かなしいゆめ
かなしい夢を見ている。
群青の海の束縛を逃れた陽光が、世界を火炎の色に染めあげた。
凪ぎ、波のほかに音もない。
彼がわたしの顔を覗き込む。いつもは蛍光灯と月のひかりのもとでも艶やかに光るブロンズの髪は、重力に従って、彼の顔を赤く染まった金の檻に閉じ込めている。
その檻が、わたしの視界も狭める。すべてを吸い込んでしまうほどのコバルトブルーのふたつの瞳がわたしの視線を絡めとる。
太陽が彩る赤い世界に抗うように薄く青い彼の唇が、波の音に呼応するように言葉を紡ぎ、ゆっくりとわたしの肩ぐちに触れる。
冷たい二つの肉が、言葉で扇動しながら、鎖骨の形をたぐり、喉元をすぎ、顎を撫でる。
激しい心地良さが脳を突き上げる。
だけど、わたしは悲しかった。涙が止まらない。これでも彼はわたしを受け入れないのだ。
唇が重なる。触れ合うばかりの、アルミを一枚隔てたような近くて、遠い、わたしと彼の関係。
昼と夜が混ざりあい、死せる今日の太陽が夜の帳に抗う逢魔時は、このアルミのような薄いけれど、確実にふたつの世界を分け隔てる。
わたしの舌が感じた鉄の味は、ありもしないアルミのものか、逢魔時のなせるものか、それとも彼の口の残滓なのだろうか。彼は拒否しなかった。わたしという存在が、別の肉体を持って彼をたぐる。
ああ、知っている。何度も想像し、見つめ、思い出していた彼の中は、目を閉じていてもわかる。
美しい無機質。
言葉を紡ぎ、言葉を奪う彼の一部であり、彼の全てであり、わたしの望む未来の扉を開ける鍵。
解錠を試みる必要もない。答えはすぐにある。
別の肉体がその鍵を捕らえる。ほかのエナメル質のそれとは違う。簡単だ。この鍵に、この歯に、この牙に、わたしが舌を突き刺せばいい。そうすれば望む世界が手に入る。彼とわたしを隔てる世界が混ざりあう。
わたしは光の世界で、彼は闇の世界だった。そんなのは嘘。彼こそ光だ。美しい存在で、その美しさで他を蹂躙する王だ。わたしは? わたしこそが闇だ。光の王が闇を生き、闇の少女が光に生きる。そんな馬鹿げた話がこの昼と夜のはざまのなか、夕闇と夕焼のはざまに混ざり合う。
わたしのなかに入って。
わたしを受け入れて。
その切先をわたしに突き刺して。
血を血で染めて。
連れ去って。
地平線が陽光を飲み込み、あたりが闇に従属をすると、彼の姿は霞のように溶けて消え去っていった。いままでそこにあったはずの感触と、存在しない体温が消失する。
わかっていた。
これは夢だ。
陽光の下に、彼がいるはずがない。強大なちからの代償に、自然の半分から忌み嫌われたのだ。いまごろ、父なる太陽に消し去れた存在は、母なる海が受け止めているはずだ。
わかっていたはず。
これは夢で、彼がわたしを永遠の牢獄に置かれた玉座の隣に座らせてくれないことも。
時と国を旅する彼ひとりの王国は、彼があらゆる場所や時代に取り残してきた悲劇の上にあることを。
でも夢ならば。
せめてわたしの夢ならば、わたしの望む結末を見たい。
舌に残る血の残滓が、私を幻影の中に押し止める麻酔のように、しびれさせた。
かなしい夢を、見た。