第三十五話
大陸東部のグリフィス家、首都ウェインボードでも年明けを祝うパーティが開催されていた。当主のセオドリックは、集まった貴族や騎士たちを前に、新年早々にグリフィス王朝の成立を内外に知らせ、自ら王冠を戴くつもりであることを告知した。
これには参列者たちに驚きと歓喜をもたらした。新たな王朝の成立は、平和な世の到来であるかと思われた。
グリフィス家に栄光あれ! そう言って、列席者たちはグラスを打ち合わせた。
嫡男のヴィクターは、妻のシャーロットとともにいて、この話を聞いていた。
「これで世が平和になればいいが、そうはいくまい。ザカリー・グラッドストン。奴は必ず動く。人外の怪異との戦にも備えなくてならぬ」
シャーロットはヴィクターの言葉を聞いて、頷いた。
「あなたの懸念は尤もだと思います。その目でグラッドストンと対峙なさったのだから。それに、先年もグラッドストンのことをよく調べておいででしたものね」
そこへ騎士隊長のレイノルズが姿を見せた。
「新年おめでとうございます。王子殿下、王女殿下」
「レイノルズ、まずは父上の即位を祝うべきであろうな」
ヴィクタが-が言うと、レイノルズは頷いた。
「左様でございますな」
「だが、奴の件がある。ザカリー・グラッドストン。あの黒衣の魔導士が何かを仕掛けてきても不思議ではない」
「確かにそうですな。グラッドストンにとって、人間の平和は喜ばしいことではありますまい」
そこでまた歓声が上がった。何やらセオドリックが貴族たちに演説でも打ったようであった。
ヴィクターはレイノルズに顔を戻した。
「それにしても、奴は完全に姿を消した。各地でも怪異が発生したとの報は全く入っていない。奴はどこに姿を消したのか」
「相手は人知を超えた化け物です。どこにでも姿を消しましょう」
「俺は思うんだが」ヴィクターは言った。「ゴッドマウンテンと神の谷の存在は奴にとって邪魔なはず。今かつての中央は時代から取り残されたまま放置されている。誰もが四大公爵時代になって中央に目を向ける者はいない。もしかして、中央に潜伏している可能性は高いのではないかと思うのだだが」
「中央ですか……何とも言い難いところですな。僭越ながら、そのお言葉には何の裏付けもありませんしな」
「まあ、確かにそうなのだが」
ヴィクターは吐息した。
そこへセオドリックが姿を見せた。
「新年おめでとう、ヴィクター、シャーロット、レイノルズ」
「これは父上。おめでとうございます」
三人とも恐縮して頭を下げた。
「いかがした。三人集まって表情が暗いぞ」
「ええ、まあ。例の、グラッドストンの件を話していたのです」
ヴィクターが言った。セオドリックは頷いた。
「確かにその件は放置できん。我々は新しい時代を迎えようとしているが、グラッドストンにとって平和は破壊すべきものであろう。恐らく、他の公爵たちも王になるはずだ。時代は変わる。戦はひとまず収束に向かうであろう。グラッドストンがそのことをどう思うか、想像するに難しくはないな」
「父上には何か対策がおありですか」
「いや、正直言って無い。怪異が現れればこれを討つまでだが、グラッドストンは脅威のレベルが違うだろう。さて……どうしたものかな」
一同しばらく沈黙する。やがてセオドリックが言った。
「いずれにしても、奴の動きを待つしかあるまい。後手に回るのは本意ではないが、我々にも手の打ちようがないからな」
「残念です」ヴィクターは零した。
「息子よ、焦って短慮な真似はするでないぞ。グラッドストンは怪物だ」
「はい……」
ヴィクターはお辞儀した。
セオドリックはその場から離れた。
「やはり打つ手なしか」
ヴィクターは言って、肩を落とした。レイノルズは口を開いた。
「陛下のお言葉通りです殿下。無茶はなさいますな。ことあらば、私にもお知らせ下さい」
「それは無論だレイノルズ」
「あなた、本当ですよ」
シャーロットも夫を気遣う。
「俺はまだ恵まれているな。こうして、言葉をかけてくれる人々がいる」
ヴィクター・グリフィスは、己を納得させるように言って、話題を転じることにした。




