストになると考えると少し可笑しかった。

 食事は屋台で買った。少し早い時間に行けば、屋台はそんなに混まない事を昨年経験していたので、二人とも屋台で焼きそばとラムネを買った。

 そしてプラン。花火大会は第一部と第二部で構成されている。第一部は30分。第二部は20分。その間に休憩が20分間ある。この20分でトイレに行って、第二部を見ようと話していた。また、せっかくだからと大勢の観客が賑わっている中で雰囲気を楽しむことにした。相川君は甚平のポケットに入るぐらいのコンパクトに折りたためるレジャーシートを持ってきていた。これをサイクリングコースから少し外れた芝生の部分に引いて二人して座っている。

 ここまですべて順調に進んでいる。でも何かが物足りない。その何かを起こすきっかけもプランが完璧すぎて見つからない。

 そして、花火が打ちあげられた。何発も色鮮やかな花火が綺麗に打ちあがっている。微かに感動を覚えたが、まだどこか私の心は引っ掛かりがある。


 第一部が終わった。相川君は空になった焼きそばのパックとラムネの瓶をもって立ち上がった。私の分もさり気なく持っていた。気が利きすぎて申し訳なく感じる。

「捨てるついでに、ちょっとトイレに行ってくる」

「あ、私も行く」

 焼きそばのパックを捨てるゴミ箱とラムネの瓶を回収する容器はすぐに見つかった。しかし、仮設トイレは男女とも、予想していた以上にものすごい列をなしていた。男性用の小便器の仮設トイレも、遠目に見える近くのコンビニも大行列。この行列では20分でトイレまで到達できないように感じた。

「駄目だ、男性用の仮設トイレまで、どこも大行列だ」

 相川君が呟く。少しせわしない様子が伝わる。

 すると何やらスマホで調べ出した。その画面を私にも見せる。

「調べたら、ここから少し歩いた所に多目的トイレの表示があるんだけど、そこに行っていいかな……。10分ぐらいかかりそうだけど、ここで並ぶよりは早いと思うんだ。少し速足で歩いて行って戻ってくれば第二部には間に合うと思う」

 昨年の記憶が少しずつ蘇る。百花と行った昨年の花火大会の記憶。いや違う。小さなマラソン大会の記憶。百花が着替えた場所。そう、一緒に歩いて辿り着いた多目的トイレ。把手が壊れていたトイレ。何かが閃きそうな感触があった。

「逸れちゃうかもしれないから私も行く」


 芝生に引いていたレジャーシートを一旦片付けると、二人とも速足で歩きだした。段々と人混みは減っていくので、余計に歩く速度は速くなる。相川君が私の半歩前を歩く。図書室で勉強を終えてから一緒に帰る歩幅よりも大きく、そして速い。ひょっとしたら相川君は限界に近いのかもしれない。さっきのラムネだけではなく、待ち合わせ場所ではコーヒーを飲んでいた。コーヒーはカフェインによる利尿作用があると言われている。

 私は必死に相川君についていく。慣れないサンダルで歩いている事もあるが、少し速くて息が切れそうだ。もしこれが体育の時間で、持久走の様な授業だったら、私は簡単に諦めてペースを落としているに違いない。でも離れたくない。絶対に。

 そういえば、相川君は男性用の仮設トイレの方を見ていたから、我慢しているのはおしっこの方だと思う。男子なのだから、このサイクリングコースの少し外れた草むらで用を足せばいいのではないかと思ってしまう。しかし、相川君の性格からすると、私もトイレに行きたいという旨を伝えたのに、自分だけ用を済ませてしまうという行動を許せないのかもしれない。


 歩き出してから10分もしない場所にポツンとそれはあった。周囲に観客は全くいない。あまり使われていない事が見ただけで分かる男女共用の多目的トイレ。昨年と様子が全く変わっていない。

「えっ、把手がない……」

 少し絶望したように相川君が呟いた。そう、この多目的トイレの外側には把手がない。

「大丈夫。このトイレ開くよ」

 即座に相川君の前に立って、百花が開けたように、鍵穴の出っ張りをつまんで右に引いてみると、予想通りあまり力を入れずに扉を引くことが出来た。

 私が先に中へ入る。人感センサーが反応してトイレの中が明るくなる。改めて周囲に人がいない事を確認すると相川君を手招きした。相川君は驚いたような顔を私に向ける。それを気にせず私は言葉をかけた。

「ここ鍵が壊れているの。百花と一緒に来た事があるから知ってるの。だから、二人で一緒に入らないと扉が開いちゃう。緊急事態だから仕方ないよ」

 相川君は戸惑いの表情を見せていたが自分を納得させるように声を出した。

「分かった」

 そう言って相川君が中に入ってから扉を閉めて内側の把手の部分を背中に力をいれて抑えた。

「相川君いいよ」

 戸惑っている様子は伝わる。しかし、生理現象には勝てないようだ。甚平の真ん中を右手で下ろす姿が見えた。

「ごめん、綿抜」

(あ、本当にここで、私の目の前で、おしっこをするんだ)

