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「――っ」
飛び起きるようにして目を覚ますと、そこはいつも通りの自室だった。自分の髪が赤褐色であることを確認して大きく息を吐く。
フェルモさんと鉱石の話をしたからこんな懐かしい夢を見たのだろうか。
いや、今はそれよりも。もっと考えなければいけない大事なことがある。
夢に出てきたあの青い鉱石。
ロイさんは動物の血液を垂らし、魔道具に使用すると言っていた。そして、その時にナッツを炒るような香ばしい匂いが発生する、とも。遠い昔の記憶だったことや、大人になってからあの鉱石を見かけたことがなかったことからすっかり記憶から抜け落ちていた。が、しかし。仮にあの木偶に例の鉱石が使用されているとすれば、犯人がなぜ家畜の血を抜いていたのかも、不明な構造のことも、事件発生時に漂う香ばしい匂いも、全て説明ができる。
確信は無い。だけど、この可能性を無視するにはあまりに条件が揃いすぎていた。
幸いなことに今日はルカの元へお弁当を持っていく約束をしている日だ。一意見としてあの鉱石のことを話しても損は無い。
◇◆◇
いつも通り、門番の二人に挨拶をして王宮へ入る。
すると魔術研究開発本部へ向かう途中でルカが足早にこちらへ向かって来ているのが見えた。
彼は私を見つけると、駆け寄ってくる。
……もしかして、また過保護が発動したのだろうか。
と思ったが、どうやら少し違うようだ。様子がおかしい。
「ルカ、どうしたの。そんなに焦った顔して」
「ちょうど良かった。今、ジゼルを迎えに行こうと思ってたところなんです。事件のことで至急お話したいことがあって」
「あ、実は私も話したいことがあるの」
「それなら、詳しい話は部屋でしましょうか。ここでは少し話しにくいですから」
確かに。
私はルカの言葉にコクリと頷いた。
魔術研究開発本部に着くと、そのまま魔術師長室に通される。
「まずはジゼルの話を聞かせてください。先程言っていた話したいことってなんですか?」
少し迷ってから、私は今朝夢でみた不思議な鉱石の話を始めた。
「動物の血液によって紫に色を変える鉱石、ですか」
「うん。私が魔道具を作っていた時代は、鉱石を使って魔道具を製作するなんて聞いた事がなかったんだけど、今はそういう手法もあるの?」
「いえ、僕も聞いたことがありません」
「……やっぱりそうなんだ。ルカはこの鉱石が魔道具に使われた可能性はあると思う?」
「近年の研究で、鉱石の中にも魔力が含まれているものがあることが分かっています。その鉱石も魔力が含まれている鉱石なのだとしたら、可能性は十分にあると思います」
しかしその場合、鉱石を魔道具に取り入れるという現代ではまだ開発されていない手法を独自に開発している必要がある。
そして、状況を考えるとその手法はロイさん、もしくはその周辺の人間によって生み出された可能性が高い。
もしかしたら今回の事件に、ロイさんと関わりのあった人間が関与しているかもしれない。
考えた途端、心臓に重しを付けられたような感覚に襲われた。
「……ジゼル?」
黙り込んだ私をルカが怪訝そうに見ている。
「ごめん、少しぼーっとしてた。私の話はこれで終わりにして、次はルカの話を聞かせて」
とにかく色々なことを考えるのはあとにしよう。今、重要なのはそこでは無い。
未だ訝しげに私を見るルカにニコリと笑いかけると、彼は微妙な顔をしながらも話を始めた。
「……実は先程、第一騎士団の団長がこれを持ってきてくれたんです」
そう言って、彼は私に書類を手渡す。
何枚か捲って目を通す。店の名前らしきものが羅列してあるリストだった。
「これは?」
「過去四十年で王宮に登録されていた全ての魔道具屋の名前です。今までは現在も経営されている魔道具屋のデータしか見ることが出来なかったのですが、これには倒産した魔道具屋や合併された魔道具屋の名前も載っています」
「え、凄い。王宮って、そんなに昔の記録まで保存してるんだね」
