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第三話

 大陸西方の雄に目を向けてみると、西の都ファレンイストを拠点とするフリートウッド公爵家がある。当主のベネディクトは四十一歳。中肉中背で、黒髪碧眼の人物である。風貌は目立つ印象を与えず、戦場で陣頭に立つような武人でもないが、その頭脳は明晰である。


 ベネディクトは側近のアストン男爵から報告を受けていた。北のウィリアムズ家が動き、周辺の中小勢力の制圧に乗り出したと。アストン男爵は貴族の肩書を持っているがスパイが専業であり、二十四歳、黒髪茶瞳の小柄で目立たない印象の男である。今も普段のシャツに綿パンという服装であった。


「ほう……エイブラハムがとうとう動いたか。それで?」


 主の問いにアストンは続けた。


「ウィリアムズ家はこの緒戦において完勝を収め、まずは北方平定の第一段階をクリアしたと言っても良いでしょう。ですが、北にはまだ武門の誉れ高い伯爵らがおります。これを平定するには年内の実現は不可能かと思われます。当主エイブラハムはまずは兵力で圧倒できる相手と戦った模様です。それゆえ損害らしい損害も出しておりません」


「ふうむ……では我々もいずれにせよのんびりと構えている余裕はなさそうだな。会合を開くとするか。アストン、騎士団長と各貴族たちに招集を掛けよ。戦支度が必要だ」


「はっ」


 アストンは風のようにいなくなった。



 ベネディクトの嫡男、一人息子のクリストファーは二十歳。黒髪碧眼で、父とは対照的に特徴的な精悍な顔つきである。長身で、筋骨たくましい体は鍛え上げられ、まさに武人であった。これにはベネディクトの妻カーラの血が濃く出たのではないかと言われていた。カーラの家系は代々武人を輩出しており、武門の誉れ高い血筋であったから。


 クリストファーは今日も剣を振るっていた。連日騎士団本部に出向いては、剣の稽古をするのがクリストファーの日課でもあった。騎士団本部の並みいる猛者たちと毎日剣を交わして肉体を鍛え上げていた。


 裂帛の気合を込めてクリストファーは剣を振り下ろした。相手の騎士はそれを受け止めたが、力に押され、膝をついた。


「若様! 参りました! 降参です!」


「もう降参か。情けないぞ。騎士であろう」


 クリストファーは見渡した。


「ではエイベル、次はそなただ。俺の相手になってもらおう」


 エイベルと呼ばれた騎士は、長い黒髪で茶瞳、長身だがやや線の細い印象だ。クリストファーはまだエイベルと手合わせをしたことが無かった。最近になってファレンイストの騎士団本部に異動してきたのだ。


「若様、申し訳ございません。私では相手になりません」


 エイベルは言って、頭を下げた。


「何だと? 俺が怖いのか? 俺に打ちのめされて無様をさらすのがそんなに怖いというのか」


「若様、恐れながら、このエイベル、戦場でもないのに己の力を傍若無人に振るう気にはなれませぬ」


「何!? 俺が傍若無人と言うか、こやつ。誰か! 剣を持て! エイベルに剣を渡せ!」


 騎士の一人が渋々エイベルに剣を差し出す。


「…………」


 エイベルしばらく無言であったが、やがて遂に剣を取った。クリストファーは、牙を剥いた。


「いくぞエイベル! 俺の剣を受けてみよ!」


 クリストファーは問答無用で加速した。気合とともに殺さぬ程度に剣を突き出す。エイベルはそれを流れるように右にかわすと、とんっ、とクリストファーの背中を


押した。クリストファーはバランスを崩した。


「ぬっ! おのれ! ……!?」


 と、クリストファーが振り向いた時には、その鼻先にエイベルの剣の先があった。


「これが戦場であれば公子様は死んでおりますぞ」


 エイベルは無機的に言った。


「な……なんだ……と。こんな奴がいるなんて……信じられん」


 エイベルは同僚に剣を投げて渡すと、その場から立ち去った。


 クリストファーは騎士の一人を捕まえて問うた。


「おい、あの男は何者だ?」


「天剣のエイベルと申しましてな。騎士団の中では知らぬ者のいない天才剣士です」


「天剣のエイベル……」


 クリストファーは茫然と立ち尽くしていた。


 そこに宮廷からベネディクトの使者がやってくる。戦支度の会合を開くため、宮廷に集合せよと。


「戦だと?」


 クリストファーは身を乗り出した。


「遂に父上は動かれるおつもりか。これは面白くなってきたぞ! 騎士団長、騎士隊長、行くぞ! 父上からの招集命令だ!」


 クリストファーは破顔大笑するのだった。



 宮廷に集った家臣団、各貴族家の当主、騎士団長エリオットに各騎士隊長、そしてクリストファーらを前に、ベネディクトは言った。


「北の監視人から報告が来た。ウィリアムズ家が軍事行動を開始した。周辺勢力の平定に向けて動き出した模様だ。誰が最初に動くか、恐らくどの家も見ていたはずだが、ウィリアムズ家が動き出したのは順当であろう。そこで、我々としても周辺平定の軍事行動に出る時が来たと私は思っている。皆の意見を聞きたい」


「父上! ウィリアムズ家に後れを取るわけにはいきません! ここは我々も! 兵は神速を貴ぶと言います! 私にも兵をお与え下さい! お命じ下さい!」


「クリストファー、お前の気迫は評価に値する。しかし一人で行かせるわけにはいかんぞ。お前はエリオットとともに行くのだ」


「そんな……! 父上!」


「お前はフリートウッド家の嫡男。一人で行かせるわけにはいかん。エリオット、息子を頼むぞ」


「かしこまりました」


 騎士団長エリオットは頷いた。エリオットは茶髪茶瞳の堂々たる偉丈夫だ。


「公子様、あなた様は大事なお方。このエリオットの傍にあって無茶はなさいますな」


「ううむ……」


 年長者二人から言われてはクリストファーも従うしかなかった。


「閣下」エリオットが口を開いた。「ですが、公子様がおっしゃるように、ここで後れを取るわけにはいきますまい。我々も速やかに周辺の平定を進めておくべきかと」


 エイデン伯爵が手を上げて発言を求めた。


「エイデン」ベネディクトが指名する。


「閣下、さしあたり、我が軍の兵力を以てして余裕で平定できる弱小勢力から当たるべきでしょう。いきなり一個に大軍を投入するは愚策でありましょう。強敵にはなるべく最後に当たるべきかと存じます」


「私もそれは考えていたところだ。エイデンの申す通り、最初に圧倒的な兵力を以て弱小勢力を併合するのには賛成だし、上策であろうよな」


 他の面々もそれについては異論なく、話はどこを攻めるか、具体的な目標について進んでいった。卓上に広げられた西部の地図を囲んで、ベネディクトらは合議を進めた。そして方針は決する。


「よし」ベネディクトは言った。「目標は決した。各自目的を達成したら深追いはするな。では早速出兵の準備に掛かれ。各自の奮戦に期待するぞ」


「ははっ!」


 一同敬礼して応えると、それぞれの軍に向かい、兵を伴ってファレンイストを出立した。

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