9.転生ヒロインはまともだった
「お待たせしてすみません」
パン屋の前で待っていたマーヤの前に、ニコラがやって来た。
彼女は急いで来たようなので、少し息が荒かった。
「急がせてしまったみたいでごめんなさい。私はマーヤ・ウィステリアと申します」
マーヤは少し申し訳なくなったので肩をすくめた。
「あ、ニコラです。もしかして、その……マーヤ……様は貴族の方ですか?」
おずおずとした様子のニコラ。恐らく貴族を相手に話すのは初めてだろう。
「ええ。ウィステリア公爵家の長女です。ですが、そんなに緊張しないでください。いつも通りのニコラさんで大丈夫ですから」
マーヤはニコラの緊張を解すように微笑んだ。
「ありがとうございます。えっと、マーヤ様、私に敬語などは使わずとも結構ですよ」
するとニコラもホッと胸を撫で下ろした様子になる。
「ならば、私も少し砕けた態度を取らせてもらうわ」
一応初対面の相手なので敬語にしていたが、マーヤは敬語を取り外した。
「それで、お話とは? もしかして、照り焼きパンのことですか?」
ニコラはきょとんと首を傾げている。
「ええ、それもあるけれどまずは……」
マーヤは少し緊張しながらゴクリと唾を飲んだ。
「日本という国をご存知かしら?」
するとマーヤの言葉にニコラは瑠璃色の目を大きく見開いた。
「それって……! 何か合言葉みたいですね! はい。知ってます。ということは、マーヤ様は私と同じ転生者ということですよね?」
期待と不安が入り混じった表情のニコラである。
マーヤはニコラの答えを聞いて嬉しくなった。
「やっぱり貴女もそうなのね。照り焼きパンを見て、もしかしてと思ったのよ」
「照り焼き、前世からの大好物なんです。だからこっちの世界でも絶対に食べたいと思って、頑張って開発しました」
ニコラはキャッキャッと無邪気に笑う。
その笑顔が何とも可愛らしかった。
「ではニコラさん、『君ティア』……『君に捧げる運命のティアラ』という乙女ゲームはご存知?」
「はい、それも知ってます。転生した時、『君ティア』ヒロインのニコラだって気付いて舞い上がりました」
ニコラは懐かしそうな表情をしていた。
「でも、何故かゲームのシナリオ通りのことは起こらなくて。ゲームでは母が疫病で亡くなって、ルピナス男爵家の父が私を引き取るはずでした。ですが、疫病の特効薬が完成したお陰で母は死なずに済んで、今の暮らしを続けています」
「もしかしてニコラさんは、ゲーム通り攻略対象と恋愛出来なくて残念だと思っているの?」
マーヤは気になって聞いてみた。
しかしニコラはゆっくりと首を横に振る。
「結果として、これで良かったと思ってます。最初は攻略対象と会えないのは残念だと思いましたけど、母は生きてくれていますし、それに……」
ニコラはほんのりと頬を赤く染めた。
「幼馴染のジャックも、疫病の特効薬のお陰で無事でしたので」
「……もしかしてニコラさんは、その幼馴染、ジャックさんのことを?」
マーヤは少しだけニヤけてしまった。
ニコラの気持ちが手に取るように分かったのだ。
ニコラは頬を赤く染めたまま首を縦に振る。
「はい。前世の記憶を思い出しても、ジャックが好きだって気持ちは消えませんでした。彼はいつもパン屋を手伝ってくれるし、困った時に助けてくれて。照り焼きパンの開発だって、ジャックがずっと手伝ってくれましたし」
恋するニコラの表情は、まさに乙女ゲームのヒロインに相応しかった。
(やっぱりヒロインは可愛いわね)
マーヤはクスッと笑った。
「でも、一応ここは『君ティア』の舞台となる世界ですし、色々気になったのでまずルピナス男爵家について少し調べてみたんです」
「そういえば、ルピナス男爵家については私も名前を一切聞いていなかったの」
マーヤもそのことを思い出した。
「はい。それで、新聞などを読んでみたら、ルピナス男爵家は何だかよく分からない罪で取り潰しになっていたんです。王太子権限とか難しいことを書いてありました」
ニコラは苦笑した。
「……アミーラ様の仕業かもしれないわね」
マーヤはふと学園で悪役令嬢のアミーラが攻略対象達に囲まれている様子を思い出した。
「やっぱりそうですか。色々な発明や、特効薬開発の記事に悪役令嬢のアミーラが載っていたから、アミーラも転生者で破滅の運命から逃れようとしているのかなって思ったんです」
ニコラは苦笑していた。
「あの、マーヤ様は貴族学園に通っていますよね? 学園はどんな感じですか? 攻略対象のキャラとかは?」
この世界はもうゲームのシナリオとは違う。しかし、それはそれとしてニコラは攻略対象の様子が気になるようだ。
「そうね。彼らやアミーラ様は……」
マーヤは学園でのアミーラや攻略対象達の様子をありのままに話した。
するとニコラの表情が引きつった。
「何かそれ、前世のWeb小説で見たお花畑ヒロインと同じ感じがします」
「そうよね」
マーヤはため息をついて苦笑した。
「そういえば、マーヤ様と一緒にいらしていた男性がいましたよね? あの方とはどういう関係ですか?」
不意に、ニコラからベネディクトのことを聞かれた。
マーヤは思わず頬を赤く染めた。
「彼……ベネディクト様とは……」
ベネディクトとは、話が合って、一緒に過ごしていると楽しく感じる。
マーヤはベネディクトに好意を寄せているが、ベネディクトの方はどうなのだろうかと少し不安になってしまう。
「マーヤ様は一緒にいた方がお好きなのですね。顔に書いてあります」
ニコラはふふっと笑っている。
その時、「ニコラ!」と呼ぶ声が聞こえた。
声の方には、褐色の髪にオレンジ色の目の、活発そうな男性がいた。歳はマーヤやニコラと同い年くらいである。
「ジャック!」
ニコラは嬉しそうに手を振った。
彼がニコラの想い人、ジャックである。
「マーヤ様、その人と結ばれると良いですね」
ニコラは穏やかで優しい表情をマーヤに向けていた。
「ありがとう、ニコラさん。お話が出来て嬉しかったわ。これからも、時々貴女とお話しして良いかしら?」
マーヤは思わずそう口にしていた。
少し話しただけだが、乙女ゲームのヒロインや転生者であることなど関係なく、ニコラと仲良くなりたいと思っていたのだ。
「はい、もちろんです。私で良ければ」
ニコラは満面の笑みだった。
こうして、マーヤはニコラと友達になったのである。
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