第七話
大陸東方、グリフィス公爵領、首都ウェインボード。
宮廷の庭園で若者と偉丈夫が木刀で打ち合っている。若い方のは茶髪茶瞳、シャツとズボンの上に革の胸当てに肩当て、アームガードにレッグガード、ブーツと言ういでたちである。偉丈夫の方もまた同じくであり、黒髪に茶瞳の人物である。若者の名はヴィクター、二十一歳、グリフィス公爵の嫡男で、恵まれた体格をしている。偉丈夫はレイノルズと言って、三十五歳の騎士隊長である。レイノルズはヴィクターの専属騎士であった。すでにヴィクターも戦を経験しており、敵を殺した。
グリフィス公爵の当主セオドリックは、ヴィクターには幼少期から帝王学を授けてきた。おかげで剣の腕も達人級であり、政と軍事にも精通している。若いころから若様で通っており、そんな環境もあってか、ヴィクターは非情な一面と優しさを併せ持つ人物であった。
ヴィクターは裂帛の気合とともに木刀を突き出す。レイノルズはそれを弾き返し、返す刀で袈裟斬りに木刀を振り下ろした。ヴィクターはそれを受け止め、レイノルズと鍔迫り合い。ヴィクターは体格で勝るレイノルズを押し返すと、「はあ!」と高速の打撃を振り下ろした。レイノルズは転がって逃げると、反転して立ち上がり、「まだまだですぞ」そう言って加速した。
レイノルズは上段から木刀を振り下ろした。ヴィクターはそれを受け止めようとした。と、レイノルズの刀身が静止し、空を蹴ってヴィクターの腕を狙って軌道が変化した。ヴィクターはしかしそれをバックステップで回避すると、再び加速、レイノルズの喉元めがけて突きを繰り出す。レイノルズはそれを弾き返した。
二人は距離を取り合った。
「やるなあ……さすがだ」
「なんの若様も、大したもので御座います」
ヴィクターは幼いころに母と死別しており、彼を育てのは乳母と周りの大人たちだった。それを特別なものと考えたことはなかったが、ヴィクター自身は周りの同い年と何かが違うな、と思っていた。母親の愛情を知らずに育ったことが影響しているのかは分からない。ただ、何かが違っていた。
と、そこへ使いの者がやってきて、セオドリックが会合を開くので出席するよう伝えてきた。
「何だろうレイノルズ?」
「さて、私にも分かりませんな」
二人は稽古をやめて会議室に向かった。
ヴィクターらが到着した時、すでに席はほとんど埋まっていた。上座にはセオドリックの姿もある。ヴィクターらは空いている席に座った。程なくして面子が揃うと、セオドリックが口を開いた。
「みなご苦労。集まってもらったのは他でもない、ウィリアムズ家が周辺の平定に乗り出した件だ」
会場がざわめいた。セオドリックは頷く。
「そうだ。いよいよ戦になるやもしれん。我々としてもこのまま座してウィリアムズ家の軍事行動を見ているわけにはいかぬ。そこでと言うわけではないが、卿らにも、周辺の平定に向かってもらう。ウィリアムズ家は周辺の中小勢力を次々と併合したようだ。我々も同じく行動に出る」
そう言って、セオドリックは卓上に大陸東部の地図を広げた。
「アルバート、卿にはヘイズ伯爵領へ向かってもらいたい。ヴィクター、レイノルズ、お前たちもアルバートともに行け」
「かしこまりました」
ヴィクターとレイノルズは軽く頭を下げた。
アルバートは騎士団長である。年齢こそ四十前であるが、肉体の衰えを感じさせない金髪碧眼の偉丈夫である。
それからセオドリックは、各騎士隊長や貴族たちに出立先を告げていく。
「よいか。この戦に勝てぬようでは大陸制覇など到底できぬ。天下にグリフィス家ありと知らしめなければならん。敵に対しては鉄の意志を貫け。よいな、取りこぼしは許されぬ」
セオドリックは諸将を見渡し頷いた。
「では各々出立の準備が整い次第出撃せよ」
「ははっ」
グリフィス家の各幹部は敬礼すると、各自動き出した。
ヴィクターはアルバート騎士団長の下に歩み寄った。
「アルバート、今回はよろしく頼む」
「公子様、武勇は伝え聞いております。頼もしい限りですな」
騎士団長はそう言って笑った。
「では参りましょう。グリフィス家の鉄の意志を敵に知らしめるのです」
「よし、レイノルズ、私とともに戦場に赴こう。二人で掛かればどんな強敵もかなうまい」
「もとよりこのレイノルズ、ヴィクター様の下を離れるつもりは御座いませぬ」
レイノルズは真面目に言った。ヴィクターは笑った。
「大丈夫さレイノルズ。我々はプロフェッショナルだ。簡単にはやられん」
「油断は禁物ですヴィクター様」
「分かっているさ」
かくして、グリフィス家もまた周辺の平定に乗り出すのであった。