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二日前。
集まった調査結果を見て、私達は一連の事件の犯人はあの男である可能性が極めて高いと言う結論に至った。
「しかし、問題は証拠だよなあ」
「だね」
難しい顔をする第一騎士団の団長にラクリオが相槌を打つ。
ラクリオは元々調査結果の報告のためにいたから良いとして、団長は一体どこから入ってきたのか。この場に呼んでいないのに、いつの間にかしれっと話し合いに参加していた。最早ルカも諦めていて団長がいることに何も言わない。
「この情報だけじゃ逮捕出来ないんですか?」
私の問いかけに団長が「いや」と応える。
「無理やり逮捕しようと思えばできないことは無い。ただ、どれだけ怪しくても今んところ判断材料は状況証拠だけだ。仕留めきれなかった時のリスクが高すぎる」
「なにか決定的な証拠があればいいけど、なかなか難しいよね」
「家に入ることが出来ればなあ。何か証拠を見つけられるかもしれねぇが」
「やっぱりこの状況だと家宅捜索の令状を取るのは厳しいですか?」
「厳しいな。それだったら業者を装って誰かを家に潜入させる方がまだ可能性はある」
「家の中の写真とかが撮れれば、証拠とまではいかなくても何か新たに分かることもあるかもしれないよね」
「だけどそう簡単に見知らぬ人間を家に入れてくれますかね。相手もそれなりの警戒はしてると思いますけど」
「……だよなあ。それに潜入させるとなると、オーバリ君に護身用の魔道具も新しく作って貰わないといけねぇしな」
真面目な顔で議論する三人の話を聞いていたら、ふと私の頭にあるひとつ作戦が浮かんだ。
「あのう……」
おずおずと手を上げると、皆の視線が一気に集中する。
「その潜入する役目、私なら出来ると思うですけど」
「え」
「また家に行くっていう約束してるので他の人よりも自然に家の中に入ることが出来ると思うし、恐らく相手の警戒心も低いはずです。魔道具に関してはどうにも出来ませんけど、それ以外に関しては結構適任だと思います」
「……確かに」
「駄目です」
団長が同意するよりも先にルカがキッパリと言いきった。
「この前の約束をもう忘れたんですか?もっと自分を大切してくれとあれほど言いましたよね?仮に捜査をすることになったとしても、ジゼルがその危険をおかす必要はありません」
「でもこれ以上、捜査に時間をかけるのは得策とは言えないよね」
険しい顔を崩さないルカに私は笑いかける。
「それに私は自分のことを疎かにしたつもりはないよ。この作戦を安全だと思ったから提案したの」
「この作戦のどこが安全だっていうんです」
「だって、護身用の魔道具はルカが作ってくれるんでしょう?」
よっぽど予想外の言葉だったのか、ルカは面食らったような顔をする。
「私は自分を大切にしてないんじゃなくて、ルカの魔道具作りの腕を信用してるの。貴方の魔道具があれば絶対に安全だって分かってるからこそ、この作戦を提案した」
それでもルカが反対するのならばその時は諦めよう、と思っていると団長がクツクツと喉の奥で笑う。
「いいね。嬢ちゃん、肝が据わってる」
「あ、ありがとうございます……?」
「俺は今の話、賛成派だ。相手は俺たちが疑っている事にまだ気づいてない。こっちがイニシアチブを取れているうちに畳み掛けられるのならそっちの方が良いに決まってる。まあ一般人を巻き込むんだから直ぐに突入できるように近くに騎士団を待機させるなり、当然警備の強化はするがな」
「それに」と団長が続ける。
「家に行く約束をしてるってことは、いつあっちからリアクションがあってもおかしくねえ。どのみち、嬢ちゃんと容疑者が接触する可能性は高いぞ」
確かにそうだ。
住んでいる家の位置関係的にも街でばったり出会う確率はゼロではない。
暫くの沈黙の後、ルカは「少し待っててください」と告げると、立ち上がり部屋の奥に消えた。
二人と顔を見合せて、一体どうしたのだろうと首を傾げていると、長方形の箱を手に持って帰ってきた。
「……それは?」
