1話:美女、パチ屋に転生す
「……これが、パチンコ……!」
眩い光が、視界を焼いた。
五感にねじこまれる爆音。脳を揺らす振動。回転する盤面。並ぶ人々の狂気と歓喜。
そして、ドル箱。メダル。札束。
欲望の坩堝。運と確率の戦場。――それが、“パチ屋”だった。
「いやもう最高か……? なんだこの文化……!」
リラ=アルステラ(年齢:推定数百歳、見た目:高校三年)は、台の前に仁王立ちしながらうっとりしていた。
魔女? 世界の理? 封印魔法? 知らんな。
今この瞬間、彼女がこの現代に転生した最初の目的はただひとつ――
**「この“光と音と札束の神殿”で勝利する」**ことである。
◆
リラは、転生後たった三日で現代社会に適応した。
戸籍は謎の魔術処理(うっすら記憶がある)。
身分証はなぜか最初からあった(たぶん転生のオマケ)。
制服、靴、スマホも整っていた(ネット通販という文明の力を知った)。
彼女は迷いなく“俗物”として生きることを選んだ。
「だって、そっちの方が楽しそうだったんだもん」
今、彼女は放課後。学校帰りの姿で、繁華街のパチ屋に並んでいる。
周囲のサラリーマンたちは、制服姿の美女が列に並んでいるのをチラ見しつつ、誰も声をかけない。なぜなら彼女の目が――
「この釘の傾き、完全に“右上がりの吉”。この台、私を待ってる……」
――完全に“狩人の目”をしていたからだ。
◆
1時間後。
リラは、煙草をくわえてドル箱を4つ積み、椅子にふんぞり返っていた。
「いやー、やっぱり“流れ”を見るのは大事だな。魔術使わなくても勝てるんだよ」
彼女の異常な“勝負勘”は、かつて世界の命運を賭けた魔術戦で培われたものだが、今はただの娯楽に全力で注がれている。
「確率操作? そんな野暮なこと、するわけないだろ。勝負は運と気合いと引きだ」
なお、3日連続で勝っており、すでに店員からマークされ始めている。
◆
その夜、帰り道。リラはコンビニでビールとつまみ(軟骨の唐揚げ)を買い込み、ふらっと公園のベンチに座った。
制服のまま。誰もいない深夜の公園。風が冷たい。
彼女は煙草に火をつけて、一口。
「……この世界、人間が魔法を失ったって話だったけど――」
空を見上げて、ぼそりと呟く。
「ほんのちょっとだけ、残ってるのかもな」
そのとき。
街の外れで、ふ、と空気が揺れた。
一瞬、リラの周囲の空間に“さざ波のような歪み”が走る。普通の人間なら気づけないような、微弱な揺らぎ。
彼女の表情がほんの少しだけ引き締まる。
「……今のは。いや、気のせいか?」
すぐに表情は緩む。
煙草の火を見つめながら、くすりと笑う。
「ま、いいや。明日は“6のつく日”だ。釘が甘くなるらしいしな」
そう言って、再び煙を吐き出す。
魔女は今日も、パチ屋の勝利を目指す。
世界の危機?
今は、それどころじゃない。
『その姿はあまりに、俗物だった。』