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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホムンクルス

作者: 谷樹里

 

 幾多の本に埋まったまま生活するのも、もう十年近くなる。


 外にも出ないままたった歳月で、イルリティは、ひたすら資料の解読をし続けていた。 


 人里離れた小屋は巨木の半分を削って、めり込むように造られていた。


 そこに集めた本は、世界各国からのもので年代もバラバラだ。


 乱れた生活は、容姿にも現れていた。


 すでに四十八歳。気まぐれな身だしなみの行為と不摂生で、不潔と言うほどでもないが、それに近く、老けて見える。


 「おばさん、来たよー」


 幼い声少女の声がドア口から届いた。


 「ああ、フルミナ、お入り」


 イルリティは、読んでいる本をそのままに、答えた。


 少女は、白と幾つもの青の滲み状のプリントで飾ったワンピースを着ているのがわかった。一本のおさげ髪で、くりくりした瞳は陽気さを輝かせて、少々痩せた九歳だった。


 両手で、大きめの紙袋を持って、本の間に蜘蛛の巣まで張った小さなワンルームから、狭いキッチンに向かった。


 「お母さんがね、新鮮な魚が安かった別けてあげなって」


 フルミナは袋から、食べ物を次々にキッチンの台に置きながら、言った。


 一緒にホイップクリームののったプリンも、二人分必ず持ってくると決まっていた。


 「何時もすまんね。魚介類は好物だ」


 イルリティはその背を見ていった。


 その視線には嬉しげなものや、羨望、愛でるものなどが混在していた。


 小さな町だが、イルリティの存在は麓どころか町中まで、よくない噂で一杯だった。


 極度に不気味がられて、付近には誰も寄ってくるものがいない。


 イルリティは、昔からそうだった。


 幼少期から、近所の同い年の子供達に馬鹿にされ、侮蔑されて育った。家庭でもだ。


 それが家に籠もりだした理由だが、彼女には青春というものが欠如し、何時も思い出しては複雑な気持ちになる。


 唯一、今はなぜかフルミナという何十歳も離れた子が、彼女の相手をしてくれる。


 友達に肝試しでたずねさせられたところ、気に入ったらしいとのことである。


 それも正直、複雑だが不快には思ってはいなかった。


 「今度はどこの本読んでるの?」


 魚で昼食をつくってくれているらしい、フルミナが積んだ本の塔を避けながら近付いてきた。どうやら煮物系のようだ。


 「んー、古代エジプトの写本」


 イルリティは、簡潔に答えた。


 「また、訳わからないの読んでる」


 フルミナは笑った。


 そして、スプーンを咥えながら、イルリティにプリンを手渡す。


 そのたびにイルリティは、内心げっそりとするものだ。プリンはフルミナの大好物で、イルリティは甘いものは苦手だった。


 何度か言ったがかまわず持ってくるので、今は嫌々ながら、ちびりちびり、口に運ぶ。


 「あとちょっと。もう少しなんだよねぇ・・・・・・」


 「何が?」


 「調べ物」


 「ふ~ん」


 プリンを意識から逃したい一心で、イルリティはキッチンのほうを見る。


 「美味しそうな匂いだね」


 「ふふふ。料理なら任せて」


 「ああ、期待してるよ」


 イルリティは微笑んだ。


 「これでも、お小遣いで、いろんな料理の本買ってためしてるんだからね」


 「料理か・・・・・・ウチにない部類だな」


 それを訊いてフルミナは本の山を眺め、時々目をとめて、題名を読んでみた。


 「怪しい物ばかりだねえ、相変わらず。ホントにそれしかないや」


 フルミナ、おちょくるように不気味がってみせた。


 「たしかに、変なのばかりだよ」


 イルリティは、気分を害した風もなかった。


 「知ってる。魔術の本でしょ?だから、みんなに気味悪がられるんだよ」


 フルミナも悪意なしに口にする。


 「人の趣味に難癖付けるゲスと仲良くなろうと思うかい?虎穴にはいっても虎児はいないよ」


 意地の悪い笑みを浮かべて、イルリティは言う。


 「イルリティは、さすがに度が過ぎてるんだよ。スポーツ選手に例えるならオーバーワークもいいとこだよ」


 「うん、スポーツじゃなくてもオーバーワークって使うね。無理したね、頑張ってみせてやろうとしたね、今の君」


 「いやだなぁ、例えるならだよ、おばちゃん」


 「おもっきり、言いたいことに必要ない言葉だったね」


 「なんのことかな?」


 フルミナは惚けた。


 そして、続ける。


 「噂になってるよ、イルリティは魔術使えるって」


 「この二十一世紀に、何を信じてるんだか。これだから、田舎は」


