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「……自分が何を言ってるか、分かってるの?」

「もちろん分かっていますとも。あと少しだと言うのに、全く困ったものです」


男には少しの罪悪感もみられない。信じられないほどに平然としていた。


「マレナちゃんを襲ったのも、そのため……?」

「その通りです。捜査がいよいよ本格的になってきましたからね。ここら辺で被害者側になった方が疑われないし、色々と都合が良い。そのままあの子を使っても良かったんですが、貴女に邪魔をされてしまいましたから」


恩人なのだと、笑っていたマレナが脳裏に蘇る。


「マレナちゃんは貴方の家族でしょう?!!」

「家族?あの子を家族だと思ったことは一度もありませんよ。元々引き取ったのもいつか何かに使えるかもしれないと思ってのことですし」

「人のことを、なんだと思っているの」


あまりの憤りに耳鳴りがする。


「いつだって物事には多少の代償を必要とします。時を戻すためには致し方がないことです」

「……ふざけないで。どんなことをしようが過ぎ去った時間は二度と戻らないし、犯した過ちは一生消えない。貴方は今後ただの犯罪者として生きていくのよ」


狂気に呑み込まれないよう、強く強く睨みつける。


「ああ、その目ですよ。その目がいけない」


男は突然声を震わせながらそう言った。

頭を掻きむしるその姿はどこか苛立っているように見えた。今までと違う様子に戸惑う。

男が近づいてくる。

先程まで本を持っていたその手には今小型の魔道具が握られていた。一般に知られている物とは形が違うが、魔術銃だろうと判断する。引き金を引くことで、銃口から魔術によって生み出された弾が発射される。普通の銃よりも命中率も威力も高く、所持には国の許可が必要となる。恐らくあれは彼が自作したものだ。


「そろそろ下らないお喋りは終わりにして事を進めるとしましょうか」

「まさか貴方、私をその儀式とやらの贄にしようとでも考えてるの?」

「ご名答。そうでなければ誰がこんなにペラペラと自白するものですか。貴女を捧げれば、きっと今度こそ儀式は成功する」

「……最初っからそのつもりで私を誘い、マレナちゃんをおつかいにだしたのね」

「ええ、騒がれては迷惑ですから。遠回りのルートを教えたので当分は帰ってこないと思いますよ。それと、防音の魔術をはり巡らせているので助けを呼ぶことも叶いません」

「随分とご丁寧なことで」

「初めて会った時から貴女を生贄にしたいと考えていましたからね。ずっと機会を伺っていました」


男のその言葉に引っかかる。


「何故一度会っただけの私を?」


今までのように夜道で無差別に攫うのではなく、何故私個人を狙うのだろうか。


「私にはこの世で最も嫌いな女が一人いるんですがね、貴女はその女に雰囲気なんかがそっくりなんですよ。特にその目が。見ていると無性にイライラする」


男の顔が歪む。


「その女って貴方が十六年前に殺すように命令したイェルダの事かしら?」


確証はなかったが、男はピタリと動きを止めた。


「……そこまで調べがついているとは、流石に予想外でしたね」


明確にみとめた訳では無い。しかし、この反応は自分が十六年前の事件の黒幕だと認めているようなものだろう。

目の前に、かつての自分を死に追いやった人間がいるという事実に身体の芯がビリビリと震えた。


「店の事と良い、一体どこから情報を集めているんだか。……そう言えば以前ここへ来た時、随分と魔術師長の彼と仲良さげにしていましたよね。彼からなにか教えてもらいましたか」


私はその問いかけを黙殺する。


「彼はあの女と一緒に暮らしていましたし、随分と懐いてるようでしたからね。十六年前の事件について調べていてもおかしくない」

「……嫌いだと言う割に、随分と詳しいのね」

「そりゃあ嫌でも詳しくなりますよ。あの女を殺すために二年間ずっと様子を伺っていましたから」


二年間。


男からサラリと告げられた言葉に一瞬唖然としてしまった。

二年間も、私を殺すために動いていたというのか。

しかし、どれだけ記憶を遡ってもイェルダの記憶に目の前の男はいない。話したことはおろか、会ったことすらないはずだ。


「……貴方は、どうしてそこまでその女を嫌うの?」

「あの女は私から奪ったんです」

「奪った?何を?」

「本来私が得るはずだった全てのものをですよ」


男は地を這うような声でそう吐き捨てた。


「あそこは、ロイ叔父さんの横は、私が居るべき場所だったんだ。叔父さんと魔道具屋を営むという約束をしたのは私だ!あそこで笑っているのは私のはずだった!それなのに、あの女がそれを奪った!私は店を失い、家族を失い、財産すらも失ったのに、あんな血の繋がりも何も無い女が店を継いで幸せそうにのうのうと笑ってるなんて可笑しいだろ……!?」


