4.婚約者と転生無神経悪役令嬢
アミーラ達を悪く言った令嬢達は、足速に立ち去った。
その後アレクシスやオスカー達は、アミーラを褒め称えている。
(……全員アミーラ様の虜ということね)
マーヤはその様子を遠巻きに眺めていた。
「そうだ、アミーラ。叔父上もまた君と話をしたがっていたよ」
「まあ、マクシミリアン殿下が……!」
アレクシスの言葉に、アミーラの真紅の目が輝いたように見えた。
(マクシミリアン……!)
遠巻きに話を聞いているマーヤは、その名前に聞き覚えがあった。
(マクシミリアン・ブルーローズ。『君ティア』の隠しキャラだわ。今の国王陛下の、歳の離れた弟君。顔立ちはどこかミステリアスな雰囲気で、確か漆黒の髪に菫色の目だったわね)
マクシミリアンは現在二十一歳なのだ。
(先代国王がお城で働くメイドに手を出して生まれたのがマクシミリアン王弟殿下。ゲームでは先代国王から認められず、おまけにお城で働く人達から冷たく当たられて嫌がらせも受けていたから、バッドエンドでは闇落ちしてブルーローズ王国を滅ぼす存在になってしまうのだけれど……話を聞く限りアミーラ様がどうにかして闇落ちを回避したのかしら?)
マーヤはぼんやりとアミーラ達の様子を眺めながらそう考えていた。
「おい、お前!」
ぼんやりとしていたら、不意に声をかけられた。
オスカーである。
相変わらずマーヤに対しては最悪な態度だ。
「オスカー様、何でしょうか?」
マーヤは怪訝な表情になる。
どうせ碌なことではなさそうだと身構えてしまう。
「アミーラ嬢が通るんだ。さっさと道を開けろ!」
オスカーはそう怒鳴り散らした。
周囲は皆驚き、肩をピクリと震わせる者もいた。
「左様でございますか。ですが、怒鳴り散らされる筋合いはありません」
マーヤはオスカーからの怒鳴り声に慣れてしまったので、淡々とした態度だ。
「何だと!? 俺の婚約者の癖に俺に歯向かうな!」
いよいよマーヤはオスカーに殴られそうになる。
思わず目を瞑り、自身庇う体勢になるマーヤ。
「オスカー様、やめてちょうだい。この人はオスカー様の婚約者なのでしょう?」
そこへ、柔らかな声が聞こえた。
アミーラである。
「アミーラ嬢、でもこいつは俺達が通るから邪魔で」
「でも可哀想よ」
オスカーはアミーラに対しては優しい声である。
「貴女、オスカー様の婚約者なのよね?」
「はい……一応そうですが」
アミーラからの問いに、マーヤはそう答えた。
正直な話、早く婚約解消したいところであるが、家同士の話し合いがもう少しかかりそうなのだ。
アミーラに夢中なオスカーは恐らくこのことを知らないだろう。
「オスカー様、根は優しい人なのよ。私に優しくしてくれるし。だから、貴女もきっと話せば分かると思うの。でも、あまりオスカー様が怒ったり悲しむようなことはしないでちょうだい」
「はあ……」
マーヤはアミーラの言葉にポカンとしてしまう。
(この人は……一体何を言っているのかしら……?)
ズレたことを言うアミーラに、若干の苛立ちを抱いてしまうマーヤである。
一方アミーラはマーヤの苛立ちなど知らないかのようにニコニコと微笑んでいた。
◇◇◇◇
(アミーラ様……どう言って良いか分からないけど……ズレているというか無神経というか……)
アミーラ一行が立ち去った後、マーヤはモヤモヤとしていた。
するとその時、マーヤの前に一人の令嬢が現れてカーテシーをする。
恐らく公爵令嬢であるマーヤより爵位が低いのだろう。
一応学園では身分問わず平等だが、社交界デビューするまでの練習期間でもある。
マナーは守った方が良しとされている。
「楽になさってください」
マーヤがそう声をかけると、令嬢はゆっくりと頭を上げた。
緩くウェーブがかった緑の髪に紫の目の令嬢である。どことなく見覚えのある甘めの顔立ちだ。
「ありがとうございます。ゼラニウム伯爵家が長女エレノアでございます」
「ゼラニウム伯爵家……」
マーヤは水色の目を見開いた。
(さっきいた『君ティア』攻略対象サイモンの家の……!)
