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鈴の鳴き声体の重み

 吾輩は猫であった。名は……これは前に言いておるか。

 ごほん……現在あの山中の集落から離れ一人木々が鬱蒼と生い茂る森の中を進んでいる。葉の隙間から朝日が覗き少し眠くなる。

 今どこに向かっておるのかというと目的は吾輩が雇った者に1年に一回の報酬支払いだ。

 あやつは少しあれだが信頼には値する。ちゃんと物を払い願いを聞き入れてもらう。これこそ対等な関係よ。


(それを差し引いても余りある言動の奇っ怪さがどうしても目に余るのだが)

「はぁあーい! 呼びましたかぁ! 猫の旦那様ぁ!」

「ニャッ! ニャアァァア!」


 つい後ろから声をかけられて飛び上がってしまった。白く長い髪がゆらりと揺れ健康そうな頬の肌がちらりと見える。

 情けないが驚いた拍子でこやつに爪を出さなかったことは褒めて欲しい。流石に引き裂いて殺すことになるのはごめんだ。

 しかし不意を突かれるとはいつぶりだ。こやつ……吾輩の気配察知を掻い潜るとは……また強くなったな。


「あらぁ、少し驚かせすぎてしまいましたかぁ。ごめんなさいね」


 目の前にいる吾輩を驚かせてきた(おとこ)こそ吾輩が雇った雇用者である“シェイクスピア”だ。

 一応男のはずだが髭をきれいに剃り紅を差しきっちりとした黒い衣装を身に纏っている。

 こやつは吾輩がある田舎町で助けた夫婦の子だ。その時こやつは腹の中にいたのだがどうやらその夫婦が吾輩のことを教えたらしくそれから少しした後また訪れた時に懐かれてしもうた。

 昔は「俺も猫さんみたいに強い奴になる!」と言ってくれた可愛い坊主だったはずなのにな……


(何がどうしてこんなことに……はぁ……)

「あらぁ……言ってくれるじゃない。でも私はちゃんと強くなったし猫の旦那様を尊敬し敬愛してるわ。貴方様は私たちの命の恩人なのよ」

「ニャッニャa……あっ」


 少しの静寂が訪れる。鳥は鳴き風は揺らめく。こんな天気のいい日はどう言い訳するかを考えよう。

 やってしまった。こやつに絶対にバレてはならんことが……。

 みるみるこやつの口がにんまりと上がっていく。


「あらあら()()旦那様、まだ猫語なんですかぁ? 可愛いわねぇ。煮干しいります?」

「いやこれは違うぞ! これはだな猫語の方が術詠唱には吾輩に合っているようでな。だからそれがでただけである! 煮干しなどいらぬ」

「そうですか……では私が食べますね……うん、よくできてるわね。少し前の町で買っておいて良かったわ」

(それは……気になるな。いつか探してみようか)

「素直に言えばあげましたのに……もっと自分に素直になったほうが言きやすいですよ。この私みたいにね!」


 痛いところを突かれた。少し心臓がギュンとなる。

 だが男には貫き通すプライドというものがあってだな。これは手放すことができぬ。しょうがないのだ。


「これはただの意地っ張りですわ。それとも頑固とかですか? とにかく食べたいものぐらいは言ってもバチは当たりませんよ」

「……その前にお主、吾輩の考え読んどるな?」


 こやつあからさまに動揺したな。あ、そっぽ向きよった。下からだと顔が見えぬ。


「いやー……旦那様は考えてばっかで話さないんですもの。それだったら考えを読んだほうが速いですので、ね?」

「それはそうであろう? 吾輩が話すのは吾輩が認めた者だけだ。だがその癖はなかなか抜けぬ。普段は声など出さぬのだから。それに話す猫など奇怪な目で見られるのは間違いない。それだとすればこちらの対応の方が楽だろうて」

