第四十三話
東部戦線において。
日が明るいうちの戦いから、戦いは夜に移行していた。
ヴィクターは休んでいたが、敵襲の知らせに目を覚ました。
「全く……厄介な連中だ。後退したのではなかったか」
日中の攻撃で大打撃を与えたはずだが、それでも死人の群れはまだ勢力を保っていた。
「公子様」
レイノルズがやって来た。
「いかがなさいますか。後退なさいますか」
「後退などない。奴らを叩き潰すまではな」
「では私も供を致します」
「死ぬなよ」
ヴィクターは起き上がると、剣を取った。
公子ヴィクターが戦場に出ると、夜間対応の騎士たちは驚いた様子であった。
「公子様、ここは我々にお任せ頂いても構いませんぞ。そのための夜間対応です」
「死人たちの声がうるさくて眠れぬのでな。奴らを殺しに来た」
「まあ、子守歌にはなりませんな」
「全くだ」
そうしてヴィクターは戦場に身を置いた。レイノルズも後を追う。
ヴィクターは襲い来る死人を一刀両断した。
「不愉快な奴らだ」
すると町人の姿をした血まみれの死人が残忍な笑みを浮かべて襲い掛かってくる。
「やるな小僧! 勝負勝負!」
死人はヴィクターの剣をかわしてその首に食いつこうとした。しかし、死人の首をレイノルズが切り飛ばした。転がって笑う死人の頭を、レイノルズは剣で潰した。
「公子様」
「すまんな。命の貸し一つだ」
言って、ヴィクターは夜の地獄に踏み込む。迫りくる死人。ヴィクターは敵を切って切って切り倒した。
「さすがにしぶといが……どこまで湧いてくる亡者ども」
それから数時間、ヴィクターは戦場にとどまったが、後退することにした。レイノルズが護衛を務める。
夜間対応部隊が死人を押し返していく。
ヴィクターはかなり疲労していた。
「ああは言ったが、やはり体は正直だ。眠くてかなわん」
ヴィクターは陣中に戻ると、倒れるように焚火の傍へ横たわり、眠りについた。レイノルズはこの公子に毛布を掛けてやると、自身は焚火にかかっていたスープを椀に入れて飲んだ。
「眠れるときにおやすみなさい公子様。この戦、いつまで続くか想像もつきませぬ」
しかし、ヴィクターは完全に寝入っていて、答えはなかった。
レイノルズは苦笑すると、椀のスープを飲み、自身も眠りについた。
当主のセオドリックは天幕の中で仮眠から目を覚ますと、騎士団長アルバートから報告を受けていた。
「敵の動きはどうだ」
「日中ほどの勢いはありませんな。攻め寄せる数も日中の半分以下かと」
「ふむ……だが油断はするな。まだ亡者の群れは収まる気配がないぞ」
「はっ。それにしても、この戦、我々にはまだ先が見えませんな」
「うむ……鍵を握るのはリオン・ウィリアムズだ。あの者が得た力でグラッドストンを倒すことが出来ればよいのだが」
「それに全てがかかっております。グラッドストンと相対するには、超常のパワーが必要でしょう」
「ところでヴィクターは無事か」
「はい大丈夫です。先ほど戦場に姿を見ましたが、今は撤退された模様」
「そうか。息子も眠れぬか」
「そのようですな」
「差し当たり、夜間の攻撃に耐えればよい。また明日、攻勢に出る」
「承知致しました」
アルバートはセオドリックの前を辞した。セオドリックは深い吐息とともに椅子に腰かけた。
「死人相手の戦か……末代まで語り継がれる戦となろうな」
セオドリックはそう呟くと、眉間を押さえた。
北部戦線、早朝。
初日の激戦を凌いだウィリアムズ家においては、エイブラハムが陣中を見舞っていた。夜更けまで続いた死人の攻勢はついに途絶えた。今は歩哨を残してみな休息をとっていた。
エヴァンは目を覚まし、父と顔を合わせた。
「父上。おはようございます」
「エヴァンか。まだ休んでいても構わんぞ」
「ええ……ひどく体が痛みますね」
「はっはっは、私もだ。亡者どもを一体何匹片付けたことか」
そこでリオンも目を覚ました。
