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第十九話

 グラドベルムに帰還したエイブラハムは数カ月を新たな騎士の登用と訓練に充てた。そして秋、スウィングラー伯爵領への侵攻を企図する。これについては一部反対意見が出たが、ほぼ全員の賛同を得て、エイブラハムは十万余の兵を以て攻撃を決断する。


 伯爵領に入ったところで、ウィリアムズ軍の将兵は違和感を覚える。村や町に人影が見られないのである。


「これは一体どういう事でしょうか? 物資はそのまま放置されています。焦土作戦でもあるまいし」


 ブランドンはエイブラハムに問うた。


「うむ……」


 エイブラハムには嫌な予感がしていた。


 そうして、数日後、野営を張っていたある日の夜。


 巡回の兵は異変を察知した。松明の明かりに照らし出されたのは、ゆらゆらと歩きながらやってくる一般人の集団であった。衣服からして民間人と判断したのだが、兵士はそれがゾンビであることは夢にも思わなかった。


 ゾンビの一体が加速して兵士に襲い掛かった。ゾンビは二体、三体と兵士に取りつき、無理やり兜を外すと、兵士の首を食い破った。兵士の絶叫が夜の陣中に響く。


 何事かと目を覚ました兵士たちは、ゾンビの大軍がゆらゆらと自陣に入ってくるのを確認し、剣を抜いた。


 エイブラハムもエヴァンもゾンビの群れを確認した。エイブラハムは叫んだ。


「こやつらは怪異の類だ! 全員容赦はいらぬ! 切り捨てよ!」


 兵士たちはエイブラハムの言葉で目を覚ましたようにゾンビに切りかかった。


「怪異?」


 エヴァンは何事かと思ったが、とにかくこの怪物どもを片付けなくてはならないだろうと立ち向かった。


 ゾンビは獣のように四つん這いで高速で駆けてくると、アクロバットな動きで宙に舞い上がった。エヴァンはその動きを見切ってゾンビを真っ二つに切り裂いた。しかしゾンビはそれだけでは死なない。上半身は腕を伸ばしてエヴァンの足元に噛みついた。


「な、何だこいつ!?」


 エヴァンは剣でゾンビの頭部を破壊した。ようやくゾンビの動きは止まった。


 この恐怖の夜襲は数時間続いた。ゾンビを全て倒したウィリアムズ軍は疲労困憊していた。エイブラハムは将兵を集めると、昨今巷で噂になっている、知っている人は知っている怪異の事件について語った。そしてザカリー・グラッドストンの名を出した。


「……というわけだ。この戦乱に乗じて、グラッドストンは世を混迷に陥れようとしている。このような黒衣の魔導士に誑かされてはいかん。我々は為すべきことを為すまでだ。無論、グラッドストンと出会ったならば、これを討つ」


 マレット侯爵が言った。


「ザカリー・グラッドストンは何世紀も前に封印されたと……伝説では」


「そうだ。私もにわかには信じられなかったが、今ゾンビを見て、信じるに至った。奴は復活したのだ」


「では、スウィングラー伯爵家は無事でしょうか?」


「分からん。とにかく、先へ進んでみるしかないだろう」


 そうして、疲れ果てた将兵は睡眠を朝の十時ごろまで取って、出立した。


 斥候の騎兵スクリーニングに伯爵軍の存在が検知されたのは、午後も半ばに入ってからだった。その数五万弱。


 エイブラハムは降伏勧告の使者を送った。しかししばらくして、スウィングラー軍から騎士がやってきて、使者の首を投げてよこした。


 ウィリアムズ軍から怒りの声が上がった。


「閣下、あのような蛮人スウィングラー、情けは無用でしょう。総攻めで一息に滅ぼしてしまいましょう」


 ブランドンは主君に進言した。


「うむ……」


 エイブラハムは思案顔だった。ブランドンは眉をひそめた。


「何か心配事でも?」


「グラッドストンが関わっているなら、何かあるのではないかとな」


「……ですが、いずれにしても攻めるしかありますまい」


「そうだな」エイブラハムは軽く首を振って吐息した。全軍の前に出る。「勇敢なる兵士たちよ! グラッドストンのことはひとまず置き、目の前の蛮族どもを倒すことに全力を傾けよう! 今こそスウィングラーの頭上に天罰を下さん!」


 エイブラハムが言うと、全軍から雄叫びが上がった。


 スウィングラーの頭上に天罰を! 死を!