「以前ジゼルに渡したブレスレットを改良してネックレスにしたものです」
箱を開けると、中から水色の宝石がついたネックレスが入っていた。相変わらずデザインが可愛らしくて、普通にアクセサリーとしても需要がありそうだ。
「以前のものは防護壁が三枚しか出せませんでしたが、これは魔術回路を変更したので枚数制限がなくなり、壁の強度も上がりました。半年程は魔力補充しなくても動くと思います。意思疎通出来るよう、連絡機能もつけました。あと、緊急時には着用者の位置情報がこちらに分かるようになっています」
あまりの凄さに言葉が出ず、ポカンと口を開けてしまう。
……この小さな魔道具にそんな機能が備わっているなんて。
ラクリオも私と同じように大口を空けて、呆然としていた。
「……えっと、なんかわかんねぇけど、これ多分すごいものなんだよな?」
「すごいなんてものじゃないって!!これがあれば、戦車にも対抗できるレベルだぞ?!どんな技術力だよ!オーバリ、まさかとは思うが、こんなものを一般販売するつもりじゃないよな?」
「違いますよ。ブレスレットは販売のための試作品でしたけど、これはジゼルが使うのを想定して作ったものです。売り物にするつもりはありません」
ルカはなにかを思い出すように、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「あの時、事件が起きた夜、魔道具でもっとしっかりと木偶を抑えることができていたら、ジゼルはあんな怪我を負わずにすんだ」
「えっ」
あれは魔道具のせいじゃない。私が無闇に突っ込んでいってしまったのが原因だ。そう反論しようとしたのに
「だから、今度こそ貴女を守れるようにこれを作りました。二度と傷つけさせたりさせません」
ルカがあまりにも真っ直ぐな眼差しを向けるから、呼吸も忘れてその薄氷のような美しい瞳に魅入ってしまう。
「……このネックレスを着用すること、それと待機組の中に僕も入れること」
「へ?」
「この二つの条件を受け入れるなら、作戦を採用します」
「い、いいの……?!」
告げられた言葉が信じられなくて聞き直すと、ルカは小さく溜息を吐いた。
「……畳み掛けるのならば今しかないというのは事実ですし、団長の言うことも一理ありますから。それに、あんなに全幅の信頼を寄せられてるのに応えないなんて、魔道具技師の名が廃ります」
眉尻を下げてルカが笑う。
仕方がないな、と言われてるような少し呆れ気味の、でも優しい表情に胸がきゅうとなった。
話し合いの結果、作戦は三日後に決行されることとなった。しかし団長が言っていた通り、予定よりも早く私がフェルモさんと鉢合わせてしまう可能性もある。
その時のために、ルカからは肌身離さずにネックレスをつけておくこと、もし万が一鉢合わせてしまったならすぐに連絡を入れることを約束させられた。また、団長からはいつでも動けるよう準備しておくから安心しろ、と心強い言葉をいただいた。
そうして二日後の今日。
その万が一が起こったという訳だ。
あの男に声をかけられた時点で私はネックレスを介してルカに遭遇したことを知らせていたし、通信をオンにしていたから会話内容も筒抜けだったはずだ。
この時期にわざわざ声をかけてきた時点で、私が次のターゲットである可能性もあったし、それならば現行犯で逮捕することが出来るかもしれないと思い、男についていくことを決めた。
家に行くまでは本当に世間話しかしなかったし、怪しいそぶりもなかったので、うっすらとした疑惑でしかなかったが、男がマレナちゃんを遣いに出したことで、疑惑は確信へと変わった。
その後、魔道具を作るのに必須となる工具も見つけ、どう動くか迷っている時に丁度ルカから待機完了を知らせる連絡が来たため、男に仕掛けてみたという訳だ。まさかあそこまで滅茶苦茶な人間だとは思っていなかったが。
あとは知っての通り、身勝手な男の独白が続き、逮捕するにはもう十分だろうと指示を出して、今に至る。
◇◆◇
地面が揺れるような凄まじい破壊音に派手にやったな、と顔を引き攣らせていると、粉塵の中から美しい銀髪が見えた。
