1.乙女ゲームのモブに転生
ブルーローズ王国のウィステリア公爵家長女マーヤは今年十歳になる。
国内貴族のパワーバランスや政略的なことにより、エーデルワイス公爵家長男オスカーとの婚約が決まった。
燃えるような真紅の髪に、少し吊り目がちで鮮やかな緑の目。ワイルドさがあるオスカーの顔立ちを見た瞬間既視感を抱き、マーヤの脳内に膨大な記憶が海の大波ように流れて来た。
(これは……!?)
それは別の人物がたどった人生の記憶。
立ちはだかる高層ビルや道路を行き交う車。電車や飛行機といった発達した交通手段。ドレスなどではなく動きやすそうな服を着た人々。
それらは全てブルーローズ王国どころかこの世界にはないものだった。
(私は前世、日本の平凡なOLだった……!)
マーヤの脳内に流れ込んだのはいわゆる前世の記憶というものだった。
前世日本のOLだったマーヤは仕事を終えて家に帰る途中に横断歩道で車に撥ねられ、そこで記憶が途切れている。
恐らく交通事故で亡くなったのだろう。
(私、死んでしまったのね……)
平凡だったが自分なりに人生を慈しんでいた前世のマーヤ。それなりに前世に執着はある。いきなり死んで別の人生を送ることになり戸惑っていた。
(だけど、起こってしまったことは仕方ないわ。嘆いても現状が変わるわけではないのだもの)
前世から何か起こった時に切り替えるのが早かったマーヤは、深呼吸をしてこの状況を受け入れることにした。
混乱が少しだけ落ち着くと、マーヤは改めて目の前にいるオスカーをまじまじと見た。
(オスカー・エーデルワイス……)
目の前にいるオスカーは、マーヤにとって見覚えのある顔だったのだ。
(この国はブルーローズ王国。目の前にいるのは公爵令息オスカー・エーデルワイス。間違いないわ……! ここは、前世で夢中になった乙女ゲーム『君に捧げる運命のティアラ』……通称『君ティア』の世界……! 攻略対象の一人が目の前にいる……!)
マーヤは自身の水色の目を大きく見開いていた。
マーヤが前世で夢中になっていた乙女ゲーム『君に捧げる運命のティアラ』は、平民だったヒロイン、ニコラが貴族となり学園で攻略対象と恋をするゲームだ。ニコラは母親を疫病で亡くし、父親である男爵に引き取られて男爵令嬢となる。そしてもちろんゲームには悪役令嬢も登場する。しかし悪役令嬢はマーヤではない。
(『君ティア』の悪役令嬢は、公爵令嬢アミーラ・ストレリチア一人だったわ。どの攻略対象を選んでも、攻略対象の婚約者としてニコラの前に立ちはだかり陰湿な嫌がらせをして、ハッピーエンドでは攻略対象から婚約破棄を告げられ修道院行き。そして修道院へ行く道中に事故で死ぬ運命にある)
マーヤは頭の中で情報を整理していた。
つい先程前世を思い出したばかりなので、少しだけ頭が混乱していたのだ。
(えっと、確か三ヶ月くら前に王太子アレクシス殿下の婚約者がアミーラ・ストレリチアに決まったと国中に知らされたわ。だからきっとゲームの強制力があるのならば、ヒロインのニコラはアレクシス殿下のルートを選ぶはずよね)
前世の記憶を思い出したマーヤだが、マーヤ・ウィステリアとして生きた記憶もしっかりある。
三ヶ月前、両親や兄達から王太子アレクシス・ブルーローズの婚約者がアミーラに決まったことを聞かされたり、新聞でもその情報を読んだことがあったのだ。
(まあ、アレクシス殿下は『君ティア』のメインヒーローだものね。ゲームのパッケージにも一番目立つように描かれていたのだから)
マーヤは一人納得していた。
(とりあえず、私はモブというわけね。悪役令嬢アミーラみたいに悲惨な結末は迎えないはず)
そう結論付け、マーヤは改めて目の前にいるオスカーに目を向ける。
マーヤと同い年のオスカー。まだ若干の幼さは残るが、成長したら『君に捧げる運命のティアラ』に描かれたような顔立ちになるのだろうとマーヤは思った。
「マーヤ・ウィステリアと申します。どうぞよろしくお願いします」
当たり障りのない挨拶だ。
特に失礼なところもない。
しかし、何故か目の前のオスカーはマーヤを見てムスッと不機嫌そうな表情である。
そしてマーヤと二人きりになった瞬間、オスカーはこう言うのだ。
「お前みたいな地味女と婚約だなんて。可憐で美しくて心優しく才あるアミーラ嬢が良かった」
マーヤはその言葉に水色の目を見開いて絶句した。
(はい……?)
何を言われたのかマーヤは一瞬理解出来なかった。
マーヤは栗毛色の真っ直ぐ伸びた髪に水色の目。少し地味かもしれないが、十分美形な部類だ。
「アミーラ嬢と言うのは……アミーラ・ストレリチア様のことでしょうか……?」
マーヤはおずおずと尋ねると、オスカーには「そうだ」と当たり前のように頷かれた。
(『君ティア』の悪役令嬢アミーラが……)
マーヤの前世の記憶によると、『君に捧げる運命のティアラ』に登場する悪役令嬢アミーラ・ストレリチアは紫色の縦ロール髪に宝石のような真紅の目の、派手でケバケバしい見た目だ。おまけに身分を振りかざし、努力を嫌う傲慢な性格である。
オスカーが言う、『可憐で美しい』、『心優しい』、『才ある』という言葉からは程遠い存在のはずだ。
混乱するマーヤをよそに、オスカーはアミーラがいかに素晴らしいかを語り始める。
「よく聞け。アミーラ嬢はこの国の民達のことまで考える素晴らしいお方だ。どうやったらこのブルーローズ王国が良くなるのか考えている。更には心優しく、俺が荒れていた時助けてくれたんだ。おまけにその美しさはまるで天使のよう」
マーヤはオスカーの言葉にポカンとしてしまう。
ゲームの悪役令嬢アミーラとは全く別人なのだ。
「同じ公爵令嬢の癖にお前は地味だし民達のことを全く考えない。アミーラ嬢のような華やかさがない癖に一人前に着飾るとは。こんな奴が俺の婚約者だなんて」
オスカーはまるで悲劇のヒーローのように嘆いている。
マーヤはオスカーの言葉にモヤモヤし、嫌悪感を抱いた。
「私達は初対面です。それなのに何故そんな風に言われないといけないのです?」
前世マーヤは大人と言われる年齢だった。しかし、十歳のオスカーに初対面でああ言われてムッとしてしまう。
「煩い! 本当にお前はアミーラ嬢と違って傲慢だな!」
オスカーはそう怒鳴り散らした。
マーヤは苛立ちを通り越して呆れ果ててしまう。
(一体何なの? それに、さっきからアミーラのことばかりね)
マーヤは軽くため息をついた。
(それに、オスカーが語るアミーラは、『君ティア』の悪役令嬢アミーラと大きくかけ離れているわ。……もしかして、前世のライトノベルやWeb小説であったように、アミーラも転生者なのかしら?)
マーヤの中で、そんな疑問が生じた。
相変わらず目の前にいるオスカーは不機嫌を撒き散らしている。
(……まあ悪役令嬢が転生者でも転生者でなくても良いわ。それよりもオスカーね。『君ティア』の攻略対象とはいえまだ子供。それに、こちらから歩み寄って効果はあるのかしら?)
マーヤはオスカーに対してときめきも何も感じず、幻滅していたのだ。
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