8.ベネディクトとのデート、そして乙女ゲームのヒロイン
「ベネディクト様、助けてくださり本当にありがとう」
ようやく平穏が戻り、マーヤはホッと胸を撫で下ろしながらベネディクトにお礼の言葉を述べた。
「いや、当然のことをしたまでだ。マーヤ嬢をあのまま放って置けなかった」
ベネディクトは少しだけ頬を赤く染めていた。
マーヤはチラリと隣を見ると、エレノアがユージンから話しかけられていた。
「エレノア嬢、グレン殿との婚約破棄やサイモン殿から追い出す云々の件だけど、もしゼラニウム伯爵家から追い出されるようなことがあればデルフィニウム侯爵家を頼ってくれ。俺がエレノア嬢を助けるから」
ユージンのグレーの目は真剣だった。
エレノアのことを本気で想っていることがマーヤは傍目から見ていて分かった。
彼ならきっとエレノアを大切にするだろう。
「ありがとうございます、ユージン様」
エレノアも満更ではない様子だ。
この二人がくっつくのはもうすぐだと思い、マーヤはふふっと表情を緩めた。
その後、ウィステリア公爵家とエーデルワイス公爵家の話し合いがあり、マーヤとオスカーの婚約はオスカーの有責で解消が決まった。
マーヤはそれなりの額の賠償金がもらえるそうだ。
エレノアの方もグレン有責で婚約解消が決まったようだ。双子の弟サイモンもゼラニウム伯爵家できつく油を絞られたそうだ。
ちなみに、問題の渦中にいたアミーラだが、アレクシスの訴えかけによりお咎めなしになったそうだ。
アミーラに次期王妃としての素質があるかは疑わしいが、便利な道具を発明するその才能を王家は手放したくないようだ。
(色々と思うところはあったけれど、これで晴れて自由の身よ。エレノアさんも、このままユージン様と結ばれると良いわね)
マーヤはオスカーと婚約解消が成立し、ルンルン気分だった。
◇◇◇◇
数日後。
この日は学園が休みである。
マーヤはベネディクトと共にブルーローズ王国の王都の店などを巡る約束をしていた。
(何だかデートみたいね)
ベネディクトのことが気になっているマーヤは、朝から浮かれていた。
「マーヤ様、数日前からこの日を楽しみにしていらっしゃいましたね。マーヤ様にとって今日が素敵な一日になることをこのジョアンナは祈っております」
「ありがとう、ジョアンナ」
マーヤの侍女ジョアンナは、オスカーとの婚約解消を知ると誰よりも喜んでくれた。
マーヤがオスカーにされた数々の仕打ちを知っているので、彼がマーヤに相応しくないとずっと思ってくれていたのだ。
そしてベネディクトのことを聞くと、絶対にマーヤに相応しい方だとジョアンナは言ってくれた。
ベネディクトがウィステリア公爵家まで迎えに来てくれて、そこからマーヤは彼と共に王都の街を楽しむことになった。
「マーヤ嬢、今日は誘いを受け入れてくれて感謝する。この国の王都はあまり歩いたことがなかったから、マーヤ嬢がいてくれて助かる」
ベネディクトの黄緑色の目が真っ直ぐマーヤに向けられる
それだけでマーヤは体温が少し上がった気がした。
街を歩くと言うことで、ベネディクトは街に溶け込めるような服装である。
「いえ、こちらこそ、お誘いありがとう。実はこの日を楽しみにしていたのよ」
ベネディクトから少しだけ目を逸らし、マーヤは頬を赤く染めていた。
マーヤもドレスではなく、動きやすい街娘風のワンピースだ。
「そうなのか。それは嬉しいな。マーヤ嬢、では行こうか」
「ええ」
こうしてマーヤはベネディクトと共に王都をゆっくりと歩くのであった。
「この国の王都は、リースブラン帝国とはどう違うのかしら?」
「そうだな……」
純粋に疑問に思ったことをマーヤが口にすると、ベネディクトは少し考える素振りをする。
祖国を思い出しているのだろう。
「街並みは似たようなものだ。だが、リースブラン帝国の帝都は運河が多い。移動手段も馬車よりは船が多いな」
「運河がある街並み……。見てみたいわ。馬車ではなく移動手段が船……。運河を船で移動するの、素敵ね」
マーヤはベネディクトの祖国に思いを馳せ、表情を綻ばせた。
急ぎ足ですれ違う人、カタコトと規則正しい音で駆けて行く馬車。しかしマーヤとベネディクトの周りだけ、時間がゆっくりと流れているようだった。
しばらくすると、マーヤの目にある光景が飛び込んで来る。
それはとあるパン屋だった。
「照り焼きパン、焼き立てですよー!」
ピンクブロンドの長い髪に、瑠璃色の目の可憐な少女だ。屈託のない笑みで集客をしている。年齢はマーヤと同じくらいである。
マーヤはその少女に見覚えがあったのだ。
(あの子は……!)
