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3.白銀騎士の本性

ドンっと切り落とされた首が、真横に転がった。


「ひっ………」


思わず声にならない悲鳴を上げた。

見るからに屈強なはずの大男の首が、目の前で一瞬にして吹き飛ばされたのだ。


あんな大男の首を剣一振で…?!


眼前に立ち塞がる白銀の鎧の死神が、剣に滴る血を払ってから、スッと鞘に納めた。


「ちょっ…な、何ごと…?!争いにならないようにするんじゃなかったの?!」


呆然と立ちすくんだまま声を張り上げた。


「どうやら状況が変わったようだ」


「ぇえ?!どういうこと?」


冷静に答える騎士に詰め寄る。


「爵位ある者らの中には、平民出身雇われ騎士の分際で王に優遇されている俺を、よく思わない奴もいる。大方そのうちの誰かの差し金だろう」


「嘘でしょ?!そんなことある?!大迷惑なんですけど!!!」


鎧で覆われた目の前の逞しい腕を、がっしりと掴んで叫んだ。


「確かに迷惑だが、あちらとて俺が単独で動く好機を逃す手はないからな」


「何で、そんなに落ち着いてられるのよ?!」


「ある程度は想定内だ」


まるでこうなることを分かっていたような騎士の口振りに、ショックのあまり頭がくらくらしてくる。


確かにそういう世界観の物語だけど!

ファンタジー好きだけど!!

自分が巻き込まれるのは想定外!!!


「も~…あなた本当に何者なのよ?!命狙われてんのよ?!」


「…よく死神と呼ばれてはいるが?」


「いや、そんな冗談言ってる場合じゃないから!こんな状況で隣国まで辿り着けるの?!私はその前に死ぬなんて嫌よ!目の前まで来たのに!」


脱走に成功して、死神の処刑からも免れたのに、また命の危機だなんて!


「大丈夫だ。死なせはしない」


「でもっ…まず私を今だに処刑せずに生かしていることも変だし、さらに守るようなことをしたらおかしいでしょ!」


「そもそも、剣術も持たないはずの令嬢の処刑に、これほど時間がかかっている時点で、もう疑われていると考える方が自然だ」


「それはっっ…そうかも…しれない…けど、確かに」


「とにかく!どちらにしろ、剣を向けられたのであれば迎え撃つのみ!」


騎士が急に声を上げ、太く重い銅剣をドンと地面に突き刺した。

それと同時に、数キロ先で広範囲に砂煙が巻き上がるのが見えた。

武装した騎馬の軍勢がこちらに向かってきている。

背の高い騎士からは、それがもっと早くから見えていたのかもしれない。


「最終的にどうするかは俺が決める!!」


そちらをじっと見つめて、こちらに背中を向けたまま騎士が叫んだ。


嘘でしょ?!

む、むちゃくちゃ過ぎる…!!!


