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第二十一話

 そして春、エイブラハムは主だった家臣らを集め、戦支度を始めるように彼らに言った。


「いよいよ大詰めが近づいている。誰が北方で生き残るか、だ。ブロドリック侯爵、メイナード侯爵、この二家とは激戦が予測される。今更小細工も通用せん。戦場で雌雄を決するしかない。それは先方も承知しているであろう。我々はこの二家に東西から挟まれているわけだが、我が方にはこの二正面に耐えうる兵員を擁している。だが、まずは兵力と人材を見ても、ブロドリック侯爵に当たるべきであろう。本命のメイナードは後に回す」


 アルダーソン伯爵、オルコット侯爵、ベルナップ伯爵、コッド伯爵、ハント伯爵、キャラハン侯爵ら、主だった面々も今回はエイブラハムの言葉に「総力を以て応えましょう」と語るのみであった。彼らも北部戦線での戦いが大詰めであるのは理解しており、今更持論を展開する必要を認めていていなかったようである。エヴァンは軍議の様子を父の隣席で見ており、いよいよか、と緊迫した面持ちであった。


「オルコット、アルダーソン、ベルナップ、卿らは先遣部隊として進発し、戦場の設定をせよ。キャラハン、マレット、汝らは残る者たちとともに残存兵力を統括し、メイナードの動きに注意を払い、本土防衛のため警戒を怠るな。ブランドン、コッド、ハント、マリガン、スコットニー、ファーバー、卿らは私とともに本隊に参加せよ。ではみなに軍神の加護があらんことを! 出陣だ!」


「ははっ!」


 居並ぶ諸将が立ち上がって敬礼する。いよいよ北部決戦の第一幕が開こうとしていた。



 エヴァンはエイブラハムの傍にあって、本隊の本営部隊にあった。ウィリアムズ軍は総兵力二十万余を擁する。先遣部隊からの報告では、ブロドリック侯爵軍は十五万近くで、戦場はコランニア平原となりそうだということである。


「ブロドリックめ、全兵力を動員したと見えるな」


 エイブラハムは唸るように言った。


「いかがなさいますか閣下。今なら予備兵力を呼ぶことも出来ますが」


 ブランドンが言った。


「そうだな。ではグラドベルムにさらに五万の増員を派遣するように伝えよ」


「はっ」


 ブランドンはその場を後にして部下に命令を出しに行った。



 総員二十五万に達したウィリアムズ軍はコランニア平原に展開した。前方にはブロドリック侯爵軍が展開している。


「兵数ではこちらが圧倒している。中央突破で敵を分断し、各個撃破する」


 エイブラハムは言った。誰も異論はない。考えることは同じようだ。


「オルコット、アルダーソン、ベルナップ、ブランドン、コッド、卿らは私ともに分断された敵軍の左翼と中央を包囲殲滅する。ハント、マリガン、スコットニー、ファーバー、卿らは残る右翼の敵勢力を引き付けておけ。中央突破された敵は右翼が少数になるであろう」


「ははっ」


「必勝の策などないが、敵も背水の構えであろう。最後まで手綱を緩めるな」


 エイブラハムは言って、諸将は各自の持ち場に戻異っていく。



 戦の角笛が鳴る。ウィリアムズ軍は動き出した。二十五万のうち、十万余が密集隊形で矢のような突撃陣形を取りブロドリック軍に突撃していく。残る十五万は敵の中央左翼めがけて動き出した。ブロドリック軍はエイブラハムの意図を見抜くことは出来ず、前進加速してきた。



 突撃隊形で激突したウィリアムズ軍はそのまま敵陣を切り裂き、相手の右翼を包囲しにかかる。一方敵陣中央左翼に向かったウィリアムズ軍は分断された相手を包囲しにかかる。ウィリアムズ軍の突破は成功する。