 嘆息と諦めの混じった息を大きく吐き、イルリティは人を小馬鹿にした


 「思いっきり自分を否定してない、イルリティ?」


 突っ込まれたイルリティは、したり顔になった。


 「信じる事と、事実を認める事は、違うんだよ。あたしは、後者なだけ」


 「・・・・・・この本の魔術、全部事実と認めているって訳?」


 良く分からないという様子で、フルミナは訊いた。


 「思ってない。真偽の区別つけてるし、偽書や誤解の多い世界だから、ほとんど宝探しのパズルだね」


 自分の作業に、やれやれといった風である。


 「結局、そのイルリティのいう魔術って何なの?」


 「あー、あたしはその中の一つを捜してるんだ。それも、普通のやり方じゃない奴」


 「なになに?」


 フルミナは引き込まれるように尋ねてきた。


 「錬金術」


 「あー、知ってる。なんか石から金を作るやつでしょ?」


 フルミナは誇らしげに知識を披露する。


 「すごいね、そうだよ。でも、あたしは賢者の石の作り方を調べてるんじゃないんだけどね」


 「へぇ、じゃあ何?」


 「ホムンクルスを造るの」


 「んー、錬金術って、いろんな薬っていうか、鉱物みたいのつかうんじゃないの?この小屋でやったら、燃えない? 外でやるの?」


 素朴な疑問をフルミナが投げかけてくる。


 やたらと詳し気なのは、言葉の折々をみてイリルティから学んだものだ。


 「あたしが捜してるのは、そういうの使わないやつだよ」


 「へぇ。いろいろあるんだね」


 返事をして少女はキッチンに戻った。


 その背に、イリルティがずっと視線を向けていた。


 何時も何日かおきにフルミナは食べ物を持って、イリルティの家を訪れる。


 なにしろ、無精で不摂生極まりないイリルティである。


 イリルティは毎回、フルミナの訪問を歓迎していた。


 そんな日々のある日彼女が、いつものように食事を作り、窓際にもたれてプリンを食べていると、イリルティは勢い良く本を閉じた。


 その表情には確信が表れていて、不敵な笑みも浮かべていた。


 「・・・・・・フルミナ、ちょっと手伝って欲しい」


 柔らかな声で、イリルティは少女を呼んだ。


 「どうしたの?」


 少女は食べかけのプリンを出っ張りの出来ているサンに置いた。


 「術を行う」


 イリルティは短く行った。


 「え、なになに?」


 好奇心を植え付けられ、フルミナは顔を輝かせた。


 「出来るようになったのっ?」


 「うん。やっと、わかった。後は実行にうつするだけだ」


 「ホムンクルス造るんだね」


 「ああ。明かりを遮断してくれる?暗闇でやるんだ」


 「わかった」


 二箇所あった窓の遮光カーテンを閉め、キッチンへのドアも閉めると、小屋の中は暗闇に近くなったに。


 「こっちにきてくれるか?となりにいてちょうだい」


 フルミナは小さく笑って、薄ぼんやりとした影のそばに立った。


 イリルティが、小さく意味のわからない言葉を発する。


 フルミナは、その音律にゆっくりと酔っていった。


 横のイリルティが何か動作をする。すると、フルミナの心が動揺しつつ、不思議と陶酔に満たされた。


 光輝きをその中で見たと思うと、フルミナはその中心にいた。


 次ぎに身体がまるで自分の物ではないような、浮遊感が湧き、彼女の心は浮かんで行くがままになった。


 やがて、彼女はふと、目を覚ました。


 真っ暗な部屋。


 夜になっていた。


 イリルティの趣味で照明のランプをつけると、その所有者の姿は無かった。


 もう、かなり遅いと思ったフルミナは、イリルティの布団に勝手に入っていった。


 翌朝。


 イリルティの姿はまだ無い。


 フルミナは帰る事にした。


 早朝なので、朝露が付いた草花が輝いて彼女の通り道を飾って見える。


 振り返ると巨木にめり込んだ小屋はみえなかった。


 家は町の郊外にあった。


 平均的な、分譲住宅で、門に鉄索があり、中の脇にはペットの小型犬の小屋があった。


 うるさく鳴くせいで、彼女の朝帰りを、母親が迎える事になった。


 「また、あの女の所に行ったのはいいけど、こんな時間にっ!」


 フルミナは素直に謝り、自室の階段を通り過ぎかけて、昇った。


 「プリン、あたらしく買ってきたわよ」


 母が呼びかけてくるのが聞こえてきた。簡単な言葉の口調だが、優しく慈愛に満ち、彼女を喜ばせようという楽しさが感じられた。


 「いらない。もう、嫌いだから」


 少女は大きな声で返事をした。


 「へぇ、これが、我が家か・・・・・・」


 彼女は続けて独白した。


 もうに、フルミナはいないのだ。

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