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第三十八話

 四大公爵の首脳らは南部のソーンヒル公爵家の都アラソネアに集まっていた。ヴァイオレット夫人が積極的に連絡を取って実現したこの会合の目的は、ザカリー・グラッドストンの件に他ならなかった。


「ヴァイオレット」


 宮廷に到着したエイブラハムが声をかけると、迎えに来ていたヴァイオレット公爵夫人は彼とチークキスを交わした。


「今回はとんでもないことになった」


「ええ……お互い様ね。さ、中へどうぞ」


 次いでフリートウッド家のベネディクトが顔を見せた。


「ヴァイオレット、今回はひどいことになったな」


「ええ……どうにかしないと。娘たちを必ず救い出すわ」


「ああ……出来ることならそうしたい」


「さあ、中へ入って」


 ベネディクトもヴァイオレットとチークキスを交わして宮廷に入っていく。


 最後に来たのはグリフィス家であった。


「セオドリック、よく来てくれたわね」


 ヴァイオレットはセオドリックを出迎え、チークキスを交わす。


「ヴァイオレット……何と言ったらいいか」


「ええ……私だって、言葉が見つからない。さあどうぞ。中へ」


「ああ」


 ウィリアムズ家からはエヴァン、リオン、スカーレット、セシリアも同行していた。フリートウッド家からはクリストファーとカーラが。またグリフィス家からはヴィクターが同行している。



 各家の当主と随行者たちは円卓の間に集合した。


「ザカリーを倒すまで」


 会合の前にヴァイオレットがそう言って黙祷すると、一同それに倣った。


「みんな、グラッドストンのために娘たちを誘拐された」


 ヴァイオレットは言って、語気を強めた。


「ザカリーを何としても探し出し、この報いを受けさせる」


「それなんですが公爵夫人」


 ヴィクターが言った。


「私は錬金術師から伝説の話を聞いてきました。古の時代にグラッドストンを封印した伝説の神器は、ゴッドマウンテンの神の谷で授かったと。そしてそのゴッドマウンテンとはライアンウォードのことであり、神の谷は旧王都の地下のことを指していると」


「それは興味深い話ね」


「その話なら私も確認しております。わが家の錬金術師が同じことを申しておりました」


 エヴァンが言った。


「だがこの話は保留付きだ」


 エイブラハムが口を開く。


「ライアンウォードに今すぐに行ったところで何も得られないと。神々との交信には精神崩壊の危険も伴うし、人間の都合で神器を気前よく渡してくれるものでもないと」


 だがヴィクターは言った。


「ですが皆さん、今この時、ザカリーにとって神の谷は邪魔なはず。奴は中央に潜伏しているのではないでしょうか。我々がアクションを起こせば、奴をおびき出すことが出来るかも知れません」


「神の谷か……」


 ベネディクトは唸るように言った。


「賭けてみる価値はありそうな話だわ」ヴァイオレットが口を開いた。「グラッドストンをおびき出すとして、その先どうする?」


「本気で作戦を起こすなら、我々も軍を動員し、中央を包囲し、ザカリーの注意をそらすくらいはした方がいいだろう」


 エイブラハムが言った。


「ライアンウォードへ侵入するとしても、伝説によれば神器は七つだ。運良く神器が手に入るかも。七人の選ばれし者が必要だ」


 セオドリックが提案すると、手を上げた者たちがいる。エヴァン、リオン、クリストファー、オーガスト、ブライアン、コーディ、ヴィクターであった。


「丁度七人だ」エヴァンが言った。「これは俺達で為すべきことです」


「まあそう急くこともあるまい。正面から突入するべきではない。軍の支援も必要だ。ライアンウォードの地下に突入するにしても、君たちの護衛が必要になる。何を起こすにしても計画を立てなければ」