「……あれ? ですが私が一番最初に会ったときから旦那様話していませんでしたっけ?」


 こやつの頭にはてなが浮かぶがこちらにもはてなが浮かぶ。


(こやつ分かってなかったのか? てっきりもうすでに分かっておるのかと思おておうたが)


 うむ、空気が固まったな。


「あらあらあらぁ! 旦那様の急なデレ入りましたぁ~可愛いわね」

(やはりこやつに一体何があったのだ? 毎度こやつに会うと不思議に思う。今度帰った時にあやつらの親に聞いてみるか)

「あらいいわね! 私も最近帰っていないし……私もついでに帰ろうかしら」

「おや……お主故郷に帰っておらぬのか? いつ会えのうなるか分からんのだから帰れる時は帰ってやれ」

「人生の先輩からのご指導ですか? 肝に銘じとくわね」


 まだまだ吾輩は子供(ガキ)のようだ。こんなに生きたのに何も成長していない。悪意の無いこんな言葉だけで感情が揺らぐ。

 顔を見られとうないから後ろを見つめ気持ちを落ち着かせる。


「人生の先輩なんてそんな偉いもんじゃない。ただ過ちを犯した愚か者が同じ過ちを誰かに経験してほしくないだけだ」


 その時体の横を風が過ぎ前に影ができる。何かと顔を上げてみればビシッと顔の前にきれいな指先があった。


「そこ旦那様の悪い癖ですわ。昔のことをみなまで話せとは言いませんがせめて頼ってくれません? 旦那様がお強いのは重々承知です。ですが人に頼らねば心が先に壊れます。それとも私が信頼に値しませんか? 旦那様にとって一時の付き合いであろうとも私にとっては一生の付き合いなのよ。命の恩人やお得意様としてでなく友としても悩みをほっておくほど私は薄情な女ではないのでね」


 心が少し軽くなる感覚。いっときの嬉しさなどでは埋まらない心が満ちていく。


(あぁ……この子はここまで強くなっていたのか。いつまでも守るべき存在と思っていた吾輩が間違いだったな)

「そう行ってもらえて幸いです」

「お主カウンセラーとかにも向いとると思うぞ」

「いえいえ、私はこの仕事に誇りを持っております。一番のお得意様は旦那様ですがそれ以外にもお客様はいつでもやってきます。その方たちのご期待にお答えしなければ商売を生業にするものとしての名折れです」


