第十話
年も明けて一二八六年。
エヴァンは宮廷で新年の祝賀パーティにいた。恋人のエステルと一緒だった。エヴァンは黒っぽい正装を身に付けていて、エステルは青のロングドレスを身に付けていた。パーティはビュッフェ形式であった。
「今年はいい年にしたいもんだ」
エヴァンが言うと、エステルは微笑んだ。
「ウィリアムズ家に幸あれってところよね」
「そうだ。まだ強敵が残っている。昨年来、諸勢力の併合合併が進んで、我が家も昨年のように楽に勝てるとは限らない」
「そのようね。エイブラハム様はどうお考えなのかしら」
「さて、迂闊に動けないとは言っていたけど……」
エヴァンはアップルジュースを飲んで思案顔だった。と、そこへエイブラハムその人がやってきた。
「父上、新年おめでとうございます」
「エイブラハム様、新年お祝い申し上げます」
二人はウィリアムズ家の当主に頭を下げた。
「何、これからだ。いい年にしたいものだな」
「今年は試練の年になりそうですね父上」
「うむ」エイブラハムは頷いた。「諸勢力には大きな動きがあったからな。北方の雄として名乗りを上げてきたマイラー伯爵、オークス侯爵、まだ上げることも出来るが」
「いずれにしても強敵には違いありません」
「ああ。いずれにしても先手を打つ必要があるだろう」
「そうですか。ではすぐにでも戦が始まりそうですね」
「心づもりはしておけ」
エイブラハムは言ってその場から立ち去った。
「父上は先手を打つとおっしゃった。春にも戦かな」
「また戦なのね……」
エステルは少し暗い表情を見せた。
「こればかりは仕方ないよ。ウィリアムズ家に生まれた以上は戦に出ないと」
「また春になれば憂鬱になりそう」
そこへリオンが顔を見せた。
「兄上、エステル様、新年おめでとうございます」
「おめでとうリオン」
二人はリオン会釈した。
「今年も戦になりそうですね。北方には新たな敵が出現しては我が家を脅かさんといています。先手を打ってこれを叩くは必定」
「父上みたいなことを言うなお前」
「そうなんですか?」
「ああ。先ほど父上がおいでになってな」
そこにまたスカーレットがやってくる。
「あけましておめでとう、お兄様方、エステル様」
「おめでとうスカーレット」
三人はスカーレットにまた会釈する。
「今年もまた戦があるのかしら」
「ああ。そうだなまた戦になると思う」
「そう……また戦なのね」
「また春には戦になりそうだ」
「もうすぐじゃない。戦無くして大陸の平和は訪れないのかしら」
「我々はこれまでにも血を流してきた。先人たちの流した血の歴史の上に我が家もある」
エヴァンが言うと、スカーレットは顔を曇らせた。
「だからこそ、みんなで協力して平和な世を築けないのかしら」
「我々のパワーゲームには戦が付き物だ。唯々諾々として他家の下風に立つことは出来ない」
「ふー……んん。難しいことは私分からないけど……」
スカーレットは肩をすくめた。
「ソーンヒル公爵ヴァイオレット夫人は知っているよな?」
「え? ええもちろん」
「あの人物は女帝とも呼ばれる鉄の意志の持ち主だ。スカーレットにはあんな風にはなれないだろうけど」
「無理よそんなの。一緒にしないでよ」
「まあ、当主ともなればスカーレットのようには言っていられないってことさ」
「ねえ」エステルが口を開いた。「ほら見て、新しい料理が来たみたいよ。見に行きましょうよ」
一同エステルの言葉に会場のテーブルに目を向ける。
「ほんとだ。次は何だろう。行ってみようか」
エヴァンが言って、歩き出すと、みなもテーブルに向かった。
今は平和だ。年明けを無事に迎えることが出来るのは幸せと言うほかない。時の概念を持ち込んだのは人間だが、やはり年明けと言うのはみな心穏やかに迎えたいものである。