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初めて入った王宮は想像以上に広かった。

おかげで道に迷い、周りの人に道を聞いたりしていたので、お父さんの職場に辿り着くまでにかなり時間がかかってしまった。

まだ時間帯が人の少ない朝早くで良かった。こんな広いうえに人が沢山いたらきっと辿り着くまでに倍以上の時間がかかっていただろう。

やっと目的地に着いたことに密かに安堵しながら、二回扉をノックすると中から男性の声が聞こえてゆっくりと扉が開かれた。


「はーい、どちら様……って、あれ、ジゼルじゃないか。こんな所で一体どうしたんだい?」


部屋の中から出てきたのは丸眼鏡をかけた優し気な茶髪の男性――つまり私のお父さんだった。


「お父さん、今日家にお弁当を忘れていったでしょ?だから届けに来たの」


ランチクロスに包まれたお弁当を渡すと、お父さんは一瞬目を丸くしてからふわりと柔らかく笑った。


「ああ、お弁当を届けるためにわざわざここまで来てくれたのかい?今日は食堂もお休みだし、残念だけどお昼は抜きになりそうだなって考えてた所だったんだ。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


心底幸せそうに微笑むお父さんの姿に私まで嬉しくなって笑い返す。


「まさかジゼルが王宮まで来てくれるとは思わなかったから、本当に驚いたよ。ここに来るまでに変な人に声をかけられたりしなかった?」

「大丈夫よ。もう、お母さんと一緒で心配性なんだから」

「可愛い娘の事なんだから、そりゃあ心配もするさ。帰りもおやつをあげるとか言われてもついて行ったりしちゃだめだからね」


家を出る前にお母さんが言っていたことと似たようなことを言われ、私はあいまいに笑ってその言葉を流す。

心配してくれるのは嬉しいが一体、二人して私の事を何歳だと思ってるんだ。

この夫婦は二人そろって雰囲気も発言内容もふわふわしているのでいつか悪い人に騙されてしまわないか、子供である私の方が心配になる。


「それにしてもよく中に入れたね。王宮に入るには手続きがいるだろう?」

「あ、その事なんだけどね、詳しい事は帰ったら話すけど私が王宮に入れたのは眼鏡をかけた門番の人のおかげだから、もし会ったらお父さんからもお礼を伝えておいてほしい」


私の言葉にお父さんは少し不思議そうにしながらも「分かった、伝えておくよ」と頷いた。


「それじゃあ、私もう行くね。お父さんの仕事の邪魔しちゃ悪いし」


それにあまり長居はしないでって言われてるから、そろそろ戻らないと。


「うん、お弁当本当にありがとうね。はい、これ。大したものじゃないけどお礼。気をつけて帰るんだよ」


そう言うと、お父さんは私にいくつか飴を渡してくれた。

私はそれを大事に握りしめながら優しく微笑むお父さんに別れを告げ、その場を後にした。



◇◆◇


広く長い王宮の廊下を歩きながら、私は先程貰った飴の一つを包み紙から出して口に入れた。じんわりと優しい甘さが舌の上で溶けてゆく。

ふと目を向けると、廊下の大きな窓から雲一つない青空が見えた。


ぼーっとその景色を眺めながら、そう言えば昔ルカとピクニックに行った時も今日みたいな雲一つない天気の良い日だったな、なんて事を思い出した。

あの時はルカと出会って間もない頃だったし、まだ他の子もいなくて二人暮らしだったから会話が続かなくて困ったのをよく覚えている。


あの時は本当に大変だったなあ。

道中、私がどれだけ話しかけても全然返事してくれなくて。やっと口を開いたかと思えば「うるさい」って言われるし。ルカは私の事なんて気にせずスタスタ歩いて行っちゃうし。そもそもピクニックに行くのだって私があまりにしつこく誘うから嫌々ついてきたって感じだった。

でも。大変ではあったけど、それ以上にものすごく楽しかったこともよく覚えている。


丘から街を見下ろした時のキラキラした瞳だとか、サンドイッチを食べて少しだけ顔を綻ばせた瞬間だとか、そういう初めて見るルカの表情や反応一つ一つに私は内心、狂喜乱舞していた。

この世界には怯えや絶望以外にも沢山の色があるのだと、彼に少しでも伝わった気がして。


なによりも嬉しかったのは、あの日家に帰ってからルカが初めて私の前で眠ってくれたことだ。

まあ、単純に出かけたせいで疲れたからと言うのもあるかもしれないが、私はそれだけではないと信じている。だって、あの日はそれだけじゃなくて、一緒に寝ることを許してくれたから。

それまでずっと手負いの獣のごとく気を張り詰めた様子だったルカが初めて見せてくれた隙に嬉しくなって、はしゃぎすぎたせいでウザがられたのはご愛嬌だ。

そのあと布団に入ったのだが、ルカに私が静かにしていると逆に気が散って眠れないと文句を言われ、結局私はルカが眠るまで子守唄を歌った。


……懐かしい。あの日から、ルカは少しずつ私と話してくれるようになったんだよなあ。


口の中で飴玉を転がしながら、子守歌を鼻唄で歌う。

見たところ周りに人もいないし、少しくらいなら良いだろう。


実はこの歌は私が幼い頃にロイさんがよく歌ってくれた歌だ。悪夢を見た日や、捨てられたトラウマが蘇った日でもロイさんの落ち着いた声でこの歌を歌っているのを聞くと安心して眠ることが出来た。

なんでも東洋の方の歌だそうで、こちらにはあまりない独特なリズムをしているが、私は沢山の良い思い出が詰まったこの歌が大好きだ。生まれ変わった今でもよく口ずさんでいる。