 シェイクスピアは胸の前に手を添え姿勢を整える。


「私たち“情報屋ヴェニス”はいついかなる時でもお客様の心に寄り添います。貴方の心が晴れるまで」


 自然と口角が上がり笑みがこぼれる。


「ふふっ……そうか。若人(わこうど)に諭されるとはまだまだ精進が足らんな」

「猫はおとなしく人の手をかけさてくださいよ」

「なっ……吾輩はもう成猫だ! というよりお主より歳はいっておる!」

「はいはい、分かりましたわ旦那様。今は話さなくても良いですがいつか旦那様が話せる時には是非ともお聞かせ願いますね。さて……」


 空気が変わる。先ほどの穏やかな気とは違い硬い気が周辺を包み込む。


「それでは商談(ビジネス)の話に参りましょう。ここだと場所が悪いですし私達お抱えのお店に参りましょう。もちろん味は保証いたします」


 さすが商人だ。場を掌握し自分のペースに乗せるのが上手い。そして周りに薄く結界が張っておる。これは防音特化型のようだ。

 吾輩とてこのような術は使えるがこやつは人の身、更にこの若さでありながらのこの熟練度……やはりこやつはまだ強くなる。







 シェイクスピアについていくとそこには少し開けた土地広がっておりそこに足を踏み入れる。

 ここは少し涼しくこの温暖な地には珍しく毛が逆立つ。だが枝や落ち葉などはなく綺麗に掃除されており歩きやすい。


「もうすぐですからもうしばらくお待ちくださいませ」


 少し前目を閉じヒゲで周りを把握する。

 殺気敵影共に無し、少し鋭く寒い風、日差しを感じる。そして前には建物と思わしき建造物がある。


「はい、つきましたわ! ここは我らヴェニス傘下店“黒狼(こくろう)”ですわ!」


 目を開けるとそこには俗に言う和と呼ばれる建物様式の店が建っていた。


「ささこちらに勿論個室完備、私が話をつけておきましたので最低限の人以外は出払っております。万が一にも話を聞かれないよう防音結界は私めが張らせていただきます。」

「毎度毎度大変だろう。そこまでせんでも吾輩はそこらで渡すだけでも良いのだが……」

「(……旦那様はもっとご自身の行動を見返すべきだと思いますがね)さぁ参りましょう」


 なにか言うたような気もするが聞かれたくないことは聞かぬほうが世の常だ。気づかんかったことにしよう。


 ──ガラッ


 戸を開けまず目に入ったのはカウンターと厨房だ。奥には人の子がおりこちらにお辞儀をしよった。一応返す。

 一歩足を踏み入れるごとに檜と草の香りが鼻を通る。上の方を見てみれば神棚とお供え物があり大事にされていることが一目で分かる。


「こちらは私の弟子である“シートン”です。5つの時遠い海の先にある島、日の国に渡り技術を学びつい最近独立いたしました」


 茶黒の髪は短く切り揃えてあり爪は短く清潔な印象を受ける。

 ここらの者は飲食を扱う者でも髪や爪など気にする者は少ない。この小さな気遣いが珍しく感じる。


「お初にお目にかかります、猫の旦那様。噂はかねがねお伺いしております。この度私のお店に来ていただき出会えたこととても嬉しゅう思います」

「お主吾輩のことを知っておるのか」

「ええ、師匠から、そして日の国にいた頃に一度拝見したことがあります。旦那様は覚えていないかと思いますが私が修行していた店に貴方様が来ていただいたことがあるのです」

(あの島で食った物と言えばあの粉物の店だが……あっ、あやつか)


 あの粉物の店に入った時、珍しく吾輩のことを認識しておった奴がおおたがあやつもこのような見た目であったな。


「あの時はただの猫ではないと思っておりましたがまさかあの黒猫様だとは思いもしませんでした」

(なんだその黒猫様とは? 初めて聞いたが吾輩以外にも旅する黒猫でもおるのか)


 シェイクスピアがやれやれと言った目でこちらを見つめてくるが何か変なことでも言うたかと言動を思い返す。特に変なことを言った覚えはないな。


「はぁ……旦那様はもう少しご自身の行動を見直してくれると嬉しいですわ。貴方様はもはや昔話や伝説と同じ粋なのです」

「吾輩そこまでの事をした覚えはないが。猫違いではないか?」


 またこちらを見つめてくる。今度は信じられないと言った顔だ。少し顔が青い。また失言でもしたか?

 悩んでいるとシートンが声をかけてくる。


「立ち話もなんですしそろそろお座りになりませんか? ずっと立っていてもお疲れになりましょう。お座敷にご案内いたします」


 どうやらかなりの時間話していたようだ。時刻は昼より少し前、昼飯とはいかずとも少し腹は減ってくる頃合いだろう。


「おぉすまんな。ずっと話をしてしまって」

「いえいえ私はお客様第一でございますので。それでは旦那様は何か食べれないものとかはありますか? 一応ネギ系とかがあるのですが……」

「特に無いから気遣いは無用だ。それよりお主あの粉物の店で働いておったと言ったな。ならばあの粉物がもう一度食えるのか?」

「流石です。粉物は私の得意分野ですのですぐに提供させていただきます。それではすぐに提供させていただきますね」

「うむ、待っておるぞ」

「それでは私がお座敷にご案内いたしますね」


 シェイクスピアに連れられ来たのはある個室の前、襖を開けるとそこには畳広がる和室だった。

 草の匂いがより一層強くなるが不快ではなく心地よく落ち着く香りだ。


(吾輩はあの島の出ではないがこれは落ち着くな。いつもの雰囲気とはまた違うがこれはこれで良いものだ)