マーヤは久々に前世の記憶を思い出す。
(『君ティア』のヒロイン、ニコラだわ! そういえば、パン屋の娘という設定だったわね。しかも照り焼きパンって……!)
前世夢中になったゲームのヒロイン、そして前世で見覚えのある料理だった。
(もしかして、ニコラも転生者なのかしら?)
マーヤの中でそんな考えが浮かんだ。
「マーヤ嬢、どうしたんだ?」
ベネディクトはマーヤの様子に気付き、首を傾げている。
「ベネディクト様、あのパン屋に寄っても良いかしら?」
「パン屋?」
ベネディクトはマーヤが示した方向に目を向けた。
「照り焼きパン……聞いたことのないパンだな。面白そうだ。行ってみようか」
ベネディクトは照り焼きパンに興味を持ったようだ。
マーヤはベネディクトと共に、ニコラがいるパン屋へ向かった。
「いらっしゃいませ」
パン屋へ行くと、ニコラが満面の笑みで出迎えてくれた。
(流石は『君ティア』のヒロイン。可愛いわ)
マーヤは思わずニコラに見惚れてしまった。
パン屋の中は、香ばしいバターや小麦の香りが漂っている。
(ああ、何だかホッとする香りだわ)
小ぢんまりとしているが、温かみのあるパン屋である。どこか安心感があった。
「マーヤ嬢、照り焼きパンというものがあったぞ」
ベネディクトは物珍しそうに照り焼きパンを見ていた。
マーヤはハッとしてそちらへ向かう。
「とりあえず、二つ買いましょうか」
「ああ」
ベネディクトはトングで照り焼きパンを二個トレーに入れる。
「あ、照り焼きパンをお買い上げですね。ありがとうございます」
そこへ、可愛らしい笑みのニコラがやって来た。
「あの」
マーヤは思わずニコラに話しかけた。
「はい、何でしょう?」
ニコラはきょとんとした様子だ。その表情も可愛らしく、マーヤが見惚れてしまうほどである。
しかしハッとし、マーヤは言葉を続ける。
「この照り焼きパンは…….貴女が考えたものですか?」
すると、ニコラは満面の笑みで「はい」と頷く。
(照り焼きという料理は、この世界にはないはず。つまり、この子は転生者の可能性が高いわね。しかも、この感じではアミーラ様のようなとんでもないタイプではなさそう)
マーヤは高揚感に溢れていた。
前世の記憶を持つまともな人間と話が出来そうで、おまけにその存在が前世で夢中になった乙女ゲームのヒロインなのだ。
「あの、後でお時間があれば、貴女とお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」
マーヤは緊張した。
「この後ですか? もう直ぐ休憩時間なので、もう少し待っていただけたら出来ますよ」
屈託のない笑みである。
「では、お店の前でお待ちしておりますわ」
マーヤの声は弾んでいた。
「ベネディクト様、後で彼女と二人だけでお話ししてもよろしいですか?」
おずおずとベネディクトに聞くと、ベネディクトは二つ返事で頷いてくれた。マーヤがニコラと話す間、近くの店で過ごしてくれるらしい。
こうして、マーヤは『君に捧げる運命のティアラ』のヒロインであるニコラと話す機会を得た。
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