「おい、テメェ。覚悟は出来てんだろうな」
あ、やばい。
らしくない言葉遣いとドスの効いた声に彼の怒りの度合いを感じ取り、血の気が引く。
「……なっ」
男が近づいてくるルカに向かって再び銃を発射するが、私と同様に緑の壁によって弾かれる。何発打っても同じことだった。
そのままスピードを弛めることなく、男の前までやってきたルカは素早い動きで胸ぐらを掴み上げ、思いっきりその頬を殴りつける。
ゴッ、と鈍い音が聞こえて、男の顔が歪んだ。
抵抗される前にすかさず二発目が入る。
「ちょ、ちょっと!」
「……あいつか」
そのまま男を殴り続けるルカに制止の声をかけようとしたところで後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと、そこには騎士団を引き連れたラミロが居た。
初めて見る立派な騎士姿に一瞬感動してしまったが、すぐにそれどころでは無いことを思い出す。
「ラ、ラミロ、貴方なんでここにいるの?!あ、いや、今はそんなことよりもルカを止めて!あのままじゃあの人死んじゃう!」
「あ?止める?何言ってんだ、こっからが本番だろうが」
「え?」
どういう意味か問いただす前に視界からラミロが消える。
「死んだ方がマシだって思うくらい痛めつけてやる」
あ、と思った時にはもう遅かった。
全力でラミロに殴られ、威力を受け止めきれなかった男の身体が飛んでいく。
「まって、なんでそうなるの?!」
男が抵抗をやめてぐったりとしても、二人は容赦なく殴り続ける。
「ちょっと!」
バキッ、と骨が折れるような音がした。
「二人ともやめて!!」
周りの人に助けを求めても、皆および腰で誰も止めに入ろうとしない。
うん、確かにあの二人の間に入って止めるなんて怖いよね!わかる!!正直、私もあの気迫にはちょっとビビってる!
だけど、そんな事を言っていたら、あの男は本当に死んでしまう。
大きく息を吸い込んで、腹に力を込める。
『ルカ、ラミロ。やめなさい!』
魔力を声に練り込み、思いっきり叫ぶ。
次の瞬間、二人がピタリと拳を振りかぶった状態で静止した。
その隙に素早く駆け寄り、間に身体を滑り込ませた。男を背にする形で二人に向き合う。
「いい加減にしなさい。いくらなんでもやりすぎよ」
「……危ねぇからそこどけよ」
「どかない。相手はもう戦意喪失してるのにこれ以上、傷つける必要は無いわ」
戦意喪失どころか、白目を剥いて倒れている。顔面は血だらけだし、見たところ歯も何本か折れている。
息こそあるものの、一刻も早く手当てをするべきだ。
「その男を生かす意味なんてありますか」
ルカが見たこともない冷たい眼差しで男を見る。
あまりにも温度のないその目にこちらの方が押し負けそうになる。
が、しかし。こればかりは譲れない。
「この人には今度こそ自分の罪に向き合ってもらわないといけないの。逃げるなんて絶対に許さない。だから殺したらダメよ」
明らかに不満げな二人に歩み寄り、手を取る。
「それに、あんな人のせいで貴方達の手を汚したくない」
大きくて、無骨で、二人とも昔とは全然違う手。
だけど、二人とも昔から変わらず大好きな私の大切な人だ。
「お願い」
ぎゅっ、と祈るような気持ちで二人の手を握る。
「……分かりました」
「チッ」
一方には盛大な溜息を吐かれ、もう一方には舌打ちをされたが、二人から先程まで纏っていた異様な雰囲気が消えた。安堵から一気に肩の力が抜ける。
「……ということで、私はそろそろ気を失うので後は頼んだ」
「はっ?!」
実はさっきから目眩と寒気が止まらないのだ。多分、さっき思いっきり魔力を込めて叫んだ反動だろう。安心したからか、益々気持ち悪くなってきた。なんだかよく分からない汗まで吹き出してきたし、もう限界だ。
立っていられなくて、ゆっくりと身体が傾く。
「おいっ?!」
「ジゼル?!」
二人の焦った顔が霞んで見える。
「ごめんねぇ……」
こんなところで気を失うなんて、と心の中で嘆きながら私は意識を手放した。




