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第二十四話

 都では市民たちが不安そうな表情を浮かべていたが、侯爵が降伏して戦が終わったことが告げられると、みな安堵した。


 医師や看護師を呼んで負傷兵の手当てに当たらせると、市民のボランティアもやってきた。


 ガーランドは幾名かの部下を伴って侯爵の宮殿に向かった。ブライアンとコーディも同行した。降伏の合意文書を取り交わすつもりであったが、そこで異変に遭遇する。


 宮殿の中に入ると、あちらこちらに使用人の死体が転がっていた。


「これは……一体何事が」


 ウォッシュボーン侯爵は驚愕していた。


 ブライアンは剣を抜いて死体に近寄った。その傷跡は何かに食い破られたようであった。


 と、ガアアアアアアアアアアアアアアアアア! と死体が跳ねてブライアンに襲い掛かってきた。


「公子様!」


 ガーランドが叫んだ。


 ブライアンは一瞬遅れたものの、ゾンビを真っ二つに切った。しかし体は震えていた。


「おい、侯爵、これは一体いかなることか」


 ブライアンは怒気をはらんだ声で言った。


「私にも分からぬ。しかも死体が動くなど……」


「どうなってるんだ?」


 コーディも問うたが、誰も答えを持っていなかった。今のは果たして現実なのか? こんな化け物が……。百戦錬磨の猛者たちのうなじがぴりぴりしている。何かが変だ、と本能が告げている。


 さらに奥へ進むと、通路からゆらゆらと生気を失った血まみれのゾンビたちが姿を見せる。ゾンビたちは一同を認めると、突如として加速し、四つん這いで廊下を疾駆してきた。


 全員剣を抜く。


 ギャオアアアアアアアアアアア! シャアアアアアアアアアアアア!


 ゾンビたちは廊下をアクロバットに天井や壁を蹴って襲い来る。


 ブライアンたちはゾンビらを切り伏せていく。胴体を両断されても頭部が生き残っているゾンビは這い寄ってくる。コーディはゾンビの頭を剣で打ち砕いた。


「おい! どうなってる! ウォッシュボーン侯爵!」


「だから分からぬと言っておろう! このような怪異、戦に出る前にはこんな事態は無かった。私の家族は……!」


 ウォッシュボーン侯爵は走り出した。


「待て侯爵! 一人で行くのは危険だ!」


 ガーランドがすんでのところで腕をつかんだ。


 一同守りを固めつつ前進していく。


 そうして、侯爵は家族の亡骸と対面する。リビングで妻も子供も食い殺されていた。


「そんな……そんな……」


 幸いなことにゾンビ化はしていなかった。


 そこで、悲鳴が聞こえてきた。侯爵を置いて、全員声がした方に駆け出した。廊下を走って、幾つかの角を曲がったところで、彼らはあのアンデッドを目撃する。


 黒衣の魔導士ザカリー・グラッドストンは、メイドの首を掴んで持ち上げていた。ザカリーが掴んでいる個所から、黒いあざがメイドの体に広がっていく。そして、ザカリーが首を放すと、メイドは四つん這いになって白目をむき、奇声を発した。ゾンビ化を目撃した一同は、背筋が凍り付きそうだった。そしてザカリーの深紅の双眸が勇者たちを恐怖させた。


「何者だ!」


 ブライアンは一歩踏み出した。


「ほう……まだこの件も伝わってはいないのだな、人間よ。ふふふ……はははははは……」


 ザカリーが合図すると、メイドであった女はゾンビとなって突進してきた。ブライアンは躊躇することなくゾンビの頭部を撃砕した。


「おい貴様! ……!?」


「あはははははは……」ザカリーはざらついた笑声を残して、黒い霞となって消滅した。


 一同は茫然としていた。


「今のは……? 何?」


 コーディは周囲の者に問うた。ソーンヒル軍の騎士も、ウォッシュボーン軍の貴族たちも、誰も答えを持っていなかった。


「どうなってる? あんなものがこの世に存在するのか? 超能力か魔法か?」


「信じられん……」


 ガーランドもうめくように言った。


「母上に知らせねば」


 ブライアンは言った。


 結局合意文書どころではなくなってしまった。


 ウォッシュボーン侯爵は間もなく立ち直った。ガーランドはありのままを伝えたが、侯爵はにわかに信じ難い様子であった。しかし部下の貴族の言葉を聞いて、ようやく事実を受け入れた。


 ガーランドは念のため千名ほどの騎士を残し、ブレイン伯爵にウォッシュボーン侯爵領の統治を一任すると、全軍を率いてアラソネアに帰還する。



「何ですって?」


 ソーンヒル公爵夫人ヴァイオレットは、ガーランドと息子たちからの報告を受けて驚愕した。


「ザカリー・グラッドストンが南部にも来たのね」


「え? 母上は何事かご存知なのですか?」


「まあね。各地で発生している怪異の類の事件をフランクに調べさせていたのよ。だからゾンビが発生していることは知っているわ」


「ザカリー・グラッドストン……どこかで聞いた名ですな」


 ガーランドが言った。ヴァイオレットは応えた。


「お伽噺よ。小さい頃に誰でも読んでいるはずよ。悪の魔法使いの話をね」


「そうだ。思い出した」ブライアンは言った。「有名ですよね。悪の魔法使いを退治する七人の英雄の話」


「でも……あれって、事実なんですか? ちょっと信じられないな」


 コーディが言った。


 ヴァイオレットは頷いた。


「お伽噺は脚色されているけど、どうやらグラッドストンのことは事実よ。昨今大陸の各地でゾンビの発生事件が何件か起きているの。その首謀者がザカリー・グラッドストンであることは分かっているのよ」


「大陸各地と母上は言われましたが、この件で他家と情報を共有しているのですか?」


 ブライアンが言った。ヴァイオレットは首を振った。


「現時点では共有はしていないわ。ザカリーの件はあるとしても、今の大陸の情勢は分かっているでしょう? 誰もが天下統一に向けて戦が行われているのだから。いつどこで現れるか分からないザカリーの優先度は低いの」


「事情は分かりました」ガーランドは言った。「今後は怪異の類について、将兵の間で情報を共有させて頂きます」


「それが良いでしょうね。その件は現場の判断に任せるわ」


 そうして、ガーランドはその場を辞した。


 ブライアンとコーディはまだ母に言った。


「その……ザカリー・グラッドストンですが、本当に魔術の使い手であるようで、人間をゾンビに変えたり、霞となって姿を消し去ったり、とてもではありませんがまともに太刀打ちできる相手とは思いません」


「私も兄上の言葉に賛同します。かの魔導士……向き合っただけで分かります。あのプレッシャーは、普通じゃない」


「あの魔導士を殺す方法はあるのですか?」


 ブライアンが問うと、ヴァイオレットは「それはまだ分からないわ」と応じた。


「お伽噺では、七人の英雄が神様から授かった七つの武器でザカリーを滅ぼしたとありますが、もしかしてそれも真実なのかも」


 コーディは言った。ヴァイオレットは肩をすくめた。


「何にしても、南部でも目撃されたのだから、この件に関しては何らかの手を打つ必要がありそうね……」


 ヴァイオレットは肘掛けを人差し指でコツコツと叩いた。


 それからブライアンとコーディもヴァイオレットの前を辞した。


 ザカリー・グラッドストンは今のところ大災害の如き災いとはなっていない。だが、どこかでこの魔物を討たねばなるまいと、二人とも心中に思うのだった。

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