「ふふっ、お気に召したようで何よりですわ。それではこちら座布団です。お使いください」

「おぉ! 初めて座ったがこれは良いの……寝るのにも丁度良さそうだ」

「あら? 旦那様はこれを使ったことがないのです? てっきり使ったことがあるとばかりに……」


 痛いところを突かれた。一気に体が冷えて冷や汗が出そうになる。

 これには深いふかーいわけがあるが……


(これだけは絶対に言えぬ……教えたらまた酷いことになろうな)

「意外にも旦那様って心の声ダダ漏れですわね。それでも私より生きた猫様ですか? 最低でも何百年かは生きていますでしょ。早く話してくださいませ」


 ほらこうなる。こやつに吾輩への尊敬の念とかはないのかの。吾輩悲しい。


「はぁ……うっさいわい…………これはあの島特有の物であろう?」

「えぇあの島、つまり日の国の物ですわ」

「あの水の塊……海を渡りとうなかった…………」


 時が止まる。部屋には窓を叩く風の音が響くだけ。




「えっ……ええぇえぇぇ?! そっそんな理由で?!!」

「しゃーないじゃろ! あんな恐怖の塊をわざわざ越えようとも思わんわ! 恐ろしい……人の子とは恐怖心ちゅーもんが無いのか……」

「……そこは他の猫を変わらないとですね…………よく今までばれませんでしたね」

「そりゃ弱点など教える方が馬鹿だ。そもそも誰かとおる時に水になど近づかんわい。いつそれが吾輩や周りに牙を剥くか分からんからのぉ」




「……すぅぅ……はぁ、どれだけ私の事好きなんですか」

「そりゃお主がちっこいどころか腹の中の時からの知り合いだからな。もはや我が子同然だ。それにお主のその才を見つけだし伸ばす手伝いをしたのはどこの誰だ」

「旦那様ですね~この結界術とても重宝していますわ」

「うむ、だがその商売魂とその才は吾輩でも気づかんものだったがな。そしてそれを自分で知り伸ばし続けたのも見事だ」

「それは……ふふっそうですわね。それすらも貴方様に見つけてもらったようなものなんですよ」


 そう言うとシェイクスピアは昔を懐かしむように笑う、だが少し切なそうな顔も端に見せる。

 声をかけようもかけることができない。それをかける資格が吾輩には無いのだから。


 ──パンッ


「はいっ! この気持ちはおしまいにしなさい自分! 旦那様ごめんなさいね。私らしくないわね。元気が一番よ!」


 赤くなった手のひらを太腿に置きながらからからと笑う。

 だがそれではいけんだろう。声はかけれぬがこれぐらいは許されるだろうか。許してほしい。ここで引いたら男が廃る。


 ──ノシッ


「ニャァ」


 鈴のような声と心臓の音が耳を過ぎる。

 あやつの綺麗な赤い瞳にはある黒猫が膝に乗っている情景が反射していた。じっと見つめるとあやつの顔が赤く染まっていく。


「だっ……旦那様?! 急にどうしたのですか……?! えっ……あのっ……えっ……?」

「ニャー」

「だからぁ…………どうしまし……あっ……そういうことですか……まったく旦那様ったら……」

「ニャァア」


 そんな意図はないと言うかのようにあやつの膝の上でくつろぐ。体の下にある手は少し邪魔に感じるがこのぐらい大した事ではない。

 うむ、なかなかに居心地が良いな。


「ふふっ……ありがとうございます。猫の旦那様」


 元気づけられたかは分からない。だがもうしばらくはこのままで居させてくれ。我が子、いや友との再会なのだから。

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