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第二十九話

 南部のソーンヒル家におていも、決戦の時が迫っていた。ヴァイオレット夫人は慣例に倣って諸将を集め、軍議を開いた。これにはブライアンとコーディも参加していた。


「みんなご苦労様。ウィリアムズ家が北部を平定したのは知っているわね? そこでと言うわけではないけれど、我が家もクィントン家との最終対決に出るわ。ガーランド」


「はっ」


 ヴァイオレット夫人の指名を受けて、ガーランド騎士団長が頷いた。


「皆さま、いよいよ決戦の時だ。もはや語るべきことは何もありますまい。我々は全軍を以てクィントンを叩く」


 諸将が頷くと、ガーランドは言った。


「では陣容を発表する。中央は私が指揮を執る。麾下にエーメリー伯爵、キンバリー伯爵、ブレイン伯爵、キャロウ伯爵、フェネリー伯爵。右翼指揮官にアーヴィン侯爵、麾下にバックリー伯爵、ロートン伯爵、カルヴァート伯爵。左翼指揮官にリデル侯爵、麾下にオブライエン伯爵、ミアー伯爵、レンフィールド伯爵。以上である。諸将異論はありますかな」


 一同沈黙を以て同意の意志を示す。


「では、各員出兵の支度に取り掛かって頂こう。よろしく」


 ガーランドは言った。最後にヴァイオレット夫人が言葉を投げる。


「相手も恐らく一歩も引かない構えでしょう。死線を越えて襲い掛かってくるわ。みんな、生きて帰るのよ」


「ははっ」


 一同敬礼を以て応えると、慌ただしく出て言った。


 ガーランドは二人の公子に言葉をかけた。


「ブライアン様、コーディ様、では参りましょうか」


「ああ」


「いよいよだね」


「お二人を生きて帰すのも私の役目。前進には注意をして頂きたい」


 ガーランドの言葉に二人とも頷く。


「では我らも参るとしましょう。南部最後の戦に」


 三人は出て行った。ヴァイオレット夫人は、胸の内で息子たちの無事を祈るのだった。

 ソーンヒル家は五十万の大軍でクィントン侯爵領に侵入した。すでに侯爵軍も動き始めており、その兵力は三十万を越えるほどであった。やがて騎兵スクリーニングによって敵軍の位置が判明すると、ソーンヒル軍は道中のキャンプの最中に諸将で戦場を確認する。


「どうやら戦場はイズルマイア平原になりそうだな」


 リデル侯爵が言うと、アーヴィン侯爵が応じた。


「三十万か……敵も全軍で出てきたか」


「当日の敵の布陣にもよりますが、我が軍としては両翼を伸ばしつつ中央突破が理想だが」


 ガーランドの言葉にリデル侯爵もアーヴィン侯爵も唸った。

 それから三日後、大方の予想通り、戦場はイズルマイア平原となった。この野戦に両軍は向き合い対峙した。


 敵の布陣は三角形の先端がソーンヒル軍を向いており、突撃隊形であった。これには諸将も驚いた。


「これは……クィントンは一か八かの賭けに出たな」


「全くだ。我が方の中央を突破する気か」


「我々は中央が最も厚い。そこで受け止めている間に敵を包囲してしまえばよかろう」


 ソーンヒル軍の誰もがクィントンの作戦は失敗終わるだろうと思った。


「だがこちらも受け身に回ってはまずい。敵の先手を打ち、中央突破を許すことなく、正面から敵を粉砕する」


「まさに」


「その通りだ」


 かくして、ソーンヒル軍は速やかに攻勢に出ることにした。敵の奇策を封じるためにも主導権を渡すわけにはいかなかった。


 ガーランドは全軍に突撃を命じる。ソーンヒル軍の騎士たちは雄たけびを上げて突進する。


 そこでクィントン軍も動き出し、何とソーンヒル軍の右翼に向かって全兵力を突撃させてきた。


「そういうことか」


 ガーランドは敵の意図を見抜き、右翼のアーヴィン侯爵に伝令を出し、そちらで敵を受け止める間に中央と左翼が旋回して敵の側面を突くと伝える。ガーランドはリデル侯爵にも連絡を送る。


 クィントン軍が迫りくる。


「敵の攻勢に一時の間耐えれば良い! すぐに味方が敵の側面から後方を突く!」


 アーヴィン侯爵は右翼の全軍に伝達する。


 そして、クィントン軍の突進がソーンヒル軍の右翼に激突した。果たして、ソーンヒル軍は鉄壁となって立ち塞がった。クィントン軍は後からやってくる騎士たちが詰まって戦線は混乱をきた。