 エヴァンは敵陣左翼にあり、激戦に飛び込んでいった。最初の一撃で敵騎士の首を切り飛ばし、続く相手には打ち合いの末に頭部を兜ごと撃砕した。


「この戦……負けるわけにはいかない」


 敵の勢いも相当なものであり、それは戦場で打ち合って初めて体験した。エヴァンはその中にあって、強靭な精神力で敵に相対する。


「こちらも怯むわけにはいかないのだ!」


 エヴァンは敵を叩き伏せた。


 ブロドリック侯爵軍は頑健であり、これまでとの伯爵軍とは比較にならぬ。その反撃の一撃一撃が重く、ウィリアムズ軍を打ち負かす。


 だが、ウィリアムズ軍はそれ以上の攻撃力で以て敵軍を確実に打ち減らしていく。


 エヴァンもたまそれらを感じており、強力な敵を前に気力を奮い立たせる。一人、また一人と、確実に敵を葬り去っていく。


「敵将と見受ける! その命頂く!」


 敵の隊長クラスであろう。エヴァンの胸当てと肩当や兜の装飾を見て襲い掛かってきた。


「そうはいかん! ブロドリック侯爵軍よ! 劣勢は明らか! 友軍に降伏を勧めよ!」


「何を言うか小童が!」


「ではその小童に向かったことを後悔させてやろう」


 エヴァンは敵隊長騎士に加速する。


 まずは一撃を打ち合う。剣と剣で押し合い、エヴァンが勝る。エヴァンは敵の頭上へ剣を振り下ろした。相手は何とかそれを弾き返す。しかし返す剣の一撃でエヴァンは敵の左肩を打ち砕いた。苦悶の叫びをあげて敵騎士は剣を落とした。


「ここまでだ!」


 エヴァンはさらに敵の右肩も打ち砕いた。


「これで卿は剣も振るえまい。撤退せよ」


「その情けは命取りになるぞ!」


 敵は腰の短剣を抜いて真正面から馬をぶつけてきた。


「愚か者め!」


 エヴァンは剣をスイングして、敵の首を切り飛ばした。


 そこへ更に敵兵が突進してくる。エヴァンは一撃を跳ね返し、返す一撃で敵の腕を砕いた。


 エヴァンはいったん後退した。


 味方は確実に包囲の輪を完成させつつある。右翼の敵を抑えにかかった味方の動きも気なるが、まずは目の前の敵を倒さねばなるまい。


 エヴァンは前線に復帰すると、再び血戦に飛び込んだ。


 ブロドリック軍の士気は高く、簡単には封じ込めることは出来ない。包囲の輪を保つにもこちらは全力を以て、獰猛な獣を抑えるが如き万力が必要であった。


 だが、ついにブロドリック軍にも限界が訪れる。ひたすら全力で抵抗してきた反動は大きく、力尽きていく者たちが続出し、見る間に戦闘可能な兵は減少していく。


 それに引き換え、ウィリアムズ軍はいったん後退して一時の休息を交代で行う余裕があり、その優勢は明らかであった。


 数の上ではまだ戦える兵力は残っていたが、ブロドリック軍は次々と降伏していく。


 そうして、エヴァンも敵兵の降伏を受け入れ捕虜を捕らえていた。


 エイブラハムが最前線に出てきて、ウィリアムズ軍は沸き立った。


 そこへ、何とブロドリック侯爵その人が現れた。


「エイブラハム、久しいな」


「バーニー、敗北を認めに来たか」


 二人はかつて中央の宮廷で顔を合わせたことが何度もある。


 ブロドリック侯爵はややあって応えた。


「私の敗北を認めざるを得んな。エイブラハム、降伏しよう。お前の騎士たちは私が考えていた以上に強く、そしてよくその兵数を揃えたものだ。戦う前に勝敗は決していた」


「お前の選択は間違っていない。部下にも兵にも寛大な処遇を約束しよう。私の覇業に力を貸してもらいたい」


「分かったエイブラハム。ではこれよりは、私はお前の軍門に下ろう」


 そうして、ブロドリック侯爵は降伏した。もう一方の侯爵軍の右翼部隊にも降伏の使者が送られる。エイブラハムも自軍に戦闘終結の伝令を送った。


 エヴァンは父に馬を寄せた。


「終わりましたね」


「うむ。一つの山であった。バーニーはそれなりに有能な男だ。その軍も精強であった」


「残るはメイナード侯爵」


「メイナードも強いが、油断するわけではないが、ブロドリックを平定したからには、少し楽に勝てるかも知れんな。もはや戦力差は明らかだ」


「それを聞いて少し安心しました」


「だが手綱は緩めるわけにはいかん。北部を完全に平定するまではな。まだ群小の伯爵らも残っている。件のグラッドストンのこともあるからな」


「そうでした……」


 エヴァンはザカリー・グラッドストンの名を思い出した。


「ともあれ」エイブラハムは言った。「この戦は想定内に終わった。それについては神にでも感謝せねばなるまい」


「ええ……」


 エヴァンはようやく微かに笑った。


 戦を制したウィリアムズ軍は、ブロドリック侯爵領に一部の兵を駐屯させ、ひとまずグラドベルムに帰還した。激戦であった。



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