「いえ。あくまでも国を運営する上で滞りをなくすための記録なので普通、倒産した店の情報などは破棄されます」
「ん?じゃあこれはどうやって手に入れたものなの?」
「……さあ。どうやって手に入れたものなんでしょうね」
数秒、なんとも言えない沈黙が続く。
「まあ、今は入手方法に関しては置いておきましょう。問題はそのリストです。それが手に入ってから改めてあの木偶と同じ癖を持った魔道具屋が無いかを調べました」
「一致する店、あったの?」
「はい、五ページ目にある『ラポール』という店で販売されていた魔道具の特徴とあの木偶の回路の特徴が殆ど一致しました」
魔道具屋として同業者のことはそれなりに知っていたつもりだが『ラポール』という名の魔道具屋に覚えは無い。
「この店は魔道具屋と言うよりも商会に近く、店の規模もかなり大きいものだったようです。魔道具技師も多く在籍していたとか。しかし、過大投資や従業員のストライキなどが原因となって今から約三十年前に倒産しています」
「三十年前!?」
そりゃあ私が知らないわけだ。
しかし、魔道具技師が多く在籍していたとなると、製作者個人の特定は難しいだろう。
「当時を知る人を探すのも大変だね」
「ええ。記録が古い上に、情報が店名以外に全くないのが少し面倒ですが、大急ぎで捜索してもらっています」
せっかくここまで分かったのに歯痒い。
なにか他にも手がかりはないかと視線を落として、机の上に置かれた別の書類に目がいく。
視線に気づいたルカの表情が僅かに強ばった。
もしかして見てはいけないものだっただろうか。まだ内容は見ていないのだけど。
「それは元々貴女に見せるために用意したものですから見て大丈夫ですよ」
一人でわたわたしていると、ルカにそう言われた。
安堵して、机の上の書類を見る。
「調査結果」という題字が大きく印刷されており、その下には詳細な説明が書かれていた。まとめるとあの木偶の癖と何かの魔道具の癖が一致したことを示す文章だった。
「これって、さっき言ってた『ラポール』って魔道具屋とあの木偶の癖が一致したことの証明書?」
「いえ、その調査結果は先程の話とはまた違うものです」
「……え。それって、あの魔道具屋で売られてた魔道具とは別にあの木偶の癖と一致するものがあったってこと?!」
「はい、僕が今日話したかったのはその事についてなんです。その調査結果に書いてある魔道具は、十六年前に起きたある事件の犯人が主犯と連絡を取るために持っていた小型の連絡用魔道具です」
やけに既視感のあるその説明に硬直する。
「……まさか、その事件って」
信じられない気持ちでルカを見る。
彼は真っ直ぐに私を見て、頷いた。
「貴女の、イェルダの事件です」
告げられた事実に一瞬、頭が真っ白になった。
今回家畜の件やカテリーナの件など、様々な事件に使用されたと考えられている木偶と、十六年前のあの事件で使用された魔道具の癖が一致した。
それはつまり、あの木偶を作った人間と、十六年前に私を殺せと山賊達に依頼した人間が同一人物である可能性が高いということだ。
「あの木偶の癖を解析している時にどこかで見た気がして、試しに保管していた連絡用魔道具と比較してみたんです。まさか、本当に一致するとは思いませんでしたが……」
ルカの言葉に私は同意する。
私もまさかこんな所で十六年前の事件に繋がるとは思わなかった。
「既に捕まっている実行犯達にも念の為に話を聞きましたが、やはり何も知らないようでした。今後も並行して捜査を続けていくつもりですが、取り急ぎ貴女にはこの事実を伝えておくべきだと思いまして」
「うん、教えてくれてありがとう」
「また何か分かったことがあればその都度、報告します」
「私も、もう一度昔の記憶をよく思い出してみる」
今は色々な情報が一気にインプットされたことによって、上手く物事を考えられない。一人で落ち着く時間が必要だ。
思わぬ所で繋がった二つの事件のことを考え、私は深く息を吐き出した。




