第十八話
エイブラハム・ウィリアムズは、他家の動向を見ていたが、軍議を開いてマイラー伯爵領への侵攻を決定する。今度は躊躇しなかった。他家の公爵が勢力を伸ばしており、これを無視するわけにはいかなかった。家臣たちからも異議は出ず、満場一致で攻撃が決定された。
ことが決定した暁には家臣たちも慌ただしく出兵の支度を整えた。この決定を半ば予想していた家臣らは速やかに集結した。
ウィリアムズ公爵軍の総兵力は十万を越える大軍である。対するマイラー伯爵軍は六万から七万であった。とは言え、これはエイブラハムの予測を越えた。
エイブラハムは進軍を停止し、待機中の後方の予備兵力から二万を敵の背後の兵站線を断つように新たに命令を出した。別動隊は敵軍正面を迂回し、背後に回る。その動きを察して、マイラー伯爵軍から二万ほどの部隊が公爵軍の別動隊に向かって動き出した。
これあるを好機と見たエイブラハムは全軍に急速前進を命じ、伯爵軍の不意を突いた。
「敵は我が軍の半数です。恐れるものはありません」
騎士団長のブランドンが言った。エイブラハムは頷くと陣頭に立った。
「全軍総攻撃! この機を逃すな! 勝利を我が手に! 突撃だ!」
ウィリアムズ軍は全軍突撃を開始した。軍馬の怒涛が大気を震撼させる。騎士たちは伯爵軍に襲い掛かる波涛であった。
マイラー伯爵軍は崩れた態勢を立て直すのに時間を要した。そこへエイブラハムが率いる本軍が激突する。
「十万を越える総攻撃は初めてだな」
エヴァンは鞍上で沸き立つ興奮を抑えきれずにいた。最初の一撃で敵騎士の首を刎ね飛ばすと、次なる相手に切りかかり、その胸当てを砕いた。
しかしマイラー伯爵軍も果敢に応戦してくる。
「敵の士気は高いようだ。マイラー伯爵も侮れぬ。無能な人物ではないか」
エヴァンは十人ほど殺したところで後退した。味方の両翼が敵を包囲しつつある。
「どうやら勝ったな」
エヴァンは右翼に回ると、再び攻勢に転じた。相手の騎士と十合に渡り打ち合い、最後には敵の首を刎ねた。それからも果敢に前進し、敵の腕を切り、時には顔面を貫いた。
そして遂に伯爵軍が完全にウィリアムズ軍の包囲下に置かれる。
エイブラハムは前に進み出ると、声を大にして言った。
「私が公爵エイブラハムだ! 汝らはよく戦った! だがこれ以上の流血は無意味であろう! 謙虚に敗北を受け入れ、我が軍門に下るがよい! 生き残った者には寛大な処遇を約束しよう! 私は勇者を遇する術を知っている!」
ややあって、マントを着た金の胸当てと肩当をした人物が進み出てきた。
「私がマイラー伯爵です。我々の敗北です。完敗だ。降伏を受け入れましょう。すぐさま別動隊にも停戦の命令を出して頂きたい。私もそれに倣います」
「よろしい。汝は私の情を知るようだ。汝の宮廷に案内せよ。正式に降伏の合意文書を交わしたい」
「はっ、承知いたしました」
かくして戦は集結した。双方の別動隊も後退する。その後ウィリアムズ家とマイラー家との間で正式な降伏が明文化され、二人は文書にサインした。ウィリアムズ家もまた北部随一の勢力の座を確実なものとする。