自分の顔が真っ青になっていくのを感じた。


どうしてこんな状況に陥っているのか。


それは数日前に遡るー




目の前に広がる光景に絶望していた。


ナタリーは騎士の馬に乗せられてから、しばらく南国へと続く道をひたすら走ってきた。

無言ばかりの騎士だったが、馬に乗り慣れないナタリーを何度か気遣ってくれる彼の素振りに、ナタリーはなんとなく気付いていた。


そうこうしているうちに夜中だったはずが、気がつけばすっかり朝になっている。

ここを抜ければ、いよいよ南国へと着くという場所まで来て、向こう側へと渡るために崖の間に掛けられていた橋が落ち、完全に道が寸断されていることが分かった。


「マズいな…」


白馬に跨がったまま、騎士がぽつりと呟いた。

ナタリーはその前に座したまま騎士の顔を見上げた。


「何でこんなことに…?」


「ここしばらく降り続いた連日の雨で、橋が崩落したんだろう。こちらを行き来する者は少ないし、元から頑丈な作りではなかったからな」


また崩れ去ってしまった橋を見つめた。


「ここ以外で通れる道はないの?」


「あるにはあるが…」


騎士が言葉に詰まった。


「ぐるりと迂回すれば行けないことはない。ただし、一週間程かかる」


「いっ、一週間?!ここを通れば?」


「半日もあれば南国へ辿り着く」


「そんな…他に方法は?」


明らかに肩を落として、ナタリーは騎士をまた見上げた。


「この馬の足で、昼夜問わず走り続ければ三日ほどに短縮できるだろうが…」


「それぐらいなら大丈夫!体力には自信が…」


騎士が目線を落として、ちらりと真下に座るナタリーの顔を見やった。


「ただし、それは馬に乗り慣れている者の場合だ。休憩は最低限、下手したら満足に食事も摂れない覚悟もいる」


「それは確かにきついかも…」


「普通に女の体力では難しいが、ましてや死神(おれ)から逃げるために、すでに体力を消耗している状態では、さらに厳しいだろう」


騎士が手綱を握り、馬の向きを変えた。


「仕方ない、迂回しよう。まずは服を調達しに行く。明るい時間帯にこの格好で移動するには目立ち過ぎる」


確かに元は高貴であったはずのドレスもボロボロにほつれて泥まみれ。

何なら靴すらも履いていないという異様さ。

髪も振り乱して走っていたからボサボサだし、化粧崩れもひどい…


私の記憶では、そもそも銀製の鎧はそれなりの財力がないと持てない代物なはず。

それを纏う騎士とボロボロになった女。

怪しくないわけがない。


「その前に、この森の外れに小さな泉がある」


騎士が馬上から、崩れた橋の横に広がる鬱蒼とした森を指差した。


「そこで少し休もう」


「えっ?!こんな薄暗い森の中で?!」


思わず、げっ!という顔をすると、騎士が眉をひそめた。


「東国は緑豊かな地だと聞いているが、こういう場所はないのか?」


「え!あ、あるある!今は気分じゃないかな?って思っただけ」


騎士は首を傾げながら、馬の腹を軽く蹴って歩みを進めるよう愛馬に合図した。

時々、頭に掛かる茂み掻き分けながら、馬に揺られてしばらく進むと、小さくはあるが美しい泉に着いた。

鬱蒼と生える木々の間から射し込む木漏れ日に反射して、透き通った水面がキラキラと光って見える。

その幻想的な光景に思わず感嘆の声を上げてしまう。


「わぁ…キレイ…」


騎士が馬から降りると、スッと手を差し出した。

戸惑いながらその手を取ると、そのまま騎士にふわっと抱かれて地面に降ろされた。


元の世界では、まずあり得ないシチュエーションに、ほんのちょっとだけときめいて赤面してしまう。


この世界では普通なんだろうなぁ…


ぼんやりとしたナタリーに気付くはずもなく、騎士はその前で今まで一度も外さなかった(かぶと)をおもむろに脱いだ。


頭を軽く振ると、柔らかそうな短く整えられた銀髪が揺れた。


髪もキレイな銀色…


小説の中では記されることのなかった、アバロンの死神の素顔。


振り返った騎士は、整った端正な顔立ちに透き通るような青い瞳を称えた美しい男だった。


惚けたようにその姿を見つめるナタリーに、騎士が声を掛けた。


「ここの水は濁りも少ないから、飲めないこともない。少しでも喉を潤すといい」


そう言われてハッと我に返ると、ナタリーはうんと頷いてから泉のほとりに歩み寄って屈んだ。

水をすくおうと身を乗り出すと、水面に自分の顔が映った。


騎士も美しいが、この顔だって負けてはいない。


でもこれは私ではない。

これはナタリーの顔でしかない。

本当の私は冴えなくて、特段可愛いわけでもなく、いつも疲れた顔をしていたっけ…

なんであんなに毎日くたくただったんだろう。


ずっと歩くわけでも走るわけでもなく馬でもなく、エアコンのきいた電車に揺られて、空調設備の整った会社に行き、パソコンの前に座りながら仕事をこなして、終わればまた電車に乗って帰る日々。