男がまた頭を掻きむしる。


「……店からロイさんを追い出したのは、貴方自身でしょう?自分の居場所をなくしたのは貴方自身だわ」

「私だって後悔した!後悔して後悔して、叔父さんを探し出して謝りに行こうと思った。だけどその時、既に叔父さんの隣にはあの女がいた!!あの女さえ居なければ、私はあの時、叔父さんに謝れたのに、あの女が居場所を奪ったんだ!」

「本当に謝罪の意志があるのならばそんなの関係なく貴方は謝りに行くべきだった。貴方は結局、向き合うのが怖いからってイェルダを言い訳にして逃げただけじゃない!」

「うるさい!お前に何がわかるというんだ!」

「ロイさんは、亡くなる直前まで貴方のことを想ってた!」

「……は?」


子供のような主張を繰り返す男に気づけば大声で叫んでいた。


「朦朧とする意識の中で、ロイさんは最期までずっと自分の工具を握りしめてた。あれは貴方がロイさんに上げた工具でしょう」


いつか、鉤状の工具を見て目を細めるロイさんに話してもらったことがある。これは昔、人からプレゼントしてもらったものなのだと。

彼はそれを永遠の眠りにつくその間際まで大事そうに握りしめていた。当時はその工具を誰から貰ったかなんて検討もつかなかった。だけど、今ならわかる。あれはきっと、この男から貰ったものだ。


そして恐らく、ロイさんが私を通して見ていた人も――



「ロイさんが見てたのは、私じゃない。貴方よ!ロイさんは確かに貴方を想ってた、心配してた。店を追い出されてからも、ずっと!」


何が居場所を奪われた、だ。

元からこの人の居場所はあった。ロイさんがずっと空けていたから。彼が本当に共にいることを望んでいたのは、きっと私なんかじゃなくてこの人だった。そうじゃなければ、あんな風に時々昔を思い出して優しく笑ったりなんかしない。亡くなるその時まで、貰った工具を握りしめたりしない。


「その言い草、まさかお前……」

「十六年前はどうも。まさか今世も殺されそうになるなんて、私達相当相性が悪いようね」


男の目が大きく見開かれた。


「お前……、本当にあのイェルダなのか」

「ええ。身勝手な理由で貴女に殺されたイェルダよ」


ふらふらと覚束無い足取りで男が近づいてくる。


「お前、どうして、どうやって生きてる……?!一体何をした!!」

「何もしてないわ。山賊達に刺されて、気づいたら赤ん坊になってた」

「そんな訳があるか!なにかしたんだろう!!?何故だ、どんな手を使った?!吐け!!お前も黒魔術を使ったのか?!」


目を剥いて詰め寄る男を見て、私はもうこの人に何を言っても無駄なのだと悟った。

かつて自分が殺した人間を前にして、まず最初にすることが生まれ変わった方法を問いただすことだとは。

憤りとも悲しみともつかない形容しがたい感情が胸を占める。先程とは違い、頭はやけに冷静だった。


「……貴方、さっき時を戻して人生をやり直すって言っていたわよね」


淀んだ瞳に最早正気は見えない。


「いいことを教えてあげる。仮に、もしも奇跡が起きて時を巻き戻せたとしても、貴方は必ずまた失敗するわ」

「……なんだと?」

「貴方の犯した過ちは自分を中心としてしか物事を考えられないその足りない脳みそが原因だもの。貴方が貴方である以上、ずっと間違い続ける。永遠にね」

「……黙れ」

「貴方はこんな馬鹿げたことをする前にもっとするべきことがあった。自分の犯した罪に真正面から向き合うべきだった。逃げるべきではなかった」

「黙れ、黙れ黙れ!お前のせいだ、全部お前のせいだ!!」


半狂乱になった男が魔道具の銃口を向ける。

ドンッ、と大きな音がして構える暇もなく、魔術によって生み出された弾が発射された。弾道はそのままぶれることなく、私目掛けて一直線に飛んでくる。


しかし、放たれた弾は目の前に現れた緑の壁によって弾かれた。


私は壁の向こう側に立つ男に笑いかける。


「怪しいって分かってる人間の懐に丸腰で飛び込んでいくと思う?」


すかさず男が追加で二発発射するが、どちらも緑の壁によって阻まれる。


「護身の魔道具か。姑息な真似を!」

「姑息なのはどっちよ。……ルカ、もういいよ」


首につけているネックレスに向かって話しかけると、返事をするように淡く光る。

そして一秒もしないうちに玄関の方から耳をつんざくような爆発音が聞こえてきた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ルカさん、よく耐えたね!偉い!
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