ミケは聖女である。三毛猫のオスである。
聖女が女性でなければならないなんて誰が決めたのだろうか。いいや、はじめの一人が女性だったから聖女って名前が付いたんだろう。だが、そのせいで私たちは迷惑をしている。私だってきちんと聖女としてのお勤めはしているのだからそろそろその名称を変えてもいいのではないかと思う。……まぁ、聖女が聖人になったところで、私はまた狭い額にしわをぎゅうと寄せてしまうわけだけれども。
※細かいことは気にせず読んでください。
※直接的ではないですが女性が性暴力にあったとにおわせる描写があります。そのため念のためR-15にしています。不要だと思ったら後々外します。
聖女と言うものは、基本的に人前には出てこないものである。少なくともこの国、コスキーネ王国で聖女が人前に姿を現すのは一年に一回の建国記念の式典のときのみである。
普段聖女は王都にある協会の、奥の奥に位置する聖域と呼ばれる場所で暮らしている。そこで国に漂うエネルギーである魔力を浄化しては戻すを繰り返しているのだ。
ただ、聖女の名の通り、その任は通常女性が行うものであった。その認識は国内の人間は共通として持っていた。聖女は女である。見たことがなくても女のはずだ。
しかしこの度就任した聖女は男である。そうまことしやかにささやかれ始めた。
*
事の発端は、この国の皇太子殿下であった。皇太子は非常におバカなくせに知りたがりのため、周りからは面倒くさい人物として腫れもの扱いされていた。そのため、その身一つで突拍子もない行動に出ては騒動を起こすのである。
余談であるがこの皇太子が立太子されたときには男児が彼一人だったため仕方なくだったのだが、先日国王と後宮の女性との間に男児が生まれたため、場合によっては皇太子のその名をはく奪してはどうかと言われ始めていた。まぁ、その考えもすぐに決断されるのだが。
まぁこの皇太子がとんでもないことをしたのである。それが、許可なく教会に侵入し、あろうことか薬を使って教会の人間たちを眠らせて聖域までたどり着いてしまったのである。
普通ならこんなことは起きないはずだった。だがこの皇太子は運だけはべらぼうに強かったため、たまたま思い立った時に、たまたま近隣の国へと教会の騎士の一部が派遣されて守りが手薄であり、なおかつ教会には女性ばかりであった。無理やり教会の門を突破した皇太子は薬を焚いて練り歩き、そうしてまっすぐに教会の奥の奥まで向かったのである。
そして、そこで声を聴いたと言うのだ。男の声だったのだという。
「聖女は女であるべきだ!!!」
男には浪漫と言うものがある。皇太子は教科書は読まないが物語はたいそう好きだった。とくに聖女と王子が紆余曲折あって結ばれる系の物語は王城の書庫に常に新しいものが取り揃えられるくらいには好きだった。夢を見ていたのだというのだ皇太子は。自分と聖女はその立場を乗り越えて結ばれるのだと!
しかし聖女は男の声をしていた。皇太子は聖女に恋できなかった。
「皇太子殿下、教会、しかも聖域にまで侵攻したとあっては、我々としても貴方をかばうことはできません」
「あそこは侵されてはならぬ場所。我々のような人間が踏み入れてはならないのです」
「殿下、申し訳ございませんが、一年の謹慎処分が国王陛下より下されました……式典の日のみ外にでられると思ってください」
聖女はこの国の要であった。何なら王族なんかよりもよっぽど発言権があった。むやみやたらに王族や国に対して要求をしてこないから忘れがちだが、聖女は、神に近い存在なのだ。
皇太子はなぜ自分が責められているのか、なぜ自分が謹慎しないといけないのか、これっぽっちも理解しなかった。ああ、こんな男が時期国王だなんて。一部の貴族たちの嘆きはいつしかクーデターを起こしかねないとさえも言われていた。
そんなさなか、謹慎して暇な皇太子は新しく自分付きになった侍女に手を出した。そしてこの侍女を聖女にしてはどうだと考え始めたのだ。侍女――とある男爵家の三女の女性――は皇太子に無理強いされたうえにその遊びに付き合わされることになり、辛くて辛くて毎日泣いて暮らすことになった。
*
そんなある日のこと、一匹の猫が侍女の目の前に現れた。三毛猫であった。
「あ、猫……」
侍女はすっかりと持ち前の元気の良さを陰らせており、皇太子のいないところではすぐにめそめそと泣いてしまうようになった。侍女はその猫に、ちっちっち、と指を動かしながらこちらへの興味を示させた。猫はその指をふんふんと嗅いで、そのままぺろりとなめた。そうして侍女の足元へ進んで、すり、と体を擦りつけてきた。
とたん、侍女は自分の体が温かくなるのを感じた。さっきまで悲しくて仕方なかったのに、すっかりと涙も出なかった。なんでだろう、と思っていると、猫が侍女を見つめていた。ととと、と数歩進んで猫は振り返る。ついてこい、そういわれているようだと侍女は思った。