 セオドリックが提案すると、ベネディクトも頷いた。


「そうだな。若者たちに賭けるにしても、私も軍事行動を同時進行で行うことには賛成だ」


「私もだよ。若者七人だけを行かせるわけにはいくまい」


 エイブラハムも頷いた。


「それに、娘たちのことも心配よ。あの子たちが生きていることを祈るばかりだわ」


 ヴァイオレットが言うと、一同沈黙する。


「俺は……いえ私は思うんですが、グラッドストンの拠点もライアンウォードにあるのではないでしょうか? 中央は今人目に付きにくい。放置された屋敷が幾らでもあるはずですし、隠れるには絶好の場所だと思うんですが。そこに妻たちも捕われているのでは」


 言ったのはエヴァンだった。


「ライアンウォードにね……」


 ヴァイオレット夫人は思案顔だった。


「何れにしても、その案を採択するなら、全軍を動員して差し支えなかろう」


 エイブラハムは言って、一同を見やる。


「私も構わんよ」


 ベネディクトは頷く。


「私もだ」


 セオドリックも賛同した。


「では、全軍を以て中央を包囲する。そしてライアンウォードに突入する。ここまでは異論はないわね」


 ヴァイオレット夫人が言うと、一同頷く。


「ただ問題は」ヴィクターが言った。「ライアンウォードの地下というのがどこなのか。それを探さなくてはなりません」


「それは問題だな」ベネディクトは思案顔で問うた。「何かアイデアはあるか?」


「それについては、出たとこ勝負で行くしかないのでは。我々が正しければ道は開かれるはず」


 エヴァンが言った。


 と、その時である。突如として周囲の空間が歪み始め、虹色に回転し始めた。


「何だ!?」


 そして空間はジャンプした。


「これは……」


 エイブラハムは周囲を見渡した。


「どこだここは……?」


 ベネディクトが辺りを見渡す。


 空は黒く、灰色の雲に時折稲光が走っている。大地は赤土の荒れ地で、どこまでも広がっている。


 そして、上空から光が降ってきた。その光の中から、男が姿を見せた。貴族が着るような衣服を身に着けている。


 男たちは女性陣を守るように前に出て、剣を抜いた。


「何者だ! 人間ではないな!」


 エイブラハムは叫んだ。すると、謎の男は言った。


「私が何者であるかどうかはこの際関係ない。問題は、ザカリー・グラッドストン。そうだろう?」


 男は舞い降りてくると、お辞儀してみせた。


「私は異界人ヒュレイガン。ここは私のテリトリー。君たちのことは良く知っている。随分と殺し合ったようだな。ここに至るまで。だが、まあすんだことを言っても仕方あるまい。君たちはザカリー・グラッドストンを倒したい。神器を手に入れて奴を封印するか? 残念だがその手はもう通用せんだろう。そこで私の登場となったわけだ」


「ヒュレイガンとか言ったな。グラッドストンの手の者か」


 エヴァンが剣を向けると、ヒュレイガンは笑った。


「なかなかきついジョークだな。私をあのようなアンデッドモンスターと同じだと思ってもらっては困る。私も永遠の命を持っているが、全くレベルが違う」


「では……味方なのですか?」


 リオンが進み出て言った。するとヒュレイガンは微笑んだ。


「少なくとも敵ではない。味方かと言われれば、まあ、半分以上はそうだ」


「どうやら私たちに何かを伝えに来たのでしょう? 魔法やあなたのことは理解できないけれど、その伝言なり何なりが私たちにとって有益なものであれば嬉しいわね」


 ヴァイオレット夫人は言った。するとヒュレイガンは笑った。


「公爵夫人、あなたは話がよく分かりそうなお方だ。ともあれ、これがどの程度君たちに有益なのかは分からない。未知数だ」


 ヒュレイガンはいったん言葉を切った。


「ライアンウォード始め、大陸中央だが、すでに住民はゾンビやグールと化している。一人残らず全てだ。中央はグラッドストンの手に落ちている。しかもグラッドストンはこのアンデッドたちに知性を与えている。人の言葉も話す。注意しろ」


 それから、とヒュレイガンは続けた。


「捕われのご婦人たちだが、ウィリアムズ家の邸宅にいることを知らせておこう。あと、これが最も重要だ」


 そう言うと、ヒュレイガンは何もない空中から剣を取り出した。


「これは魔剣ローザンフェイン。アンデッドを殺すことが出来る。グラッドストンすらも殺すことが出来るアンデッドバスターだ。これを君たちに与える。だが、これを抜くことが出来る者がいるかな」


