第二十八話
その帰路である。ある村に立ち寄った兵站部の兵士が顔面蒼白でベネディクトのもとへ駆けこんできた。
「閣下! 閣下! 一大事です! 化け物が……化け物が村を徘徊しています! みな食い殺されてしまいました!」
「何を言っている? 落ち着け」
ベネディクトは兵士を落ち着かせようとしたが、兵士はとにかく村へ騎士を伴って来て欲しいと言って譲らなかった。
ベネディクトは要領を得ないまま、クリストファーも伴って十数名の騎士たちとともに村に向かった。
そこで、ベネディクトは村の光景に衝撃を受けた。全員同様である。村人たちが惨殺されていたのである。しかもその傷跡と言ったら、獣にでも食い破られたような無残な者であった。
「これだけではありません、閣下。化け物が……」
兵士は言ってそれを目撃する。
ばらばらと現れたのは人、だった者たちだ。全員四つん這いで歩いていて、白目を剥いており、口許は血まみれであった。
シャアアアアアアア……シャアアアアアアアアアア!
ゾンビたちは四つん這いとは思えぬ動きでアクロバットに飛び跳ねながら襲い掛かってきた。
「何だ!? こいつら!」
クリストファーは剣を抜いた。全員も剣を抜いた。
ガアアアアアアアアアアアアア!
飛び掛かってくるゾンビの頭部を、クリストファーは一撃で破壊した。
「父上!」
「心配はいらぬ! このような怪異!」
ベネディクトもゾンビを切り捨てる。他の騎士たちもゾンビを叩き伏せ、切り殺した。
しかし真っ二つになったゾンビがまだ動いてくる。騎士たちは馬から降りてゾンビの頭部を破壊した。
だがまだ悪夢は終わらなかった。さらに多数のゾンビがばらばらとやってくる。
「者ども! 頭だ! 頭を潰せ!」
このような怪異に後れを取る騎士たちではない。馬から降りると、ゾンビの群れに突進し、次々と怪物たちを殺していく。
クリストファーもゾンビを葬り去っていく。十体は倒したであろうか。
やがて、静寂が訪れ、ゾンビの襲撃は終わった。一同は惨劇の村を見て回り、家の中も確認した。
そこで、一同の前に黒衣の魔導士が姿を見せた。魔導士は深紅の双眸でクリストファーらを見やる。全員金縛りにあったように背中に稲妻が走ったような感覚を覚える。危険だ。一同察して剣を構えた。
「まさか……」ベネディクトはヴァイオレット夫人からの手紙を思い出していた。「貴様……黒衣の魔導士、ザカリー・グラッドストンか……!」
「こいつが……!?」
クリストファーは驚愕した。夫人の手紙を深刻に受け止めていなかったのだが……。
騎士の一人が雄たけびを上げてザカリーに突撃した。
「おい待て!」クリストファーは静止したが間に合わなかった。
騎士は万力を込めて剣を振り下ろした。がしっ、と、ザカリーは素手で剣を受け止めた。そして騎士ごと剣を持ち上げると、無造作にクリストファーらに向かって投げつけた。
「……無力よな、人間たちよ……はははははは……」
ザカリーはざらついた笑声を上げると、黒い霞となって姿を消した。
一同茫然としていた。百戦錬磨の勇士たちが、震えていた。
「あれが……ザカリー・グラッドストン……」
クリストファーは冷や汗が噴き出してくるのを感じた。
「ヴァイオレットが言ったことは本当だったのか」
ベネディクトは言って、立ち上がった。
「この件については情報が少なすぎる。ヴァイオレットともう一度連絡をとらねば……」
いずれにしても今彼らにできることはない。万が一復活しないように死体を焼いて、ベネディクトらは村を後にした。
ファレンイストへ帰還したクリストファーはブリジットのもとへ戻ってきた。妻とキスを交わすと、クリストファーは子供たちを抱き上げた。
「クリストファー、無事で良かった」
「はは。そう簡単にはくたばらないさ」
「それでね、クリストファー、実は……」
「どうしたんだ?」
「三人目が出来たみたいなの」
「ええええっ!?」
クリストファーは仰天して、「さ、三人目って、赤子が……?」
ブリジットは頬を赤らめて頷いた。
「凄いじゃないか! やったな! ブリジット!」
「喜んでくれる?」
「もちろんだよ!」
クリストファーはブリジットの頬にキスした。
「父上と母上にも報告に行こう」
「ええ」
ブリジットは微笑んで頷いた。
二人はベネディクトとカーラのもとを訪問した。ブリジットが三人目を解任したとの報告は二人を驚かせ、喜ばせた。そしてそれは都にも触れが出され、民衆もこのおめでたを喜んで祝い合った。フリートウッド家の一年は、こうして過ぎ去ろうとしていた。




