第二十六話
秋。
ウィリアムズ家ではエイブラハムが次なる出兵の支度を整えるように諸将に命じていたが、そんな中で嬉しいニュースが飛び込んできた。
エヴァンはエステルの下を訪問し、その知らせをきいた。
「エヴァン、私ね、出来ちゃったみたいなの」
「出来た? 何が?」
エヴァンは頬を赤くするエステルに問うた。
「分からないの? 鈍いわね」
「鈍いって……まさか……子供?」
「そうよ」
「いや……!」
エヴァンはしばし言葉を失った。
「やったああああああああああ!」
エヴァンはエステルを抱きしめた。
「やったねエステル!」
「エヴァン……そんなきつく抱きしめないで。痛いわ」
「あ、ごめんごめん」
エヴァンはエステルを放した。
「良かった。父上と母上に報告に行こう。すぐに」
「ええ……」
エステルは恥ずかしそうに頷いた。
それからエヴァンとエステルは宮廷に向かい、エイブラハムとセシリアの下を訪れた。懐妊の報告を受けたエイブラハムは喜色満面であった。
「そうかそうか! ついに出来たか! いやめでたい! よくやったエステル!」
セシリアも微笑んでいた。
「おめでとうエステル。正直言って、こんなに早く出来るなんて思ってもみなかったわ。私もお婆さんになるのね」
「ありがとうございます」
エステルがお辞儀すると、エヴァンは微笑んで妻の腕をそっと抱き寄せた。
「エヴァン、おめでとう」
エイブラハムは息子に賛辞を送った。
「ありがとうございます」
そうして、二人はエイブラハムとセシリアの下を辞した。
「これはもう戦で死ぬわけにはいかないな」
エヴァンが言うと、セシリアはびっくりした様子であった。
「もう、縁起でもないことを言わないで」
「ごめんごめん。俺は死なないよ。安心してエステル。俺はもう一人じゃないんだ」
「エヴァン……気を付けて」
「ああ」
エヴァンはエステルを抱き寄せるとキスをした。
そうして、ウィリアムズ家は北部平定をかけた決戦に臨むことになる。メイナード侯爵は言うまでもなく北部第二位の強敵である。侯爵のもとには大きな兵力と有為の人材が揃っている。
エイブラハムは三十万の兵力を率いて侯爵領に進軍した。対するメイナード軍も三十万の兵力を以て迎撃に出てきた。これはメイナード軍の全軍に相当する。
エイブラハムはグラドベルムにいるマレット侯爵に予備兵力から二十万を率いて進発する様に連絡する。ウィリアムズ軍はこれを受けて五十万余の大兵力を整えた。これはほぼ全軍に相当する。エイブラハムはこの一戦に躊躇することなく全軍を投入したのであった。
十月五日、両軍はバレリバレウム平原にて相まみえることになる。
「マレット、オルコット、キャラハン、卿らは二十万を以て敵の左翼側面を突け。アルダーソン、ベルナップ、ブランドン騎士団長、卿らは敵右翼へ向かえ。コッド、ハント、マリガン、スコットニー、ファーバー、卿らは私とともに敵正面を突く。今日と言う日を勝利で収めなくてはこれまでの戦果は何の意味もない。しかし一日で決着がつかなければ明日以降も戦になろう。全員その点を頭に入れておけ。無駄な兵の損耗は避けよ」
一同敬礼を以て応える。かくして。ウィリアムズ軍は攻撃を開始した。
エヴァンはエイブラハムとともに主力部隊にあり、突撃に備えていた。ほどなくして、父エイブラハムが全軍の前に出て声を張り上げた。
「北部平定の最後の戦である! みなよくここまで戦ってくれた! しかし今日敗北すれば全ては無に帰す! 無論そんなことは微塵も心にもない! 我々は勝つためにここに来た! 今日までの戦同様、我々は勝利を収めるであろう! ウィリアムズ家に軍神の加護があらんことを! 行くぞ者ども! 全軍突撃を開始せよ!」
全軍から雄たけびが上がる。そして軍馬が怒涛となって突進する。