今の方がよっぽど大変で、疲れることばかりのはずなのに、どこか生き生きとしているように見える。


まあ、それもこれも死神が私を処刑せずにいてくれたおかげなんだけど…


「飲まないのか?」


気が付くと、騎士もナタリーの横に腰を下ろして水を飲んでいた。

慌てて手にすくっていた水を飲み干した。

騎士は立ち上がると、草を食んでいた愛馬の鞍に持っていた甲をくくりつける。


「思っていたより、長旅になりそうだ。先を急ごう」




「も、もしかして…駆け落ち…?」


目の前で宿屋の娘が、キラキラと目を輝かせていた。


あれから、なるべく町から離れている店をいくつか回ったが、服どころかろくな食べ物すらも手に入らなかった。

騎士は、やはり町にでも行かなければ難しいと言っていたが、罪人であるナタリーが町に出て、万が一見付かれば面倒なことになるのは明らかだった。


やむを得ず宿だけでも確保しようと、郊外のくたびれた宿屋の戸を叩いたのだ。


「あ、いや、私たちはそんなんじゃ…」


そう否定しようとしたナタリーの口を、騎士が手で制した。


「そう、駆け落ちだ。一国の令嬢とそれを守る騎士ナイトの許されざる恋の逃避行というところだ」


は?急に何の話…?


驚いて怪訝な顔で騎士を見やる。


「やっぱり!!どうりで騎士様もお嬢様もお美しい…。その鎧も一級品だし、汚れてはいるけどお嬢様がお召しになっているドレスもすごく高級なものだわ」


宿屋の娘はさらに目を輝かせて、うっとりと二人を見つめた。


「そうだ。俺はいいが、着の身着のまま逃げてきたから、宿だけではなく令嬢の替えの服もない」


「あ、去年隣街に嫁いだ姉が残していった服がいくつかあるの!私には似合わないし、処分しようと思ってて…あとでお持ちしますから、とりあえずお部屋へどうぞ」


騎士がほらな?という顔でこちらを見やった。


彼がこんな嘘をつくとは意外だわ。

まさに、嘘も方便ってやつね。




宿屋の娘が運んできた質素な街娘の服に身を包んでも、それはただナタリーの美しさを更に際立たせるだけだった。


「それだったら目立たないだろう」


その姿を見て、部屋に入ってきたばかりの騎士がそうとだけ言った。

愛馬を宿の裏手に繋いで戻ってきたところだ。

手にしていた甲を木張りの床に置くと、羽織っていた赤いマントを外して、上半身の鎧を脱いだ。


鎧を脱ぐと筋肉質なその裸体が露になった。

厚い胸板に、鍛え上げられた胸筋。

逞しい上腕二頭筋に美しく割れた腹筋。


こんな彫刻のような身体で抱かれたら…


思わずそこまで想像してハッとした。


いやいや、違う違う。

これじゃまるで、私が欲求不満みたいじゃない。

彼は私に差し向けられた処刑人だったのよ?


ナタリーは自分でツッコミを入れながら首を左右に振った。


「どうした?」


騎士は、ついでにと手渡された男物の町服に、袖と足を通しながらこちらをいぶかしんだ。


「いや、急に脱がないでよ!しかも部屋が一つだけなんて聞いてない」


「仕方ないだろう。端から見れば、駆け落ちした男女が別々の部屋に寝る道理はない。そのおかげで服も調達できたし、寝床にもありつけた」


「確かにそうだけど…」


「安心しろ。手を出すつもりはない」


そう言いながら、騎士は一つしかない大きめのベッドにごろんと横たわった。


「当たり前でしょ?!」


「腹が減っていれば、宿の娘に声を掛ければ用意してもらえるはずだ。金は渡してある」


「食事よりも、まずはとにかくゆっくり休みたい」


「同感だ」


ナタリーは騎士がおさまっているベッドにそろそろと入って横になる。


それから騎士とは背中合わせになって目を閉じた。

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