 ブライアンとコーディは中央部隊にあって、右旋回してクィントン軍の側面に突進していく。


「そうたやすく我々の陣を突破できると思ったか!」


 ブライアンは突進していく。敵の姿がいよいよ大きくなってくる。


「行くぞおおおおおお!」


 コーディも叫んで戦場に飛び込んだ。


 ソーンヒル軍の中央と左翼が時計回りに回って、クィントン軍の側背を突く。


 迫りくるソーンヒル軍にクィントン軍はますます混乱していた。反転する者もいれば前進する者もいて、戦闘隊形はばらばらに崩れていた。


 そして遂にソーンヒル軍中央と左翼がクィントン軍に激突する。


 ブライアンは最初の一撃で敵の首を刎ね飛ばした。続く相手の腕を切り飛ばし、さらに新たな敵と十合打ち合いその頭部を撃砕した。


 コーディも奮戦の中にある。最初の敵の頭部を破壊し、続く相手を袈裟斬りで敵の肩から胸当てを砕き、混乱する敵を次々と討ち取っていく。


「クィントンは賭けに失敗したな」


 ブライアンは確信していた。敵は組織的な抵抗をもはや失っており、完全に指揮系統も崩壊していた。


 ソーンヒル軍はあっという間にクィントン軍を後方から包囲していく。包囲の輪が完成するのも時間の問題であった。クィントン軍の騎士はみる間に戦闘可能な兵員を減らしていき、戦線を維持するのも困難な状況であった。


 やがてそうするうちにソーンヒル軍はクィントン軍をほぼ包囲した。


 それでも、指揮系統が崩壊しても一人一人の士気は高いのか、クィントン軍の騎士たちはばらばらな動きではあるが、前進してくる。


 さすがにガーランドはこれまでであろうと、降伏を勧告する。騎士団長が剣を突き出すと、ソーンヒル軍の騎士たちが全員、包囲下のクィントン軍に向かって一斉に剣を持ち上げた。


 クィントン軍の騎士たちがこの整然とした包囲の輪の中にあって全員凍り付いたように固まった。


 ガーランドは言った。


「クィントン侯爵はおらぬか! もはや勝敗の優劣は明らか! 私は騎士団長ガーランド! ソーンヒル公爵夫人ヴァイオレットから全権を預かる者だ! いさぎよく我らが軍門に下れよ!」


 静寂が支配した。


 ブライアンもコーディもこの静寂を見守っていた。


 そうして、ややあって、一人の屈強な男が進み出て来た。白金色の胸当てと肩当をしている。


「ガーランド騎士団長と言ったか。私はクィントン侯爵。卿の降伏勧告、受けれ入れるとしよう。どうやらこの辺りが限界であったようだ。奇策も見事に打ち砕かれた。完敗だ」


「侯爵。では敗北をお認めになりますな?」


「ああ。認めよう」


「よろしい。それではクィントン家の都まで案内して頂こう。そこで降伏の合意文書にサインし、広く民にもこのことを知らしめたい」


「了解した」


 クィントン侯爵は、心中はともかく、冷静にガーランドの言葉を聞いていた。


 そして戦は集結し、全軍はクィントン侯爵の都へ向かった。


 都はアラソネアには比べるべくもないが豊かなものであった。民はクィントン侯爵の敗北を知って怯えていたが、ガーランドがすぐさま全軍に略奪などの行為を一切禁止するとの触れを出し、民を安心させた。


 そうして、宮廷でガーランドとクィントン侯爵との間で正式に合意文書にサインが交わされた。ここに、クィントン家はソーンヒル家に屈服し、その属領となることが明文化された。クィントン侯爵はアラソネアへの出仕を命じられ、ガーランドはリデル侯爵と千人程度の騎士を残し、凱旋帰還の途に着いた。こうして、戦は終わった。

 ブライアンは妻のアンジェリアと娘のクレアのもとへ帰還した。二人はキスを交わすと、アンジェリアは「お帰りなさい」と夫を出迎えた。


「パパ、お帰り」アンジェリアも言った。


「まあ、クレア、きちんと挨拶が出来るのね」


 アンジェリアは愛娘を優しく撫でた。


「ママも、お帰り?」クレアは言った。


「ほら、クレア。パパにも抱っこさせてくれ」


 ブライアンも二十二歳になっている。クレアは嬉しそうにブライアンにじゃれついた。


「今回はなかなかの戦いだったよ。無事に帰ることが出来て良かった」


 ブライアンが言うと、アンジェリアは微かに涙を潤ませた。


 またコーディも妻のクリスタルのもとへ帰還する。


「クリスタル! パトリック! ただいま!」


「お帰りなさいませ、コーディ様」


 クリスタルは微笑んでいた。


 パトリックは嬉しそうにキャッキャと言ってクリスタルの腕の中で手を振った。


「パパ? お帰り?」


「そうだよパトリック。パパはお帰りだよ」


 コーディはクリスタルにキスしてからパトリックを抱き上げた。コーディも二十一歳となり、顔つきも随分と精悍になった。


 オーガスト侯爵はクリスティーナのもとへ向かった。


「今帰ったよクリスティーナ、フランシス」


「あなた、無事で何より。今回の戦は激しかったそうね。心配したわ」


「はは。どうやらまだ私の順番ではないみたいだね」


 それからオーガストはクリスティーナにキスをして、フランシスを抱っこした。


「パパ、大好き」


 フランシスは嬉しそうにオーガストの金髪を引っ張った。


「フランシス、大きくなったなあ」


 オーガストはフランシスを高い高いして、少し子供とじゃれ合った。


 ソーンヒル家の幼い命はみな健康に育っており、それは若い父や母にとって至上の幸福であった。そして、ヴァイオレット夫人にとっても同じくである。

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