マレットらは右から旋回して敵の左翼を突く。ブランドン騎士団長らは約十万で敵の右翼に向かい、残る伯爵らはエイブラハムとともに敵の中央を突破せんと加速する。エヴァンも父とともにあった。
しかしメイナード侯爵も果敢に攻め寄せてくる。
大軍の突撃と突撃がバレリバレウムの野で激突する。
エヴァンは最初から敵と打ち合うことになる。十合にわたって打ち合うも勝敗はつかず、互いに乱戦の中別れてしまった。エヴァンはさらに別の騎士と激しい戦闘の末にこれを討ち取る。さらに一人を討ち取り、いったん後退するも、敵の攻勢激しく、すぐに戦線復帰することになる。
エヴァンは目の前の敵に集中するのに精いっぱいだった。敵の攻勢は予想以上に勢いがあり、これを突破するのは困難に思われた。しかし、そここでマレット侯爵ら別動隊が敵の左翼を突破し中央に攻勢に転じる。これを受けたウィリアムズ軍は中央で全軍更に攻勢に出る。一人一人の騎士が全力で攻勢に転じ、それは敵陣を突き崩す波涛となる。エヴァンもその中にあり、「いけるぞ!」と勢い気力を振り絞って攻勢に出る。メイナード軍は必死である。戦線崩壊の危機に直面しており、全軍でウィリアムズ軍を押し返そうとする。
「敵もどうして、しぶとい!」
エヴァンは敵騎士の頭部を撃砕して血を浴びた。すでに防具は血まみれだ。何人殺したか分からない。
「行けえええええええええ!」
エヴァンは咆哮して、前に前に出る。全軍も出る。前に前に。
そして遂にウィリアムズ軍はメイナード軍の中央を突破する。突破した中央の部隊は左右に分かれ分断された敵を包囲せんと動き出す。
しかし完全な包囲下を敷くには苦戦を強いられる。メイナード軍は精強であった。包囲下にあってなお一点突破を図って離脱しようとする。
さしものウィリアムズ軍も持ち堪えることが出来ず、包囲の輪が崩れる。メイナード軍はそこから包囲を抜け出していく。
エヴァンは窮鼠と化した敵軍に無理に道を塞ぐことはせず、道を開けて後退した。
ウィリアムズ軍は一時後退し、包囲の輪からメイナード軍を逃がした。
すでにメイナード軍の損害は四割近くに達しており、いまだ一割にも満たぬ損害しか出していないウィリアムズ軍とは歴然の差があった。
戦の角笛が鳴る。エイブラハムはいったん全軍を後退させ、陣形を整えた。
その間にメイナード軍も一応の戦列を整えたが、すでに勝敗の行方は明らかであった。
エイブラハムは降伏の使者をメイナード軍に送った。まつこと一時間ほど。
白旗を掲げたメイナード侯爵が部下を伴って敵陣から出てきた。
エイブラハムも部下を伴い陣から出て、これを迎えた。エヴァンも同席した。
エイブラハムは「ブルース」と、メイナード侯爵のファーストネームを呼んだ。
「エイブラハム、か……」
「最後にお前と戦うことになろうとはな」
「陛下にともに仕えていたころが懐かしいな」
「感傷に浸ってはいられない。どうだ。降伏を受け入れる気になったか」
メイナード侯爵は思案顔で頷いた。
「ああ……。どうやらこの辺りが我が軍の限界のようだ。降伏を受け入れよう」
「では、早速だが、すでに合意文書は用意してある。我々の陣に来てもらおう。サインを交わして、降伏を正式なものとする」
「分かった」
そうして、エイブラハムとメイナード侯爵はウィリアムズ軍の陣中で降伏の合意文書にサインをした。
エイブラハムは言った。
「メイナード、では今日より卿にはウィリアムズ家の家臣となってもらう。領土は安堵しよう。部下にも寛大な処遇を約束する」
「承知致しました。公爵閣下」
メイナード侯爵は頭を下げた。
「よろしい。では戦はこれまでだ。メイナード、我が家に忠誠を尽くせよ」
「はっ」
かくして北部平定の軍配はウィリアムズ家に上がった。エイブラハム・ウィリアムズは、北部全域を支配下に置くことになる。
ウィリアムズ家が北部を平定したことは直ちに大陸全土に伝わり、それは他家にとっても各地においての最終決戦を意味していた。




