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ノックの音にルカが「どうぞ」と応えると、扉が開く。
「すまん、遅れた」
部屋に入ってきたのは、以前ラミロが「おっさん」と呼んでいた男性だった。
「僕は第三騎士団から一人話を聞きに来ると聞いていたんですが、どうして第一騎士団団長である貴方が当たり前のように部屋に入ってきているんですかね?」
ルカの言葉に私は「え」と驚く。
元々この人が来る予定じゃなかったのか。それにしてはしれっと入ってきたけど。
「いやー、さっき用事があって第三騎士団に顔出したら、事情聴取に行かないといけないのに仕事が終わらないって嘆いてる奴がいたからよ、優しくて暇なおっさんが引き受けたってわけ」
わはは、と彼が豪快に笑う。
「天下の第一騎士団のトップが暇なわけないでしょう。そもそも第三騎士団がどれだけ忙しくしてても、第一騎士団団長に仕事を任せるくらいなら死ぬ気で代わりを見つけさせますよ。どうせ恐縮する団員から無理やり仕事を奪い取ったんでしょう」
「はは、ひでえ言い方するなあ」
「で、そんなことをして本当はここに何をしに来たんですか?」
「……いや~、あのロベルトを完璧に飼いならしてるそこの嬢ちゃんと話してみたいなぁって」
えっ、私?!
突然指を刺され、ぽへーっと話を聞いていた私は大袈裟に肩を跳ねさせてしまった。
と言うか、飼い慣らしてるって……。
いや、ラミロと関わってるとそう表現したくなる気持ちもわかるけど。あの子、手負いの獣っぽいところあるし。
「なあ、嬢ちゃんが呼んでた「ラミロ」ってあいつの愛称かなにか?ロベルトって名前にかすりもしてねぇけど」
「あー、そんな感じです」
「あの名前、俺が呼ぶとめちゃくちゃキレんだけど、嬢ちゃんが呼ぶと一気に大人しくなるだろ?なんで?」
「な、なんでと言われましても」
この前、私もラミロの呼び方について質問して、鈍いだの阿呆だのと散々言われたあとなのだ。
私にも分からないとしか言いようがない。
「あ、それとさ、嬢ちゃんってもしかしてロベルトと付き合って」「ません」
私が否定するよりも早く、食い気味でルカが否定した。
「なんでオーバリくんが否定すんだよ」
「耳にするだけで不快な話だからです」
「本当にお前ら仲悪いな。……いや、もしかしてこれに関してはそういう話でもない感じか?」
楽しそうに笑うと、鋭く尖った八重歯が覗いた。
「あんまり好き放題やってると、部屋から追い出しますよ」
「いやー、悪い悪い。会えたのが嬉しくてちょっとはしゃぎすぎたわ」
ルカに言われた途端、団長は素早く私から距離をとる。
「と言うか、何も聞くことがないなら出て行ってもらえますか。邪魔になるので」
「まあまあ、そんな急かすなって。ちゃんと騎士団からも聞きたいことはあるから。まずは何から聞こうか。えー、嬢ちゃんのタイプってどんな人?」
「ラクリオ、このセクハラ親父を今すぐ部屋から追い出してください」
「了解!」
グッ、とサムズアップしたラクリオが彼の腕を持って、扉までズルズルと引きずっていく。
見ている分には楽しいが、仮にも団長である人にこんな扱いしていいのだろうか。
しかし、ルカも指示されたラクリオも戸惑った様子は無いので、いつもこんな調子なのかもしれない。
「ちょっ、待ってって!今のはただの冗談だろ!場を和ませるためのナイスジョーク!」
「場を凍らせるだけのナンセンスジョークですよ。ということで、お引き取りください」
「分かった、分かった!真面目に聞く!今度は真面目に聞く!」
「……次やったら問答無用で追い出しますからね。それと上にも業務妨害を受けたと報告します」
「げ、それは勘弁してくれ」
「貴方が真面目に質問すれば良いだけです」
「……おっかねぇ坊主だな」
うへぇ、という顔をして呟く。
自業自得だと思いますよ、という言葉は心の中にしまっておいた。
彼は場を仕切り直すようにゴホン、と咳払いをすると私に視線を向ける。
「改めて、第一騎士団団長のヴィンセント・アルベスだ。ちゃんとした事情聴取はオーバリくん達がもうやってるだろうから、俺からの質問は一つだけ」