「まって、まって猫さん」
侍女は猫が好きだった。この国では猫が好きな人が多くて、街のあちこちに猫がいた。侍女の家にも三匹の猫がいて、いつもいつもそばにいた。王城にも猫はいるけれども、皇太子のせいで猫に触れることはほとんどできなかった。
猫はまた歩いては止まるを繰り返した。そうして向かった先には、小さな扉があった。とはいっても侍女の体の大きさならしゃがめば通れる程度の扉だった。猫は器用に扉を開けて、そうしてその向こうへと向かっていった。
「お、おじゃまします!」
侍女はもしかして猫の国に行けるのかしら!と胸を躍らせて扉をくぐった。何とかして向こう側へと向かった侍女は、その光景に、わぁ、と声を漏らした。
空は満天の星空だった。それなのに自分の姿が明るく照らされたかのように視認できた。花畑の真ん中にいる侍女は、そういえば猫はどこに言ったのだろうかときょろきょろと首を動かした。
そうして見つけたのは侍女の後方にあった家だった。こじんまりとしたログハウスであったが、そのサイズ感がかわいらしくて侍女はとても心躍った。そうして侍女はそのログハウスに向かった。ログハウスの扉には、猫が行き来できるような小さなスイングドアが付いていた。
『ごきげんよう、お嬢さん。疲れただろう、こちらにどうぞ』
「……え?」
中には人はいなかった。ただ暖炉に火が灯り、机の上にはマグカップがおかれていた。そして暖炉前のソファの上に、先ほどの猫がいた。
「もしかして、猫さんしゃべってます?」
『そのもしかして、だな。私は三毛猫のミケ。気高き三毛猫のオスである』
「え!?三毛猫の男の子!?」
ミケ、と名乗った猫は手をぺろぺろとなめた後に顔を洗った。そうしてふるりと身を震わせてから、ちょいちょいと侍女を招いた。左手での招きであった。
『私のせいで君がよからぬ輩に襲われたと風に聞いたのだ。まったく度し難い。あの男はこの聖域に侵入しようとした挙句女性の尊厳を奪った。許せるものではない』
「ね、猫さんは、ミケさんはいったい何者なのですか……?」
『私は君たちの区分で言うところの「聖女」である。オスだがね』
「聖女様!」
侍女は驚きっぱなしであった。しかし徐々に、だんだんと、目がキラキラと輝いていくのをミケは見た。彼女に先ほどまでの憂いなどなかった。
「まぁ、まぁ!三毛猫の男の子は三万分の一と言われ程珍しい存在なのに、さらに聖女様だなんて!とっても素敵!こんな風にお会いできるなんて、もう思い残すことはありません!」
侍女は猫が好きだ。家の子たちも好きだが街で見かける放し飼いの子も街で見守っている子もみんな好きだ。どの猫にも素敵なところはあるというのに、彼女の目の前の猫はおそらくその頂点に立つくらいの珍しく、そして皆に愛されるべき存在だ。
『そんなことをいうものでないよ。……さて、君のお名前は?』
「はい!私はスコティッシュ男爵家の第三子、ホワイト・スコティッシュと申します!」
『そう、ホワイト。美しい名前だね』
「まぁ、まぁ!とっても嬉しいです」
侍女――ホワイトは、ミケがしゃべるだなんて可笑しいとちっとも思わなかった。とってもダンディな声なのだけれども、それでもミケの風格を考えたらお声はこんな感じになるだろうとすぐに判断だってつく。それに彼女は偏見はない。聖女が男であっても、聖女が猫であっても、ちっともおかしいと思わなかった。
『さてホワイト、君にお願いがあるんだ。そのために君をここへと呼んだのだ』
「私にできることでしょうか?」
『君にこそ頼みたいのだ』
ホワイトは皇太子付きの侍女である。そのため自分の都合で予定を入れることは普通なら叶わない。けれどもその予定を指示するのは聖女なので。権力のある聖女の一声があれば、王家は頷くしかできないのだ。
『それはね――』
*
皇太子の侍女であるホワイト・スコティッシュ男爵令嬢が行方不明になって二か月が経った。皇太子は逃げた(と思っている)ホワイトの捜索を勝手に行い、似た人物がいれば護衛という名の監視を金で買収してはそこへ向かい、肩を落としてかえって来るを繰り返していた。色におぼれた皇太子、その色に逃げられた。いつの間にかそう呼ばれていた。でも、誰も皇太子の味方は出来なかった。
さて、今日は一年に一度の建国記念日である。その式典に出席するために、皇太子は堅苦しい正装を身にまとった。一年前より明らかに恰幅がよくなった(端的に言えば大幅に太った)皇太子のためにあつらえた正装は、それはそれは、服に着せられているという感じが酷かった。
「あれが皇太子か」
「あれが次期国王か」
「けれどもほかに男児はいらっしゃるし」
「すぐ栄誉は終わるのだろうな」
パレード用の馬車に乗ってふんぞり返って手を振りさえしない皇太子に国民の目はとても厳しかった。皇太子の耳にはこれらの言葉は届かない。運がよかったのか、悪かったのか。
