第二十三話
南部のソーンヒル家の主であるヴァイオレット夫人は、ウィリアムズ家がブロドリック侯爵を下した件を受けて、自身の南部のライバルである二つの侯爵との決戦を心に決める。ヴァイオレットは諸将を集めて軍議を開き、クィントン侯爵とウォッシュボーン侯爵のうち、ウォッシュボーンとの対決を諸将に告げる。
「皆も知っての通り、クィントンとウォッシュボーンを天秤にかければ、自ずと答えは出るわ。先に戦うならば兵力と人材面からみてもウォッシュボーン家になるでしょう」
そこでガーランド騎士団長が口を開いた。
「今公爵夫人が仰ったように、先に当たるのであればウォッシュボーンがよかろうかと存ずる。その点についてはみな異論ありますまい」
ガーランドはすでに公爵夫人とこの点については話し合っていた。諸将は黙って頷き合った。
「では我が軍の陣容を発表したい。中央本隊は私が指揮を執る。麾下にバックリー伯爵、ブレイン伯爵、キャロウ伯爵、フェネリー伯爵。右翼指揮官にアーヴィン侯爵、麾下にキンバリー伯爵、ロートン伯爵。左翼指揮官にリデル侯爵、麾下にミアー伯爵、レンフィールド伯爵。以上である。名前のない諸将にはクィントンの動きに警戒頂き、本土の守りを固めてもらいたい。何かご意見はおありかな」
諸将は何事が囁き合っていたが、異論を唱える者はいなかった。
「では異論なしと認め、各員直ちに出兵の準備に取り掛かって頂こう」
そしてヴァイオレット夫人が言った。
「ウォッシュボーンに遅れをとることはないでしょう。ただ油断は禁物よ。みな敵を甘く見ないで。百戦錬磨のことだから分かっていると思うけど」
「ははっ」
諸将は敬礼した。そして一同軍事行動の準備に取り掛かる。
ブライアンとコーディはガーランドの中央本隊にいた。ソーンヒル公爵軍は二十万余の大部隊である。二人ともこれほどの大部隊の戦は初めてであった。
「コーディ、死ぬなよ」
「兄上こそ」
兄弟は笑みをこぼした。
「だがまあ、確かにウォッシュボーンに我が軍が負けるわけがない」
ブライアンが言うと、コーディは頷いた。
「敵は十万余。数の上から言っても、また我が軍の練度から言っても、負けはないでしょう。後はみな生き残るかです」
そうしているうちに、斥候の騎兵スクリーニングにウォッシュボーン軍の位置が検知される。
ガーランドは全軍に敵の位置を通達すると、行軍速度を上げた。戦場となるのは恐らくラエルナック平原。
先に平原に到着したソーンヒル公爵軍は行軍縦隊から中央、右翼、左翼に展開し、布陣を終えた。
やがて地平の彼方にウォッシュボーン軍が姿を見せる。そして軍を展開し、布陣を終えると、両軍は向き合った。
ガーランドは諸将を集めると口開いた。
「敵に時間を与える必要はない。このまま策を講じる時間を与える間もなく大軍を以て正面からウォッシュボーンを叩く」
「確かにそれがよかろう」アーヴィン侯爵が言った。「敵は少数。このまま押しつぶすのみだ」
またリデル侯爵も言った。
「ガーランドの意見も尤もだ。少数の敵故に何か策を巡らせて来るやもしれぬ。すぐにでも攻撃を開始して粉砕するべきだろうな」
「両侯爵もこの通り仰っている。みな異論はありませんな」
ガーランドは諸将を見渡し、頷いた。
「ではすぐにでも攻撃態勢に入るとしよう。各自、戦闘隊形をとってもらう。すぐに総攻めの号令を出す」
諸将は持ち場に戻ると、部隊を戦闘隊形に編成する。
ブライアンとコーディは前線部隊にあって、すぐにでも敵と接触することになる。
そしてガーランドが前に進み出ると、騎士団に向かって言った。
「今日この日がウォッシュボーン家最後の日となろう! 敵に死を! だがみなが殉教者を気取ることはない! 生き延びよ! 生きてアラソネアに帰ろう! いざ出陣だ!」
そして戦の角笛が響き渡る。
だがウォッシュボーン軍からも鬨の声が響き渡り、戦の角笛が鳴り響いた。
両軍は時を同じくして前進加速を開始した。
大地を叩く軍馬の蹄。両軍は波涛となって激突した。
ブライアンは最初の一撃で敵騎士の首を刎ね飛ばした。コーディは敵の胴体を胸当ての上から砕いた。
いったん開かれた先端は両軍ともに指揮官の思惑を越えて動き出す。
ブライアンとコーディは激戦の最前線にあって、一人、また一人と敵を葬り去っていく。友軍の士気も上がる。
「公子様に後れを取るな! このまま突破するぞ!」
「おお!」
ソーンヒル軍は沸き立って、ウォッシュボーン軍を押し返していく。
両翼からはアーヴィン侯爵とリデル侯爵が敵軍を半包囲下に置こうと翼部隊を伸ばしていく。
ブライアンとコーディは敵陣を味方とともに切り裂いていく。もう何人殺したかも分からない。十人までは数えた。
そうして、ソーンヒル軍は遂にウォッシュボーン軍の戦列を中央突破した。分断されたウォッシュボーン軍を包囲せんとソーンヒル軍の中央部隊は二手に分かれていく。
ブライアンとコーディは離れ離れになっていったが、互いに勝利を確信していた。
やがてウォッシュボーン軍はほぼ完全に包囲下に置かれてしまう。
「もろいな、この程度か」
ブライアンは言って敵騎士を切り捨てた。コーディのことを探してみたが、近くにはいないようだ。
「まあ大丈夫だろうあいつのことだ」
また、コーディの方でも兄を探していたが、諦めて目前の敵に集中することにする。
「兄上なら必ず生きておいでだろう」
ウォッシュボーン軍の騎士たちが戦意を喪失して次々と降伏していく。
ガーランドが進み出る。
「ウォッシュボーン侯爵はいるか! もはや勝敗は明らか! これ以上の戦は無意味であろう! 降伏されよ!」
戦場に静けさが訪れる。ソーンヒル軍は包囲の輪を崩さぬ。ウォッシュボーン軍の騎士たちは静まり返っていた。
そこで、騎士たちの間を割って、ウォッシュボーン侯爵が姿を見せた。
「ウォッシュボーン侯爵だ。ソーンヒル軍の司令官は誰だ」
ガーランドが前に進み出る。
「私が司令官ガーランドだ。侯爵、降伏を受け入れる気になったか。今なら間に合う。ヴァイオレット公爵夫人は寛大な処遇を約束されるであろう」
「ふむ……」ウォッシュボーン侯爵はしばし考えて、頷いた。「降伏はよかろう。どうあがいたところでこの戦況は覆すのは不可能であろうしな。では全軍に戦の終結を知らせよう」
「よろしい。侯爵はものの分かった御仁のようだ。戦を終わらせよう」
こうして、全軍に停戦の命令が行き渡ると、両軍ともに剣を収めた。ウォッシュボーン軍は二割近い損害を出しており負傷兵を入れると五割に達した。かたやソーンヒル軍は一割にも満たぬ損害であり、勝敗の結果は明らかであった。
両軍は負傷兵の応急手当てを行い、歩けない者は馬に乗せると、ウォッシュボーン侯爵の都へ向かった。