 そう言うと、ヒュレイガンは全員を促した。


「簡単なことだ」


 エヴァンは最初に挑戦したが、抜くことはできなかった。剣はぴくりともしなかった。


「何で? そんな馬鹿な」


「どうやら君はローザンフェインとの相性が良くないようだな」


 それから男たちが次々と挑戦するが、誰もローザンフェインを抜くことが出来ない。


 そして、リオンが挑戦することになった。誰もリオンが抜くことなどできないと思っていた。この若者は剣を扱うのに長けていない。その時だった。リオンがローザンフェインの柄に力を込めると、鞘から光が漏れてきた。


「おお……」


 ヒュレイガンは驚愕した。


 リオンは、自分の中に圧倒的なパワーが流れ込んでくるのを感じた。


「う……ああああああああああ!」


 そして、リオンはローザンフェインを抜き去った。光が爆発し、リオンは赤いオーラに包まれた。


「これは……」


 リオンは、魔剣を見やる。


「この剣は、生きている……」


 すると、リオンは空中に舞い上がり、空を飛んだ。ローザンフェインを一振りすると、赤い閃光が空を切り裂いた。飛び回っていたリオンは魔剣をコントロールし、着陸した。


「見事だな。やはり君だったか。そんな気がしていた」


 ヒュレイガンは笑顔だった。


「リオン……お前……本当にリオンなんだよな」


 エヴァンが驚愕していた。エイブラハムもセシリアも、スカーレットもびっくりしたようだった。いや、全員が驚いていた。


「ええ兄上。この魔剣は、どうやら僕たちを助けてくれるみたいです」


 すると、ヒュレイガンが言った。


「さて、私の役目は終わった。評議会に事の次第を報告せねば。君たちをもとの世界に返そう」


 ヒュレイガンは腕を一振りした。


 また視界が虹色に回転し、空間がジャンプした。


 一同は再び円卓の間に戻っていた。


「今のは一体……我々は夢を見ていたのか?」


 セオドリックが言うと、リオンが応じた。


「いいえ閣下。どうやら現実です」


 そこには、ローザンフェインを持って赤いオーラに包まれているリオンが立っていた。


「リオン!」エヴァンが駆け寄る。「大丈夫なのかおい。体調は?」


「すこぶる快調ですよ兄上。この魔剣は、そう……不思議な力を与えてくれる」


 リオンは言って、目を閉じた。見える。囚われのエステルや他の女性たちが。


「兄上、みなさん、少し待って下さい」


 リオンは魔剣に念を込めると、ここからはるか中央のライアンウォード、ウィリアムズ家の邸宅に瞬間移動した。



 リオンが現れて、エステルは驚いていた。


「リオン!?」


「エステル様。助けに来ました」


「どうやって? あなた今、突然現れて」


「話はあとです。グラッドストンが戻ってくるまでに」


 リオンは、ブリジット、クリスティーナ、アンジェリア、クリスタル、シャーロットらの鎖を念力で破壊すると、全員に自分に捕まるように促す。そして、リオンは全員を救出して円卓の間へ瞬間移動した。



「エステル!」


「エヴァン!」


 エヴァンとエステルは抱き合った。


 クリストファーにブリジット、オーガストにクリスティーナ、ブライアンにアンジェリア、コーディにクリスタル、ヴィクターにシャーロット、みんな抱き合った。


「一体どうなってるの? リオンは一体どうしたの?」


 エステルは言った。


「とにかく、お風呂に入って、いったん休んだ方がいい。ゆっくり話すよ」


「ありがとうリオン」


 ブリジットもクリスティーナも、アンジェリアもクリスタルも、シャーロットもみなリオンにお礼を言った。


「リオン」


 ヴァイオレット夫人はリオンの肩に手を置いた。


「あなたが不思議な力を持ったことがどうなるかは分からないけれど、今はそれに感謝しなくちゃ。ありがとう」


 夫人はリオンを抱きしめた。他の当主たちもリオンにお礼を言った。

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