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第十四話

 春、エイブラハムは軍議を開き、マイラー伯爵への攻撃を審議にかけた。


 騎士団長ブランドンはこの案に積極的であった。


「マイラー伯爵との戦は兵力差から言っても妥当でしょう。私は他の勢力を攻めるよりもこの案を推しますな」


 するとマレット侯爵が口を開いた。


「確かに騎士団長の意見は妥当なところでしょう。私としてもこの案を推したいと存じます」


 そこでアルダーソン伯爵が発言を求めた。


「伯爵」エイブラハムは発言を許可する。


「今のところ昨年に続き他家は動静を見守っている様子。我々も一度踏みとどまり、情勢を確認してから出兵しても宜しいのではないでしょうか」


 すると、オルコット侯爵、ベルナップ伯爵も続いてアルダーソンの案に賛同した。


 またコッド伯爵、ハント伯爵が続いて出兵案に賛同する。


「いずれにしても年内の出兵は確定。今のところ大勢力の公爵とは領地も離れておりますし、まずは他の勢力を攻めるのは当然のこと」


「昨年のような楽は出来ないでしょうが、中小勢力を併合したことで兵力増強も着々と進んでおります。ここで躊躇するはみすみす好機を逃すも同然」


「マイラー伯爵との交戦は昨年のようにはいきますまい。ですが、最初に我々が兵力差で勝るマイラー伯爵を攻撃するのは選択肢としては他にありません」


 だがキャラハン侯爵は言った。


「何も急ぐ必要は無かろう。我々は確かに他の公爵からも警戒されているだろうが、だからと言って必ず我々が事の初めに動かねばならぬこと誰が決めたわけでもなかろう」


 その後も出兵派と反対派に分かれて議論が展開されたが決着を見ない。エイブラハムは一同を制すると言った。


「これは私の見誤りであったな。双方ともに言いたいことはあろうが。ひとまず出兵は見送ろう」


 エイブラハムがそう告げると、みな頷いた。


「閣下が決断されるのなら、それに従いましょう」


 マレット侯爵は言った。


 エヴァンは事の成り行きを見守っていたが、思案顔だった。


 そうして、軍議はいったん解散となった。



「父上」


 会場から出たところで、エヴァンはエイブラハムを待っていた。


「エヴァンか」


「父上におかれては、出兵するおつもりだったのでしょう?」


「いや、まだ決断はしていなかった。昨年とは情勢が異なるからな。みなが今感じていることを聞いてみたかったのだ」


「なるほど……では収穫はあったわけですね」


 廊下を歩きながら、エヴァンとエイブラハムはしばらく会話をした。エイブラハムが執務室に入ったところで、エヴァンは父親と別れた。



 エイブラハムは執務室に入ると、席について吐息した。侍従に水を持ってこさせると、グラスの中身を飲んで喉を潤した。


 エイブラハムはそれから貴族の訪問や民衆の陳情を受ける。そして領内から送られてきた書類に目を通していく。そこで気になる文書に目を留める。リード男爵からの報告であった。


 村の住民が全員人外の怪異と化して近隣の村に襲い掛かり、一時領内は騒然となったこと。騎士団の出動で怪異は全員殺したものの、残酷なことに多くの民が怪異に食い殺された、と。


「怪異?」


 エイブラハムは呟いた。そしてこの件が頭から離れず、行動に移した。百聞は一見に如かず。自ら男爵領に赴くことにした。近衛を同行させ、エイブラハムはグラドベルムを発った。一週間ほどでエイブラハムは男爵領に到着した。リード男爵は驚いた様子であったが、エイブラハムを丁重に出迎えた。


「これは公爵閣下、もしや、文書を読んでいただけましたか」


「ダレル、怪異と書いてあったが、どういうことか」


「は……。それが恐らく申し上げても信じて頂けるかどうか……」


「話せ」


 エイブラハムに促されてリード男爵は話し始めた。


 先日のことである。村人から化け物に襲われているという救助の要請があり、騎士たちを率いて出向いたところ、その怪異が襲った村人を食らっているところに遭遇したとのこと。怪異は人間の服を着ており、元々村人ではないかと思われる。この怪異の発生源は不明だが、その怪物は並外れた身体能力を有しており、一般人の手に負える者ではない。そして死人のように体は青白く、目は瞳が無く白目である。そして何より凶暴で、生きている人間を見つけては襲い掛かっていたという。


「話は分かった。しかし、何か痕跡はないのか? そのような事件、聞いたこともないぞ」


「私としてもどうすることも出来ませんでした。何が何やら。誰もが襲い来る怪異を切り捨てるのに必死でしたから」


「ふうむ……」


 エイブラハムとしては得心がいかなかった。


「そのような妖、自然に発生するものだろうか?」


「と言いますと?」


「何者かが村人を妖に変えてしまったのではないか?」


「公爵閣下には心当たりがおありですか?」


「いや……。だがお前の話は分かった。宮廷にも怪しげな錬金術師がいるからな。一度その者に尋ね聞いてみよう。何か我々の知らないことを知っているやもしれぬ」


「はっ……」


 そしてエイブラハムはグラドベルムに戻ると、宮廷の錬金術師ジェラルドを訪問した。


 ジェラルドは初老の人物で、五十も半ばでぼさぼさに伸びた頭髪には白髪が混じっている。眼鏡をかけており、シャツとズボンの上にローブをまとっている。室内は散らかっており、謎の液体が棚に並んでおり、それらを調合する専用のテーブルがあった。また別のテーブルには本や書類が散乱しており全く整理整頓されていなかった。


 ジェラルドは、エイブラハムの姿を認めると、意外そうな顔をした。


「これはこれは意外な客人ですな。この乱世に錬金術師に何か用ですかな」


「人外の類の話だ。お前の領分ではないかとな」


 そう言って、エイブラハムはリード男爵領での事件について話した。ジェラルドはやや驚いた様子で、持っていた試験管を落としてしまった。


「人間をゾンビに変えたというのですな?」


「ゾンビかどうかは知らぬ。ただ、妖の類には違わぬ」


「そんなことが現実に出来るのは限られております」


「というと?」


「ザカリー・グラッドストンという名をご存知ですかな?」


 ジェラルドの問いにエイブラハムは思案顔だった。


「どこかで聞いた気がするが。そうだ。子供の頃読んだ絵本であったか。悪の魔法使い」


「その通りです。もう何世紀も昔、大陸を戦禍に巻き込んだ闇の魔導士」


「待ってくれジェラルド。そんな奴が実在すると言うのか?」


「伝説と言うのは何か根拠があって生まれるものです。グラッドストンは実在します。ただ、ザカリーは封印されたはずですが」


「頭が痛くなってきた」


「エイブラハム様、用心なさるがよいでしょう。ザカリーは凶悪な人物です。あの者に人間の法など通用しません。しかし……これからザカリーが何をしでかすか、興味がありますな」


「ザカリーを殺す方法はないのか?」


「ザカリー・グラッドストンも元は人間です。殺すことも出来るかも知れませんが。ただ、人間の武器が通用するかどうかは分かりませんな」


「分かった。ジェラルド、錬金術はひとまず置いてザカリーの件について調べてくれ。お前の知識が必要だ」


「それはそれは……了解しました。閣下の直々のお頼みとあっては断れますまい」


「頼むぞ」


 エイブラハムは錬金術師の部屋を後にした。


「ザカリー・グラッドストンだと……本当なのか? 全く……」


 ただでさえ他家との駆け引きが重要なこの時期に、魔導士のことなど真剣に構っておれぬ。エイブラハムはもやもやしたものを抱えながら自身の私室へ戻っていった。

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