第一話:その少年、ただ歩くだけ
### 『愚者の一手、神すら見逃す』
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#### 第一話:その少年、ただ歩くだけ
廃都《カレスト=ヴァル》。
風すら通わぬその土地は、神々によって見捨てられたとされる。
瓦礫に埋もれた旧王宮、崩れた尖塔の残骸、そして今なお脈動する呪印陣。
そこに、三つの影があった。
ひとつは、影の軍師《フィル=セナリオス》。
過去に“地下会議”を仕切っていた男は、今やただ一人、未来を観察し、世界を裏から書き換える者。
ふたつ目は、《クラウス・エル=ディルファ》。
魔神の血を引く異端の戦略魔導士。
この廃都を起点に、次なる神殿侵攻を目論んでいる。
そして三つ目。
それは――ただの少年。
「……ん。こっちかな?」
彼の名はスズキ。
年端もいかぬ子供に見えるその姿は、武器も持たず、ただ土埃にまみれた上着を着ていた。
左手には布袋。
右手には、小石。
「この石……多分、あの時の……」
それだけを目印に、彼は瓦礫の中を歩いていた。
戦略も、地雷も、呪いも、敵意も、全てを踏み越えて。
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「……動いた、か」
高台に立つフィルが、風の音すら捉えるように呟く。
「“愚者の一手”、来たな。……なるほど、これが貴方の選択か。スズキ殿。」
魔術式が軋む音。
地表に描かれた複雑な紋様が、少年の一歩で歪んでいく。
クラウスの眉が跳ねた。
「……何? どういう計算だ、これは……!」
彼はその瞬間まで、一切の誤差なく戦術を積み上げてきた。
あの一歩さえなければ、すべてが“予定通り”だった。
なのに。
「そんなバカな……ッ、誰だあれは!!」
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スズキはただ、足元の石を拾っていた。
「よかった、見つけた」
そして、
「じゃ、帰ろっか」
と、笑って振り返る。
その笑みが、
世界の盤面をすべてひっくり返す引き金になることなど、
彼は知らない。
いや――知っていても、
きっと、気にしなかっただろう。