もし、もしも、私が今世で結婚でもして子供を授かることが出来たなら、生まれた子供にもこの歌を歌うのだろうか。


それは何だか、とても素敵なことに思えた。


⋯⋯まあ、今のところ婚約者も恋人も、好きな人すら居ないけど。


溜息代わりに、ころんと口の中で飴玉を動かしながら廊下の角を曲がったその時。

突然目の前に人が現れ、私はその誰かの胸に頭から思いっきり突っ込んでしまった。口から「ひゅげっ」と可愛くない悲鳴が漏れる。

しまった、てっきり近くに人はいないと思って油断した。


「ご、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ不注意でした。すみません」


どこか聞き覚えのある気がする声に顔を上げた私は次の瞬間、そこに居た人物を見て呼吸を忘れるほどの衝撃に襲われることとなる。


陽の光を受けてキラキラと輝く銀の髪に、涼やかな印象を与える整った横顔。そして切れ長な淡青色の瞳。


私とぶつかったのは、七人いた子供の中で一番最初に出会い、誰よりも長く共に時を過ごした少年―――ルカ其の人だった。



最初、私の事を警戒してろくに寝れず、目の下に隈を作っていたルカ。

段々と心を開いて私の名前を呼んでくれるようになったルカ。

熱が出たとき、うなされながら泣いていたルカ。

私のあまりのポンコツ加減に呆れながらも部屋を掃除したりご飯を作ってくれたルカ。

成長すると共に反抗期に入ったのか、あまり目を合わせてくれなくなったルカ。


久方ぶりに見るその姿に前世の記憶が一気に蘇る。


ああ、本物だ、本物のルカだ。ルカがいる。 


このあいだ見たペンダントの肖像画よりもずっと美しく、かつての記憶よりも凛々しくなったその姿に涙腺が緩みそうになるのを必死に堪える。


「あの、もしかしてどこか痛みますか?」


歯を食いしばって涙がこぼれないように我慢していると、ぶつかったせいでどこか怪我をしたと思ったのか、ルカが心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「あ、いや、これは、その、違くて⋯⋯」


どうしよう、どうしよう、どうしよう。

まさかこんな所で会えるだなんて思ってなかったから、心の準備が全然出来てない。上手に言葉が出てこない。でも早くなにか言わなくちゃ。ルカが心配してる。なにか、何か言わなくちゃ。


「ファ、ファンで!!」


とにかくルカのせいでは無いのだと伝えないとと焦るあまり咄嗟に出た言葉は、的外れなうえに声も情けなく裏返っていた。

それでも、パニックになっている私はもう仕方がないとばかりにやけくそになって叫ぶ。


「わ、私、貴方のファンなんです!そ、それで、その、だから、これは、こんな所で会えると思ってなかったっていう驚きの涙です、別に、どこか痛いわけじゃ無いです。大丈夫です、はい」

「そ、そうですか。怪我がないなら良かったです」


少し戸惑ったような雰囲気はあるものの、それでもルカは明らかに挙動不審な私にも優しく笑いかけてくれた。

やだ、良い子すぎる。


相変わらず立派な人格者のルカを見てまた涙腺が緩みそうになりながらも、私はなんとか小さな声で「はい」と返す。


「あ、いたいた!おい、オーバリお前突然いなくなるなよ!」


と、そんな微妙な空気のなか突然大きな声がしたかと思えば、ルカの後ろから見知らぬ橙髪の青年が少し怒った様子で歩いてきた。同じようなローブを着ているところを見るに、同僚だろうか。


「俺、お前が居なくなったの気づかなくてしばらく一人で喋ってたんだぜ。おかげで周りに変な目で見られてマジ恥ずかしかった……ってこの子、誰?お前の知り合い?」


橙髪の青年はしばらく一人で話し続けていたが、私の存在に気付くと片眉を上げ、僅かに警戒した様子を見せた。


「あ、いや、私は知り合いじゃありません」

「じゃあ、ここで何してたの?」


首を横に振って否定すると、何故か心なしか橙髪の青年の眼光が鋭くなった。


「えっと、父のお弁当を届けに来たんですけど、帰ろうと歩いてたら曲がり角でル、オーバリ様とぶつかってしまって」

「……ふーん。まあ、いいや。それならもう用は済んだよね。行こう、オーバリ」

「おい、ちょっと」


ルカが僅かに抵抗するが、橙髪の男は強引にルカを連れて行こうとする。


「あ」


どんどんあの子との距離が離れていく。

行ってしまう。ルカが行ってしまう。

きっと今、ここで別れてしまえばもう二度とルカとは会えないのに。


「あの」


そう思ったら、いつの間にか遠ざかっていく背中に呼び止めるように声をかけていた。



「……なに?まだ何か用?」


橙髪の青年が振り向いて不機嫌そうに返事をした。

だけど私はそれに答える余裕はなかった。

ただひたすらに彼を見つめる。

成長した彼の姿を忘れないように。脳裏に焼き付けるように。

薄氷のような美しい瞳と目が合った。


「貴方の努力家なところが大好きです。優しいところが大好きです」


考える前に言葉が零れ落ちる。

本当はルカの好きな所なんていつまでも話していられる。だけど、あんまり詳細に語ると長くなるだろうから二個で我慢した。

ルカの瞳が僅かに揺れる。


「どうかお身体には気を付けて、無理をしないで、長生きしてください。これからもずっと応援しています」


一目見たらそれでいいと思っていたのは嘘じゃない。本当にそれで満足するはずだった。だけど、こうして実際に会ったら少し、欲が出た。出てしまった。


明日からはまた一平民として、ジゼルとして生きるから。だから、今日だけは。


「⋯⋯オーバリ様の未来が沢山の幸せで溢れることを心の底からお祈りしています」




どうか、愛しいこの子に思いを伝えることを許してほしい。




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