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第四話

 騎士団長エリオット率いる軍はコールズ伯爵領に侵入した。ここにはクリストファーと、エイベルの姿があった。クリストファーは赤い竜が描かれた胸当てを身に付けていて、兜にも赤い羽根飾りを付けている。エリオットは金の肩当てに兜には金の羽飾りを付けていた。エイベルはと言うと、白と緑の縦縞の盾が胸当てに描かれており、肩当ても緑色だった。エイベルは隊長を務める。フリートウッド軍一万は悠然と敵地を行軍し、コールズ伯爵城があるリンテンベックに向かっていた。程なくして、エリオットの下に哨戒に掛かった敵軍の報がもたらされる。


「閣下、コールズ伯爵軍、およそ五千、恐らくこのままいけばこの先にある平原でぶつかることになるかと存じます」


「そうか。ご苦労」


 エリオットは全軍に敵軍との接触に関して知らせる。


 クリストファーは口許に笑みを浮かべていた。


「ようやく本戦か。待ちかねたぞ」


「公子様。何卒無理をなさらぬように」


 クリストファーはエリオットの忠言を一蹴した。


「エリオット、俺は初陣ではないのだぞ。過度の心配は無用だ。自分の身は自分で守ることが出来る」


「私の傍から離れないで頂きたい」


「全くかなわんな騎士団長殿には!」


 クリストファーは笑った。エリオットは無駄とは分かっているが、立場上注意せねばならなかった。戦場ではお互いの身を心配している余裕などないであろう。だが万が一と言うこともある。


「それにしても敵軍も五千とあっては勝敗は決したも同然だな」


「それが良いのです。戦う前から勝利を確実にしておくことが重要です。それによって敵の戦意をくじき、我が方が圧倒的に優位に立つことが出来ます」


「ふうむ……しばしばお前は言っていることだな、戦の勝敗のほとんどは戦の前に決まると」


「そうです。公子様もいずれは大将になられるでしょう。心に留めて置きください」


「分かった」


 そうするうちに、両軍は斥候がもたらした通り、戦場となる平原で対峙することになる。


「本当に五千だな。正面から一蹴するか」


 クリストファーは言ったが、エリオットはエイベルを呼ぶ。


「エイベル、卿は右翼から別動隊にあって敵の側面を突け。兵を三千ほど持っていけ。私は正面から敵に攻勢をかける」


「承知いたしました。公子様、どうかご無事で、お会いしましょう」


「ああ。卿のお手並み拝見といこう」


 クリストファーは言って笑った。


「では参るとしよう」


 エリオット団長は馬を前進させると、騎士たちに言った。


「勝敗はすでに決している! あとはいかに完勝するかだ! 最初の一撃で決めるぞ! 敵に情けは無用! 非常の刃となって敵を叩け! 我々に勝利を! 敵に死を!」


 騎士たちは歓声を上げた。


「全軍突撃!」


 フリートウッド軍が先手を打った。徐々に騎兵隊は加速していく。軍馬の進軍が鳴動する。右翼から分離したエイベルは伯爵軍の側面に回り込む。兵数で劣る敵軍に二正面からの攻撃を受け止める余裕はない。


 クリストファーは雄たけびを上げて軍馬を加速させていく。


 伯爵軍も遅れて前進を開始した。


「遅いわ!」


 クリストファーは言って牙を剥く。


 正面から激突したフリートウッド軍は伯爵軍の戦列を突き破った。さらにそこへエイベルが率いる別働隊が側面を突く。伯爵軍は散り散りに乱れた。


 クリストファーは最初の敵騎士の首を一撃で切り飛ばすと、続いて新たな敵の頭部を粉砕した。


「敵将と見た! 命は頂く!」


 赤色の胸当てをした敵騎士がクリストファーに迫りくる。


「面白い! 俺を殺せるものかやってみるがいい!」


 クリストファーは加速した。


 最初の一撃で、敵騎士の剣が跳ね飛ばされ、上体が浮いた。


「そこまでか!」


 クリストファーはそのまま剣を袈裟斬りに振り下ろした。鈍い音がして、敵将の肩当てが砕けて胸当てに亀裂が入った。クリストファーの一撃は致命的であった。そのまま剣を振りかぶると、クリストファーは敵将の首を切り飛ばした。


「む……? あれは……」


 クリストファーは手綱を操りながらエイベルを発見した。エイベルは次々と敵を葬り去っていく。凄まじい剣捌きで、一撃で敵の体勢を崩して二撃目には敵の首が飛ぶ。まさに殺戮の血の暴風だ。


「あの男……とんでもない奴だな」


 クリストファーもまた新たな敵を探す。


 伯爵軍の戦意は高く、しぶとく攻勢を止めることがない。コールズ伯爵はいないのか。クリストファーは敵の首級を探して前進した。迫りくる敵騎士を薙ぎ払って胸当ての上から敵の肉体を砕いた。落馬した騎士は踏みつぶされて命を落とす。


 クリストファーはエイベルと合流する。


「エイベル! コールズ伯爵は見たか!」


「いえ! まだです! 出てきているのかも分かりませんが、もしかするとリンテンベックに留まっているのかもしれませんな! 後方にもそれらしき姿が見当たりませんからな!」