パレードは王城前から始まり、正面の大通りを往復する形で執り行われる。そうして戻ってくる間に王城前の広場では、教会側が聖女お披露目の準備をするのだ。
一匹の猫が、ぴょんと教会から飛び出した。
「ミケ様、用意は出来ましたよ」
美しい刺繍が施されたヴェールで顔を隠し、白・茶・オレンジの三色で彩られたドレスに身をまとったホワイトが、ミケを抱き上げた。うむ、ミケは満足そうに笑ったようだ。
「私がこのような名誉をいただけるとは思いもしませんでした。私は処女ではないし……」
『ホワイトの猫に対する愛が私を、そして我らを動かしたのだ』
「ま、流石にいきなり聖域に連れて行くのは俺らもびっくりだがな」
ホワイトに抱き上げられたミケの頭を、むぎゅうと押すものがいた。教会騎士の一人であるクロフォードであった。平民のため苗字はない。
『無礼ぞクロ!私の頭を押すでない!やるならやるでしっぽの付け根を叩け!』
「はいはい、落ち着いてくださいね」
ホワイトがミケのあごあたりを優しく、それでいて大胆に撫でる。ごろごろごろ……とご機嫌な音が聞こえたあたりで、別の教会騎士がやってきて、もうすぐ王家の馬車が戻ってくると告げた。
『それではホワイト、君は私の身体』
「私は貴方の身体」
『君は私の声』
「私は貴方の声」
――聖女は、女性でなければならない。その固定概念を持っているのは何も皇太子だけではない。だからこそ、細工をする。ミケが今回施した細工こそ、この術であった。
教会のものの手によって、ホワイトの首に白いリボンが巻かれた。同時にミケの首にも、同じリボンが巻かれた。これは過去の、固定概念に苦しめられた聖女たちが作った術。聖女の言葉を別の人間の口から発し、なおかつその人間の声として出すことができる術。今回のように猫が聖女だったり、男が聖女だったりする場合、人前にでるときに使われる術であった。
まぁ、ホワイトの声を皇太子は知っているだろうけれども、こんなパレードの最中に喧嘩を売るほどのバカではないはずである。もしもそんなことをすれば、教会側はどうどうと皇太子に異を発しなければならなくなる。
それが狙い、かもしれないけれども。
「それではミケ様、ホワイト様、俺たちは近くで護衛しておりますが、なにとぞお気を付けくださいね」
『すまないなクロ』
「なに、これぐらいはしなくっちゃ」
クロフォードはあの日、皇太子が教会に突撃した日に遠征に行っていて、帰ってきてからその事実を知って大変怒った。この皇太子を皇太子として認められないと騎士仲間たちと酒を飲みながら談義したものだ。ミケはその件に関してあまり気にしていないが、クロフォードは気にしたし、ミケのもとに来てからそれを知ったホワイトは申し訳なく感じさえもした。人間が申し訳なかった、と。
さて王家の馬車が到着する。ミケはホワイトの声帯を使って、あくまで聖女として彼らに話しかけた。
『「みなさま、おかえりなさいませ」』
*
結果といて、ホワイトの姿を視認した皇太子は馬車を飛び降りてホワイトに触れようとしてきた。それをクロフォードを筆頭とした教会騎士に取り押さえられ、そのまま引きずり落された。その様子を見た国王陛下は頭を抱えた。王妃殿下は顔をしかめた。生まれて数カ月の子供はきょとんと母親の腕の中でそれを見た。
皇太子は聖女に断りなく触れようとしたこと、そして数ヶ月前に聖域に侵攻したこと、それをホワイトの口を借りてミケは発し、そうして求めた。
この男は皇太子にふさわしくないのではないか、その意見を。
そしたら出るわ出るわ。皇太子はホワイト以外の女性とも無理やり関係を持っていたし、子供ができたら堕ろさせた。王家に伝わるとまずいのでその手段は人道に非ずるものであったこともこの場で言われてしまって、皇太子は顔が真っ青になっていた。
どうして今までばれなかったのか。そんなもの、金の力としか言えなかった。
広場に集まってきた国民たちから、皇太子を廃すべきだ。一歳になった子供を立太子するべきだと声が上がり、それを国王はこれが国民の声だと思って聞いた。
最終的に皇太子は王族にも戻れぬまま廃嫡となり、さらに去勢をされて左遷となった。向かう先は人が住めない土地と言われている海の向こうの島。実質の島流しであり、数日後に様子を見に来た騎士たちによって死亡が確認された。この男は、一人ではたった数日も生き延びれなかったほどの体たらくであったのだ。
*
『ホワイト、今日は何して過ごすんだい?』
「そうですねぇ、まずはジャムでも作りましょうか!」
ミケは猫である。ホワイトは人間である。ミケはオスである。ホワイトは女性である。けれどもそこに成り立つ友情と言うものは確かに存在していて、一匹と一人は、今の時間が大変幸せであった。
おわり
最後までご覧いただきありがとうございます。
余談
・コスキーネ王国=ネコスキー王国