スッと団長が一本指を立てる。
「あの気色悪い木の人形と対峙した時、何か匂いがしなかったか?」
「匂い、ですか?」
「ああ。例えば、ナッツを炒った時のような匂いとか」
言われて、ふと思い出した。
少女が襲われているのを発見する直前、彼女たちがいる方向から香ばしい匂いがしていたことを。
「し、してました!確かにそんな感じの香ばしい匂いが!」
「本当か?」
「はい!その後のことが衝撃的ですっかり忘れてたんですけど、木偶達がいた方から微かに香っていました」
「その匂いって、他にも二名ほど同じような証言をしていましたよね?」
ルカの言葉に団長が頷く。
「ただ、極めて感覚的で主観の入りやすいものに対する証言であることや、その証言者自体も記憶が曖昧なこと、証言している者が少ないことからあいつらはあまり有力な証言だとは思っていない」
「貴方はそうは思っていないんですね?」
「ああ、だって考えても見ろよ。折角捕まえたあの木偶の構造も不明な点が多く、手がかりも少ないこの手詰まりの状況で、これは唯一見つけた共通点だぞ?少なくとも二人――嬢ちゃんを入れれば三人の証言者がいるんだ。調べて損はない。そこが突破口になるかもしれないしな」
突破口、か。
もしもその匂いがあの木偶についていたものだとすれば、たしかになにかの手がかりになりうるかもしれない。
でも魔道具に香ばしい匂いがつくってどんな状況だ?
例えば、製造場所がそういう匂いが充満している所だとか?それなら製造場所の特定が出来るかもしれない。だけど、香ばしい匂いが常に充満してる製造場所なんてあるだろうか。……ない気がする。
「取り敢えず、俺はオーバリくんが仕上げてくれる事情聴取の報告書と今の嬢ちゃんの話を手土産に今度第三騎士団とこに行ってくるわ。今後の捜査方針も決めなきゃいけねーし」
「第一騎士団所属なのにこの事件にそこまで介入して大丈夫なんですか?」
「お偉いさん達からもそろそろ心配の声が出てるんだよ。このままだと市民のフラストレーションが溜まっちまうって。だから多少のお手伝いならオッケー」
人差し指と親指で丸を作って見せた後、団長はパッと私の方へ向き直る。
「つーことで、俺の用事はもう済んだのでここからは楽しい雑談タイムといこうぜ。嬢ちゃん、この後時間ある?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、ちょっくらロベルトの指導法の議論と嬢ちゃんの恋バナを聞かせ――」
「ラクリオ、追い出してください」
「よしきた。失礼しまーす」
ラクリオが先程のように団長の腕をしっかりとホールドし、扉の方へと引きずっていく。
「何だよ、ちょっとくらい良いじゃねえか。おっさんだってたまには若い女の子と恋バナでキャッキャッしたいんだけど」
「シンプルに気持ち悪いです。それにこの後、彼女は用事があるので」
「嘘だ、嬢ちゃんは予定ないって言ってたぞ」
「会う約束をしている人がいるんです。どうぞ、早く部下たちのもとへお帰りください」
「なんだよー、ケチんぼめ」
扉の外へ連れていかれた団長は口を尖らせ、いじける。
どうやら第一印象よりも随分と愉快な方のようだ。ラミロが話をする時に笑っていたのもよくわかる。
「今度、またゆっくりお話させてください」
それと今後もラミロのことをよろしくお願いします、という思いを込めて、頭を下げる。
「勿論!王宮の入口で「第一騎士団のヴィンセントに呼ばれてきた」って言えばいつでも会いに行くから気軽に呼んでくれ」
それはだいぶハードルが高いが、またどこかしらで話せる機会があれば嬉しい。
「じゃ、約束もできた事だし今日は要望通り帰るとするわ。人手が必要だったり、また分かったことがあったら、第一騎士団の方にも情報回してくれな」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「嬢ちゃんもまたな」
「はい、また」
「ラクリオくんも今度また飲みに行こうぜ」
「絡み酒しないなら」
「そりゃあちょっと難しいな」
団長は小さく笑った後、「じゃあな」と手を振って帰って行った。