「そうか! では何はともあれこの戦を終わらせるとしよう!」


 クリストファーは言ってエイベルと別れると、敵陣の奥に友軍の前進に合わせて進んだ。敵の騎士は果敢だ。それなりに力を持った騎士たちだ。惜しい、とはクリストファーは思ったが、戦意が衰えぬ以上、こちらも全力で叩き潰すしかない。


 やがて、敵兵は完全に数の上からも完全に劣勢になり、フリートウッド軍に包囲された。


 エリオットが呼び掛けた。


「汝らに問うが、コールズ伯爵はいないのか」


 すると、青い胸当てを身に付けた騎士が進み出てきた。


「伯爵閣下はリンテンベックにおわす」


「ならばこれ以上の戦いは無意味であろう。汝らは我々の包囲下にある。降伏せよ」


「しばらくお待ち頂きたい。私の一存では決められぬ」


「ならば話し合うとよい。答えを待とう」


 待つこと十分程度であった。またさっきの騎士が出てきて言った。


「我々は降伏を受け入れることにした。ついては、お願いしたき儀がある」


「何か」


「我らが主君、コールズ伯爵の身の安全を保障して頂きたい」


「どうやら、伯爵は有為の人材を持っているようだな」エリオットは頷いた。「よろしい。伯爵の身の安全は約束しよう。我がフリートウッド家に忠誠を尽くすのであれば」


「それは伯爵閣下に直にお尋ね願いたい」


「承知した。では戦はこれまで。汝らもリンテンベックに同行せよ」


「了解申し上げる」


 そうして、クリストファーらは野戦に勝利を収め、一路リンテンベックを目指した。



 リンテンベックに至るまで、二晩キャンプを張ることになる。三日目の昼頃、伯爵領の都リンテンベックに一同は到着する。


 エリオットにエイベル、クリストファーらは護衛を百人ほど連れて、敵の騎士の案内で宮廷まで向かう。


 伯爵は宮廷の前に出てすでに一同を待っていた。


「閣下」


 コールズ伯爵麾下の騎士が事の次第を告げる。伯爵は「なるほど」と頷いた。コールズ伯爵は中肉中背で、彫りの深い顔立ちの初老の人物であった。確かに戦場に出るのは無理があろうと思われた。


「誰が大将ですか」


「私だ。騎士団長エリオットだ」


「コールズ伯爵です。部下たちに寛大な処遇を感謝いたします」


「伯爵、勝敗はすでに決した。後は貴殿の心次第だ。どうだ。我がフリートウッド家の麾下に入ることを由とするか」


「はっ。かくなる上はこの命、家臣一同フリートウッド公爵閣下にお預けいたします。どうか、部下たちにも情状の酌量をお願いいたします」


「よろしい。ではこれで戦はお終いだ。ファーバー」


 エリオットは傍らにいた騎士を呼んだ。


「はっ」


「汝がひとまずこの地に留まってしばらく様子を見ておれ。部下を百人ほど置いていく」


「承知いたしました」


「では皆の者、ファレンイストへ凱旋するとしよう。そろそろ故郷が恋しくなるはずだ」


 エリオットはそう言って笑った。



 クリストファーはファレンイストへ帰還した。すでに他方面から凱旋を終えている軍団もあり、どうやら戦は上手くいったのではないかと思われた。クリストファーから遅れること一日、ベネディクトが帰還する。フリートウッド家の主は笑みを浮かべており、クリストファーは父に駆け寄った。


「父上!」


「クリストファーか。無事であったか」


「我が軍は大勝でした。父上におかれましては?」


「息子よ、私が負ける戦をすると思うかね。無論大勝利を収めたよ」


「さすがは父上です」


 クリストファーは破顔した。


 果たして、今回の戦はいずれもフリートウッド家の完勝であった。中小勢力を平定し、フリートウッド家は確実に勢力を伸ばした。


 クリストファーにはまだ報告したい人物がいた。恋人のブリジットである。彼女は侯爵令嬢であり、付き合い始めて一年ほどになる。このまま行けばこの女性と結婚することになるのかもしれないと思うクリストファーであった。


 その日、クリストファーはブリジットがいるジョージ侯爵の邸宅を訪問した。


 ブリジットはクリストファーと同じ二十歳で、金髪に茶色の瞳をした活発的な印象を与える娘である。今日は淡い緑色のドレスを身に付けていた。


「クリストファー! お帰りなさい!」


 ブリジットは恋人の分厚い胸板に腕を広げて抱きついた。


「ただいま、麗しの君」


「無事で良かった……戦は嫌いよ。あなたが帰ってこないんじゃないかと思うと、胸が張り裂けそうだもの」


「俺が帰った来なかったことがあるかい?」


 クリストファーがそう言うと、ブリジットは伏し目がちに言った。


「そりゃあ……ないわよ。でもね、心配するのは当然でしょう?」


 クリストファーはブリジットの顎を上げると、彼女にキスをした。


「ほら、これで不安も飛んで行ったろう?」


「うん……少し。ねえ、家に入って。立ち話も何だから」


 ブリジットはそう言って、クリストファーを招き入れた。


「ああ、じゃあ、少し寄っていこうかな。お言葉に甘えて」


 クリストファーは言って、ブリジットの腰に手をかけて歩き出した。ブリジットもクリストファーの腕に手を回して。


 その後も続々と戦勝報告が続く。かくして、西方の雄、フリートウッド家もまた着実に勢力を拡大した。いまだ歴史の奔流は行く先を認めず。大陸は混沌の渦の中にある。

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