「はい。お恥ずかしながら、サイモンは私の双子の弟でございます」
エレノアは肩をすくめながら苦笑していた。
「あ……!」
マーヤはそこで再び前世の記憶を思い出した。
(『君ティア』のサイモンは確か、幼少期に目の前で双子の姉を事故で亡くしたのがトラウマになっていたわね)
目の前にいるエレノアは確かに言われてみればサイモンと顔立ちが似ている。
「……もしかして、幼少期に事故に遭いかけたことはございませんか? それで、アミーラ様に助けられたとか」
マーヤは思わずそう口を開いていた。
するとエレノアは紫色の目を見開く。
「どうしてそれを……!?」
「あ、ごめんなさい。ただ、何となく……ね」
マーヤは咄嗟に誤魔化した。
(やっぱりアミーラ様が……)
アミーラは転生者で、攻略対象達のコンプレックスやトラウマを払拭しているだろうとは予想していた。
「改めて、私はウィステリア公爵家が長女マーヤでございます。よろしくお願いしますね、エレノア様」
マーヤは自己紹介がまだだったことを思い出した。
「そのように畏まらなくても構いません。どうぞエレノアとお呼びください」
伯爵令嬢であるエレノアは、公爵令嬢であるマーヤに少し恐縮していた。
「そう。じゃあエレノアさんとお呼びするわ。私のことも、マーヤと呼んでちょうだい」
マーヤはエレノアを怖がらせないよう、穏やかな笑みを見せた。
「では、マーヤ様と呼ばせていただきます」
するとエレノアの緊張は解れたようで、彼女は控えめな笑みを浮かべていた。
「マーヤ様、先程は大変でございましたね」
エレノアは眉を八の字にしている。
先程アミーラ一行の中にいた婚約者であるオスカーに怒鳴られたところを見られていたのだ。
「ええ、まあ。でも、慣れているわ。オスカー様は昔からああだったのよ。アミーラ様に夢中で、アミーラ様を引き合いに出しては罵倒してきたこともあったわね」
マーヤはため息をついて苦笑した。
オスカーに対して、あまり良い思いは抱いていない。
「やはりそうでしたか。実は私もです。カサブランカ侯爵家のグレン様とは婚約しておりますが、グレン様もアミーラ様に夢中で、私はアミーラ様程才がないと見下されておりました」
「そうだったの……」
「おまけにサイモンもアミーラ様に夢中でして、ゼラニウム伯爵家でもサイモンからアミーラ様と比べられる始末ですわ。アミーラ様もあの様子ですし……」
どうやらエレノアも婚約者や双子の弟だけでなく、アミーラにも思うところがあったようだ。
「グレン様やサイモンの態度、そしてアミーラ様に対して不満を伝えたこともありました。ですが、グレン様とサイモンからはより嫌われる結果になりましたわ。特にサイモンからは、『アミーラ嬢のお陰で生きていられる癖に』と言われました」
エレノアは少し悲しそうに俯いた。
「あらまあ……」
マーヤは思わず俯いているエレノアの背中を優しくさすった。
「ではもしかして、サイモン様のご婚約者も私達と同じ思いを……?」
「いえ、サイモンには幸いまだ婚約者はおりませんので。ですが、いずれサイモンも家を継ぐので他の令嬢と婚約しなければならないのですが、あの様子ですし……。ゼラニウム伯爵家がどうなるのか少し不安です」
エレノアはやや暗い表情だ。生家の行く末を案じている。
(……エレノアさんと私は、婚約者とアミーラ様の態度による被害者。支え合っていきましょう)
マーヤはそんなことを思うのであった。
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