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あの日――恥も外聞もなく王宮まで全力疾走した私は、ルカに魔道具屋『ラポール』とロイさんの関係についても調べて欲しいとお願いした。彼は少し驚きながらもその願いを快諾してくれた。
そして二日前。調査結果を聞くために王宮へ向かった私は、そこでルカから驚くべき事実を聞かされた。
ロイさんは在籍していたどころか、倒産する四年前まで魔道具屋『ラポール』の相談役の地位についていたのだ。
そして『ラポール』の店主がフェルモさんであると言うこともその時に知った。以前ここへ来た時、経営学の本などの他に魔術や魔道具に関する本がいくつかあったのを見て、もしかしたら彼も魔道具を作れるのかもしれないとは思ってはいた。
まさか『ラポール』の店主だったとは想像もしていなかったが。
「なんだ、知ってたんですね。ジゼルさんもお人が悪いですね。知ってるなら最初から言ってくれれば良かったのに」
その人は私の言葉にキュ、と口角を上げた。
取ってつけたような笑みが不気味で、肌が粟立つ。
「……あの店の店主を務めていらしたのなら、当然メルヴェライトという鉱石に関してもご存知ですよね?貴方のお店で機密情報として扱われていた魔力のこもった鉱石です」
メルヴェライトとは血液をかけることによって紫に色を変えるあの鉱石のことだ。
過去に『ラポール』で商品開発のトップを勤めていた男性からの聞き取りで分かった名らしい。もっとも、その男性はかなりの高齢のため痴呆が始まっており、正式な証言としては認められなかったようだが。
彼は否定も肯定もせずに首をすくめた。
「喋ったのはノールスの爺さん辺りですか。実力は十分だったので幹部にしましたが、あの人はどうにも口が軽いところがあった」
「はぐらかさないで質問に答えてください。このことを知っているのは一部の幹部と店主である貴方だけ。そうですね?」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「調査の結果、マレナちゃんを襲った木偶にもそのメルヴェライトが使用されていたことが判明したそうです。つまり、あの魔道具を作ることが出来たのは鉱石の使い方を知っている者だけということになります」
「それで?貴女は私が木偶の製作者ではないかと疑っていると?」
ここからが正念場だ。
私は震える手で拳を握り、密かに気合いを入れた。が。
「正解です。貴女の言う通りあの木偶は私が作りました。最近騒がれている一連の事件も全て私の犯行です。まさか、貴女にバレるとは」
私が言い詰めようとするよりも先に、彼はなんでもないことのように肯定してみせた。気味の悪い笑みは一切崩れていない。
「み、認めるんですか?」
「ええ。家畜の件も、少女達を襲った件も、全て私がやったことです」
「……随分とあっさり白状なさるんですね」
「事実ですから。そこまでバレているのならば否認するだけ無駄でしょう」
彼は悠々とした動作でリビングの奥へ歩いていくと、扉を開けた。
「ここが私の作業場です。あの木偶もここで作りました」
相手の動向を伺いつつ、私は扉の奥に広がる空間に目をやる。
魔道具を作るにあたって必要となる工具の数々や散乱した設計図と材料。そこには確かに魔道具を作っていた形跡があった。
ナッツを炒ったような香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「あの鉱石はね、そんじょそこらの人間には扱えない代物なんですよ。存在を知っていた幹部だって、実際に鉱石を使うことは出来ない。馬鹿共にあれは使いこなせない」
最早先程まで見せていた優しげな雰囲気はどこにもなく、瞳孔が開き切った目を私に向ける。
「メルヴェライトは緻密な計算と確かな技術、そして鋭い感覚が揃って初めて魔道具に活用することが出来るんです。あの鉱石を魔道具へ活かせるのは世界でも僕と叔父くらいしかいません」
「……叔父?」
朗々と語っていた男は、そこで初めて貼り付けていた不気味な笑みを剥がし、光悦とした表情を浮かべた。
「私が最も尊敬する魔道具技師です。叔父には長い間、店の相談役として支えてもらいました」
「……は?」
「店のことを調べた時にロイという相談役の男がいたでしょう?それが私の叔父です」
ロイさんが、この人の叔父?
全く予想していなかった事実に立ち尽くすことしか出来なかった。
「叔父は偉大な魔道具技師でした。繊細で美しい魔道具を数多く開発した。メルヴェライトの存在を最初に見つけたのも実は叔父なんですよ」
私の驚きに気付かないまま、男が続ける。
「それにあの人は人間としても非常に出来た人でした。事故で両親を亡くした私を引き取り、面倒を見てくれた。それだけじゃなく、父が残した魔道具屋をこの先も経営していけるようにとノウハウを教えてくれた。相談役としてサポートをしてくれた。あの人は私の恩人で、憧れそのものです」
「……でも貴方はその恩人をあの店から追い出してる」
謳うようにロイさんを語るその男は、私の言葉を聞くと突然口を閉ざし、再び表情を失った。
ルカからの情報では、ロイさんは自ら店を去ったのではなく店主――つまりこの男によって、半ば無理矢理店を追い出されているらしい。慕っているというのならば、実の叔父で恩人だというのならば、何故彼を追い出したのか。辻褄が合わないじゃないか。
「……あれは私の最大の過ちです。あの時、選択を間違えなければ全てはもっと違う方向に進んでいた」
何を見ているのか、どこを見ているのか分からない瞳と目が合う。
「だから、やり直すんです」
「やり直す?」
男がキュ、と口角を上げる。
あの、貼り付けたような気味の悪い笑みだ。
「ええ。私の人生を最初からやり直すんですよ。今度は間違えないように」
「……何を、言ってるんですか?やり直すことなんて出来るわけない」
「凡人には無理でしょうね。でも私には出来る」
男が作業場の中へ入っていく。
何をするのかと警戒していると、やけに古めかしく分厚い本を持って帰ってくる。
「あの時選択を間違えたばかりに、私は家族も仲間も地位も財産も全て失った。奈落の底に落とされたような気分でした。でも、神は私を見捨てていなかった。この本さえあれば、今度こそ全て上手くいく」
男が大事に抱える本の表紙には『悪魔の召喚とそれに伴う魔術法』と書かれていた。
「……悪魔の召喚って」
かつて魔術師や魔道具技師の間では悪魔召喚を始めとした所謂黒魔術と呼ばれるものの研究が行われていた。富や地位、名誉を求めた人々はこぞってその研究に熱中した。一時は黒魔術に関して書かれた本が国で発禁本扱いになったこともある。
しかしそれは何十年も昔の話だ。私が魔道具技師になった時には既に黒魔術の存在は否定されていて、迷信であるという結論が出ていた。
「まさかそんなことのために、あれだけのことをしたって言うの?!」
「そうですよ」
そんな馬鹿げた話があるか。
腹の奥から煮えたぎるような激情が湧いてくる。
動物達はそんなことのために殺められたというのか。
カテリーナの髪はそんなことのために切られたというのか。
ボリスはそんなことのために傷つけられたというのか。
「……貴方、少女を一人攫っているわよね。その子は今どこにいるの?」
「ああ、あの娘なら儀式に使いました」
「使った?」
「最後に歳若い娘を一人捧げることでこの魔術は完成するんです。だからあの木偶を使って夜に適当なやつを攫いました。だけどアレはダメだった。役立たずだったからもう処理しましたよ」
言葉の意味が一瞬、理解出来なかった。
悲しみや怒りを通り越して、ただただ未知の感覚に身体が震える。
目の前のこの悍ましい生き物は、なんだ?