「兄上、父上……おはようございます」
「リオン、休んでおけ。グラッドストンとの戦いにお前は温存しておかねばならん」
そう、リオンはまだ戦場に出ていなかった。リオンに恐れはなかった。しかし、エイブラハムは精神的な面を考え、リオンを温存した。アンデッドはエヴァン始め、エイブラハムが陣頭に立ち騎士たちが押し返した。
それからしばらくして、大勢の騎士たちが目を覚まし始めると、兵站部のコックたちが朝ご飯の炊き出しを始める。
エヴァンもリオンも腹ペコであった。
「朝食の用意が出来そうだな。行こうエヴァン、リオン」
エイブラハムが言うと、エヴァンとリオンは起き上がった。
「僕も早く戦いたいなあ」
リオンが零すと、エヴァンが応じた。
「お前が出るのは最終局面だ。あるいは、グラッドストンがやって来た時だ。まだ出るには早い。たかだか一日しか経っていない」
「エヴァンの言うとおりだリオン。グラッドストンはあるいはお前の力を見極めるつもりかも知れん。奴のことだ。お前に何があったかは知っているはずだ」
エイブラハムは言って息子を慰めた。当主がやってくると、騎士たちはみな一礼する。エイブラハムは軽く手を上げて応えた。
「みなよく頑張ってくれた。だが戦はまだ終わらぬ。グラッドストンを倒すまではな。少なくともこの中央を解放するのだ」
エイブラハムの言葉に騎士たちから「おお!」と声が上がる。
朝食はパンと肉団子入りのスープだ。
エイブラハムは他の騎士たちのもとへ向かった。
エヴァンとリオンは朝食を共にする。
「アンデッドそのものに脅威はない。我らと騎士団がいればそのうち倒すことが出来るだろう。問題はグラッドストンだよ」
エヴァンは言った。
「グラッドストン。奴は神出鬼没。だが、必ずリオン、お前を狙って現れる。正面からやってくる気か、それとも奇襲攻撃を仕掛けてくるつもりなのか」
リオンは頷いた。
「ローザは今のところグラッドストンの気配はないと言っていますから」
「その剣ほんとに話すのか? 凄いな」
「ええ……」
リオンは苦笑した。他人にはこの感覚は分かるまい。だがリオンとローザの心は通じていた。
(リオン、グラッドストンはライアンウォードにいるわ。王にでもなったつもりか、玉座の間にいる)
(そうか、分かったローザ)
「兄上、今ローザが言ってくれました。グラッドストンはライアンウォードの玉座の間にいるそうです」
「ほんとか? そんなことが分かるのか?」
「ええ、ローザは千里眼を使える」
騎士たちが食事を終え、それぞれに出撃の準備をしていると、歩哨から連絡があった。
「閣下、アンデッドが来ます!」
エイブラハムは頷くと、騎士たちに号令を下した。
「者ども、出撃だ。死人どもに思い知らせてやるのだ。この世界を渡しはしないと」
騎士たちは勇壮に死人の群れに向かって突進していく。
エヴァンも戦場に出た。
リオンはせめてもの経験にと、ローザンフェインのオーラをまとい、空から戦場の様子を見つめていた。
(ローザ、グラッドストンはどうするつもりだろう)
(そうね……あなたとの決着をつける気なのは確かだけど、ライアンウォードから出る気配がないわね。さて……黒衣の魔導士様のお考えは読めないわ)
(ここから後方のアンデッドを一掃できるかい? 君ならビーム光線か何かで)
(やる気? ……どうだろう。グラッドストンの出方が分からない。報復攻撃をされたら味方に想定外の被害が出るかも)
(分かった。やめておこう。それにしても、奴は本当にどうする気なのか)
(動きがあれば知らせる)
(よろしく)
リオンは空中から戦況を見つめる。
騎士団がアンデッドを次々と潰していく。死人の群れは瞬く間に崩壊していく。だが、更なる大軍がまだ奥には控えている。
「どこまで広がっているんだこの亡者の大軍は」
リオンは悪態をついた。