「全軍突撃!」


 そしてウィリアムズ軍は総攻撃に転じた。


 エヴァンも陣頭にあって、勝利を確信していた。グラッドストンの件はひとまず置くしかないのだろうが、それにしても使者を殺すなど、スウィングラーの蛮行は許し難い。


 そして意外なことにスウィングラー軍も全軍突撃してきた。


「愚かな……死ぬ気か」


 エヴァンは剣を構えると、最初の激突で敵の騎士の首を刎ね飛ばした。続く相手とは十合打ち合い、これも叩き伏せた。


 伯爵軍は見る間に兵力を損耗していく。これでは勝負にならぬ。しかし、伯爵軍はひたすら前進してくる。


「一体どうなっているんだ? こいつら……」


 エヴァンは敵騎士と打ち合い、その異様な瞳に気付いた。白目をむいているのだ。


「おい! なぜ降伏せぬ! 全員死ぬ気か!」


「ぐぐぐぐ……があああああ……!」


「な、何だこいつ!?」


「我々は……セイセス・セイセス……がああああ!」


 騎士は咆哮を上げて襲い掛かってくる。


 しかしエヴァンは冷静にその剣を弾き返すと、袈裟切りに一撃を振り下ろした。剣が相手の肩当てと胸当てを砕いて致命の一撃を与えた。


 落馬した敵の騎士は、よろめきながら短刀を抜いてエヴァンに迫る。エヴァンは万力を込めて一撃を繰り出し、兜ごと敵の頭部を粉砕した。


「セイセス・セイセス……?」


 エヴァンは周囲を見渡し、苦戦を強いられている味方の助けに向かった。


 そうして、ようやくウィリアムズ軍はスウィングラー伯爵を包囲下に置くことに成功する。


 エイブラハムは進み出た。


「愚かな行動に出たな伯爵。これでは汝の首を取らざるを得ん」


「好きにするがいい人間よ。我々はセイセス・セイセス……あの方に忠誠を誓った」


「何だと? ザカリー・グラッドストンか?」


「あはははははははは……!」


 伯爵はざらついた声で笑った。エイブラハムに向かって突進する。


 ブランドンがその前に立ち塞がると、騎士団長はスウィングラー伯爵を一撃で馬から吹き飛ばした。


 地面に這いつくばった伯爵は、喀血して、笑声を発し、腰の短剣で自身の首を掻っ切った。スウィングラー伯爵は絶命した。


 残敵もまたざらついた笑声を発して、突撃し、玉砕した。


 斜陽の光が戦場の跡を照らし出す。スウィングラー伯爵軍は累々たる屍を築き、全滅したのであった。


 ウィリアムズ軍はそれから前進し、民からの歓迎を受けた。ゾンビに襲われて恐ろしい目にあったようで、エイブラハムが魔物を討ち取ったことを告げると、人々は感謝した。エイブラハムは部下の貴族らを伯爵領の各地へ送って巡察させると、すでにグラッドストンの影は消え去ったとの報告を受ける。伯爵領の都へ入ると、そこでもまたウィリアムズ軍は歓呼の声で迎えられた。


 だが宮廷は恐ろしいことになっていた。食い殺されたり惨殺された人間の死体があちこちに転がっており、これはグラッドストンの仕業か、或いはゾンビか、セイセス・セイセスとやらの行いか、いずれにせよ判然とはしなかった。


 とにかくもスウィングラー伯爵領を制圧したウィリアムズ家は一応のさらなる勝利に沸き返った。グラッドストンの影が無ければエイブラハムも素直に喜べるところであったが、それによって一抹の不安を残すことになる。



 グラドベルムに帰還したエイブラハムはエヴァンを伴って錬金術師のジェラルドの下を訪れた。あれから何か進展があったかどうか尋ね効く。


「どうやらザカリーは神霊封印と呼ばれる神々の力で封印空間に閉じ込められたようなのですが、その封印も弱体化していたのか、何者かが封印を解いたのか、その辺りは判然としませんな。しかし大きな収穫があります。かつて、ザカリーを封印した七つの神器は、ゴッドマウンテンの神の谷と呼ばれる場所で、人類が神々から授かったと。そしてそのゴッドマウンテンとは中央の王都ライアンウォードのことであり、神の谷はライアンウォードの地下にあると」


「ほう……ではすぐに兵を差し向けよう」


「お待ち下さい。神の谷では確かに神々と交信したという記録が残っていますが、恐らくこちらの都合で押しかけても神は姿を見せないでしょう。それに、神々との交信は危険を伴います。何も知らずに交信を試みたりすれば精神崩壊を引き起こして死んでしまいます。我々の都合でどうにでもなるものでもないのです。ここで言えることは、今はザカリーに対して打つ手はないと言う事です。必要な時が来れば、神々の方から接触がありましょう。それもいつか分かりません。数年以内か、はたまた数十年先か、百年以上先か。全ては時が熟せねばなりません」


「では今はどうしようもないのか」


「左様です閣下」


「ふむ……まあ、その答えは満足できるものではないが……やむを得ん」


 エイブラハムは吐息した。


 そこでエヴァンが言った、


「セイセス・セイセスとは何のことか分かるか?」


「それはザカリーに洗脳されたグラッドストンの信奉者のことです。カルト的な分野ですな」


「そういう事か……」


 いずれにしても、一定以上の答えを得たエイブラハムとエヴァンはその場を後にした。ともあれ、現状どうすることも出来ないというのは何とも言い難いもどかしさである。


「父上、ライアンウォードの地下に行ってみましょうか。ジェラルドは危険であると言っていましたが」


「エヴァン、確かに危険なのだ。ことは現実世界の問題とはまた次元が違う。迂闊に踏み込むべきではない」


「そうですか……」


 父から自重を促され、エヴァンは仕方なく諦めた。

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