2.転生者は自分だけではない
乙女ゲーム『君に捧げる運命のティアラ』のモブに転生したマーヤ・ウィステリア。
婚約者である攻略対象オスカー・エーデルワイスと顔合わせしたものの、マーヤはオスカーから初対面で罵倒されてしまう。
マーヤはオスカーに呆れつつも、相手はまだ十歳(マーヤも十歳だが)であることに考慮し、更にウィステリア公爵家の為にもオスカーに歩み寄ろうと努力した。
例えば、エーデルワイス公爵領についてオスカーに質問してみた時のこと。
「オスカー様、エーデルワイス公爵領では葡萄が名産だとお聞きしました。その品種について」
「煩いぞ! お前はエーデルワイス公爵家に生まれていない癖に、俺の領地のことを偉そうに語るな! アミーラ嬢ならもっと良い話題を提供してくれるのに、お前は本当に駄目なやつだな!」
オスカーは不機嫌を撒き散らし、更にアミーラを引き合いに出してマーヤを罵倒する。
また、オスカーの趣味が乗馬だと分かると、マーヤは乗馬の際鞍の下に敷く馬布を商人から仕入れ、オスカーに贈ろうとした。
「オスカー様、乗馬がお好きだとお聞きしましたので」
すると、オスカーはマーヤが渡した馬布をバシッと払い除ける。
「オスカー様……?」
マーヤは地面に落ちた馬布とオスカーを交互に見ながら戸惑っていた。
「こんなものを俺に渡してどういうつもりだ!? どうせならアミーラ嬢からの贈り物の方が百倍良い! アミーラ嬢はいつも俺に女神のような笑みを向けてくれる! 俺が悩んだ時はいつも悩みを聞いてくれる! 何もしないお前よりずっと良いぞ!」
また不機嫌を撒き散らし、アミーラを引き合いに出してマーヤを罵倒するオスカーだ。
ここまでやられると、もうオスカーに歩み寄ることはもう無理かもしれないと思うマーヤである。
そして、五年が経過する。
「オスカー様と話を合わせてみたり、趣味を聞いて贈り物をしてみたりしたけれど、この五年全く効果なしね」
十五歳になったマーヤはウィステリア公爵邸の自室でため息をついた。
「本当に酷いお方ですね。オスカー様は。お嬢様はオスカー様に歩み寄ろうとなさっておりますのに」
マーヤの侍女であるジョアンナはプリプリとした様子で怒っている。
マーヤがオスカーに歩み寄ろうとしていた姿をずっと側で見ていたからだ。
「ありがとう、ジョアンナ。貴女が怒ってくれるだけで十分よ」
マーヤはジョアンナを宥めた。
オスカーに対する気持ちは最初からない。
乙女ゲーム『君に捧げる運命のティアラ』の世界に転生し、攻略対象の一人オスカーの婚約者になったマーヤだが、初対面が最悪だったのでときめいたりはしなかった。
(前世夢中になっていた乙女ゲームの世界に転生したとしても、この世界がゲームと同じとは限らないわよね)
前世のマーヤはライトノベルやWeb小説も読んでいたので、異世界転生して調子に乗り身を滅ぼす例を知っているのだ。
ふと、後で読もうと父からもらっていたこの日の新聞が目に入る。
一面表紙には、『アミーラ・ストレリチア公爵令嬢とグレン・カサブランカ侯爵令息、疫病の特効薬を開発!』と大々的に書かれていた。
新聞に描かれているアミーラの肖像画は、マーヤが前世で見た『君に捧げる運命のティアラ』の悪役令嬢の顔と同じだが、雰囲気は全く違う。
(悪役令嬢アミーラは、紫色の縦ロール髪に真紅の目。何より派手でケバケバしい見た目。でも、新聞に載っているアミーラは全然違う。モノクロだから色は分からないけど、ふわふわした髪で清楚系な美人になってる)
マーヤはゆっくりと新聞を手に取った。
(それに……)
マーヤはアミーラの隣に描かれている肖像画に目を向ける。
眼鏡をかけており、理知的な顔立ちの令息だ。
(グレン・カサブランカ……。『君ティア』の攻略対象の一人。薬学に詳しくて将来有望視されているキャラ)
マーヤはグレンの肖像画をまじまじと見ていた。
