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第五話

 さて、次いで南方の雄に目を向けてみると、そこには南部の都アラソネアを拠点とするソーンヒル公爵家がある。現在公爵家の当主の座にあるのはヴァイオレット夫人である。夫であったコンラッドに先立たれ、ヴァイオレットは突如として家を守ることになった。すでに五年前である。


 今年四十二歳のヴァイオレット夫人には三人の子供たちがいる。長女のクリスティーナ二十二歳。長男のブライアン二十歳。次男のコーディ十九歳である。


 ヴァイオレット夫人は女帝ともあだ名される鉄血の意思を持った女性である。夫の死とその後の環境が彼女を変えた。金髪茶瞳で、いまだ若かりし日の美貌を残している。今日の召し物は青いロングドレスである。本日は天候も良く、宮廷の庭園で子供たちといた。夫人は天蓋の下の椅子に座り、その傍らには長女のクリスティーナがいる。こちらも金髪茶瞳、見るも麗しき美貌の持ち主で、ピンクのロングドレスを身に付けている。その前では、庭園の広場でブライアンとコーディが木刀で打ちあっている。ブライアンは金髪茶瞳、しなやかな筋肉質の恵まれた体形の持ち主で、すでに戦の経験もある武人である。次男のコーディは茶髪茶瞳で、兄にはやや劣るものの、こちらも男子として恵まれた体格をしている。コーディも戦の経験がある。


「コーディ! 腕を上げたな! いつの間に強くなった!」


 ブライアンはコーディの打撃を跳ね返しながら笑っていた。


「兄上こそ! ますます腕に磨きをかけておいでだ! 私だって負けてはいられませんね!」


 コーディは果敢に兄に打ちかかっていく。両者の実力は拮抗しており、お互いにこれといった決め所が無く、何度も打ち合っては間合いを図っていた。


 天蓋付きのテラスで、ヴァイオレットとクリスティーナは二人の男子を見つめていた。


「ああして打ち合っているのを見ると、昔とちっとも変わらないように見えるのにね」


 クリスティーナは言った。ヴァイオレットは微笑んだ。


「あの子たちももう戦を経験して、一人前の男よ。敵を殺し、ソーンヒル家のために戦ったのだから」


「お母様も変わってしまったわ。お父様が死んで……もう五年」


「仕方のないことよクリスティーナ。男たちは命を懸けて家のために戦っているの。私も家を守るためなら、敵を殺さなくては。それに、ますます世は混迷の度合いを深めているの。生半可な覚悟では他の勢力に太刀打ちできないのよ」


「女帝ヴァイオレット、てあだ名御存じ?」


「もちろんよ」ヴァイオレットは笑った。「誉め言葉と思っているわ。男たちからそう呼ばれるのは気持ちがいいわね」


 そこで、二人はブライアンとコーディに目を戻した。


 ブライアンは加速すると、鋭い突きを入れた。コーディはそれをかわすと、兄の木刀に自身のそれを叩きつけた。しかしブライアンは間髪入れず木刀を横に引いてコーディの一撃をかわすと、弟の胴体を木刀で薙いだ。


「あいた!」


 コーディは苦痛の声を上げてうずくまった。


「勝負ありだなコーディ」


 ブライアンは木刀を下ろすと、弟を見下ろした。


「うう……参りましたよ兄上。まさかあんなフェイントがあるなんて」


「まだまだお前には負けないぞ」


 そこで、姉が弟たちを呼んだ。


「ブライアン! コーディ! お茶が入ったわよ! こっちへいらっしゃいよ!」


「姉上がお呼びだ。行こうコーディ」


「はい……あいたた」


「すまん。そんなに痛むか?」


「ちょっと」


 コーディは苦笑した。


 テラスに入ったブライアンとコーディは椅子に腰を下ろした。


「二人とも戦場では物足りないのかしら。元気が有り余っているわね」


 ヴァイオレットは言って微笑んだ。


「戦場なら兄上には負けません、母上」


「あらそうなのコーディ」


 母の言葉にブライアンが待ったをかける。


「いや母上、とんでもないことですよ。さっきのをご覧になりましたか? 戦場ならコーディは死んでますよ」


「兄上、さっきのは、何というか、僕の油断です」


「負け惜しみだな」


「まあまあ、二人ともお茶でも飲んで心を落ち着けなさい」


 ヴァイオレットは息子二人に言って自身も紅茶を飲んで菓子に手を付けた。


 そこへ夫人の側近の騎士サー・フランクがやってきた。フランクは黒髪茶瞳の中肉中背で目立たない風貌の人物である。騎士の肩書を持っているが、その任務はスパイ活動であり、普段はアラソネアにはいない。


「ヴァイオレット様、ご家族で歓談のところ失礼いたします。急を要するかと存じましたので」


「あら、フランク、あなたがここに来るなんて珍しい。よほどのことね」


「はい。お会いしてお伝えした方がよろしいかと存じましたので」


「それで?」


 女帝夫人は紅茶を飲んだ。


「北のウィリアムズ家が動き出しました。周辺の中小勢力平定に十万余の兵を動員し、次々と他勢力を併合しております」


「なるほど、エイブラハムが動いたのね」


「はい。ウィリアムズ家が動いたのは確実です。あと今のところ風聞でしかありませんが、各地の大貴族たちもこれをうけて周辺を固めつつ動きがあるとのこと。これは口頭でご報告申し上げた方がよかろうと、馬を飛ばしてまいりました」


「ご苦労様。フランク、お茶をどう?」


「は……では一息入れさせて頂きます」


 ヴァイオレットはメイドに言って紅茶を持ってこさせた。公爵夫人は、思案顔で顎をつまんだ。


 ブライアンは「いよいよですね」と言い、コーディも「また戦の時が来ましたか」と呟く。


 クリスティーナは顔を曇らせた。戦は嫌いであった。彼女にも貴族の恋人がいるが、戦となれば彼も戦に出向くのだろう。


 しばらく誰も言葉を発しなかった。ヴァイオレット夫人の言葉を待っているかのようであった。


 そう……エイブラハムが動いたのね……ということは他の有力諸侯は軒並み動き出すでしょうね。誰が天下の覇権を取るか、戦国ゲームの幕開けと言ったところかしら。私としても後れを取るわけにはいかないわね。まあ、まだ誰が勝者になるかは分からないのよ。焦ることなく出来ることをしましょうか……。


「フランク」


「はい」


「軍事に関わる皆を集めて頂戴。至急宮廷に出仕するようにと」


「かしこまりました」

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