そう思った瞬間、体の内側が急に熱くなった。呼吸が一瞬止まりそうになった。固唾を呑むというのはまさにこの状況だ。景色が少しスローモーションにも見えた。

 甚平から出された陰茎。いつかお風呂で見た、お父さんと同じような形をしている。百花が言っていた、巨大な松茸ではない。馴染みのある形に少し安心した。

 陰茎を左手で持つと同時ぐらいに、我慢していたおしっこが勢いよく放たれていく。綺麗な放物線を描きながら封水の中に吸い込まれていく。いつか小便小僧の銅像を見た事がある。その銅像から放たれる水は綺麗な放物線を描いていた。その放物線と同じ軌道を描いていることに感動を覚えた。

 5分ぐらいに感じたおよそ30秒のおしっこが終わると、陰茎を軽く振ってから甚平の中に閉まって、相川君が呟くように言った。

「ごめん、綿抜……みっともない姿を見せたね」

「ううん、生理現象だから仕方ないよね」

 続けて私は言葉をかける。

「でも、ごめん、私もちょっと限界なんだ」

 嘘だ。

 なんで、こんな言葉が咄嗟に出たのかが分からない。

 本当は、あと2時間ぐらいは我慢できると思う。トイレは花火大会の前に駅の商業施設で済ませている。さっきラムネを飲んだとはいえ、尿意はあまり高くない。今から花火大会の第二部を見て、電車に乗って、自宅に帰って、たとえお父さんがトイレを占領していたとしても、間に合いそうな感じはした。

 でも、相川君は限界とはいえ、異性の前で大事なところを出してしまうのは勇気ある決断だったに違いない。勇気を出してくれた彼に誠意をもって、私も同じぐらい恥ずかしい想いをしなければならない。

 いや。

 違う。

 これはチャンスだ。

 私の恥ずかしい全てを、届ける人生最大のチャンス。

 そして勢いで押すんだ。

「ごめん、この巾着持ってて。あと、扉は背中で抑えててね……」

 巾着を渡してから相川君が内側の把手を背中で抑えた事を確認した。

 そして、恥じらう様子を見せながら、ゆっくりと浴衣の裾を捲って帯に被せるようにした。その下に着ている肌着も持ち上げた。相川君の前に露になる真っ白い無地の綿のパンツ。一瞬パンツを下ろすことを躊躇うように静止するが、相川君の方は見ない。絶対に私の方を向いていると信じているから。

 ゆっくりとパンツを下ろす。お父さんにも見せた事のない、私の陰部を覆う密林が露になる。

 捲った浴衣と肌着を両腕に抱えるようにして、ゆっくりと腰を下ろした。

 女子は一度放出すると、勢いがなかなか止まらない。見方によっては、我慢していたようにも見えるはずだ。

 あの文化祭の日と同じように、座面に少し深く腰を掛けた。

 花火の第二部はまだ始まっていない。周囲は静寂に包まれている。

 封水を突き刺すように、力を緩めて、おしっこを解き放つ。その音が個室内に響く。

 狭いトイレの中に響くおしっこの音。花火大会の賑わいを一切感じさせない静かなトイレの中に響き渡っている。

 相川君には文化祭の時よりも、もっと大きく聞こえているはずだ。

恥ずかしい。

 でも、聞いていてほしい。

 最後の一滴まで響くように……。


 おしっこを終えても、女子には次の行動がある。

「ごめん、その巾着にティッシュが入っているから取ってくれるかな。このトイレはトイレットぺーパーが備え付けられていないの」

「えっ? あ、うん、分かった」

 相川君は少し動揺しているように見えるが、私への視線は大きく逸らさない。私を見て――。

 そんなに大きくない巾着だ。中を空ければすぐに見つけることが出来たようだ。

「ありがとう」

 そう言って、ティッシュを受け取る際に体の向きを少しだけ相川君の方に向けて、足を軽く開いた。私の密林だけではなく、その陰部まで、丁寧に拭く。

 見て。見てよ相川君。私の恥ずかしい姿を――。


 私が浴衣の裾を丁寧に直すのを見届けてから、相川君はトイレの扉を少しだけ開けた。周りの様子を見ている。幸いにも周囲に人影は無かったようだ。緊急事態だったとはいえ、多目的トイレから二人で一緒に出るところを見られると、変な疑いを掛けられてしまう。用心して二人ともトイレから出ると、ちょうど花火大会の第二部が始まった。夜空にたくさんの花火が舞っている。第一部で見た花火とは違い、私の心を祝福しているような花火に見えて心を揺さぶられた。

 そういえば二人とも洗面台で手を洗っていない。自分の性器を触ったままのような状態でお互いトイレから出てきている。百花の言っていた「勢い」という言葉をまた思い出した。

「ねぇ、相川君、手つなご」

 相川君は一瞬で気が付いたと思う。

「いや、僕の手汚いよ……洗ってないし」

「私もだよ」

 躊躇っていた相川君の左手を私の右手でギュっと握りしめた。全ての指を絡めて密着して。この思い出が隙間から逃げて行かないように。

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