(疫病の特効薬ね……。確か『君ティア』の世界では、最近流行している疫病が来年まで猛威を振るう。ヒロインのニコラも、その疫病のせいで母親を亡くしてしまうのよね。グレンはその疫病の特効薬を、原料不足で開発できなかったことで、心に深い傷を残すことになるはずだった)
マーヤは記事をじっくり読んでみる。
すると、グレンへのインタビューで、自分の力だけではなくアミーラが原料となる植物を大量に提供してくれたからこの成功があると書かれていた。
「またアミーラ様が発明を。アミーラ様、この前もまた新たな道具を発明していましたよね?」
思い出す素振りをするジョアンナに対し、マーヤは「ええ」と頷いた。
「便利な道具、それから入浴文化を広めたのもアミーラ様なのですよね?」
ジョアンナからのその問いに対しても、マーヤは「ええ」と頷いた。
(つまり、アミーラ様は転生者で確定ね)
ここまで前世のマーヤが知っているものを開発しり、ブルーローズ王国で蔓延する疫病の特効薬開発に携わったアミーラ。これで転生者ではないと言われたら流石に嘘だと叫びたくなる。
「確かにアミーラ様は素晴らしい方です。でも私、マーヤお嬢様も負けていないと思っております。お嬢様の刺繍は素敵ですし」
鼻息を荒くし、ジョアンナは前のめりになっている。
「ありがとう、ジョアンナ」
マーヤの趣味は刺繍だ。
せっかく貴族令嬢に転生したので、貴族令嬢らしい趣味を始めてみようと思ったのだ。
始めたばかりの頃は四苦八苦して苦戦したが、今はもう慣れたものだ。
「ですがお嬢様、アミーラ様が素晴らしくても、お嬢様を馬鹿にしたり見下したりする理由にはなりません」
ジョアンナはオスカーの振る舞いに再び怒り出した。
オスカーはアミーラを引き合いに出し、いつもマーヤを侮辱するのだ。
「そうね。ありがとう、ジョアンナ。でも私、オスカー様のことは気にしていないわ。どうでも良いもの」
本当にオスカーのことなどどうでも良かった。
最近のオスカーは、王太子アレクシスの側近候補に選ばれたことにより、マーヤとの時間よりもアレクシスの側にいることを優先している。
おまけにアレクシスの婚約者はアミーラなので、アミーラと一緒にいる時間を大切にしているそうだ。
(『君ティア』の攻略対象達はそれぞれコンプレックス、トラウマを抱えていて、それをヒロインが解決するのよね。オスカー様は、いつも優秀な弟と比較されていた。そのコンプレックス、もしかしてアミーラ様が解消したのかしら? 特効薬を開発したグレンも、アミーラ様のお陰で心に傷は負わなかったでしょうし)
アミーラは恐らく自身が破滅する未来を変えようと動いているだろう。
そして『君に捧げる運命のティアラ』の知識があるので、恐らく攻略対象達のコンプレックスやトラウマを解消するよう動いたのではないか。
マーヤはそう予測した。
(そうでなければ、オスカー様はあんなにアミーラ様を慕わないわよね)
マーヤは軽くため息をついた。
以前は政略的なこともあり、オスカーと婚約関係を続けることがウィステリア公爵家にって最良の選択だった。
しかし最近ウィステリア公爵家の新たな事業が軌道に乗り始めているので、エーデルワイス公爵家との繋がりは重要視されなくなった。
オスカーが一方的にマーヤを罵倒していることもあり、両親はマーヤとオスカーの婚約解消する方向で話を進めているようだ。
また、オスカーは王太子アレクシスの側近候補に選ばれたことにより、マーヤとの交流を更に疎かにしていた。アレクシスの側にいれば、アミーラとの時間も取れるのだろう。
父親からは「マーヤに我慢をさせて本当に済まなかった」と頭を下げられ、逆に恐縮してしまうマーヤであった。
(そういえば、来年は貴族学園入学ね。『君ティア』の舞台にはなっているけれど、多分ゲームのシナリオは崩壊しているわよね。まあ、気楽にマイペースで行きましょう)
マーヤは呑気に構えるのであった。
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