第十三話
グリフィス家においては新年の公の行事も滞りなく終わり、みな次の戦に備えていた。
ヴィクターは恋人のシャーロット侯爵令嬢のもとを訪問していた。シャーロットは快くヴィクターを招き入れた。二人は軽くキスを交わすと、屋敷の中へ入った。
客間に入った二人は、ワイングラスを傾け合った。そしてヴィクターが言った。
「また今年も戦があると思う。冬までには必ずある。だが俺にはあの魔導士のことが頭から離れない」
「ヴィクター、あの魔導士は不吉です。嫌な予感しかしませんね。こうして話しているのもどこかで聞かれているのではないかと……そんなことを思ってしまいます」
「まあ、それはないと思うけど、今の時勢にあって、あんな妖術を操る奴を相手にしている場合じゃない。他の家にとってはそんなの関係ないからな」
「……では、いっそ当主ではなく、私たちと同じ各家の公子公女たちに文を送っては?」
「公子公女たちにか? そうだな……どうだろう」
「駄目で元々でしょう。それに、もっと父君にも警告を押してはいかがですか?」
「うん。そうだよな。駄目もとだ」
「…………」
「すまないな。愚痴っぽくなってしまった」
「別にいいんですけど。そんなに心配なら行動に移されてはいかがですか?」
「ああ。そうだな」
そこでヴィクターは話題を転じた。
「そういえば、聞いたかい? フリートウッド家とソーンヒル家で俺たちと同じくらいの公子公女が妊娠ラッシュだって」
「そうなんですか?」
「ああ。できちゃった婚もあるみたいでさ。俺たちもそんな歳だよな。父や母が俺を作ったのも俺たちくらいの年齢だもんな」
「そうね……」
ヴィクターが何でこんな話を持ち出したのか、シャーロットはやや戸惑った。
「俺も色々考えたんだよ。でもさ、いざってなるとどうしても、うまく考えがまとまらなくってさ。もっといい方法がないかとか、ロマンティックな演出でもしたら女の子はよろこぶのかなとか……。でもさ、結局俺にはどうもうまくいかなくて……」
「ヴィクター、何が言いたいのですか?」
「つまり、その……」
ヴィクターはポケットから小さな箱を取り出すと、それを開けた。そこにはダイヤの指輪が収まっていた。
「結婚してくれないか、シャーロット」
言った。ヴィクターは戦場にいる時よりも勇気を振り絞って言った。
「…………」
シャーロットは稲妻に打たれたようできょとんとしていた。だが、やがてシャーロットはくすくすと笑い始めた。
「ヴィクター……ああ、ヴィクターったら、何て人なのですか、あなた」
「何てって……」
シャーロットはやがて真面目な顔で言った。
「はい、私、あなたの妻になります」
ヴィクターはそこでやや震えた。
「ほんと? ほんとだよね?」
「ヴィクター、こんなこと二度も言わせないで下さい」
シャーロットは言った。ヴィクターは飛び上がって喜んだ。
「やったあ! やったぞ! プロポーズ作戦大成功!」
そしてヴィクターはシャーロットを抱き寄せた。シャーロットはそのままヴィクターの胸に飛び込んだ。
若き二人はこうして結ばれた。
善は急げ。ヴィクターは父セオドリックの下を訪ね、シャーロットとの婚約について報告した。セオドリックは二人を祝福してくれた。家臣らにも触れを出した。
それからレイノルズをヴィクターは訪問した。結婚について報告すると、レイノルズは「これからは幸せも二倍ですな」と言ったものである。
かくして一二八六年はめでたい出来事が各家で起こったわけだが、まだ新年は始まったばかりである。
君主たちは今年の戦略を練り、兵員を蓄えて鍛え、軍備を整えつつあった。